氷の賢者は燃えている 〜棄てられた忌み子は最強の魔女に拾われました〜

ゆずあめ

第1章 魔女と龍人

第1話 忌み子

 人に無いものを持つというのは、劇薬であった。


 芸術に優れると作品で魅了できるが、一度の評価で人生が変えられてしまう。


 カリスマ性を持てば人々に頼られ、人々を導く。しかしたった一言であろうと失言をしてしまえば、一瞬にして積み上げたものが消える。その失墜の仕方は隕石の如く、恐ろしい速度で名声が消えていく。


 特別な力なんて、無い方が幸せなのだ。





「氷魔術? それは何の役に立つんだ。忌々しい」


 ロックリア当主は息子を捨てた。

 まだ産まれて間もない赤子に対し、氷の力なんぞ忌々しい、と。


 そして人が寄り付かない“魔女の森”に捨てられた赤子は、命の危機に瀕していた。


 見えず、聞こえず。

 しかし分かるのだ。自らを囲む狼の存在を。

 赤子は生存本能のみで魔術を放った。


 小さな氷がポトリ、と。

 赤子の周りに落っこちた。


「──ほう? 誰に教えられるでなく本能で魔術を使ったか。面白い、わらわが育ててやろう」


 白銀の髪を腰まで伸ばし。

 深紅の瞳は赤子を捉える。

 つばの広い帽子を被ったソレは、魔女であった。


 魔女は身長大の杖を振った。

 すると赤子と魔女のみが消え、狼は取り残される。


 小さな、されど立派な赤子を抱えた魔女の前には、家と呼ぶには小さすぎる、小屋が建っていた。


 扉の先は、外見よりも何倍も大きな館であった。


「──アリア、今日から家族が増えるぞ」


「ご主人おかえ……マジ?」


「マジじゃ。棄てられておったところを拾った」


 小さな体で老婆のような言葉使い。

 魔女のメイドであるアリアは、そんな魔女にはもう慣れていた。

 かくいうアリアも、普通の人間ではなかった。


 頭には角が生え、腰の辺りから尻尾が伸びている。

 彼女は龍人族。

 最強にして、絶滅した人類の末裔。


「弟かぁ。ま、いいや。でもどうやって育てるの?」


「……お主、母乳は出せるかの?」


「無理に決まってんじゃん」


「じゃのう。ミルクを買って来るのじゃ」


「それならウチが行くよ。ご主人は待ってて」


 そう言ってアリアは支度した。

 玄関を出ると、どこからどう見てもただの町娘だ。

 印象的な角も尻尾も、認識阻害の魔法がかかっている。


「ふむ、名前がなくては困るの。わらわが授けてやろう。そうじゃな…………そなたの名は──」


 大きく引いた椅子に座り、魔女は微笑む。

 抱えた赤子に名前を付けると、たいそう笑ったからだ。



 ──エスト。それが少年の名前だ。



 彼は後に、氷の賢者と呼ばれる魔術師になる。

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