第282話 困った精霊


 眠っているエストの夢に、再び精霊が現れた。


 それは、神都襲撃を報せた雷の精霊リヴの他に、エストのすぐ近くで腕を組み、そっぽを向いた時の精霊クェル。


 そして、空を覆い隠すほど大きな、黄金の目が浮かんでいた。



「……多分死んでないね」


『お疲れさん。よく俺様の頼みを達成したな』


「リヴはバカなの? この人間が、今までの人間の誰よりも異質なことも分からないの?」


『い、いやぁ、分かってたけどよぉ』


『──リヴ様、クェル様。賢者エストが起きています。言い争いはそろそろおやめください』



 上から目線の兄貴分を咎めるクェルに、空から見つめる大きな目が、心を晴れさせるような美しい声で仲裁に入る。



「ねぇクェル、あの目は何?」


「ラカラ」


「へ〜、今まで見た精霊で一番大きいね。それに気持ち悪い」


『──き、気持ち悪い……ですか?』


「うん、気持ち悪い。どうして目なの? 不気味だよ。クェルみたいな人間の姿の方が可愛いじゃん」


『──なるほど。重要なのは可愛さ、ですね』


「バカな話をしてないで、さっさと本題に入りなさいよ。その目ん玉つっつくわよ?」



 完全に置いてけぼりになったリヴが黙り込むと、そんな脅しにわざとらしく『ごほん』と咳払いをしたクェルは、エストに問うた。



『──この度は、ユエル神国、並びに神都ラカラを救ってくださったこと、感謝申し上げます。謝礼を贈りたいのですが、その前に。賢者エストに質問させてください』


「なにかな?」



『──光魔術とは、何でしょうか?』



 実に大雑把な質問だった。

 しかし、これは誰でも答えられるようでその実、人によって様々な答えを導き出される、無数の解がある問題である。


 変な質問だなと思いながらも、エストは即座に回答した。



「肉体に干渉する魔術。治癒の側面と明かりの側面があるけれど、明かりとしての光魔術は副次的な効果だと考えている。だって、照らしたいなら火で事足りてるからね。だから、主としている部分は治癒……つまり、肉体に干渉する魔術」



 反対に、闇魔術は精神に干渉する魔術だとエストは考えている。五感や思考に関連する魔術が多く、呪術の時代からも、触媒には人を模した紙や木片、藁人形など、使う対象が『人』であることが殆どだった。


