第172話 命を吹き込む


「擬似生命? あくまで偽物ってこと?」


「そう。本物の生命は精霊の魔術か交配でしか作れない。だから、仮初の命を吹き込む。例えばその人形に指示を出して、雑草を抜いたり水やりをさせられる」


「都合のいい人形を創るんだね」


「言い方は酷いけど、肯定する」



 自然魔術は大きく分けて4つの形がある。

 地形に関与する環境型。

 動物に関与する生物型。

 植物に関与する植物型。

 そして、命に関与する生命型。


 初級魔術のように簡単な型が3つ、ではなく、それぞれが上級相当の知識と経験、そして膨大な魔力が求められる。



「賢者エスト。その人形を借りるわ」



 ネモティラが手のひらアリアの魔法陣に自らの魔力を流すと、その制御を己の物とした。エストが動かすよりもわずかに鈍いが、机の上を歩くアリアに、ネモティラが手を広げて見せた。


 そしてエストの魔力が充填された魔石をひとつ握ると、魔石を中心に多重魔法陣が展開される。



「生命型は他と違って触媒を使う。発動時間は内包する魔力次第。仮初とはいえ生命の創造だから、使う時は覚悟して」



 小さく息を吸い、大量の魔力と共に放たれた。



擬命創造ネグラード



 大きく広がった魔法陣が対象の大きさまで圧縮されると、心臓を象るように魔石が埋め込まれた。

 最後にパッと魔法陣が輝き、ただの土像アルデアだった魔術に擬似生命が宿る。


 土像アルデアの操作を辞めても尚、勝手に動く手のひらアリアには、魔術による偽物の生物へと変わった。



「お〜、僕がやるより自然に動く」


「生きているからな。ほら、怒っている」



 メイド服のスカートを摘みながら、ズカズカと足音を立ててエストに詰め寄る手のひらアリア。小さいのにぷんぷんと怒った表情は本家にそっくりであり、高い造形技術のせいで殊更生きている実感が湧く。


