第421話 魔術師の格


「──誇り高き魔術師を目指します」



 入学式当日。ウルティスは練習通りにスピーチを終えると、拍手がまばらに起きる。手を叩かないのは、基本的に貴族の家の者である。


 彼らは獣人の入学自体に否定的であり、その上首席合格ともなると、誰かが手を引いているとしか思えないのだ。


 そして水面下で貴族の中で炙り出しが行われるが、徒労に終わることを誰も知らない。


 何故ならウルティスは、実力で入学したのだから。



「続いて、今年より講師として教鞭を執る者の紹介だ。新入生は全員お世話になるので、心して聴くように。では、来てくれ」



 学園長が伝声の魔術で全員の注目を集めると、壇上に人よりも大きな氷塊が現れた。

 突然のことにざわめく新入生だったが、その氷がバラバラに砕け散り、入学式場の全域に氷の煌めきが舞う。


 そして真っ白な風が壇上に集まると、風は大きな卵のように膨れ、中から人が出てきた。



「……うそ」



 たったひとりの呟きが全員の言葉を代弁する。

 氷の演出と共に現れた人間が、雪よりも白いローブを纏い、絹のような白い髪を整え、空よりも青い瞳をしていたからだ。


 魔術師を志す少年少女なら、誰もが知る至高の魔術師。


 3代目賢者として、初代がなし得なかった魔族の根絶を実現させ、一ツ星冒険者としても知られる……エストである。



「エスト君、挨拶を」


「名前はエスト。この帝立魔術学園の卒業生だけど、つまんなくなって3ヶ月で卒業した。一応、みんなの先輩にあたるのかな? とにかく、訳あって1年間講師をする。週に一度、学年全体での実技演習は僕が見るから、死ぬ気で魔術を楽しむように。以上」



 淡々と冷たい声が全員の耳に届くと、どこからともなく拍手が沸き起こり、式場全体が1体の生物のようにまとまった。



「……賢者エストが臨時講師として務めてくれる。彼のクラスに配属されたからと、浮かれるなよ。才能は無くても構わんが、彼の授業は難易度が高い。気を抜かないように」



 そんな学園長の言葉でエストの出番が終わると、程なくて入学式が終了し、新1年生は足早に教室前廊下へ向かう。


 皆、エストのクラスかどうか知りたいのだ。

 立場を問わず、賢者の生徒という箔は魔術のモチベーションとなる。



 幾つか学園長に注意されたエストは、懐から取り出したワイバーンジャーキーを齧りながら教室に入る。



「なんか静かだね。そんな緊張しなくていいよ。黒板引っ掻くよ?」



 エストの軽いジョークに、全員が冷や汗をかく。

 しかし強引に騒ごうと思っても、エストから滲み出る歴戦の雰囲気に圧倒され、声が出なくなるのだ。


 だがひとり、声を上げた者が居た。



「あ、あの! 何を食べてらっしゃるんですか?」



 それ聞く!? と教室中の心の声が一致するが、気になる者も多いようで、興味を持った生徒が何人か居た。



「これ? ワイバーンのジャーキー。さっきの挨拶で小腹が空いちゃった。えっと……このクラスは50人だっけ。後でみんなにあげるよ。餌付けだね」


「餌付け……」



 完全に余計な一言だが、ワイバーンの肉というのは滅多に口に出来ないものだ。やはり興味や関心を集めてしまう。


 エストは肉を噛みちぎって残りを亜空間に入れると、流れるように手を洗ってからチョークを手に取る。



「じゃあ、さっきもしたけど自己紹介しようか。僕はエスト。賢者とか一ツ星とかより、名前で呼ばれるのが好きかな。好きな食べ物は妻の手料理なら何でも。好きな魔術は初級土属性の土像アルデア。以上」



