第281話 海から出づる呪いの手
「あぁもう、魔族ってこんなに厄介なの!?」
「今までエストが秒殺した理由が分かるな」
「ウチが落とした左腕、水でくっ付けるとかなに? 光魔術が泣いてるんですけど」
深海のイズとの戦いは熾烈を極め、星付きであろうとも手玉に取るような魔術は、着実に3人の体力を奪っていく。
人の思考を読んだかのように幻影で騙し、不意打ちにはアリアが対応出来るものの、その不意打ちすら幻影で見せるようになったのだ。
気を抜けない戦いが続き、体力も精神力も削れてくる。
このまま持久戦に持ち込まれては勝利への望みも消える……そんな時だった。
「な、なに!? 地震!?」
「東の方からだ。大地の怒りではない」
「……エストかも」
凄まじい衝撃が神都を駆け抜けていく。
それはエストが放った
「そこよっ!」
システィリアがすかさず捉え、剣を下から滑らせるように斬り上げると、本体のイズが右手の剣で受け止めた。
エストが作った僅かな隙に感謝してアリアが追撃を放ち、恐ろしく低い姿勢から放たれる舞うような剣技は、的確にイズの脚を落とした。
トドメとばかりにブロフが大剣を振り下ろせば、真っ赤な血潮が飛び散った。
しかし、まだ攻撃の雨は止ませない。
続くシスティリアがイズの首を断ち、アリアが残った胴体を細切れにしても尚、まだその肉体は動いている。
今までにない驚異的な生命力を以て、散った肉片は水滴が集まるかの如く、元の肉体を再生していく。
一体いつになったらその生命活動を停止するのか。
3人はひたすらに攻撃する手を止めず、早く終われと。エストが無事かも分からない今、この戦いを終わらせたい思いで溢れていた。
だが、まだしばらくはその時が訪れないようだ。
10分、20分と休みなく攻撃を続けていれば、体力には自信のある3人でも疲れの色が見えてくる。
早く終わってくれ。
そんな祈るような気持ちがふつふつと湧いて来ると、状況が一変する。
「わたくしがその者を祓います!」
勇ましくも美しい、鈴の転がすような声と共に現れたのは、純白と黄金の衣を身に纏った、黄金の絹のような髪の少女だった。
胸の前で組んだ手には、
「魔を祓うは精霊の輝き。悪を濯ぐは精霊の導き。善なる者を照らし、仇なす者を打ち祓え。其は極悪を焼き払わん光の力。原初にして終焉をもたらす光の奔流。光の精霊ラカラよ、我に祓い濯ぐ力を与えたまえ」
最後まで攻撃の手を止めず、イズの復活を阻止した3人は、教会から現れた黄金の少女──聖女ララネの力を信じた。
そして、聖具の前に煌々と輝く黄金の多重魔法陣が現れた瞬間、システィリアとアリアは、即座にブロフの両腕を握ってその場から離れた。
肉体を復活させようとするイズに向けられたその魔法陣は、聖女にしか扱えないとされる、伝説の魔術。
「──
太陽の如き輝きを放った魔法陣から、魔物どころか接触した物を全て滅ぼす、破滅の光が一直線に伸びた。
真っ先に飲み込まれたイズの肉体は跡形もなく消滅し、突き進んだ光は家を、そして外壁にも人間大の穴を開けると、森や凍った大波にもぽっかりと丸い穴を作っていった。
「……やったの?」
「うん。流石に聖女ちゃんの光で消し飛んだみたい。あとは残った魔族の気配と…………あれ〜? ドラゴンの魔力が……バラバラ?」
「まさかとは言わんが、エストの奴……殺ったのか?」
ようやく終わったのかと思う反面、エストが全く姿を見せないことに違和感を覚えていると、3人の元に聖女が駆け寄った。
「皆様、ご無事でしょうか……?」
「アタシは平気よ」
「オレもだ」
「ウチも〜」
「はぁ……よかった。ラカラ様に触れた物全てを消し去ると言われており、巻き込まないか心配で……」
「それよりアタシ、エストを捜してく──」
捜してくる。そう言おうとした瞬間、街に残っていた魔族が一瞬にして魔力の塵と化すと、黒い魔力が上空へと集まる匂いを感じ取ったシスティリア。
そして数秒が経てば、魔力は人の形を形成し、藍色の髪が特徴的な……深海のイズを形成した。
「う、嘘、よね……どういうことなの?」
「そんな! 完全に消し去ったはずです!」
「ゴキブリみたいにしぶといな〜。いや〜、気持ち悪っ」
「……悪夢を見ているようだ」
再びその魔族が足を付けると、鋭い爪で髪を切り落とした。宙に舞う藍色の髪の一本一本が、神都を襲った魔族へと姿を変える。
一瞬にして数千の魔族が教会の周囲に現れると、人を襲う気配はなく、ただじっとイズの指示を待っていた。
『母なる海の名を冠するこの身、舐めてかかるとは愚かな人間共よ。フフフッ! ワタシが動いた時点で貴様らの絶滅は確定している。一匹でも、この眷族が生き残っている時点でねぇ!』
そう言い放つと、無数の魔族が散り散りに神都を襲い始めた。
