第414話 氷漬けのドラゴン


「ユーリ、目を狙いなさい。アタシは注意を引くから、ユルは翼を狙うこと!」


「はいっ!」


「妥当だな」



 システィリアの指揮で主魔物であるドラゴンとの戦いが始まる。

 このドラゴンと戦った当初は炎龍の紛い物だと思っていたエストだが、のドラゴンと同じ見た目なので、炎龍とは区別している。


 ユーリの風槍フディクがドラゴンの目を狙う。

 当然のように躱し、あるいは額の硬い鱗で弾かれるのだが、システィリアも剣を振りながら放った氷槍ヒュディクによって、ドラゴンの右目を貫いた。


 感覚器官の消失に暴れ始めるドラゴン。

 全身を振るってシスティリアたちを潰そうとするが、僅かな隙を狙ってユルが跳躍し、翼の付け根に無数の穴を開ける。


 この主部屋はドラゴンが飛べるほどに大きい。


 上空という利を失うと、更に激しく暴れ回り、前衛2人も容易に近付けなくなってしまった。



 しかし、ユルもシスティリアも魔剣士である。



 一度ユーリと役割をかぶせて、中遠距離から魔術による攻撃を繰り出し始めた。

 それを離れた位置で椅子に座って見ているエストだが、表情は明るくない。



「威力が足りてないな……3人とも! 消費魔力を上げる術式改変して! できるなら『結果』の要素を貫いた後のイメージで固めること!」


「はい!」 「ああ」 「わかったわ!」



 魔術師の最高峰たる賢者からのアドバイスだ。

 落ち着いて3人が術式第二位まで改変すると、見るからに槍が太く、鋭くなり、ユーリの魔術でさえドラゴンの鱗を傷つけるまでになった。


 その分消費魔力も増えたのだが、システィリアは普段からエストに倣って鍛錬しているため魔力量が多く、風属性組も才能にものを言わせて攻撃を維持出来ている。


 そしてシスティリアの魔術が左目を潰し、暴れるドラゴンに魔術を撃ち続け、動きが鈍くなったところでシスティリアとユルの剣が喉を貫く。


 パタリと動かなくドラゴン。

 数秒して魔力の粒になり、その場に巨大な魔石が残ると、宝箱が出現した。



「ボクたちだけで、や……やった?」


「やっぱりエストの補助が無いと厳しいわね」


「ドラゴンは確かに他の魔物と一線を画す強さがあるな。一撃の威力が桁違いだ」



 勝利に呆然とするユーリに反して、星付きたちは反省する点を多く見つけ出していた。



「まぁ、今回のドラゴンは炎を吐かなかったし、システィの目潰しが効いていたね。おめでとう」


「エスト君……普段からドラゴン狩りを?」



 冷静に分析するエストに、ユーリが問う。



「月一くらいだよ。それに……ほら。あの先が今回の目的地。宝箱は僕とシスティ以外で分けたらいいよ」


「いいのか? ミスリルの剣だったが」


「あと宝石のネックレスも!」


「要らないよ。売るなり渡すなり好きにして」



 今のエストには魔石以外いらない。

 その魔石も、売るのではなく砕いて研究や魔道具に使ったり、冒険者らしくない理由で求めている。


 当然システィリアも同じ考えであり、お金に関してはエストが腐るほど稼いでくるのだ。


 ファルム商会経由で各国に魔石を売りつけ、魔道具の発展を願っていると、副産物として大金が舞い込んでくる。


 特に散財する2人でもないため、貯金額は11桁になっている。こんなに稼いでどうするんだと家族会議が開かれたが、『あって困るものではない』として5分で終了した。


 そんなこんなで、金目の物はユーリたちに譲渡している。



「じゃあ、本命だね。ここからはドラゴンがうじゃうじゃ居るから、できたら1層目を攻略したい」


「ダメそうなら?」


「30層突破記念として豪華な晩餐会」


「言ってるわりに勝つ気満々ね」


「当たり前だよ。将来、娘に武勇伝を語りたいもん」


「……もうひとつの本音は?」


「システィに格好良いところを見せたい」


「……もうっ」



 エストとじゃれ合うシスティリアに、後ろからジトっとした視線が刺さる。

