第23話 2つの適性

「はぁ、はぁ……そういえばコイツ、俺より足が速いの忘れてた……」


「どうなってんだよこの子ども……」


「私、よくこの人を相手に挑んだな……はは」



 帝都付近のダンジョン、20階層にて。

 ゴーレムの主部屋前でガリオ、ディア、マリーナの3人は倒れていた。


 1時間半も全力疾走をすれば、流石のBランク冒険者でも体力の限界が来る。更に、体力の少ない魔術師のマリーナは、途中からガリオに背負われていた。並の疲労ではない。


 しかし当のエストと獣人の体質として体力のあるミィは、立ったまま雑談していた。



「へぇ。耳とか尻尾って触ったらダメなんだ」


「そうニャ。デリケートな感覚器官だから、断りもなく触ったら殴られるか蹴られるニャ」


「触ってもいい?」


「うぇ!? う、う〜ん……だめニャ」


「残念。魔術学園に獣人の生徒は居るのかな」


 居るのなら触らせて欲しいなと思うエストだが、その希望はミィによって砕かれる。


「魔術学園は人族が優先されるから、獣人は居ないニャ」


「そうなんだ、くだらないね」


「……変わってる。獣人のこと、気持ち悪くないの?」


「どういうこと? 質問の意味が分からない」


「ふふっ、本当に変わってるニャ。さっきの言葉は忘れるニャ。それと、ダークウルフを倒せたら、耳を触らせてあげるニャ」


「本当? 約束だよ」


「うん、約束ニャ」


 レッカ帝国に限らず、世界的に獣人は差別や侮蔑の対象になりやすい。過去に獣人の国と戦争を起こしたくらいには、人間は獣人のことを下に見る傾向がある。


 ミィもそういった扱いを受けるのは日常だった。

 だから、冒険者として名を馳せることで、獣人を対等に見て欲しいと思っている。


 それを知っているガリオ達は、ミィを獣人ではなく、1人の人間として見ている。しかし、それはミィの望む扱いではなかった。


 彼女が望む扱いをしたのは、エストだけだった。



 獣人。だから何?



