第48話 才能が無くても
「ぐおお! どいつもこいつも強ぇんだよ!」
「風魔術とは、こうも厄介なものか!」
宝玉付近で戦っているユーリ、マーク、アルフレッドの3人は、たったひとりで防御している風の適性を持つ男子生徒に苦戦していた。
3人でかかれば簡単に倒せると思われがちだが、風魔術は妨害に回ると非常に厄介である。
向かい風で足を止められたり、見えない風の縄で縛られたり、逆に追い風で煽ることで転倒させたり。
使い方を知っていれば、こと妨害性能に関しては土魔術に匹敵する。
「せっかくエスト君がチャンスを作ってくれたんだ、勝たないと何言われるか分かんないよ!」
「くっ、それを考えると拙者、武者震いが……」
「だあああ! ひとりに負けるのは嫌だが、アイツに小言を言われるのはもっと嫌だ! お前ら、ぜってぇ勝つぞ!」
自信は無いがプライドはあるマークにとって、試合終了後に『なんで負けたの?』と言われるのが最も癪に障る。
実力がかけ離れているがために、本心からそう言っているんだと分かってはいるが……ムカつくものはムカつく。
マークが
マークの水魔術は、決して上手なものではない。
初級の発動は安定しているが、威力や数の改変はてんでダメだった。
チームの脳として働こうにも、どうしても水魔術を使う場面が生まれる。強力な壁の構築や、最低限の足止めにも咄嗟に魔術が使えなくてはならない。
ただ、どうしても上手くいかなかった。
『マーク、貴様には才能が無い。諦めろ』
『ここまで下手な人は初めて見た。あっはっは!』
『君は……うん。魔術師は目指さない方が良い』
1年生の時から、担任にそう言われていた。
魔術が使えなくては、何のために学園に来ているのか。学園生としての存在意義すら無いように感じていたマークは、どうせ辞めるならと、今回の対抗戦に出場した。
無能と蔑まれた自分が足掻く姿を見せてやる、と。
醜くとも、みすぼらしくても構わない。向いてない、辞めた方がいい。そんな言葉を無視して立ち上がる自分を見せつけたい。
『マークには僕が自信あるように見えるの?』
『……逆にお前のどこに自信が無いように見えるんだ?』
『知らない。そもそも僕は、自信が分からないから』
練習が始まってすぐ、マークはエストに聞いた。
『どうしてそんなに自信があるのか?』と。
しかし、相手が悪かった。魔術が好きな、それも愛していると言っても過言ではないエストは質問を理解できなかったのだ。
次にマークは、魔術を使う時、何を思っているのかを聞いた。予想では、『魔術のイメージ』と返ってくるはずだった。
しかし──
『もっと上手く、出来るはず。そう考えてる』
『……どういう意味だ?』
『魔術っていうのは、不正解はあるけど正解は無いんだ。僕の認識では、最低限不正解をしなくなって凡人。無い正解を求めて、考え、悩んで、自分なりの答えを出すのが魔術師だと思ってる』
ただ才能があるヤツ。そう思ってただけの存在が、誰よりも深い闇の中、誰も知らない『魔術の正解』に向けて歩き続けていた。
実力に驕ることなく、ただひたすらに前を歩く。
手を引っ張るようなことはしない。だが、頑張って食らいつけばヒントを落としてくれる。
人として好きにはなれないが、魔術師としての在るべき姿を見せられたマークは直感した。
これが、真の才能だと。
カリスマではない。天才でもない。多才でもない。
たったひとつ、諸刃の剣とも呼べる劇薬──魔術の才能を持って生まれたのだと。
常に己の心を律し、感情による魔力の暴走を防ぎ。
決して誰かを傷つけぬよう。
己を、人を守るため。
楽しい感情とは裏腹に、生きている限りずっと危険がそばに潜む。まるで呪いのような才能を、エストは持っていた。
「アイツは凄い……知ってる。ここに居るヤツら、皆凄いんだよ。でもオレだって……オレだってそうなりてぇよ!」
膠着する戦いの中、ふとエストの言葉を思い出す。
『魔術は下手。だけど賢いよ。魔術を使っている時は、皆立ち止まるからね。その発想は良いと思う』
唯一エストに褒められた、戦いの切り札。
それはエストにこそ効かないものの、他の相手なら有効打になり得る。
ユーリ達の火魔術が防がれた瞬間、マークは左手を広げて前に出す。
「一か八か……決めてやるッ!」
マークの前に青い単魔法陣が浮かび上がる。
それを目視した相手が、マークに向けて風魔術の準備を始めた。そして、攻撃させまいとユーリとアルフレッドが魔法陣を出す。
ここまでは何回も経験した。
だが、違うのはここからだ。
2人の方に目を向けた一瞬の隙をついて、魔法陣を消して走り出す。
鍛えてもいなければ、運動が得意でもない。
走る速度は遅い。このままでは対応されるだろう。
相手が向き直り、魔法陣を出した瞬間──
「おらぁぁ!!!」
右手に握った泥を投げ、相手の顔面に命中させた。
「ぐあぁっ!」
視界も思考もかき消され、対面する生徒は地面に蹲った。
「ユーリ、アルフレッド! 宝玉を壊せ!」
念の為に風の生徒に跨ったマークは、この試合最後の指示を出した。
アルフレッドが出した魔術に、ユーリの風魔術が加わり、熱量が増す。ゴウッという音と共に炎の槍は、真っ直ぐに飛翔する。
「いっけええええええぇぇぇぇぇ!!!」
誰よりも声を張り上げたマークの願いは……
『そこまで! 宝玉の破壊により試合終了!』
「よっしゃあああ!!!」
「おおおおおおおっ!」
「やったああぁ!!!」
学園長の言葉をもって叶えられた。
思わぬ強敵をエストの支え無しに突破できたことが、何よりも嬉しかったのだろう。
マークは涙を浮かべながら、2人の肩を抱いた。
「ありがとう……ありがとう」
「マーク殿、お手柄だった」
「泥を使うなんて、思いつきませんでしたよ」
強制的に入場ゲート前に転移させられると、凄まじい大きさの歓声が上がっていた。最後の判断を褒める言葉も飛んだりと、マークの機転は高く評価されたのだ。
2人に肩を組んだまま退場し、控え室に戻ると……そこには、蜂蜜たっぷりのトーストを頬張るエストの姿があった。
「お前なぁ……」
「あ、マークも食べる? 頭使ったでしょ?」
「ったく……2枚くれ」
小動物のように食べるセーニャとカミラに並び、マークも蜂蜜をたっぷりかけて食べるのだった。
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