第6話 魔女の推薦状

 魔術禁止の修行が始まり、3ヶ月。


 気温も高くなり、汗が滲む夏が来た。

 今では鬼ごっこも15分は走れる。

 エストの体に筋肉がついたのだ。


「──で、どうじゃ? 学校、行かぬかの?」


 エストの開発した冷風魔法陣の風を浴び。

 魔女の手には一枚の紙が握られていた。


 エストが10歳になってから魔法学校に入れよう。

 そう思って魔女が書いた、推薦状だ。


「行かない。それより時計、見せて」


「お主ま〜たバラバラにする気じゃろ!」


「構造が面白い。魔法陣みたいだから」


「はぁ……良き好奇心じゃ。ほれ」


 亜空間より懐中時計の魔道具を出した魔女。

 それに食らいつくエストと、手に持った紙を見る魔女。


 小さなため息と共に、どうしたものかと頭を抱えた。

 今やエストは、魔道具大好きっ子だ。



 魔道具とは、大まかに分けて2種類ある。


 それ単体が魔術的要素を持つ物と。

 魔力を流すことで魔術的要素を発現させる物。


 今エストの手にある懐中時計だった物。

 それは、前者の魔道具である。

 時計自体が魔力を持っており、針が時刻を示す。


 初めて魔道具を見たエストは、無反応だった。

 しかし、分解していいと魔女が言ってから、エストの魔道具に対する見方が変わったのだ。


 便利な物から、面白い魔術へと。

 そうして、今は時計の構造を知るべく分解中だ。

 既に3つ分解しているが、まだ足りない。


 時計の最も大切な、あと1つのパーツが足りないのだ。


「あ〜、また時計やってる〜」


「わらわの紙にも触れてくれんかの?」


「いい加減誘うのやめたら? ご主人」


 掃除を終えたメイドがお茶を持って現れた。

 エストの隣では、茶を啜る魔女が。

 魔女の正面の席には、推薦状を読むメイドが。


 それぞれのんびりと過ごしている。


「でものう。エストには友人というものが必要じゃと思っての〜」


「──見つけた」


「お、なんじゃ、もう魔帯真鍮またいしんちゅうを見つけたのか?」


「多分。これを入れたら時計が動く」


 カチャカチャと氷針ヒュニスを魔改造した針やドライバーを手に、時計の核を見つけたようだ。


 それは、小さく細い円柱状の真鍮だった。



「でもこれ、何?」


「理解せずにそれが心臓だと見抜いたのか?」


「うん。全部のパーツを入れたり抜いたりした」


「……何百個か歯車があるんじゃが、全部?」


「うん。5層目からだったから、すぐ終わった」


 熟練の職人が編み上げた5層構造の歯車たち。

 恐らく、誰ひとりとして思いもしなかっただろう。


 ただ構造を知りたいから、パーツの入れ替えを全パターン試されるなんて。


 それを聞いた魔女は、また頭を抱えた。

 ──つくづくこの子は可愛い、と。

 その才もあることながら、お茶目な一面もある。


 しかし、まだ魔帯真鍮は知らないようだった。


「で、これは何?」


「それは魔帯真鍮と言っての。名前の通り、魔力を帯びた真鍮のことじゃ。理解のヒント、要るかの?」


「……待って、考える」


 最近のエストは、ヒントを貰う前に考える。

 体力作りの時は早く地獄を抜けたくて即座にヒントを聞いていたが、成長したものだ。


 その成長を見て、魔女は笑顔になった。

 そして思う。


 そもそも真鍮を知らなければ理解出来ないぞ、と。


 ──しかし。

 魔術への興味は尽きないエストは閃いた。

 なぜ魔力を帯びるのか。

 どうしたら魔力を帯びるのか。


 果たしてこれは、本当に魔力を帯びているのか? と。


「予想だけど」


「構わぬ」


「多分これは、そもそもが合金」


「ほう? 何故そう思ったのじゃ?」


 いきなり核心に迫るエストを、一旦泳がせた。

 まさか既にそこまで見抜いているとは。


「……仮に、魔力を流した金属Aに、同じように魔力を流した金属Bを合わせた。ってだけじゃ、足りない」