 言葉は理解できるが、発声器官が無いために会話はできない。



「これはどれぐらい生きられるの?」


「5分の制限を設けた。それがこの人形の寿命」



 それを聞いたエストは、簡単な知能テストを行った。名前は無く、自分が造られた命であることを認識し、反逆の意思が無いこと。

 そして生みの親である創造主の命令を絶対とするが、不可能であると判断すれば、待機状態になること。


 本当に都合のいい人形だなと思っていると、その時がやってくる。



 魔術が発動してからピッタリ5分。

 先ほどまで問題なく歩いていた手のひらアリアは、パタリと机の上に倒れ込み、土像アルデアの魔力ごと空気中に還っていった。



「ダンジョンの魔物みたいだ」


「エルも同じことを言ってた。これで擬似生命と言った理由が分かるでしょ?」


「うん。ダンジョンの魔物が造られた命だとするのなら、納得いく」



 擬似生命体はその亡骸が残らないせいか、生きていた実感が湧きにくい。存在する間は明確に認識できるのに、消えてしまえば忘れてしまう。


 散った花のような感覚だ。

 咲くはずのない花が咲き、散ってしまえば本来の姿に戻る。

 仮初の命とはいえ、生死の認識が曖昧になる感覚を自覚したエストは、『これは使いたくない』と言った。



「そう。次は植物型。魔力で植物を創るものと、既にある植物を操作するものがある」



 ネモティラが頼まれたのは、自然魔術を教えることだ。それを使うかどうかはエスト次第であり、頼みを反故にしたわけではない。


 どうでもいいと言わんばかりに次のステップに進むと、大量に買い込んでいた紙に術式や見解を書き込んでいく。


 途切れぬ集中力で話を聞くエストは、彼女が思っている以上に自然魔術を面白く思っていた。


 既に存在する物体を用いる魔術は多くないが、自然魔術は大半がその形をとっていたのだ。無論、使う魔術によっては変わるが、教わった4つの型は全て、在る物を使えた。


 エストとしては大地の創世を学ぶ気でいたが、流石にそちらは人間には使えないため教えなかったと記している。


 しかし一日で教わった4つの魔術は、どれもエストが考えもしなかった、刺激を与えるものだった。






「自然魔術。どうだったの?」



 就寝前、エストの胸に耳を当てたシスティリアが、その鼓動からまだ興奮していることに気づく。



「凄かった。あの理論は完全に魔法を術に落としただけなんだ。だから、魔道書を読んで得た知識が殆ど役に立たない」


「それは……凄いわね。アタシも使ってみたい」



 珍しく嫉妬する彼女の頭を撫でながら、エストは『いいでしょ』と自慢げに言う。ムッとしたシスティリアが顔を上げると、彼の顔が目の前にあった。


 もう何度も近くで見ているというのに、彼女は頬を紅く染めた。

 バシバシとベッドに尻尾を打ち付ける様から、今の感情が直接伝わっていく。



「可愛い。僕もシスティと、この面白さを共感したいよ。でもそれ以上に、今の君は可愛い」


「っ……そっ。別にアタシは可愛いとか? 言われ慣れてるし?」


「でも尻尾は正直だね」


「ん……っ! う、うっさい!!!」



 そう口では言うものの、エストに抱きついて顔を隠すシスティリア。尻尾はさっきよりも激しく振られており、誤魔化しが効かない。


 優しく抱きしめてあげるとシスティリアは腕の力を緩め、顔全体を赤くしながらエストを見つめた。

 すると、同じ気持ちだったのかエストの方から顔を寄せ、震える唇を重ねる。


 ピクっと彼女の体が跳ねるが、布団の中で繋いだ手がほどいていく。



「…………ずるい」


「ちょっとずるい方が好きでしょ?」


「……うん」



 普段は手を取ってくる彼女は、反対に手を取られることに弱い。それを理解しているエストだからこそ、押し引きが絶妙な接し方ができる。


 全て理解されてやられていると知り、システィリアはますます嬉しそうに尻尾を振りながら顔を擦りつけた。



「すぅぅ……はぁぁ。いい匂い」



 エストから放たれる芳醇な魔力の香り。

 それ以外にも、彼女を魅了してやまないフェロモンが鼻をくすぐり、深い安らぎを与えてくれる。

 彼に抱きついていると、いつの間にか眠ってしまう。それほどエストの香りは、システィリアにとって心地よいのだ。


 小さく寝息を立てる彼女を撫でながら、ようやく興奮が落ち着いてきたエスト。

 自然魔術を試したくて仕方がないが、まだもう少しこの森でやれることがあるので、明日は魔力充填に力を入れることにした。



 朝目が覚めると、システィリアが服の中に顔を突っ込んでいた。いつも通りの朝だ。


 一体どれだけ匂いを嗅ぐのが好きなんだと言いたくなるエストだったが、自身が彼女の尻尾が大好きなだけに、同じようなものかと納得してしまう。


 体を揺すっても中々起きない。

 何とかして服を戻したエストが頬をつついて遊んでいると、ガチャっとドアが開いた。



「これ、起きろ。起きるのじゃ。鍛錬の時間じゃぞ!」


「……あと10ぷん」


「欲張りじゃなぁ。エストは起きておるな?」


「え……じゃあ僕もあと10分……」


「じゃあとは何じゃ! じゃあとは! 本当にお主らはイチャイチャしおって……わらわ、ちょっと心配じゃぞ」



 この2人が同じ家で定住するようになったら、仕事ができるのかと不安になる魔女。朝からこんな様子では良くないと分かっていつつも、可愛い息子と義娘が幸せなら、それでいいと思ってしまう。


 まだまだ子どもだと分かっている魔女は、仕方なく10分後に出直すと言い、再度起こしに来てくれるのだった。

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