第178話 力の使い方
「エスト、お嬢。この先に小さな村がある。そこで一泊してから進めば……念願の王都だぞ」
王都への道のりも終わりが見えてきた。
森を抜け、谷を越えて山を下り、川を跳んだ大自然の脅威もようやく落ち着きを取り戻す。
昼過ぎの暖かい時間に村に入れてもらった一行は、王都でウィンドウルフを迎えてもらうためにも村に役に立とうと動き出した。
エストは周辺の森でウルフたちを連れ、狩人と共に魔物を狩り、新たな家を建てている所にはブロフが力仕事をしに。
その他、情報収集と好印象を与えるためにシスティリアが奔走する。
それぞれが出来ることをやっていると、すっかり夜になってしまった。
民家より少し離れた位置に拠点を構え、村人と一緒に割った薪を火に焚べれば心地よい疲労感が全身を駆け巡る。
「ここは王都近郊の村だと一番小さいらしいわ」
「みたいだね。狩人も2人しか居ないから、期待の眼差しがむず痒かった」
「小さいなりに資源や人は循環している。オレたちが手を出すのはこれっきりだな」
手伝ってくれたお礼にと、冬の備蓄を渡そうとする村人も居た。
断るのに一苦労するほどに恩を感じていたらしいが、エストたちからすれば、今回の手伝いは打算的な行動に過ぎない。
「ウィンドウルフを仲間にする方法、しつこく聞かれたなぁ」
「優秀よね。嗅覚、聴覚、攻撃力。すばしっこい上に風魔術を使えるんだもの。欲しがるのも当たり前ね」
「単純な強みを活かしやすいのは狼の利点だな」
「でも魔物だ。どんなに可愛くても、魔術で縛っても、それは変わらない。だから自然魔術が強いんだけどね」
エストの隣でくつろぐヌーさんだが、自然魔術を切ればすぐに襲いかかってくるだろう。それが魔物の本質であり、動物として、生命としての在り方だからだ。
そんな在り方を捻じ曲げられる自然魔術がどれほど異常か。全ての属性を司り、世界そのものとされる属性が至高と言われる理由が分かる。
これまで空間の精霊ロェルが言った『属性では自然が最も強い』という言葉が理解できなかったエストだが、ヌーさんたちと旅をすることで実感した。
この魔術は、禁忌であると。
「ネモティラがあまり外に出ない理由がわかった気がする。精霊ということを無しにしたら……自然魔術は強すぎるんだ」
「……ちょっぴり可哀想ね」
魔力が許す限り、支配できる数は無限だ。
管理が難しいせいで実際の数は減るが、今のエストでも数十体の魔物を意のままに操れるだろう。
そんな魔術があると知れば、人は食いつく。
現に狩人が食いついたように、知られるほど欲しがる者は増え、終いには軍や王族が手を伸ばすことは明白だ。
ふと両手を見つめたエストは、改めて魔女に育てられて幸運だと思う。
「僕、師匠の元で育てられなかったら、人類の脅威になってたかもね。力の使い方って、失敗しないと学べないからさ」
「ふふっ、そうね。エルミリアさんも言ってたわ。『真っ先に魔力操作を覚えないと、力の矛先は周囲に向く』って。まさか体験談だとは思わなかったけど」
「お前は人の失敗をよく見ている。正しい恐れ方を知っている。最も効率よく成長する仕方を、あの方は教えたんだろう」
魔道書が魔術師の失敗談と言うように、魔女は様々な人間の失敗をエストに教え、その対策や改善方法を考えさせた。
エストが5歳で6つの属性を扱えるようになったのは、才能もさることながら、魔女の教育による賜物だ。
「僕も親になったら、師匠みたいな育て方をしたいな」
「あら。あらあらあら? あら? あらぁ!」
「システィが壊れちゃった」
「いつものことだ」
魔女への尊敬を示す言葉だったが、なぜかシスティリアの尻尾が激しく振られることになる。
真意は簡単に汲み取れてしまうものの、彼女の奥深くにある教育への考え方は、エストと全く同じものである。
一度でも魔女による指導を受ければ、“間違いでは無い”教育が理解できるのだ。
興奮するシスティリアに『そのうちね』と声をかけ、寝る準備を始めたエスト。
2人で同じベッドに入ると、エストの方から彼女と手を繋ぎ、少し先の話をする。
「王都で時間が確保できたら、魔術の研究がしたい」
「……いつもやってるじゃない」
「鍛錬じゃなくて、研究。教わった魔術を自分に合う形にしたいんだ。なんとなくだけど……自然魔術も空間魔術も、もう少し良くできそうなんだ」
「精霊から教わった魔術を改良って、他の魔術師が聞いたら剣を握りそうね」
「あはは、確かに。でも改良しないと、魔族と戦った時に大きな被害が出る……かもしれない。少しでも不安の芽を摘んでおきたいんだ」
ひとりでも多くの人を守るために。
そして、一刻も早く魔族を倒すために。
人を守り敵を穿つ、盾にも槍にもなる力を手にするためには、とにかく時間が必要なのだ。
既にジオの報告で最初に動く魔族の情報があると、そう伝えられている。それまでに魔術を自分のモノにしたい。
エストの決意に、システィリアは頷いた。
「アタシは旦那様を立てるわ。安心して背中を預けなさい」
「っ! ………ず、ずるい」
「ふふんっ、いつものお返しよっ」
彼女の曇り無き言葉にあてられ、エストは頬を赤くする。その時はどうかよろしくと、生活面を完全に頼ることにした。
しかし、それも時間が確保できた場合の話。
早朝に村を出た一行は、遂に王都を視界に入れた。
他の街よりも格段に大きな外壁や、門の前に集まる馬車の数に思わず声が漏れてしまう。
賢者リューゼニスが救い、その名を残すために帝国と名を分けたリューゼニス王国は、この街を中心に発展した。
久しぶりに街道に乗った3人と4頭が列に並ぶと、瞬く間に異名が囁かれる。
おい、アレって四風狼の三奇人じゃ……。
うわ本物だ。マジで魔物を連れてやがる。
誰か声掛けてこいよ……ひぃ、見られた!
依頼帰りの冒険者からチラチラと向けられる視線に、エストは首を傾げた。
「変な噂が広まってるね」
「この子たちを連れてるもの。当然ね」
「……リィト、どうした?」
王都に入れるのはいつになるのかと思っていると、ブロフの相棒のウィンドウルフが王都に向けて『ガルルル……』と威嚇を始めた。
ブロフのゴツゴツとした大きな手で頭を撫でられ、落ち着きを取り戻したが、リートは確かに危険を察知した。
「王都に魔物が居るのか?」
「え……ブロフ、アンタ気づいてないの?」
「リートが威嚇したの、先生だよ。というか先生の方から威嚇してきた」
「どういうことだ?」
何を言っているのか分からないというブロフの前に、突如として半透明の魔法陣が出た。
「おいおいクソ優秀なバカで弟子……なに魔物連れて来てんだぁ?」
「久しぶりだね、先生。でも先生だってシュンが居るじゃん」
「…………うるせぇ黙れハゲ!」
「家族同然だから忘れてたでしょ」
一瞬のうちに現れたジオに、予期できなかったブロフは固まってしまう。そしてニヤニヤしながらジオのブーメラン発言に返したエストは、右手を差し出した。
チッ、とひとつ舌打ちをしてからジオは手を取り──
「よく来てくれたな。とりあえず城に行くぞ」
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