第2話 親バカ魔女

「これが、ごぶりん! こっちが、おーく!」


「そうじゃそうじゃ! エストは偉いのう!」



 魔女エルミリアが赤子を拾ってから五年。

 メイドのアリアが描いた絵を見て、それが何の魔物かを当てる教育がされていた。



「こうして見るとご主人、弟に構ってるみたい」


「なっ!? わらわは822歳じゃ!」


「誰も歳の話はしてないんだよなぁ」



 メイドの小言に過敏に反応する魔女。

 しかし、エストは絵を見て声を出していた。



「どらごん!」


「ドラゴンも覚えたのか? やはりエストは優秀じゃのう。将来は宮廷魔術師かの? それとも英雄か?」


「おねーちゃんとけっこんする!」


「わははー! わらわと結婚するか! よいのう!」



 エストは魔女をお姉ちゃんと呼ぶ。

 そしてアリアのことをママと呼んだ。

 別に誰がそう呼べと言ったのではない。


 絵本を読み、エストが勝手に判断したのだ。

 しかし、母親のように接するのは魔女であり 、姉のように構うのはアリアであった。



「魔術師? ご主人、エストに魔術教えるの?」


「いやなに、エストは魔術自体もう使える。わらわが教えるのは、正しい使い方じゃよ。人を傷つけず、己を守り、敵を討つ。そして大切な者を守る。それがわらわの教育じゃ」


「いいね〜魔術。エストはどんな魔術が使えるの?」



 アリアは何となく聞いた。

 しかし、答えを聞いて後悔する。



「氷じゃ。エストには氷魔術の才がある」



 氷。

 それは人族が最も嫌う魔術の属性であった。

 嫌われるには無論、理由がある。


 歴史に悪名を轟かせた賢者が、街を凍らせ、大量の死者が出た。

 たった一人が暴れた事件を、人は全ての氷を使う魔術師が悪だと認識し、差別した。

 更には氷魔術を使った冒険者が誤射してしまい、仲間の命を奪ったことで、より一般にも悪印象が広まった。


 他にも、魔術師が氷を使って失敗する度、槍玉に挙げられた。



「……ご主人。エストは外に出さないようにしよ?」


「案ずるな。それを決めるのはエスト自身じゃ」



 氷を使う魔術師は、他の魔術師に比べて失敗談が多い。


 その理由を、魔女は知っている。

 ゆえにこう言ったのだ。


 ──正しい使い方を教える、と。


 魔女は永い時を生きてきた。

 アリアは龍人族と言えど、まだ95歳。

 見た目は17歳程度だが、知らないことの方が多く、魔術を使うことが苦手だ。


 勉強に疲れたのか、魔女の腕の中で眠るエストは穏やかな表情である。

 それを見て、同じく目を閉じる魔女も。


 しかし、アリアだけは心配そうに見ていた。

 人族が何よりも氷の魔術師を嫌うことを、知っていたから。





 時は流れ、エストは7歳になった。


 魔女の書斎に入り浸り、魔道書を読む毎日。

 されど魔女とアリアには甘え、すくすくと育っている。


 アリアは現在、街へ買い物に行っている。

 

 エストは魔女の部屋で魔術の勉強をしていた。

 椅子に魔女が座り、膝の上にエストが乗る。

 昔から変わらない光景だ。


 ただ最近は、エストの成長が著しく。

 魔女の視界は狭くなっていた。



「この、多重魔法陣と重層魔法陣のちがいはなに?」


「それはの〜、エストに言うても分かるかの〜?」


「わか……らないかも」


「じゃろう? まずは単魔法陣をきちんと理解することじゃ。多重魔法陣はその先じゃからの。躓いたらアリアが最初から教えてくれるでの。た〜っぷり考えよ」


「うん、師匠」


「師匠はやめい! お姉ちゃん、と呼ぶのじゃ」


「……それはアリアお姉ちゃんの方じゃ?」



 今はすっかりお姉ちゃん呼びは辞め、師匠に変わっていた。

 そしてメイドの方が、「アリアお姉ちゃん」と呼ばれている。


 事の発端は、1年ほど前のこと。


 字が読めるようになったエストに、二人は本を読ませた。

 一冊、また一冊と読むうちに、魔女の姿とアリアの姿を見て、自分から呼び方を変えたのだ。


 そして恐るべきことに、実の親がこの場に居ないことに気付いた。


 魔女はいつか知る時が来ると思っていたものの、まさか6歳で、それも自力で知るとは思わなかった。

 アリアも同様に、母親の代わりが出来なくなると心配した。


 しかしエストは、変わらず二人のことを家族だと認識している。

 立場的には魔女が母親で、アリアが姉であることも。



「全く、賢くなりおって。甘えん坊は卒業かの?」


「……それはやだ」



 魔女の言葉に、エストは体の向きを変えて抱きついた。

 まだまだ一緒に居る、と。

 厳密には、離れたくない、と。


 そんなエストを、魔女は優しく抱きしめた。



「く〜っ! これじゃから我が子は可愛いんじゃ!」


「ただんま〜。今日は暑いよ〜」


「アリア、戻ったか。悪いがエストに単魔法陣の説明をしてやってくれぬか? わらわは風呂の用意をしよう」


「いやいや、逆でしょ。ウチがお風呂やるよ〜」


「む? そうか。ではエスト、もう一度単魔法陣じゃ」


「わかった」



 エストは感情表現が苦手だった。

 あまり表情にも出さず、思考が読みにくい。


 ただ、行動には感情が表れている。


 寂しい時は魔女やアリアと一緒に寝るし、家にいる時も基本はどちらかにくっついている。

 お風呂も一緒に入り、洗いっこするほどに。


 そんなエストを可愛く思い、二人は甘やかした。

 そして、気付いた頃には遅かったのだ。



「エストよ、一人で風呂には入れるかの?」


「うん。でも、やだ。お師匠ちゃんと一緒がいい」


「混ざっておるな……まぁ、そうか。一人で入れると言うなら問題ない」


「……もう、一緒に入らないの?」



 珍しくエストの顔に表情が浮かんでいた。

 寂しい、と。

 そんなエストにあてられた魔女は、蕩けたような笑顔で首を振った。



「そんなわけなかろう? これからも一緒に入るのじゃ。わらわ、そなたの絹のように白い髪が好きなのじゃ」


「……うん。ぼくも、おね匠ちゃんの髪、好き」


「そ、その混ざり方は悪意を感じるぞ! それだけはダメじゃ、わらわの尊厳が、わらわの尊厳が失われる!」


「でも師匠言ってた。ユーモアが大事って」


「ふむ。よいかエスト。ユーモアは人を楽しませるためにあるのじゃ。人を傷つけるユーモアはユーモアではない。それは良くないことじゃ」


「……ごめんなさい、ママ」


「おっほほぉ! うむうむ、分かればよい」



 二人の会話を掃除しながら聞いていたアリアは、「なんだコイツら」と小さくこぼすのだった。


 しかし、そんなアリアも負けず劣らずである。

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