 意外にも黒板に書いた情報では驚かれなかったが、ただ一点、初級魔術が好きという部分には大きな衝撃が走った。


 難しい魔術が使えるからといって、好きということはない。

 エストとしては、自由度が高く、様々な表現に使える像魔術は、個性が出るために好きなのだ。



「じゃあ生徒も自己紹介しようか。まずは、アカーム市長の娘? あ、これ備考か。どうして左に備考欄があるのこれ。後で学園長に文句言おう」



 ヘンテコな名前に困惑したのも束の間、間違いに気付いたエストは改めて名前を呼ぶ。



「アーティアから順にね。名前と好きな魔術くらいでいいよ。あと、別にあるなら得意な魔術とか」


「は、はい! アーティアと申します。好きな魔術……というより使ってみたい魔術が水槍アディクです。得意な魔術は水針アニスです」


「いいね。頭が固くなければ2週間後には水槍アディクは使えるようになると思う。頑張って」


「はいっ!」



 学園長が不合格の印を押したアカーム市長の娘、アーティアは、受験中にウルティスと唯一会話していた人物という理由で合格になった。


 魔術の腕は新入生の中でも上位に入るが、歴史や魔術理論は平均より僅かに下である。


 言わば彼女は、感覚派。

 理論を突き詰めるより、魔力の器を大きくして、多少効率が悪くてもイメージ通りの魔術を使うと化けるタイプだ。


 似たような傾向の人として、魔女エルミリアが挙げられる。



「じゃあ次──」



 全員の自己紹介が終わると、学園の施設を紹介する。エストが任されたBクラスは2番目であり、現在はAクラスが行っているので、しばらく待機である。


 他のクラスでは簡単な魔術の講義をするのだろうが、エストは全員にワイバーンジャーキーを配ると、教卓前に土像アルデアの椅子を出して座り、雑談を始めた。



「先生」


「はい、アーティア」


「先生の魔術が見たいです」


「どんなのがいい?」


「えっと……じゃあ派手なやつで」



 エストは悩む素振りを見せると、眼前に空色の多重魔法陣を展開する。これで何の魔術が分かる生徒が居たら盛り上がったのだが、そんな者は居なかった。


 魔法陣が輝くと、1体の小さなアイスワイバーンが生成された。


 バサバサと翼脚で飛んでいるように見せ、煌めく氷の粒を落としながら教室を巡回飛行させる。



 全員の視線を集めながら飛ぶアイスワイバーンだが、アーティアがふと視線を戻すと、彼女の机の上に手のひらサイズのワイバーンが毛繕いしていた。



「す……すごい」


「触ってごらん」


「え! ……冷たくない?」


「魔術は、その属性に関する知識があると、ある程度は温度を自在に操れるし、色も好きに変えられる。その中でも、形すら好きにできる像魔術が、最も個性が出るんだ」



 パン、と手を叩いて注目を集めたエストは、黒板前の壇上に、ゴブリンやオーク、コボルトにリザードマン、オーガといった魔物の像を一瞬にして造り上げた。


 他にもアリアや魔女、システィリアをも造って見せた。



「ちなみに、練習すれば、初級魔術だけでこんなこともできる」



 エストが手を振り下ろすと、魔物の像たちが一斉にシスティリアたち3人へ襲いかかった。


 重さで破壊されるはずの像は、一閃の煌めきでバラバラに砕けて消滅し、システィリアの像が氷の剣を振り抜いていた。


 オークとリザードマンがアリアと魔女に接近するも、アリアの拳がリザードマンを粉砕し、魔女の杖先から土針アルニスが飛ぶと、オークの頭に刺さって消滅する。


 像魔術と針魔術だけを使ったショーは、観る者全ての心を動かした。



「魔術が崇高なものと思いたいなら、好きにするといい。だけどね、僕は魔術を、楽しむ道具であると共に、身を守り、敵を穿つ武器だと思っている」



 どこからともなく土針アルニスをエスト自身に向けて飛ばし、水壁アデールで受け止め、泥となったところを火球メアで針の形状を破壊する。



「学ぶ理由はそれぞれでいい。ただ、これだけは忘れないように。楽しむことだ。魔術を楽しむんだ。喜劇も悲劇も生み出せるのが魔術。だから、僕は君たちに……人生を喜劇にする魔術を教えていくよ」



