第396話 盗賊の友釣り


「ウルティス、対人戦だ。できる?」


「うん! としゅくーけん、できる!」



 真っ先に馬車を降りたエストは、弓使いが2人、剣士1人、短剣使い2人が居る左側に立つと、子ども用サイズの氷の剣を握るウルティスが前に出た。


 本人はアリア直伝の『徒手空拳』で戦おうとしていたが、首を横に振ったエストから剣を受け取ったのだ。


 後ろ側──馬車の右側には、治療費を稼ぎに来た男と、他に乗車していた2人の冒険者が剣を抜いて構えていた。

 馬車に残った最後の1人と御者は、小さく固まっているのでエストが透明な氷壁ヒュデールで囲っている。



「へっ、こんなガキが相手とは舐められたもんだぜ」


「さっさと殺して次に備えるぞ」



 明らかな子ども相手に油断した短剣使いがウルティスに斬り掛かるが、身を逸らして男の手首を蹴り上げ、短剣を弾き飛ばした。


 流れるように怯んだ男の脇腹を剣の腹で殴り飛ばすと、ダンスのステップを踏むように直剣持ちに近づき、股間を蹴り上げては蹲ったところに後頭部を剣で殴り、気絶させた。



「な、何だよこのガキ!」


「どきな! この私が──」



 そう言って後衛の女の矢がウルティスに迫った瞬間、見守っていたエストが片手で矢を握り止めた。



「なっ!」


「これ返すね」



 一瞬だけ紫の線が女の左腿に伸びたと思えば、次の瞬間には握られていた矢が女の腿を貫いて背後の木に刺さっていた。


 声も出ずに膝をつく女の隣で、もうひとりの弓使いが今度はエストに向けて矢を放った。



「させないよ!」



 ウルティスの剣が矢を切り落とし、射った男の腹を前蹴りで吹き飛ばすと、顔面に剣の腹を叩きつけて無力化させる。


 最後に残った短剣使いが敗北を悟ったのか、一目散に森へと逃げ出した。


 追いかけようとするウルティスの襟首を掴んで持ち上げ、エストは『大丈夫』と言い、懐から取り出したロープで盗賊たちを繋いでいく。


 気絶している者から順に縛っていると、ウルティスが相手をした弓使いの女は、エストが近付いた瞬間に腰の短剣を抜いて斬りかかった。


 だが、それは空を切るだけだった。

 それも、手首から先が。



「え?」


「あ〜あ、余計なことするから」



 ボトリと落ちた握ったままの短剣と右手を見て、女はショックの余り失神してしまった。

 このままでは鉱山奴隷として売る時に売却金額が下がるので、こっそりと手首の切断面を合わせて回復ライゼーアで繋げると、短剣は鞘ごと懐に仕舞った。


 普段エストは使わないが、四肢は切断されてすぐなら断面を合わせ、中級光魔術の回復ライゼーアで再生出来る。



「お兄ちゃん?」


「ああ、こっちは終わったよ。後ろは……見ちゃダメ」



 馬車の右側では、5人の盗賊の全員が息絶えていた。というのも、冒険者は盗賊を問答無用で殺すことが許されている。

 鉱山奴隷として売るために連れて行くにも、少なくない労力が居るからだ。


 ウルティスに暗幕ダエスを使ったエストは、埋葬が終わると4人を連れて行く旨を話した。



「だが、どうやって連れて行くんだ?」


「その辺りは僕の魔術で何とかする。それより、ひとりだけ泳がせてある。盗賊のアジトがもうすぐ見つかるから、休憩にしよう」



 魔術を解いたエストはウルティスに抱っこをせがまれ、ちょうどお昼時ということもあり、全員で休憩をとることになった。


 ウルティスも好きなワイバーンジャーキーに、システィリアのレシピにある簡単野草スープ(オーク出汁)とパンを食べさせていると、おもむろにエストが立ち上がった。



「行ってくる。ウルティス、何かあったらあの魔術を使うんだ。いい?」


「うん!」



 エストは御者に一声かけてから森の中へ入って行くと、切り立った崖の下にある、洞窟を見つけた。幅3メートル、高さ2メートルの洞窟に入ると顔を顰めた。


 というのも、洞窟の中から生ものが腐ったような、腐敗臭が漂ってきたのだ。だが、それは人の死の臭いよりも、尿などの排泄物の臭いが多かった。


 光魔術と闇魔術を混ぜた透明状態になったエストは、足音を消して洞窟を進んでいく。


 幾つかの魔石ランプで小さく照らされた道を進んでいくと、数人の男の声が聞こえてきた。



