第47話 これぞ魔術対抗戦


 控え室から観たメルの活躍は、それはもう素晴らしいものだった。最前線で相手の攻撃を防ぎながら宝玉を守る壁を分厚く維持し、魔術に長けていない者であっても、その活躍度合いが理解できた。


 カミラとマークの戦術組は感嘆し、同じ土の適性を持つセーニャは唇を噛んでいる。


「なんすかアレ。地面が急にトゲトゲになったっす。いつ地形変形アルシフトを使ったんすか?」


「あれは薄い土壁アルデールを地面に敷いてたんだ。相手の進行と同時に変形させて、足止めした」


「えぇ……なんすか? そのエストさんみたいな戦い方。バケモンっすよ」


 攻撃、防御、妨害。チーム戦において必須級の役職を一人でこなせるのは、土の適性ならではの技だろう。そこに他属性の魔術知識も相まって、メルは鉄壁の要塞であると同時に、厄介極まりない手札を持っている。


 それは偏に《ひとえ》に、メルの努力があってこそ。


 エストはヒントを与えたが、それをモノにしたのはメルだ。分け与えた種で見事な花を咲かせてみせられては、エストも純粋に喜んだ。


「おお、早い。さっきの僕らと違って、危なげない勝利だった」


「一応言っておくが、バンは優勝候補だぞ」


 マークの注釈に『あの程度で?』と声に出かけたが、それは5人に不快な思いをさせると考え、飲み込んだ。

 今の戦い方を見るに、メルの方が優勝候補に近いだろう。もしメルとバンが当たっていても、結果は変わっていないと思った。


 

