第36話 魔女達の推し

「エスト君が……近接戦闘もできると?」


「それはウチが答えるよ〜」



 紅茶のおかわりを注ぐと、アリアは魔女の横に座った。

 魔女は熱々の紅茶に息を吹いて冷ますが、無糖の紅茶は少々苦手だったらしい。ハチミツを垂らしている。


「ご主人が魔術の師匠なら〜、ウチが……私が武術や体術の師匠なの。エストには、Cランク程度なら素手で倒せるぐらい鍛えたよ」


「ほ、ほう?」


 アリアのゆったりとした話し方が消えると、エストの鍛え方を教えた。

 成長を阻害しない程度にキツいトレーニングと、エスト本人でさえ語りたくない武術の打ち合い。

 幼い子どもに施す鍛錬ではないが、それらをエストはこなした。


 学園長は姿勢を正し、次の言葉を待つ。


「私は聞いた程度だけど、ミツキは闇の申し子で騙し討ちが得意な子なんでしょ? だったらその子は、初撃でエストを倒せなかったら負け」


「彼もまた武器を使うのか? ミツキの刀のように」


「かたな? まぁ、大抵の武器なら触らせたよ。天賦の才とは言えないけど、槍の扱いだけは上手だったね」


「うむ、エストは空間認識能力が優れているからのぅ」


 魔女の一言に頷くと、エストにとって地獄の日々を思い返すアリア。

 体力作りのトレーニングを終えると、館にある木製の武器を手に、アリアと打ち合っていた。

 魔術師が魔術だけを頼るのは弱者のすることと教え、嫌そうな顔をしても必死に食らいつく姿は勇ましかった。


 剣や弓、盾に槍、糸、針などの扱いを教えたが、アリアが一人前と認めたのは槍の扱いだけだ。


 穂先までの長いリーチを手のように動かす様は、熟練の槍使いと遜色なかった。

 しかし、槍の特性を十分に活かせるほどの知識や才能はなかった。


「ミツキって子がどれほど強いのか知らないけど、エストを簡単に倒せると思ったら大間違いだからね」


「それに、粗末な闇魔術なら感知するじゃろうしな。わらわの認識阻害をギリギリ知覚できるエストじゃ。相手は闇の申し子と言えど、まだ13歳」


「そ〜そ〜。万に一つも勝てないってワケ」



「あるとすれば、あとはエストの油断かの」



 エストの油断。

 それは最も有り得る負けの可能性であり、同学年が使う魔術を知っているエストなら十分に注意しなければならない。

 初級魔術ですら使えるか怪しい1年生を見ていると、どうしても自分より下だと認識してしまうだろう。


 その認識を上級生に持っていくと、痛い目を見るのだ。



「……それでも私は、ミツキが勝つと思っている」



 闇の申し子。

 そう称されるミツキの体には、極東の呪術によって魔の力が宿っている。

 魔女の森より遥か遠く東の国。

 山々に囲まれた盆地にある『カゲン』という小国は、古くより闇魔術の祖である呪術に精通している。


 魔石や魔物の死骸、毒虫や毒蛇など、死や魔を司る物を触媒に使う呪術は、後の闇魔術の体系化に役立っている。

 そんなカゲンには、百の鳥居が建つ《霊峰》と呼ばれる山があり、霊峰にて祈りを捧げて産まれたのがミツキだ。


 ミツキには高い闇の適性があり、8歳の頃には中級の域に達し、カゲンの誇りとして育てられた。


 特に認識阻害の魔術が得意なミツキは、たびたび村人を驚かせては親に怒られ、魔術の使い方を教えこまれた。

 そうして将来は闇の魔術師として生きようと思っている時に、学園長と出会ったのだ。


 たまたまカゲンに訪れていた学園長は即座にミツキの適性を見抜き、魔術学園に入学させた。


 魔道書庫と言われる学園の図書館には、闇の魔術に関する本は山のように保管されている。

 図書館に入り浸り、今では上級魔術も使えるミツキ。

 カゲンでは武術を鍛えられ、帝国では魔術を学ぶ。


