第82話 一ツ星の威厳


 時は少し巻きもどる。 

 避難が完了し、残った冒険者がギルドで死を待つように震えていると、仕事終わりに酒場にでも来たような感覚で、ひとりの増援が来た。

 


「他のダンジョン潰してたら遅くなっちゃった。戦えるのはこれだけ?」


「……ひ、一ツ星? どうしてここにッ!?」


「仕事だよ。それよりギルドマスター、なんでこの子たちを戦わせないの? 私には理解できないんだけど」



 希望の光かのように思えたアリアから、怒気を込めた視線が向けられる。冒険者達は己に向けられた視線でないにも関わらず、その威圧感に息が詰まる。


 まるで強大な魔物とすら感じる圧は、これまで以上に冒険者らを震えさせた。



「ま、どうでもいいや。行くよ〜」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」


「は?」


「ひぃっ! 違う、邪魔する気はない! ただ、さっき2人の子どもが行ったんだ。巻き添えに……注意してほしい」


「あの中で生きてるわけないでしょ?」


「……すまない」


「じゃ、気概がある人は着いてきて」



 例え一ツ星と言えど、あの量の魔物には敵わない。一体の強力な魔物より、湧き続ける弱い魔物の方が脅威である。


 正しく魔物の危険性を知っている者は、着いていく気になれなかった。


 アリアは大きく息を吐くと、南門へ向けて走り出す。

 本来は縄で引き上げる落とし格子を軽々と持ち上げると、ゴブリンが入らないよう素早く外へ出た。


 海のようなゴブリンを前に、剣を抜く。



 突きの構えをとった瞬間──地が爆ぜた。



 一瞬にして直線上のゴブリンが貫かれると、割れた海が戻る。しかし、門へ向けて走りながら剣を振れば、魔力の刃を飛ばしながらゴブリンの首を吹き飛ばしていき、先程よりも大きく割れた。