「隠し球、ちゃんと用意してるよね? メル」



 映像の中で喜ぶメルに、そう問いかけるのだった。




 エスト達の3回戦目は、非常に不利な相手と思われた。

 次に当たるチームは持久戦を得意としているため、消耗の激しかったセーニャの魔力が尽きれば、一気に攻め込まれるだろう。


 それは皆も懸念しており、対策を練っている。


「壁は土と水を交互に置くか?」


「う〜ん、ハッキリ言って5枚が限界っす。3方向を囲んだとして、次の試合にゃ使い物にならなくなるっす」


「……このチームもここまでか」


「ちょっとマーク! 諦めないでよ!」


「仕方ないだろう? エストに頼りきってはオレ達の為にならない。だったら、潔く負けを覚悟して戦う方がいい」


 部屋の空気が張り詰める。

 一触即発とまではいかないものの、考え方の違いがハッキリしており、3回戦を勝ちたいカミラは立ち上がった。


 そして、少し離れた位置で堅パンサンドを食べるエストに意見を聞く。


「エストくんはどう? 勝ちたくないの?」


「……面白い魔術が見たいから、負けるつもりはないよ。でも、僕はできる限り魔術を使わないし、あとは好きにしたらいい」


「勝ちたいか勝ちたくないかを聞いてるの!」


「勝ってどうするの? カミラが勝ちたいのは知ってる。マークは諦めてるけど、ここまで勝つために沢山考えたのも知ってる。どうして僕を引き合いに出すの?」


 魔術にしか興味が無いエストに聞いたのは間違いだった。しかし、ここまで2人は勝利のために思考し、練習を重ねたことに違いは無い。

 少し熱くなりすぎたカミラは、一度深呼吸してからマークに頭を下げた。


「ごめんなさい。カッとなっちゃった」


「いや……オレの方こそ熱を冷ました。悪い」


 多少の行き違いはあったものの、ここまで時間をかけて連携を磨いた仲だ。今はもう、次の試合に向けて考えている。


 しかし、良い案が思いつかないのも事実。

 堂々巡りになることを恐れたカミラは、決断する。



「──戦いながら考える。臨機応変に、ね?」








『3回戦第1試合、始め!』



 練習では上手くできた防衛も、相手によっては崩される。それを学んだカミラ達は、遂に土魔術を温存する手を選んだ。


 開幕直後、ユーリとアルフレッド、そしてマークが進行する。エストではなくマークが攻撃に回るのは、その優れた戦況把握能力を活かすためだ。


 負ける可能性が高いなら、せめて最後は前線に行ってみたい。そんなマークの打診を、カミラが受け入れた。


「ねぇ、今更なんだけどさ……エストくんの適性って、何? 土が使えるのは知ってるんだけど、本当にそれだけ?」


「うん。他の属性魔術を知ってるから、色んな形に変えられるんだ」


「そう……だよね。急にごめんね」


 唐突に適性の話題を出されると、流石のエストもひやりとした。早く試合が動かないかな〜と思っていると、その願いは叶ってしまう。



 突如として、森の木々が悲鳴を上げ始めた。



 ミシミシと繊維が折れる音が響き、ズン、ズン、と重い物を動かしたような地響きが聞こえる。エストは目視するよりも早く、魔力感知を森に伸ばした。


 すると……両チームの真ん中辺りに、巨大なゴーレムが出現していた。



「どうして魔物が──これ、魔術だ。マジ?」



 岩の塊がかろうじて人の形をとったゴーレム。その心臓部分に、多数の魔法陣が埋め込まれていた。見上げるほどに大きな姿は、木々よりも背が高かった。



「なんすか。今日は厄日っすか」


「諦めないでよセーニャぁ!」


「今回の対抗戦、おかしいっすよ。あのゴーレムに勝ったとして、土魔術の天才が待ってるんすよ?」


「分かる……分かるけど!」



 今度はセーニャが諦めモードに入ったが、土の適性を持っているからこそ、ゴーレムを造れる異常さを肌で感じているのだ。


 持久戦が得意と聞いていたチームが、どうしてこんな秘密兵器を持っていたのか。現在進行形でゴーレムと戦っているマーク達に、考える余裕はなかった。



「くそ……オレの水魔術じゃ役に立たねぇ!」


「マークさん! 木が倒れますよ!」


 

 自信が無いからと魔術の勉強を疎かにしたせいか、歯が立たない。体を鍛えていないマークに向かって、ゴーレムがなぎ倒した木が頭上に迫る。


 しかし、それがマークをぺしゃんこにすることはなかった。

 木の側面に、炎の槍が刺さって軌道をズラしたのだ。



「マーク殿。考えてくれ。拙者たちは今、ゴーレムを足止めすることしか出来ない。じきに生徒らが攻め込むことは分かっている。だが、どうすればいいのか分からないのだ!」


「アルフレッド……オレは」


「この際なんでもいい。今の状況を打開できる何かを教えてほしい」


 火槍メディクでマークを助けると、冷静に作戦を聞いた。ゴーレムを誘導して、なんとか宝玉に近づけさせないことしか出来ない今、マークの頭が必要なのだ。



「……エストだ。エストを呼べ」



「マーク殿……」


「いいんだ。オレ達は沢山練習した。魔術の使い方も、陣形の動かし方も。ただ、相手が上だった。それだけだ」


 いいから呼んでこいと。それだけアルフレッドに託すと、ユーリと共に時間を稼ぐ。控え室ではあれほどエストに頼らないと言い、基本がエスト抜きの作戦を立てていたがために、決断の重さが窺える。


 何かを得ようとする時、何かを捨てなければならない。


 マークは今回、プライドを捨てて秘密兵器に頼る判断を下した。

 あまり良く思っていない、無表情な1年生。

 魔術の腕は果てが見えないほど高く、コミュニケーションが異常に下手。顔は良いのに対応がダメだと、何度心の中で罵倒したことか。


 でも。今回ばかりは頼るしかなかった。



「──エスト殿! ゴーレムを……ゴーレムを倒してくれ!」


「いいの? じゃあ3人で宝玉に向かって」


「わ、分かった! 絶対……勝ってくれ」



 気が抜けるほどあっさり返したエストは、珍しく本気で魔術を使う。ゴーレムを創造し、操作するなんて魔術は今までに思いつかなかったアイディアだ。


 とうに魔法陣の解析を終わらせていたエストは、改善点を出している。

 つまり、あとは実行するだけだ。



 イメージを固めると、地面に広大な魔法陣が出現した。単魔法陣シングル多重魔法陣マルチプル、圧縮魔法陣といった多数の魔法陣が重なると、茶色く輝く。しかし魔術は発動しない。