「うむ、足りないの」


「じゃあこれは、箱であるという予想」


「……理由は?」



「帯びてる魔力……いや、中の魔力が、極々僅かに減ってる。だからこれは、魔力を閉じ込める箱であり、同時に合金かな。魔力の逃げ道と、それを塞ぐ壁みたいに出来てる」



 満点の回答だった。

 これがもし、魔道具師になるテストだったら首席合格は間違いない。


 作り方さえしらないけれど。

 だが、その構造理解度は職人と変わらない。


「素晴らしいのじゃ。ではエストよ、そなたは魔道懐中時計を作れるかの?」


「……! やってみる」


 やってみたい。

 そう思ったエストは、工房に行ってしまった。

 魔女の館には、小さいながらもそういった施設があるのだ。


「ってあ〜、行ってしもうた」


「ご主人が悪いね、今の」


「まさか本当にやるとは思わんかったのじゃ」


 息子の好奇心を見誤ったな、とお茶を啜る。

 対面するメイドは、心配そうに推薦状を見ていた。

 実はこの紙、魔女が書いた物では無い。

 正確には、魔女エルミリアが書いた物では無い。


 推薦状の中身はこうだった。


『 親愛なる古の魔女エルミリアへ

 以前は突然念話をして申し訳なかった。活発化したダンジョンを抑えるために各地を回っていたため、手紙が書けなかったのだ。

 さて、話は例のエスト君についてだ。

 私としてはその魔術の才をこの目で見たい。そして、初めて聞く氷の適性が安全かどうか、知りたいのだ。

 ついては彼が10歳になる2年後。是非とも我が校、『帝立魔術学園』の入学試験を受けさせてほしい。入学した際は謝礼として、我が国の甘味を大量に送ろうと思う。

 一考のほど、よろしくお願い致します。


 スーパーカッコイイ魔女ネルメアより』



「ご主人、甘味に釣られてない?」


「つ、釣られておらぬ! わらわは心からエストに友人を作ってほしいと思っておるのじゃ。アリアなら分かるであろう?」


「う〜ん、でも帝魔校って、3回の試験通っちゃったら1日も通わないで卒業できるよ?」


 帝立魔術学園。

 将来魔術師を目指す者や、冒険者や商人を目指す者であっても。その魔術の世界を知るために入学する、魔術専門の教育機関だ。


 設立には魔女ネルメアや魔女エルミリアも関わっているが、今は関係のない話である。


 そして、現在学園長あるネルメアが、たまに念話でやり取りをするエルミリアから聞いたのだ。

 優秀な弟子であり、息子の話を。


「……そ、そうであったな。あ〜、エストならやりかねん。どうしたものか。新理論を構築するまで卒業出来ぬようにしたらいいのかのう?」


「ひっど〜い。それ、下手したらエストのお友達が先に卒業しちゃうよ〜?」


「う、うむ、そうであるな。いやしかし!」


 魔女エルミリアは焦っていた。

 なぜなら歴代の魔術学園の試験内容を知っているからだ。

 そして、今のエストでも合格できることを。


 そもそも、7歳で複合魔法陣が使えることはおかしいのだ。


 一般的な7歳の魔術師の卵は、ようやく単魔法陣という言葉を聞くことがある……かもかもしれないという時。


 完全に理解し、なんなら再構築もするエストだ。

 魔女が教え、メイドが導いたとはいえ、エストの吸収する能力が半端ではなかった。


 出来れば、飛び級で今すぐ入学させたい。

 そうでないと、同年代とはそもそもの土台が違うために、友人を作れない可能性がある。


「あ〜、うむ。とりあえず甘い物が食べたいのじゃ」


「しょうがないな〜。あ、エストにも差し入れよ〜っと」



 前途多難である。

 しかしエストの帝立魔術学園の試験日は、刻々と迫っていく。


 我が子には家族以外の親しい人が居てほしい。

 そう思う、魔女なりの思い遣りだった。

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