 そう言ってくれたのは、彼だけだった。

 それはエストが世間を知らないという要因もあるが、一番はやはり、アリアの存在だ。


 龍人族であるアリアを姉のように思い、永い時を生きる魔女を母であり、師として慕うエストには、種族なんてどうでもいいのだ。



「それじゃあ行こうか。ゴーレムはどうする? 報酬の分配? とかするなら、僕は手を出さない方が良いかな」


「そう……だな。エストには、危なくなった時にサポートを頼みたい。あと、俺達にも見せ場を寄越せ」


「分かった。それじゃあ、僕が最後尾で」



 Bランク3人とCランク1人。ゴーレムを倒すには十分な戦力を持つパーティの戦い方は、エストも見てみたかった。


 ダークウルフ戦でいきなり見るより、一度ゴーレムで見た方が確実な戦略を立てられるため、エストは気配を消して着いて行く。



 主部屋に入ると、見慣れた巨大空間が広がっていた。



「ディアは前に! マリーナと俺は魔術で攻撃! ミィはディアへの注意を乱せ!」


「「「おう! / はい! / はいニャ!」」」



 ガリオの指揮に三者三葉の返事をし、位置につく。

 ディアは剣を構えずに大盾を両手で持ち、完全に守りに徹するようだ。


 ガリオとマリーナが魔術を撃つまでの間、ミィはディアと一緒にゴーレムの注意を引きつける。


 ミィの放つ鋭い矢の先端は火の魔石が練り込まれており、ゴーレムに当たった瞬間に小さく爆発した。



「魔石にそんな使い方が。なるほど」



 エストは後方で矢に関心していると、次の瞬間、マリーナの魔術を見て目を見開いた。



「行くぞ! 火炎塊メゼア!」


水槍アディク!」



 なんと、水の中級魔術を使ったのだ。

 模擬戦で使っていたのは火の初級魔術だったために、エストは一瞬混乱した。


 そして、自分の中で答えを出した。


「……複数の適性持ち。しかも、対極の属性」


 複数の適性を持つ人は、少ないながらに存在する。

 だが、火と水や、風と土といった反発する属性を持つ者は極端に少ない。


 魔女の感覚で言えば、100年に1人、居るかどうかという数だそうな。

 それがまさかのマリーナだった。


 周りが驚く様子も無いのを見るに、きっと3人は知っていることなのだろう。それに、貴重な適性を盾に授業をサボってここに来ていると。


 良くも悪くも、マリーナとエストは似ていたのだ。



「う〜ん、2人とも威力がなぁ。ガリオさんは勉強中だけど、マリーナは酷いな。弱点の関節に当てても、あの威力じゃ殆ど効いてない」



 マリーナの放った水槍アディクは、ゴーレムの膝を濡らす程度に終わった。対してガリオの魔術は、ゴーレムの胸部を少し融解させている。


 ゴーレムは腕を振り上げると、ディアの大盾目掛けて振り下ろした。


 鈍い音が響いたが、ディアは何とか耐えているようだ。体勢を立て直すまでには、もう少し時間が欲しい。


 すかさず腕を振り上げたゴーレムに向かってミィは矢を放つが、ゴーレムはディアの頭に向けて、既に振り下ろしていた。




「……これも相性、かな。皆、休んでいいよ」




 エストがゴーレムの前に現れた瞬間、振り下ろされた岩の塊はディアの頭上で止まり、冷気を放つ。



「こ……凍ってる……ニャ」



「ディアさん、受けるだけじゃなくて、受け流すことを覚えた方がいい。ゴーレムの一撃は重いから、力だけじゃなく技術も身につけて」


「……あ、あぁ」


「ガリオさんは及第点。マリーナは論外。クーリアと一緒に魔術の勉強して。ミィは2発目の矢を射る時、判断に迷いがあった。ゴーレムは動きの途中で標的を変えられるほど賢くないから、常に先手を取る意識を持って」


「分かったニャ!」



 他にも後方で見ていて分かった至らぬ点と良かったところ、そして改善点をポンポン出していくと、最後に「面白いものを見せてあげる」と言い、エストはゴーレムの前に立った。



「さようなら」



 ゴーレムの足を、ドアノックをするように軽く殴ると、一瞬にしてゴーレムの全身がバラバラになった。


 これは、極限まで冷やすと急激に脆くなるという、ゴーレムの性質を使ったものだ。一見して凄まじいパワーで殴ったのかと思えば、実は魔術による現象である。


「……ガリオ、なんでコレはCランクなんだ?」


「……俺が聞きてぇよ」


「……水と、土?」


「かっこいい! 今の凄いニャ!」


「でしょ? ミィはロマンが分かるね。後で僕がまとめたゴーレムの性質、見せてあげるよ」


「ありがと! 知識は宝ニャ」



 ゴーレムの大きな魔石を背嚢に仕舞うと、ミィが宝箱を開けた。中に入っていたのは白い短弓で、どうやら気配を薄くする効果があるそうだ。


 話し合いの結果、それはミィに譲ることにした。



 そしてゴーレムとの戦いが終わり、主部屋で昼食をとることにした。主部屋は人が居る限り次の魔物が現れないので、安全に食事をとることができる。


 エストはいつもの堅パンサンドを食べていると、干し肉を齧ったマリーナが聞いてきた。



「エスト君も2つ、適性があるんだね」


「……その話はしないでほしい。嫌いなんだ」


「あ、ごめん。でも、なんていうかさ……仲間だと思っちゃって」


「仲間?」


「うん。私、火と水の適性があってね。神童とか、天才魔術師の卵とか言われて育ったんだ。それで魔術学園に入って、悠々と暮らせるな〜って」


「はあ」


「反応薄いなぁ。対極の属性持ちだよ? 超凄いんだから。でもね、私……まだまだみたい」


「うん。だから僕に制御を奪われるんだよ。それにマリーナは、魔術を楽しんでない」


「魔術を楽しむ?」


「そう、例えば……ほら」



 エストはガリオの方を指さすと、ガリオの股間が発光した。



「エストォォォ!!!!! やめろぉ!!!」



「あはは! 確かに面白い! 今の属性は?」


「火。大丈夫、熱くないよ。魔術は温度も操れるから」



 嘘である。確かに魔術で温度は操れるが、今使った魔術は光属性だ。貴重な属性をそう見せないために、適当に火と言うしか無かった。



「……3つ? 私の神童が霞んじゃうな」


「神童なんてどうでもいいじゃん。神童がマリーナなの? 違うでしょ。マリーナが神童なんでしょ? だったらそんな言葉、どうでもいい。僕はそう思う」



 マリーナにとって適性魔力とは、ステータスだった。

 2つもあり、それが対極の属性であることが何よりも重要視され、彼女自身を表す存在となっていた。


 ただ、そんなものはどうでもいい。


 エストにとっては、魔術を楽しめるかどうかが重要であり、適性を言い訳に理解や探求を諦めるようでは話にならない。


 文字通り、論外である。



「僕にしてみれば、2つ適性があるから何? 確かに凄いけど、使えないなら意味が無い。それって他の人と何が違うの?」


「……違わない、かも」


「でしょ? 勿体ない。せっかく人より遊べる才能があるのに。使わないなら才能なんてゴミだよ」



 そんな何気ない言葉は、マリーナだけでなく、他の3人の心にまで深く刻まれた。


 ──使わないなら才能はゴミ。


 言い得て妙だった。

 どんな技術も、使う機会が無ければ輝かない。

 輝けない星が夜空に溶けるように、誰に見られることもない。


 使う機会があるなら存分に活かせ。


 エストの言葉には、そんな熱い意思が宿っていた。

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