 この上に、以前作った中継魔法陣を乗せる。


 すると地面の魔法陣に溶け込み、数百を超える構成要素が糸のように上へと伸びた。その糸を繋げるように、もうひとつ巨大魔法陣を展開させる。


 すると──



足から順に、巨大なアリア像が造られていく。


 赤と銀の鎧を身にまとい、特徴的な角と尻尾こそ無いものの、像から発せられる威圧感はアリアそのものである。








「ふぉぉぉぉぉ!! ゆけー! アリアー!」


「やめてご主人……やめて!」



 ゴーレムと戦うべく出現した巨大アリアは、助走をつけて森を走る。ドシ、ドシと重い足音を響かせ、大きな拳を振りかぶった。


 岩石が砕ける音と共に、巨大アリアの右手も散る。ゴーレムはゆっくりとその形を元に戻そうとするが、アリアの方は瞬時に回復していた。


「早いな……あぁ、圧縮魔法陣か。しっかり考えておるようで感心じゃ」


「……はずかしい」


 特別席から満面の笑みで試合を観る魔女と、顔を真っ赤にして両手で覆うアリア。自分そっくりの像がゴーレムと戦うとなれば、羞恥心で顔から火が出そうになる。


「動くぞ! そこじゃ! アリアキーック!」


 再生中のゴーレムに対し、勢いを付けて飛び蹴りを繰り出す巨大アリア。森を抉るように地形が変わり、宝玉前までゴーレムが吹き飛ぶ。


「ぬぅ惜しい! ぬぅ惜しいのじゃ!」


「……変な言葉作ってる」


「ゴーレムが起き上がったぞ!」


 巨大アリアが体勢を立て直す隙をついて、ゴーレムが先に行動した。ゴーレムは完全な人型ではないため、勢いを付けて突進する。


 岩石の塊であるゴーレムが体当たりした瞬間、轟音とも呼べる音量で金属同士がぶつかる音が響いた。比較的距離はあったが、エストの表情が歪む。


 今のエストは全神経を巨大アリアの操作に費やしている。ほんの一瞬でも集中が切れると、一気に押されかねない。


「またじゃ! また突進されるぞ! 避けろアリア!」


「……避けて!」


 仰向けに倒れていた巨大アリアだったが、横に転がることでゴーレムの突進を回避した。しかし、避けたことで宝玉のすぐ前まで攻め込まれてしまう。


 形勢逆転だ。

 相手が宝玉を狙えば、敗北は濃くなる。


「あれ、ヤバいんじゃない?」


「ふっ……ロマンが分かる者は不粋な真似をせぬ」


 魔女の言葉通り、ゴーレムは宝玉ではなく巨大アリアに体を向けた。どうやら相手の操縦者もようで、戦いを楽しむつもりらしい。


 これから更に面白くなる、というところで第2皇女が呟いた。


「あのような魔術をいとも容易く……」


「いとも容易く、だぁ〜? ルージュ、お主バカじゃろ。これを見よ! エストは涎を飲み込めぬほど意識を集中しておる。あの子はそこまで万能ではないのじゃ。難しいことは難しい。出来ないことは出来ないのじゃよ」


 真剣な表情のまま固まり、一歩も動くことなく操作に集中するエスト。あれだけ異常な動きを見せた者が、そこまで全力で集中せねばならない。


 では、相手はどうだ?


 魔女がゴーレム側の生徒を映すと、そこには3人の土魔術師と、2人の水魔術師が膝立ちで操作に集中していた。


「……まさか、5人で行う魔術を、1人で!?」


「うむ。魔法陣を改良して尚、あれだけ意識を持ってかれておる。あのアリアは恐らく……常人が使えば脳が焼き切れるぞ」


「うふふ、ご冗談……ではないですねごめんなさい!」


 現実を見ようとしない皇女を睨むと、改めて巨大アリアの魔法陣を解析する魔女。

 幼い頃は、そっくりな土像アルデアを発動することが精一杯だった我が子が、今や巨大化させてゴーレムと格闘させている。


 その成長っぷりに目頭が熱くなった。



「全く。子の成長というのは早いものよ……」


 

 起き上がった巨大アリアがゴーレムを押し倒し、重い拳を振り下ろす。破片を撒き散らしながら露出した胸の魔法陣は、いわばゴーレムの心臓だった。


 そこに、アリアは両手を重ねて前に出す。



「嘘じゃろ? まさか……」



 大きな両手の前に現れたのは、相応に大きな紅蓮の単魔法陣だ。構成要素は6つだが、周囲に幾つもの魔法陣がバラバラの速度で回転している。


 これはいつかの、魔女と派手な魔法陣で競った時に使用した、見た目だけの魔法陣。


 煌々と輝く魔法陣が一際大きく輝いた瞬間。




 初級火魔術、火球メアが炸裂した。




「おおおおおお!! あのアリアが魔術でトドメを刺しおったぞ! あのアリアが! 本人は初級ですらマトモに使えぬというのに!!」


「……ご主人、一週間おやつ抜きね」


「くっ……じゃが、これは快挙じゃ! 一週間くらい我慢しよう」


 見た目だけの魔術ではあるが、巨大アリアが放った火球メアは尋常ではない火力を誇っており、ゴーレムはもちろんのこと、周辺の地形や巨大アリア自身も溶解していた。


 相打ちという形で決着がついたものの、誰もが巨大アリアの勝利を認めるだろう。





 一方エストは、口元を拭って片膝をついていた。

 魔術でここまで集中力を使ったのは久しぶりだが、ゴーレムとの熱い戦いに歯を見せて笑っている。



「はぁ、はぁ、はぁ……あとは……任せたよ」

 

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