第67話 穏やかな地獄


 活性化したダンジョンの調査依頼を受けたエストとシスティリア。10歳と13歳という幼い2人だが、Cランクパーティとして認められた。


 片や魔術狂いの白い悪魔。

 片や修行中の才ある獣人。


 言い合いが絶えないまま、エルダーオークの討伐報酬を受け取った。

 そこそこのお金を手にした2人は、宿の部屋で作戦会議をしているところだ。



「20万リカ……アタシも貰ってよかったの?」


「いいよ。お金に困ってないから」


「なんか嫌な言葉。上から目線だわ」


「実際上だもん」


「はぁ? アタシの方が3つも歳上よ! 敬語を使いなさい!」


「……ネフ、人ってめんどくさいね」


「コラー! 鳥に逃げるな!」



 ここまで爆発的に明るい人が居ると、落ち着いて旅も出来やしない。

 仲間にしたのはミスだったかもしれない。

 そんな気持ちとは裏腹に、存外心地よいことに気がついていた。



「さ、光魔術の鍛錬だね。手だして」


「はい」



 長期的に活動していいとのことなので、まずはシスティリアの鍛錬から始める。

 最低限一人前の光の魔術師になるためには、痛みへの耐性を手に入れなければならない。


 差し出された白い右手を取ったエストは、細くも力強い人差し指を握り、一気に反対方向へ折った。



「ぎゃぁああああああ!!!!!!」


「はい、治して」


「無理無理無理無理! 痛い痛い助けて!!」


「……治癒ライア



 エストが詠唱すると、黄金の単魔法陣が輝いて指を治した。目尻に涙を浮かべるシスティリアは、右手をさすながらキッと睨む。



「今のが初級光魔術、治癒ライア。魔力により治癒能力を増強させて、あたかも魔術で治したように見せる魔術」


「……変な言い回しね」


「これは術を掛けられた人の治癒力に依存するんだ。死にかけの人に使ったら逆に死んでしまった、なんて例は無数にあるよ」


「嘘でしょ?」


「だから、この魔術は一長一短。骨折までの怪我には使えるけど、瀕死の人には使えない。その分魔力を消費しない。よく覚えて。忘れても思い出させてあげる」


「わ、わかった。怖いわね」



 次にエストは単魔法陣の構成要素を教えると、システィリアは無意識に6つの解を出していた。

 どうやら魔術自体にはかなりの才を持っているようで、決闘の時、内臓を治したのも無意識だったらしい。


 だが、そこを敢えて言語化することで、意識的に使わせるようにした。


 いざという時、成功率が99パーセントではダメなのだ。1パーセントのリスクは、命をかけるには大きすぎる。



「次、実践ね。僕を治してほしい」


「その頭は治らないわよ」


「……指を治してほしい」



 少々イラッとしたが、飲み込んだ。

 エストは左手を前に差し出すと、自分で人差し指を折った。しかし汗ひとつかかずにシスティリアの前に近づけ、魔術の発動を促す。



「ら、治癒ライア


「治ってない。このままだと腫れるよ」


「ど、どど、どうすればいいの?」


「知識を付けるんだ。骨がどういう構造なのか、指の動く仕組みを、治るプロセスを明確にする。感覚で使えば最悪後遺症が残るよ。ちゃんと教えるから、学んで」


「はいっ」



 未だ反対に曲がったままの指を見て、慌ててシスティリアは返事した。エストは持っている知識を与えることを約束すると、完全無詠唱で人差し指を治療した。



「システィならできる。ちゃんと使える」


「あ、当たり前よ!」


「うん。疑問に思ったことは何でも聞いて。僕も一緒に考えるから」


「一緒に……ええ、遠慮なく言わせてもらうわ」



 そうして、指の骨折が日課という、地獄の生活が始まった。システィリアは知識を付けることはもちろんのこと、エストの日課に付き合い、ギルドの訓練場で打ち合いをする。


 朝の運動が終われば勉強が始まり、エストが土板に様々な怪我の状態や仕組みを書き記し、実際に負うことで確認する。


 この際、エストは表情ひとつ変えずに体を傷つけた。

 これは実際に魔女がそうして教えたことで、最も効率よく学べるからだ。



「アンタ……どんな精神力してるのよ」