イズのあの生命力は、周囲の魔族から奪い取ったものだった。完全にあの魔族を消すには、神都から全ての魔族を倒した上で、深海のイズを殺す必要があったのだ。
賢者リューゼニスが『格段に強い』と言う上位の五賢族は、これまた常識から外れた力を持っていた。
ここまでの戦いが徒労に終わったと知り、3人の……4人の間で重く冷たい空気が流れ込む。
再びイズを倒したところで、街中に散った全ての魔族を倒さない限り復活するとなれば、諦めた方がいい気がしてくる。
誰が吐いたか分からない溜め息が聞こえると、勝ち誇った顔の深海のイズが、ピタリと固まる。
『……え?』
呆けた声に振り返れば、空を白い魔法陣が埋めつくしていた。
ひとつひとつが無駄の無い美しい術式で組み上げられた魔法陣は、全てが全く同じ速度で回転しており、星々のように輝いている。
「この魔法陣……はぁ」
「お嬢、気を抜くな」
間違いない。エストの魔術である。
どこに居るのかは分からないが、神都の上空を覆う数千の魔法陣が一斉に光を放つと、氷の槍が雨のように降り注いだ。
脳天から穿たれた魔族は即死し、死体を利用されないように魔力の一片も残さず氷に封じ込めると、神都の気温が数度ほど低くなった。
そしてコツ……コツと足音が聞こえてくる。
音のする方向へ振り返れば、片目を失い、両耳から垂れた血が頬で固まり跡を残した、満身創痍のエストが、杖を支えに歩いて来ていた。
「エスト! 大丈夫!?」
剣を納めて支えに行ったシスティリアが叫ぶが、その声はエストに届いていない。
水龍との戦いで想像以上の魔力を使ったらしく、その上で魔族を全て討ち、凍らせたために、治療に回す魔力も残っていないようだった。
その証拠に、顔色は青白く、魔力欠乏症に陥っている。
「た……お、て……」
そう言ってエストが意識を失うと、魔族が凍ったことに驚いたライラがやって来た。すると、余裕があればエストの傷を癒すように言って渡し、3人と聖女は深海のイズに向き直った。
「やるわよ……エストが作ったこの機会、失ったら全員死ぬわ!」
「わぁお、システィちゃん二刀流〜……じゃあ、お姉ちゃんも最後まで頑張らないとね」
「英雄譚に名を刻むとしよう」
システィリアは右手にアダマンタイト合金の剣を握ると、左手には氷の剣を
本当はエストの氷が良かったが、贅沢を言える状況ではない。エストは最善を尽くし、更に復活を阻止したのだ。
「賢者エスト様……ユエル神国は貴方の功績を、必ずや大きく偉大なものだったと後世に語り継ぎましょう」
聖女は再び聖具を手に、勇ましくも一歩を踏み出した。
それに合わせてブロフが飛び出すと、目にも止まらぬ速さで大剣を振り上げ、それをイズは片手で受け止めた。
「ハッ、怪力も手にしたか」
『愚か者め。魔族に使った分を回しただけよ!』
拮抗する剣戟の合間を縫ったシスティリアは、まずはその鋭い毒爪を持つ左腕を落とさんと右手の刃を振るうが、こちらも片手で受け止められた。
しかし、続く氷の剣が震えば、深海のイズの左腕の半分まで剣がくい込み、あと一歩のところで振りほどかれた。
すかさずアリアが背後を取り、再び腕を狙うチャンスが訪れる。
システィリアは神速の一刀でイズの左腕を落とすと、即座に標的を変え、その首を落とさんと剣を振った。
「ぐぐぐぐぐ……なんて硬さ、なの……っ!」
「オレがやるッ──!」
システィリアと入れ替わるようにブロフが間合いに入ると、鋼の如き筋肉を全力を込めて大剣を振り下ろす。
流石に耐えられないと悟ったイズが首の表面を氷で固めたが、剛健なブロフの一撃を前に、その肉体と魔術は耐えられなかった。
「終わっ……た……?」
「……ああ。ああ! やったぞ!」
「はぁぁ……キツかった〜」
緊張の糸が切れ、互いに検討したことを讃えあった瞬間──
「危ないっ!!!」
そんな聖女の声が響き渡り、気づいた瞬間にはもう遅かった。
胴体だけになった深海のイズが、右手に生えていた毒爪を真っ直ぐに突き出し、システィリアの胸を貫かんとしていた。
避けられない。
そう……誰もが悟った瞬間だった。
「ぐぅっ……うぅ!」
システィリアの足元に半透明な魔法陣が現れると、彼女は教会の壁の前に転移していた。
しかし──
「エスト!? エスト! しっかり!」
「おい、大丈夫か! 早く毒を……いや、傷か!?」
位置を入れ替えただけの空間転移だった。
エストはなんとか身をよじって左腕を貫かれただけでとどめたが、魔力を使い切った今、治癒も解毒も出来なかった。
『フフ! フハハハハ!!! これでお前は死ぬ! 賢者エスト……水龍は殺したようだけど、このワタシの手で──』
刹那、喋りだしたイズの頭が細切れになる。
「アタシがエストを治すから、アンタは死になさい」
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