第257話 三つ編みとポーカー


 馬車を預かった日の夜、ファルム商会に侵入する者たちが居た。


 全身の服を炭で染め、糊を塗った上で更に炭を重ねた黒装束の3人は、警備が手薄になる深夜の交代時間を狙い、馬小屋から入り込んだ。


 ここは商人が一時的に馬車を置く専用庫。

 裏手の馬小屋から通ずる道以外は、表の玄関しか出入り出来ない。

 双方の出入り口の交代時間が同じために、彼らは忍び込めたのだ。



「おい、軽木材の馬車が3台あるぞ」


「……識別出来る物は無いのか?」


「1台だけ、空の馬車がありました」


「ハズレだな。残りの2台を調べろ」



 馬車を漁りに行こうと散開した瞬間、馬小屋と玄関の両方の出入り口から数十人もの規模で警備隊が入ってきた。



「ッ! なんだこの数は……逃げるぞっ」



 そうは言ったものの、整列された馬車の全ての列を照らすように魔石灯が向けられ、真っ黒に染まった3人の姿が顕となった。



「侵入者3名発見! 捕らえろ!」



 3人は、侵入の腕を買われた盗賊だったが、完全に塞がれた出入り口を前に数で圧倒され、抵抗の余儀なく捕縛された。


 身ぐるみを剥がされて判明する、肌も炭で染めた徹底ぶり。

 自害阻止のために治癒士も派遣されており、あまりにも周到な警備体制に男は笑ってしまった。



「ははっ……元から俺たちをこうするつもりだったのかよ」


「……ゴミに命を売ったこと、後悔してるぜ」


「交代時間も罠でしたね。完敗です」



 項垂れる3人の前に、エストの手続きを担当した商会職員──ロックリア支部長が現れると、厳重に包囲しながら3人の特徴を記し始めた。



「まさか本当に釣れるとは思わなかった。この体制を敷いた会長も恐ろしいが、侵入を予期した賢者様も相当だな」


「……ひとつ聞かせろ。賢者はどうして予期出来たんだ?」


「それは、貴方たちがロックリア伯爵に雇われたからですよ」


「ッ……全部お見通しってワケか」


「いいえ? ロックリア家が賢者様と敵対するような行動を取らなければ、貴方たちの侵入、および工作は成功していました」


「はぁ? じゃああの豚が余計なことしなかったら──」


「ええ。捕まることはなかったかと。ただ、侵入すら出来ないでしょうけど。それでは地下牢へどうぞ。洗いざらい吐けば、ご飯に風呂、ベッド付きの部屋で寝る権利が与えられますよ」



 かくして、深夜の侵入騒動は収束した。

 エストたちが出発するまでの間、警備の手が緩むことはなく、ファルム商会の圧倒的な信頼の理由が垣間見えた。


 朝、エストが様子を見に商会へ訪れると、3人を収容している地下牢へ案内した。



「へぇ〜、牢屋っていうか高級宿だね」


「優秀な賊はここで飼い殺すのです。詐欺師からは話術を。鍵師からは錠の知識を。殺し屋には毒物の研究成果を発表していただいたりと、得るものもあるのです」


「どれも知恵っていう辺り、商人は情報を最も高く買い取るんだね」


「……素晴らしい慧眼でございます。ファルム商会は売り手として知られますが、買い手でもあります。賢者様、我々は有用な知識を高く買い取りますよ?」


「じゃあひとつ、これはタダで教えてあげる」


「……ほう?」


「僕は『賢者様』って呼ばれることが嫌いだ」


「これは、とんだ失礼を。申し訳ありません」


「これからもお世話になるからね。魔道具の試作品とか、たまに見せにくるよ。僕も売り手になってみたい」


「……その際は、是非」



 3人の様子を見ながら話す支部長だったが、想像以上に賢い人間であることを知り、会長たるファルムが真っ先に全支部長に連絡した意味を知った。


 シトリンからの緊急連絡。

 会長自らが賢者との関係を結んだという話は、各国に展開する商会に激震が走ったものだ。

 しかし、賢者のもたらす利益が不明であり、その肩書き以外に何を持っているのか、不透明なままだった。


 それが今回の話で見えてきた。

 彼の飽くなき探究心と本質を見る能力。

 商人として必要な才を持つエストに、ロックリア支部長はつい商会に引き込もうとしてしまった。


 奇しくもファルムと同じ道を辿っていることは、支部長の才覚か、エストの魅力か。

 これからも長い付き合いになりたいと願う気持ちは、エストも含め、皆同じであった。




◇ ◆ ◇




「ふ〜ん、そんなことがあったのね」


「ファルム商会……恐ろしいです」


「ロックリアとは依然、敵対したままか」



 エストの話を宿で聞いた3人は、仲良くトランプで遊んでいた。外は寒く、貼り出された依頼も低ランク向けであることから、出発までのんびりしていたのだ。



「うん。直接攻撃してきたら叩き潰せるのに」


「エスト〜、髪結んで〜」


「は〜い。今日は三つ編みにしようか」



 クローズドポーカーで遊ぶシスティリアの後ろに立ったエストは、彼女の髪を指の間に通しながら、5枚の手札を覗いた。


 運良くキング13のハートとクローバーを引いたシスティリアは、他の3枚の内、数字の小さい2枚を捨てた。

 次にライラ、ブロフの順番にカードを捨てたことから、ブロフが親であることが分かる。


 新たにカードを引き、キングを除くと7のペアと3が一枚、手札にあった。



「ドローは何回まで?」


「3回にしてるわよ」


「そっか……じゃあ待った方がいいね」


「どうして?」



 賭ける対象の無いこのポーカーでは、ただ役の強さを競う遊びである。だが、それでも今3のカードを捨てない理由が分からず、その意図をシスティリアは聞いた。



「2人の表情を見るんだ。特にライラはわかりやすい。下唇を巻くような喜び方から、システィと同じツーペアだと思う」


「えぇ……じゃあ厳しいわね」


「そんなことないよ。今回の親はブロフ。ブロフは表情が読みにくいけど、さっき顎に力が入ってた。あの感じはワンペアだね」


「…………よく見てるのね」


「次はドローしてね。大丈夫、負けないから」


「分かった。エストを信じるわ」



 そうして来たる3巡目、3を捨てたシスティリアの元に来たのは、クイーン12だった。惜しくもツーペアのままという結果だったが、手札を公開すると──



「全員ツーペアか。オレは2と3だ」


「私は9と11のツーペアです!」


「……あら、ホントに勝っちゃった」



 ブロフの最弱のツーペアに、エストが思わず吹き出してしまう。

 後ろで小さく笑う声を聞きながら、エストの読みが殆ど当たっていたことに驚くシスティリア。

 彼がどうして賭け事に強いのか、違った視点で見ることが出来た。


 これだけ一緒に居てもまだ知らないことがある。

 まだまだ沢山、彼の一面を見られる喜びに口角を上げたシスティリアは、次はエストも入るように言った。


 裏編みでまとめた髪を右肩から下ろし、嬉しそうにはにかむ彼女に頷いた。



「うん。可愛いシスティに言われたら、入らざるを得ないよね」



 それから1時間。

 エストのほぼ全勝という結果になったことから、しばらくポーカーはアドバイス役として参加を命じられた。


 全勝というのは、エストの表情を読んだシスティリアが、エストと全く同じ役で引き分けになったからである。


 良い対戦相手が見つかったことに舌なめずりをするエストに、静かに恐怖するライラとブロフだった。

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