「怪我は経験することで治すイメージを早く見つけられる。この怪我にはこのイメージ。あの怪我にはあのイメージって覚えると、似た怪我を治す時に早く治せる」


「だから答えになって……はぁ。心配よ」


「心配?」


「アンタ、いつか自爆して死にそうだわ」


「……ソンナコトシナイ」


「嘘よ! 今の間は経験済みだわ!」



 痛いところを突かれてしまった。

 エストの好奇心は時々身を滅ぼすので、監督者が必要だ。森では魔女がその役目を果たしたが、学園ではおらず、この旅もシスティリアが果たせるか怪しい。



「死ぬ前にシスティが治してね」


「ふん、嫌よ!」


「酷いなぁ。僕はシスティを治すよ?」


「えうっ……じゃ、じゃあアタシも治すわよ」


「はい言質とった。言い訳はナシだよ」


「ぐぬぬぬ……!」



 子どもような言い争いだが、実際子どもである。

 しかし、やっていることは大人でも逃げ出す痛みを伴うものであり、涼しい顔でこなすエストはやはりおかしい。


 そうして穏やかな地獄の日々が一週間も続けば、システィリアの治癒ライアは劇的な進化を遂げていた。



 いつも通りの日課を終え、宿で練習をする。

 今日はエストの骨折を治したあと、システィリア自身の骨折も治す。


 さっと指を折って差し出すと、黄金の単魔法陣が浮かんだ。



治癒ライア……どう?」


「うん、完璧。次はそっちの番だね」


「くっ……折って。カウントダウンね!」


「はいはい。さん、にー」


「痛たた! にーでやってんじゃないわよ!」



 初日とは痛がり方も変わり、慣れを見せている。

 システィリアは左手をかざして魔法陣を出すと、エストの時と同じ治癒ライアを発動した。


 光が収まってから手を握る。痛みは無い。

 何度か開いて握っても、違和感は無い。



「できた……できたわ! やったぁ!!」


「おめでとう。よく頑張ったね」


「うん!」



 そう言ってシスティリアは頭を差し出した。

 エストは一瞬『首を折るのか?』と思ったが、即座に撫でて欲しいのだと理解した。

 目を細めて堪能する彼女は、大変な目に遭うかもしれなかったことを知らない。


 適度なご褒美がシスティリアを大きく伸ばすことを実感したエストは、治癒のステップを踏むことで、撫でることを約束した。



「──はっ! なに触ってんのよ!」


「よく言うよ。でも、骨折だけが怪我じゃないからね。これから切り傷、打ち身、筋肉痛とか、色んな痛みの治し方を教える」


「分かってるわ。全部治せばいいんでしょ? ふん、余裕よ余裕。とってもイージー」



 明らかに調子に乗っているので、エストは冷たく言い放った。



「慢心したら新たな痛みを教えてあげる」


「……こ、怖いこと言わないでよ!」


「油断したら死ぬよ。無知と慢心は同じくらい危険。出来るようになって喜ぶんじゃなくて、出来て当たり前にするんだ」


「……はぁい。厳しいわねっ」



 まだ浮かれているように思えたエストは、数段声のトーンを落として話す。



「エルダーオークは幸運だった。これからは、君が強くならないとダメだよ」


「ええ……そうね」


「僕だって万能じゃないから。忘れないで」


「……それは流石に嘘よ」


「無知は?」


「慢心と同じくらい危険。分かってるわ」



 合言葉のようになったこの文言を、システィリアは頭に刷り込ませた。エストに魔術を教わる過程で、如何に己が無知かを思い知らされたのだ。


 どうして中途半端な能力しかないのか。


 その力の引き出し方を教わり、以前までの彼女がどれほど危うい存在だったのかを理解した。



 一週間でその事実を知ると同時に、システィリアの財布に秋が訪れた。

 明日からは依頼を同時並行でこなすため、更に難易度が上がる。



「大丈夫。システィならできる」


「な、なに? 今日は随分と優しいけど」


「いやぁ? 僕は常に優しいよ」


「そうかしら。そう……かもね」




 少々盲目的な彼女はまだ知らない。



 骨折の痛みなど優しく思えるほどの激痛が、未来の自分に降り注ぐことを。

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