第287話 誰も知らない東の国


「お〜、公爵領が見えてきた。最初のローブを思い出すね」


「懐かしいわね。アタシは今でもあのローブ、大切に持ってるわよ?」


「……僕のはワイバーンの炎で燃えちゃった」



 帝都からひとつ隣の公爵領にやってくると、ヌーさんは首を傾げて走っていた。


 エストのローブに関してはアリアも燃えた後しか知らないので、初めてのお揃いローブは2人だけの思い出である。


 前で甘ったるい空気を垂れ流す2人の後ろでは、アリアに掴まるライラと、その隣でリィトに乗るブロフが溜め息を吐いた。



「いつまで経っても変わらんな」


「ず〜っとイチャイチャしてるよね〜。これって本当に前からなの〜?」


「ああ。オレと出会った時にはこうだった」


「それはなんと……居心地が……」


「もう慣れたがな。あれだけ同じ時間を過ごして、飽きたりしないのか?」



 ドワーフは元より長命な種族のため、生殖本能が薄い。そのせいでエストたちの気持ちを計り知れないのか、そんな言葉を口にした。


 ライラは特に何も言わなかったが、アリアはしみじみとしながら答えた。



「う〜ん、飽きないから好きなんだよ。相手への興味が尽きないから、どれだけ一緒に居ても時間が足りない。昔のエストからは想像もつかないよ。こんなに人と喋ること自体がね」


「……昔のエストが気になるところだ」


「確かに……おしゃべりなエストさんしか知らないです」



 アリアとしては昔のエストを語りたい。が、それはエストの恥ずかしい過去かもしれないと思えば、容易に口にできる話ではなかった。


 そんなアリアを察してか、エストが振り返って言う。



「知らない方がいい。あの頃は人に優しくできなかったから」



 あまり触れたくないのか、昔の自分を口にしないエスト。そんな彼を隣で見ていたシスティリアは、顎に人差し指を当てて首を傾げた。



「まるで今が優しいみたいな言い方ね?」


「や、優しいでしょ! 優しい……はず!」


「ふふっ! 自信を持ちなさい。優しいわよ」



 システィリアの手のひらの上で転がされ、エストは悔しそうに歯を食いしばる。

 気が付けば意識の向ける先が彼女へと変わっており、最近は輪をかけてシスティリアに夢中になっている。


 そんな彼が好きで堪らないシスティリアもまた、エストに夢中になっていた。


 どれだけ一緒に居ても変わらない。むしろ興味が湧いていく2人の関係に、ライラたちは羨望してしまう。



「なんだか私も結婚したくなりますね……」


「ライラちゃんなら出来るよ〜。多分」


「た、多分……」




 そんな話をしながら、街に入ることなく公爵領を駆け抜けていき、日が暮れる前には帝都の南門前に着いた。



「ヌーさん、今回はここまでかな。一緒に来てくれてありがとう。カゲンから帰ってきたら、ヌーさんも新居で暮らそう。大きな土地を買ったんだ」


『ヌゥ……』


「ワンワン、バウバウ。その時はアンタたちも連れて来るから、少しの間待ってなさい!」


『ワンッ! ワゥゥ!!』



 神都では認められたものの、ヌーさんたち風狩狼ウィンドベネートが街に入ることは許されない。

 帝都の先でアリアと別れ、エストたちはカゲンへ向かう船を探さねばならないのだ。


 ヌーさんとも、暫しの別れである。


 一方ブロフはというと、静かにリィトを抱擁していた。



「またな……工房で迎えるまで待ってろ」



 最後に好物のオーク肉を食べさせてから転移させると、何とも言えない寂しい空気が流れる。

 しかし、また会うことを約束したのだ。

 ヌーさんたちを再びネモティラに投げたが、次に会う時は家族になる。


 エストは冷気の溜め息を吐くと、システィリアの手を取って門前の列に並んだ。


 しばらくして対応の番が回ってくると、身分証を見せる際に星付きの2人のギルドカードに門番が唖然としてしまい、俄に騒ぎが起きた。



「も〜、しょうがないな〜。ここはウチが対応するから〜、皆は先に行ってて〜」


「ありがとう、お姉ちゃん。また後でね」


「行ってら〜」



 とりあえずエストたち4人を帝都に入れてもらえば、神国で起きたことを衛兵たちと共有し始めるアリア。

 頼りになる姉に感謝して帝都に来れば、二手に別れて船を出してくれそうな人を探すことに。



「アタシたちは商会から探すのかしら?」


「そうだね。ファルム商会なら漁師も商人も集まるし、色んな話が聞けると思うから」



 ──そう思い、職員に訪ねてから30分後。



「申し訳ありません。カゲンに船を出せる漁師が居らず……依頼という形でしたら可能かと」


「そっかぁ。何か理由とかあるの?」


「はい。というのも、カゲンは島国と言われておりますが、その実態はただの無人島。独自の生態系から強力な魔物が跋扈しており、ただの危険地帯なのです」


「……え? いや、国があるはず。本当に」


「いいえ、ございません。直近で2ヶ月前にファルム様の意向で調査班を出しましたが、森と山があるだけで、人の気配は無かったと報告されております」



 わざわざ調査班を向かわせたのに、人の気配すら感じないとはおかしな話である。

 エストもシスティリアも頭の上に疑問符を幾つも浮かべ、とりあえず依頼として出すことを保留にし、宿を取ってから再びギルドに集まった。


 そこで、昔馴染みの受付嬢であるローズに、カゲンに行く依頼が無いかと聞くと──……



「無いですね。見たこともないです」


「だよねぇ……」


「先程ライラさんたちもお聞きになりましたが、何か目的が?」


「ちょっと僕の左腕が動かなくなってね。神国の聖女に『カゲンに行けばヒントがあるかも』と言われて」


「えっ!? そ、そういうことは最初に言ってください! すぐにギルドマスターに知らせます!」


「いやいや、知らせたところで……」



 無意味だろう。

 なんて思っていると、エストたちはギルドで待機を命じられ、宿に帰ることが出来なくなってしまった。


 暇潰しのカードゲームも2人では遊びがいが無く、ブロフたちも帰って来ないので、先に夕食を食べることにした。



「何があったんだろうね」


「わざわざ待機させるんだもの。何かワケがあるはずよ。……ん、このお肉、スジが……硬いわねっ」



 いつものように食べていると、ギルドの中に3人の騎士が入ってきた。

 鋼鉄の鎧の胸には帝国の紋章が付けられており、剣の記章に3つの星が付いた男がエストを見つけると、食事をする2人の前で膝をついた。



「お食事中のところ、失礼します。ルージュレット皇女殿下の命により、賢者エスト様、並びにお連れ様に召喚の令が出ております」


「え〜……どうしてルージュが?」


「私たちにはお答え出来ません」


「そっか。じゃあちょっと待っててよ。そろそろブロフたちが帰ってくるからさ、一緒に行く」


「はっ。おい、伝令を出せ」



 3人のうちひとりが去ると、残った騎士たちは別のテーブルに座った。

 そして、エストたちに果実水を持ってきたローズが申し訳なさそうな顔で言う。



「マスターからの伝言です。『待機は終了。話は城で聞いてくれ』とのことです」


「……う〜ん、なんというか」


「ええ……大事になり始めたわね」




 ここに来てエストは、自身の腕が動かないことによる影響を知ることになるとは、思ってもいなかった。




「まぁ、ルージュなら大丈夫でしょ」


「そうね。信頼出来る人で助かるわ」

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