 しかしドラゴンが湧いて出るような階層へ進むのに、緊張していては全力が出せない。そういう意味でも、2人の空気に脱力したユルたちはリラックス出来たのだ。


 先頭を行くエストが階段を上る。


 これまでの洞窟型の景色は何処へ。蠢く赤黒い空が広がる広大な空間に出ると、3つの影が空から降りてくる。


 ドラゴンだ。

 エストたちを発見するなり、ドロドロに溶けた魔力を垂らしながら炎を吐き出す。



 全員が左に跳んで回避すると、階段先が粘性のある魔力の炎が溜まっていた。



「高濃度の魔力が物質化して、それが超高温になると異常な粘性を見せるんだ」


「言ってる場合かしら?」


「まぁ見てて。惚れ直してみせるから」



 そう言ってエストは右手を前に出す。

 その瞬間、赤茶色の地面が銀世界に変わる。


 足元でべちゃべちゃになっていた魔力は消え、炎を吐こうとしていたドラゴンの口元から、パラパラと結晶化した魔力がこぼれ落ちる。


 そして、瞬く間にドラゴンが凍りつく。



「「「……は?」」」



 呆気にとられる3人の前では、ドラゴンたちが大きな魔石となって散る。



「どう? 格好良いでしょ。惚れ直した?」



 ドヤ顔でシスティリアを見るエスト。

 だが彼女の表情は唖然としたまま口が開いており、エストがそっと顎に手を当てると、その可愛らしい口を閉じさせた。



「……呆れたわ」


「えっ……ダサい?」


「そんなわけないでしょ。愛してるわよ。でも、ちょっと強すぎるのよアンタ。どうして1層目を攻略出来ないわけ?」



 今までのエストは、ドラゴンを凍りつかせることは出来ても、そのまま倒すのは無理……というか苦労していた。


 凍りつかせたドラゴンの命を奪う方法。

 それは魔力を飲ませ、体内で魔力をプラズマ化させて心臓の動きを止めるのだが、この方法を発見するまで時間が掛かってしまったのだ。


 純粋な魔術で倒していないため、エストとしてもあまり誇れる討伐法ではないのだが、システィリアに胸を張りたい一心で行使した。



「この先は降りてくるドラゴンの桁が変わるんだよ。ワイバーンも混ざって、陸と空から物量と炎で押し切られる」


「それ……アタシたちで何とかなるのかしら?」


「ちゃんと目から脳を破壊すれば倒せるよ」


「エスト君、それ無理難題だからね?」


「やればわかる。ドラゴンは僕しか狙わないから、ちゃんと貫けば3人は安全だよ…………数秒は」



 最後の言葉はシスティリアにしか聞こえなかったが、まぁ大丈夫だろうと信じて足を進める。

 エストはこの第1層の中でもドラゴンが降りてくる段階があることを理解し、現在は門衛と呼ぶ1から3体までの接敵段階だ。


 15分ほど進むと、人が建てたとは思えない、尋常ではない大きさの城がうっすらと見えてくる。


 この時点でエストが言う騎士の段階に入る。

 空から降りてくるのは、15体のドラゴンと、倍のワイバーン。


 ユルとユーリの顔から表情が抜け落ちる。



「僕はいつもここで引き返してる」


「でもアイツら、逃がしてくれそうにないわよ?」


「倒せば帰れる。転移でも帰れる」


「アタシ……エストの格好良いとこ見たいわ」


「まっっっっかせて!」



 死が具現化したような炎が迫る中、エストは杖を一振りする。直後、前方広範囲の空気中の魔力が凍結し、炎が刹那に光る粒となった。


 再びエストが杖を振ると、飛んでいたワイバーンごとドラゴン全てが凍りつき、心臓が停止したことで数秒のうちに魔石へと姿を変える。



 ねだっておいてシスティリアは頭を抱えている。

 後ろの2人はもう、考えることを辞めた。



「どう? どう? 格好良い?」


「……大好きよ」


「頭痛いの? 治そうか?」


「大丈夫よ。アンタのことが好きすぎてクラクラしてるだけ」



 口から吐くのは甘い言葉だが、目の前の惨状からくる頭痛は確かなものであった。

 ダークロードとの戦いはもとより、エストは毎日鍛錬を欠かしていない。ソファで寝そべっている時も、屋根の上では大量の魔術が行使されては消えているのだ。