 そこでふと、顔を上げるアリア。


 山の中腹から伸びた頑丈な氷の柱。その上に、最愛の弟が立っていた。



「……うそぉ? えっ、マジ?」



 真剣だった表情が一気に柔らかくなる。何せ、ギルドマスターが言った子どもが、この状況を打開できる魔術師なのだから。


 エストは、アリアから見て左側。方角にして東側に向けて杖を振ると、意図を汲み取ったアリアは西側へ向けて殲滅を始めた。



 舞うように剣技を放ちながら凄まじい速度で駆け回り、鮮血の雨を降らしていく。そして東側では、爆発する氷の雨が降っている。


 音だけで分かるその威力に、アリアは更に表情を緩ませる。何度も何度も円を描くようにゴブリンを散らしていると、外壁の近くで触れていないゴブリンが死んでいた。


 不思議に思って近づくと、返り血で真っ赤になった獣人の少女が、息を切らしてゴブリンの首を刎ねた。



「やるね〜。君が2人目の子ども?」


「はぁ、はぁ……え゛っ」


「ところで〜……君、エストとはどんな関係? 後でお姉さんに教えてくれる?」



 冒険者として最強格のアリアに睨まれると、システィリアは腰を抜かしてしまった。そのあまりの威圧感に、一瞬だけ意識が飛んだ。


 少女を背にしたアリアが大きく剣を薙ぎ払うと、剣先から飛んだ斬撃によって広い空間が生まれる。しかし、まだまだ数が多いため、波のように押し寄せてくるゴブリン。


 話をする暇も無いと思っていると、2人を避けるように真っ白な魔法陣が展開した。



「……サボってないね。よしよし」


「あ、アンタは……一ツ星の……?」


「とりあえず、一旦休憩しよっか。このまま戦っても埒が明かないし」



 展開された魔法陣が輝くと、周囲のゴブリンが一瞬にして凍結していく。一体が凍りつくと、そのゴブリンに触れた者も凍りついていき、指数関数的に氷の彫刻を増やした。


 少しすると、上位種を倒したエストが柱から降りてきた。杖を一振りして全ての氷を粉砕すると、悠々と歩きながら現状の報告と今後の方針について話す。



「7割は倒した。穴の入口はギリギリの位置に壁と魔法陣を置いてるから、しばらくは大丈夫」


「やるね〜! お姉ちゃん来なくても何とかなったかな〜?」


「ううん。お姉ちゃんが荒らしてくれたお陰で余裕ができた。とりあえず、街に戻ろう。お腹すいた」



 アリアに抱きしめられ、頭を撫でられたエストは、久しぶりのその感覚に嬉しくなるものの、どこかいけない気持ちを抱いてしまう。


 横で頬を膨らませながら見ているシスティリアのせいだろうか。エストはアリアから解放されると、疲れているシスティリアをお姫様抱っこで持ち上げた。



「……あ、あれ〜? もしかしてその子……」


「パーティメンバーだよ。僕は上に荷物があるから、取りに行くね」



 杖をシスティリアに持たせ、外壁から土像アルデアの階段を出したエストは振り返ることなく上っていく。


 アリアもそれに続くと、走ってきたゴブリンが乗った瞬間、その段が消える。


 外壁の上に置いていた背嚢とネフを回収すると、エストはお姫様抱っこをしたまま、冒険者ギルドへと歩き出す。


 何とも言えない空気の中、アリアは考えた。



「……まさか本当にたらしとはねぇ」



 アリアの頭に浮かんだのは、メルの顔。

 魔術対抗戦で愛を叫んだ相手は、今や悲しいことに別の女をお姫様抱っこで運んでいる。それも、かなり大切そうにしているのだ。


 旅の仲間とはいえ、些か距離が近すぎる。

 どちらから言い寄ったのか、自然とそうなったのか。満更嫌でもなさそうなシスティリアを見ては、アリアは悩む。


 3人が無言のまま歩き続けると、いつの間にかギルドの前まで来てしまった。



「……おいおい、嘘だろ?」


「何が? 大半は倒したから、休憩する。この後は皆でゴブリンを倒して、僕はダンジョンの中に入る」


「私も行くよ〜」


「お姉ちゃんはゴブリンの方に回って。その方が、この人たちも言うこと聞くでしょ?」


「えっ……うん。なんか……冷たいなぁ」



 街を守るためには仕方ないのだ。

 アリアを殲滅に回し、怪我をした冒険者の治癒にシスティリアを出すことで、効率的かつ死者を減らしながら戦える。


 冒険者の指揮を執れるのは、子どもであるエストより、知名度もあるアリアの方が妥当だ。



 システィリアを椅子に座らせると、エストは外に置いていた氷漬けのワイバーンを引き摺ってきた。

 ギルドに入らないので氷刃ヒュギルで切り分けて持ち込むと、調子が戻ったシスティリアが立ち上がる。



「システィ、お願いしていい?」


「仕方ないわねっ。ふん、任せなさい!」


「お姉ちゃんも食べよ? システィの料理は世界一美味しいんだよ」


「お、お姉ちゃんが世界一じゃなかった!?」


「…………ごめんね」


「そんな……!」



 厨房へ入っていくシスティリアと、膝から崩れ落ちるアリア。一ツ星のこんな姿は初めて見たと驚く者が多い中、エストはそっと背中を撫でた。



「お姉ちゃんの料理も大好きだよ」


「うぅぅ……お嫁さん候補がぁぁ!」



 それからしばらくの間、泣いたアリアを延々と慰めるエストの光景に、皆の一ツ星へ抱いていた憧れが弱くなってしまった。


 そうしているうちにシスティリアの料理が完成すると、ギルド中に肉の香りが漂い、エスト達は美味しそうに平らげた。


 冒険者が一口くれと叫ぶが、ゴブリン退治に参加しない者には与えるはずがなく、エストは断固として許さない。


 だが、あまりにも哀れな大人の姿に、システィリアは条件を付けることで彼らにも料理を振舞った。



「戦いに行くことを約束したら作ってあげるわ。もちろん、約束を破れば気絶させてあの海に投げ込む。それを呑むというのなら、手を挙げなさい」



 ワイバーンという高価な肉と、美味しそうな匂いを前に、一人として手を挙げなかった者は居ない。

 申し訳なさそうに手を挙げるギルドマスターにも戦うことを約束させると、システィリアは残りの肉を持って厨房へ行った。



「美味しい……これは仕方ないな〜」


「システィはあげないよ」


「ふふふ〜、分かってるよ〜。エストがちゃんと守ってあげてね。泣かせたらダメだぞ〜?」


「うん。守るための魔術は得意だから」


「……他に女の子を落としたらダメって意味」


「え? 落とすってどういうこと?」


「あ〜、え〜っと、ん〜……誘惑?」


「したことないよ。やり方も知らないし」


「嘘だ〜! だってあの子、他の人にはツンツンしてるのに、エストにはデレデレなんだよ!? 絶対どこかで誘惑してるよ〜!」



 全く心当たりが無いエストは、言葉の意味が分からなかった。ただ、いつの間にかシスティリアの対応が柔らかくなっていたことには気づいている。


 たまに野良犬のような凶暴さを見せることはあるが、それを差し引いても優しいと思えるほど、変わりつつある。


 しかし……エストは自分の変化に気づいていない。


 体の成長と共に心も成長しているが、自覚するにはまだまだ時間がかかるようだ。

 それを理解しているアリアは『ま、いっか』と、いずれ分かると信じて放置することにした。



「刺されないようにね〜」


「そう……だね。今のシスティなら、僕を刺せるかもしれないし。気をつけないと」


「はぁ……このばかちん。女心を学びなさい」



 一歩引いたアリアは、静かにシスティリアの背中を押すと決めた。

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