 1年で学べる範囲などたかが知れてる。

 だが、その1年で成長する道を照らすことは出来る。いや、1年も要らない。1ヶ月も要らない。


 先程見せたショーだけでも、大半生徒はエストを見て学ぼうと、その足跡を辿ろうと決めたのだ。



「じゃ、まずはあの人に着いて行って、学園の施設を知ることだね」



 エストは閉じた扉に指をさして言う。

 誰も居ない扉に全員の視線が集まると、数秒後にコンコンとノックされ、ウルティスに付いていた『影』が職員の姿で現れた。


 彼女は教室中から視線が向けられたことに気付くと、指をさしたままのエストを見た。



「施設の案内をしに来ました」


「ね? ほら、行っておいで。僕はここで待ってるから」



 今日はこの後、全員が教室に戻ってきたら解散である。

 それまで暇なので、エストは再びワイバーンジャーキーを咥えると、氷のソファに座った。


 最初に立ち上がったアーティアは、職員を見た後にエストに問う。



「……未来予知、ですか?」


「魔力探知だよ。あぁ、その人の魔力を探知できたら、宮廷魔術師になれると思う。ちゃんと指示に従いなよ? 君たち全員でかかっても、その人には勝てないから」


「ちょっとエストさん! 流石に50人は無理です」


「何人ならいけるの?」


「……30人でしょうか?」



 困ったように答える職員に、生徒がざわめく。



「そっか。魔術はあの子から学ぶといい。対価は……うん、喫茶店のパフェでいいと思う。僕も誘ってくれたら、教材をあげるよ」



 言外に『話にならん』と言われた影は、護衛対象に学ぶという恥を飲み込み、それが最適解なのだと納得した。


 言ってきた相手が賢者でなければ、懐の針が飛んでいたところだ。



「……はい。ではBクラスの皆さん、廊下に整列してください」



 生徒らは冷や汗をかきながら、並び方に揉めることなく廊下に整列すると、静かに職員の後を着いて行った。


 エストはおもむろに未読の魔道書を取り出して読み始めるも、Bクラスの面々が去ってから、先に解散となったAクラスの生徒がチラチラと教室を覗いている。


 皆、賢者をひと目見ようと集まっているのだ。



 印象を悪くしてはいけないと、絶対に教室には入らないようにしている子たちだったが、ひとりだけ違った。



「何してるの〜? あ! お兄ちゃん!」



 覗きの生徒たちを掻き分け、ウルティスが教室に入るとエストに飛び込んだ。


 その様子に顔を青く染めるAクラスの生徒だったが、エストは優しい笑みを浮かべながら、魔道書を置いてウルティスを受け止めた。



「ウルティス、そっちは終わったの?」


「うん! お兄ちゃんは?」


「生徒が帰ってきたら僕も帰るよ。どう? クラスメイトとは仲良くなれそう?」



 親しげに話すウルティスとエスト。

 しかも、膝の上に乗って一緒に魔道書を読みながら話しているのだ。そして仲良くなれるかという問いには……ウルティスは反応を示さなかった。



「分かんない。あたしが話しかけても、誰も答えてくれないもん。でもねでもね、お姉さんだけは話してくれるの!」



 お姉さん。それを聞けば、あの『影』なのだと分かってしまう。同級生で会話をしてれないとなれば、エストも心配する。



「そっか。寂しくない?」


「平気だよ? まだ一日目だし!」


「それもそうだね。初日は喋りづらいか」


「えへへ〜。お兄ちゃん、髪結んで〜」


「いいよ。肩まで伸びて、大人っぽく見えるね。三つ編みにしようか」


「うんっ!」



 読んでいた魔道書を亜空間に仕舞い、ウルティスの頭を撫で、耳を揉みほぐし、髪を梳かしてから小さな三つ編みを作るエスト。


 いくら獣人嫌いが多い生徒とはいえ、耳を触らせる行為の意味は知っている。


 つまり、ウルティスが賢者ととても親しい関係にあることが発覚したのだ。

 これにより、Aクラス内ではウルティスと仲良くしようとする者と、完全に拒絶する者とで分かれることになる。


 ただ、ウルティスは並の人生を歩んでいない。


 暴力と欺瞞が服を着た者たちに使われていただけあって、人の目を見れば上っ面の考えなど透けて見える。

 本当の意味で『友達』と呼べる人が出来るのは、まだもう少し、先のことである。

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氷の賢者は燃えている 〜棄てられた忌み子は最強の魔女に拾われました〜 ゆずあめ @YuZu4me

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