「ったく、それで何人殺したんだ?」


「わ、分かんねぇ。だが俺たちの方は全滅だ」


「……あぁ? ウェカズの野郎、Cランクでも載せたのか? だが問題はそのガキの方だろ」


「ああ、アレは異常だった……次に見つけたら真っ先に殺さねぇと」



 泳がせた盗賊と、今回襲ってきた奴らのリーダーらしき男が話している。小さなテーブルを囲んで何かを飲んでおり、その奥にはこれまで襲ってきた冒険者から奪ったのであろう、金品や武具の類いが山積みになっていた。


 また、洞窟の側面には異様に臭気が篭もる部屋があり、そこに入ったエストは目を細めた。


 中に居たのは、鎖に繋がれた10人余りの女性。歳は皆、15〜20代の若い女性だ。

 しかし、全員の目から生気は失われており、凌辱の限りを尽くされた跡がそこかしこに広がっていた。入り口まで漂っていた臭気は、体液の腐敗した臭いだったのだ。


 エストは丁寧に女性たちへ遮音ダニアを使うと、両手で挟むように翡翠色の魔法陣を出した。



 その魔法陣は、風魔術と水魔術の属性融合魔法陣でありながら、他の魔術とは一風変わった特徴を持っている。


 それは──音に干渉する魔術であること。


 無論、闇魔術の遮音ダニアも音に干渉する魔術なのだが、その実態は『聴力を失う』ことが目的であり、音自体に干渉するとは言い難い。


 ……若干一名、闇魔術で音に干渉させているが。



「助けられなくてごめんね」



 小さな声で呟いたエストは、手の間の魔法陣を……叩いた。


 パンッ、と鳴らしたただの柏手。


 しかし、直後に魔法陣が輝き、その破裂音は何百倍にも増幅し、耳元で爆発したような音は無防備な盗賊たちの鼓膜を突き破り、意識を刈り取った。



「うん、実験成功。全部持って帰ろうか」



 そうしてエストは、盗賊が奪った金品を全て亜空間に収納すると、女性たちに布を巻いて氷の馬車に載せ、馬車の後部に括り付けた盗賊たち6人を引き摺らせた。


 森の奥から木々が避けるように登場したエストにウルティス以外が驚いていると、軽く説明した後に捕らえた4人も同様に括り付けた。


 その際、一瞬だけ御者が苦い顔をしたのをエストは見逃さなかった。



「なぁ、その馬車は……なんなんだ?」


「……秘密。君は愛する人のために治療費を稼ぐんでしょ? 今はそれだけに集中した方がいい」


「な、バカ! 別に……ちげぇし!」



 そうして、その後も降り注ぐ質問をのらりくらりと躱したエストたちは、残りの2日間は特に何事も無く、次の街であるオラッジに着いた。


 門を潜る時に盗賊の説明をしようとエストが降りると、門衛と御者の会話が聞こえた。



「災難だったな、ウェカズさん」


「いえいえ、幸いにも強い冒険者さんが同乗していましたから」


「そいつぁ僥倖だな。じゃあひとりずつカードを……──ッ!」



 門衛が気付いた時は既に遅く、エストが御者を──ウェカズと呼ばれた男を蹴り飛ばし、その首に槍剣杖の切っ先を当てた。



「お前、何をす──え?」



 突然の騒ぎに同乗者の冒険者たちが降りてくると、エストの風貌を……フードを持ち上げ、真っ白な髪を顕にした姿に目を見開いた。



「この男は盗賊の仲間だ。これまで何組もの冒険者を盗賊に殺させ、金品を強奪していた」



 エストが洞窟で聞いた話をするが、門衛たちはエストから目を離せなかった。




「こ、氷の……賢者様」


「いいから、早く手続きしてよ」




 ミスリルに刻まれた一ツ星の冒険者カードを見せたエストは、ウェカズを含めた盗賊たちを売り払い、15万リカの収入を得た。


 また、保護した女性のうち8人が自死を望んだことにエストは何も言えなかった。



「お兄ちゃん……冒険者って、たいへんだね」


「うん。僕は体は守れても、心を守れるほど強くない。だからウルティスは、心を守れるような、そんな人になってほしい」


「……うん! あたし、心を助ける人になるね!」



 エストかま手を伸ばすと、無邪気に笑うウルティスの髪がぐしゃぐしゃになるまで撫で回した。

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