 そのことは、ウルティスとの打ち合い中にシスティリアも目撃している。


 秒間12個という速度で上空に出現するシスティリア像に気を取られ、危うくウルティスから一本取られかけた。


 一体どこを目指しているのか。

 何のために強くなろうとしているのか。


 それは誰にも、エストにも分からない。



「魔石は回収したし、行こうか。多分城まで襲撃は無いと思うけど、倍々に増やされると面倒だ」


「勝てない、じゃなくて“面倒”なんだな」


「炎龍ぐらい強かったら潔く逃げるよ。あれは人間が勝てる相手じゃない」


「エスト君も充分人間じゃないよ」


「それよく言われる。でも精霊の眷族だけは相手にしちゃダメ。下手すると僕でも灰すら残らない」



 エストをもってして相手にしてはダメな存在。

 その言葉にユルたちは体を強ばらせるが、システィリアは顎に手を当てて思案する素振りを見せた。


 何故なら彼女は、過去に炎龍とエストの戦いを見ているからだ。当時は炎の光に失明し、戦うエストに治してもらった記憶がある。


 普段なら悔しいと思うが、炎龍には不思議と悔しさは感じなかった。


 なにせ、生物としての格が違うのだ。

 それこそ、次元が違うと思えるほどに。



「撤退指示はエストが出しなさい」


「わかった。ところでこのドラゴン、どうする?」



 4人の前には、15体の氷漬けのドラゴンが居る。

 ユーリは何故倒さないのか首を傾げるが、星付きたちは“倒せない”のだと理解している。


 いかにエストと言えど、この数を相手に魔力を飲み込ませるのは難しく、体表の魔力を凍らせることしか出来なかった。



「私が7体仕留めよう」


「じゃアタシも。エストは真ん中を最後よ」


「はいはい。弱点は多分、喉から胸だよ。システィは首をぶった切って。血は凍らせるけど、浴びないように」


「何故だ?」


「火傷するから。まぁ、結界もあるし多分大丈夫」


「エストの多分はあまり信じない方がいいわよ」


「嫁が言うなら間違いないな」


「いや僕を信じて?」



 呑気に雑談しながら、システィリアはドラゴンの首を落としていく。ユーリの目には、剛腕に任せて氷ごと斬っているように見えるが、その実、斬られる直前に首周りだけ氷が消えている。


 それに気付いたのは、5体目が屠られた時だった。


 ユルの方も、剣先が貫く瞬間に氷が部分的に消えている。



「……凄い制御能力だ」


「パワーはシスティ、技術はユルだね。あんな的確に胸を裂いて心臓を突くなんて、本当に今日初めてドラゴンと戦ったのか疑いたいよ」


「エスト君がそこまで言うんだ」


「別に僕、地上最強の人間じゃないよ? 剣に関しては素人だし、魔術でしか威張れない」


「魔術で威張れるって、今の時代王族より上だよ?」



 別に威張ったりもしないのだが、出来る子アピールは欠かさない。

 ドン引きするユーリとお喋りをしていると、ものの数分で14体のドラゴンが魔石に変じ、正面で動けない最後の1体が残った。


 槍剣杖を持ち、軽く振り下ろすと落雷の音が響く。


 地を揺らし、空気を痺れさせる雷属性魔術。

 学園長たる雷の魔女の代名詞を振るうのは、他でもない賢者エストである。



「あ、耐えた。じゃあ百発でどう?」



 流石のドラゴンと言えど一撃死はしない。

 だが脳天の鱗は剥げ、肉が焦げている所に追撃で百もの雷が落ちると……5発命中時点で魔力の粒となっていた。



「……えげつないわね」


「魔力量は大丈夫か?」


「あと2万発は落とせるよ。それでも上を見れば……」



 蠢く空は、ドラゴンが何層にもなって空を埋め尽くした結果だ。その数はゆうに40万はある。



「襲ってこないんだな」


「この城に答えがあるかも? 行ってみよう」


「今日はお城デートってワケね」


「の、呑気だなぁ……あぁ待ってぇ!」



 そして一行は、ドラゴンの城に進んで行く。

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