 そんな回答をしたエストに、ラカラは──




『──クェル様、どうしましょう』


「どうもないわよ! 正解って言いなさいよ! ラカラまでワタシの人間を取る気? ぶっ飛ばすわよ?」




 どうやら求めている答えを上回ったようだ。

 ラカラの謝礼とは、『光魔術の本当の意味』を教えることで、エストの研究材料を与えることだった。


 しかし、その本質に自力で気付いていたために、与えられるものが無くなってしまった。



『──賢者エスト。貴方の望みを叶えましょう。出来り限りで、ですが』


「う〜ん、無い。僕はシスティとのんびりできたらいい」


『──では、永遠の寿命や光魔術の極意など』


「要らない。確かに、僕はシスティより先に死ねない。でもね、永遠は寂しいよ。魔術だって、自分で見つけることが楽しいのに、君から教わって何になるのさ」



 お金なら嬉しいけどね。そう付け加えるエストに、ラカラは心底困った様子だった。瞳が泳ぎ、この恩をどう返そうか迷いに迷っている。


 ぴしゃりと言い放ったエストを誇るクェルは、仕方なく助け舟を出した。



「彼の仲間に褒美を与えなさい。真に魔族を討ったのは、ドワーフと白狼族と龍人族の者。そうでしょ?」


『──はい。そのように』


「あとね、精霊がたかが魔族に慌ててんじゃないわよ。信者を守りたいならもっとやりようがあったでしょうが」


『──はい……申し訳ありません』


「ふんっ。そんなんだからネイカが降りたのよ。人の助け方ぐらい、あの子に聞きなさい」



 クェルに説教されるラカラを眺めていたエストは、肉体の覚醒を感じ取った。

 すると、肩に乗ってきたリヴが小さく『空を見ておけ』と言うと、ラカラの大きな瞳を見上げながら、その場から消えるのだった。








「んっ……重い……──っ、重たくない」



 眠りから醒めたエストは、腹部に感じる重量に苦しむ様子を見せたが、自身に跨っている人を見て、即座に撤回した。


 しかし、エストは困惑する。

 魔族と戦っていたはずなのに、何故か一糸まとわぬ姿で眠っており、その上薄着のシスティリアが跨っていたのだから。


 何が起きたのか聞こうとするが、その前に彼女がホッと安心した顔でエストの頬を撫でた。



「良かった……目が覚めたのね。アンタ、まる一週間も眠ってたのよ?」


「そうなんだ……魔族はどうなったの?」


「倒したわよ。エストが街中に散らばった魔族を全部凍らせたから、あの五賢族も復活出来なくて、落とした首を細切れにしたらようやく死んだわ」


「…………よかった。ありがとう」


「ようやくアタシたちも五賢族と戦えたけど……正直に言ってギリギリね。アンタの強さを再認識したわ」



 純粋な気持ちで褒められて頬を緩ませるエスト。だが、何故裸なのか、どうしてシスティリアが跨っているのか、そしてここはどこなのか、順番に問いかけた。


 エストの視界に映っているのは、綺麗な木目の天井と壁に掛けられた魔石のランプ。

 それ以外はシスティリアで埋まっていた。



「アタシがアンタをひん剥いた。それで、欲情したから跨った。ここは神都の聖ラカラ大聖堂。どうかしら?」


「ありがとう。でも、欲情しちゃったんだね」


「だって……良いカラダなんだもん……」



 そう言ってチロりと舌なめずりをするシスティリアに、両頬を掴んでムニムニしてやろうと思うエストだったが、左腕が痺れたように動かなかった。



「あれ? …………ん? あれ? 解けない」


「アンタの左腕、あの五賢族の毒? 呪い? を受けたらしいの。色んな光魔術を試したけど、その毒だけは治らなかったわ」


「切断も?」


「最初にやったわよ。裏手の箱に何本か入ってるわ」


「何回かやったんだ……流石に毒に侵されてたら氷龍も食べないだろうなぁ」


「そんなこと言ってないで、さっさと治しちゃいなさいよ。このまま始めちゃうわよ?」


「……一旦僕から降りようか」


「……仕方ないわねっ」



 妖しく濡れた瞳で見つめ、誘うように尻尾を左右に揺らすシスティリアを降ろすと、恐ろしく鈍い左腕を強引に持ち上げた。


 心配そうに見つめる彼女を横目に、体内の魔力を巡らせて異常を探せば、すぐに見つかった。



「なんじゃこりゃ」


「どんな具合なの?」


「……5000個くらいの構成要素がある魔法陣って言えば、伝わるかも」


「はぁ!? そんなの、どうやって組み上げたっていうのよ!」


「相手は魔族。先生がなんとか抑え込むことしか出来ないくらい強いんだ。数百年以上の時間があったんだし、呪術……闇魔術の複雑化を計るには充分だよ」



 信じられないほど複雑に組まれた闇魔術に、やはりあの時システィリアを庇って正解だったと安堵する。

 氷龍がジオに掛けた魔術より何百倍もの時間は掛かるだろうが、解けないことはないと、エストは大きく息を吐いた。


 最後の五賢者が現れる前に治したいところだが、それが叶うかどうか……。



 そんな風に考えながらベッドから降りると、ぐらりと体が倒れてしまいそうになる。

 システィリアに支えてもらいながら立ち上がり、そこでようやく気付いてしまった。



「あの……服は?」


「宿にあるわよ」


「……僕、裸なんだけど」


「ちゃんと取ってきてあげるわよ。ただし、条件があるわ」



 そう言ってエストを抱き締め、唇を重ねるシスティリア。

 何秒か、或いは何分か。

 ちゃんと目が覚めたエストを独り占めするように、彼の唾液で口内を満たすと、とろんと蕩けた目でその瞳を射抜いた。


 言わなくても分かる条件に、エストは応えることにした。

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