 魔術師としての弱点が消えたミツキを知っている学園長は、エストが勝つとは思えなかったのだ。



「ミツキは強い。間違いなく学園最強の生徒だ」



「はぁ、お主の目は……いや、いい。これはわらわにも言えることじゃが、少々肩入れしすぎじゃ」


「どうせ結果は出るんだし〜、2週間後のお楽しみってことで〜」



 お互いに譲らない思いを胸に仕舞うと、魔女はフッと息を吐いた。

 甘い紅茶を啜り、改めて自己認識を改める。


「わらわ、本当にエストが大切みたいじゃな」


「今更だね〜。ま、ウチもだけど〜」


「そんなにあの子が特別なのか? いまいち私は認識に困っている」


 学園長の言葉は尤もで、髪が真っ白だったり適性が氷という点は珍しいが、そこまで魔女が惚れ込むほどとは思えないのだ。


「特別、か。アリアはどう思う?」


「家族という意味では特別だけど〜、魔術師としては……超有能、ってくらい? ご主人ほどではないかな〜」


「非凡という程度か。うむ、ではわらわの番じゃな」


 カップに残った紅茶を飲み干すと、魔女はどこか遠くを見つめるように言葉を零す。それはエストに向けたものか、2人に向けたものか。



「実はわらわ、エストの適性が氷じゃと思えんのだ。もっと奥深く……それこそ魔術の深淵に触れた適性じゃと」



「ほう……そう思う理由は?」


「氷の適性、それ自体の発見は初めてじゃが、上位属性の適性自体は他にも居るじゃろう? ネルメアの『雷』しかり、西の魔女の『自然』しかり」


「そうだな。私の雷は風の上位属性だ」


「うむ。しかし、じゃからと言って6大属性全てを扱えるかの?」



 学園長たるネルメアの適性は雷。

 水、風、闇の魔術は使えるが、火や土、光の魔術は発動できなかった。

 雷は使い方を変えれば火のようにも扱えるため本人は気にしていなかったが、エストはその6大属性を息をするかのように扱えてしまう。


 現に無色の魔石が盗まれた際、魔石には氷を含む7つの属性魔力が込められていた。


「無理だ。つまり、氷は特別だと?」


「氷自体は他にも居ると思うがの。2代目のせいで公表しないだけで」


「ん〜? じゃあ、どういうこと〜?」



「つまりは、だ。エストは氷の更に上の適性を持っている。というのがわらわの見解じゃ」



 無論、ただの予想じゃが。

 そう付け足す魔女は、まだ分からないでいた。

 10年も共に過ごしてきた子どもが、800年以上も生きている魔女でさえ分からない、未知の可能性を秘めていた。


 生存本能で氷の魔術を使ったことからエストは氷の適性があると判断したが、それにしては異様だったのだ。


 6つの属性を扱える。


 魔女とは違う、純粋な個性として持ったその才能は、歴代の賢者に当てはまるものだった。


 しかし──



「賢者にしては、魔術の理解が早すぎる」


「うむ。初代で50年、2代目でさえ30年で6大属性じゃ。じゃがエストは5歳で使えていたぞ」


「そういえば、賢者の適性って〜?」


「「6大属性」」


「わぁお。器用貧乏を極めたオールラウンダーって感じ〜?」


「その認識で間違っておらぬ。ゆえに、こと風だけで言えばネルメアの方が上じゃ」



 賢者はあらゆる魔術を使うとされるが、実は違う。

 全属性の魔術に適性を持って生まれたのであって、雷のように、風魔術の先には到達できなかった。


 歴史を知るほど、エストの適性が分からない。


 これ以上考えても堂々巡りになると思い、魔女は別の話題に切り替えた。

 今はただ、愛する息子の活躍を観られたらそれでいいのだ。

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