第37話 ふるいにかける
学園長が魔女の森に訪れた次の日。
エスト達は放課後に実技教室へ行くと、魔術対抗戦に出場する全ての生徒が集まっていた。
まずは学園長がランダムに分けたチームに分かれ、そこから各チームで模擬戦や交流が始まる。
メルはエストと同じチームになりたいと願っていたが、残念ながら同じ1年生でエストと同じチームになったのは、ユーリであった。
「出るんだ。緊張する癖、完全に直った?」
「まぁ……ね。実はまだ緊張する。だから、僕はここで頑張りたい」
チームメイトは、1年生からエストとユーリ。
2年生からセーニャとアルフレッド。
3年生からはマークが。
4年生はおらず、5年生のカミラが参加している。
全員合わせて6人。そんなチームが24もあるのだ。
トーナメント形式ゆえに消耗の加減も決めなければならないので、終盤戦は魂をかけた戦いになる。
「さて、まずは自己紹介からしよっか。私はカミラ。風の適性があるよ!」
ユーリと同じ黄緑色の髪をしたカミラから順に、自己紹介が始まった。
「3年のマーク。水が使える。魔術はあんまり自信ない」
「2年のセーニャっす。土の適性があるっす。壁の構築とかは任せてほしいっす」
「同じく2年のアルフレッド。拙者は火の適性があるぞ」
「えっと、1年のユーリです。風の適性です」
最後にエストの番……というところだが、本人は別のチームに目を向けていた。
ユーリに肩を揺すられるが、依然として視線は動かさない。
「君は1年生のエストくん、だったかな?」
カミラが聞くが、エストは答えない。
一体何があったのかと5人が視線の先を追うと、そこには黒い髪を伸ばした女子生徒を中心に、既に勝利したと喜ぶチームがあった。
しかし、5人は気づいていないように見える。
「ねぇねぇ、自己紹介は?」
「──面白い。あの人、常時認識阻害を使ってる」
エストが指をさしたところで、ようやく5人が視線の先……ミツキを視界に入れたようだ。
初めて見るエストの笑顔を見たユーリは驚きの表情を浮かべていた。
口から出そうになった言葉を押し込め、ユーリはエストの自己紹介を優先させた。
「こ……自己紹介! みんなやったから!」
「あぁ、僕はエスト。魔術は使わない」
それだけ言うと、ギョッとした目が向けられる。
当然だ。それでは何のために魔術対抗戦に出場し、何のために魔術学園に入ったのか分からない。
「……どういうことかな? こんな1年生、初めてなんだけど」
カミラが少々の怒気を込めて言うと、ポツリとこぼすように言葉が返ってくる。
「面白い魔術が見たい。でも、僕が魔術を使ったら見れない。だから魔術無しで戦う」
この言葉の裏には、『手を抜くことは相手に失礼』という意味も含まれていたのだが、当然分かるわけもなく、ユーリ以外の面々は苛立ちを覚えた。
「オレ、自信はないけど誇りはあるんだよ……魔術師として。例え1年生でも、手を抜くのだけはやめてくれ」
「手を抜くなんて言ってない」
「いやいや、魔術対抗戦で魔術を使わないのは手抜きっす」
「なぜ?」
「なぜって……普通に考えたら分かるだろ。相手は魔術師。拙者達とて魔術師。魔術で戦うのが基本だろう」
「でも、そんなの面白くないよ。あの黒い髪の人以外、強くないでしょ? 僕、あの人以外に魔術を使うのは無駄だと思う」
無駄。
エストはチームでの実力差を考えた上でそう発した。しかし、それは魔術師としての高みを目指す4人の逆鱗に触れることとなる。
カミラを筆頭に感情を爆発させようとしたその時、ユーリが間に割って入り、案を出した。
「エ、エスト君と模擬戦をしましょう! 彼の実力を知れば文句は無いはずです。エスト君も、初日から喧嘩とか嫌でしょ?」
「どうでもいい」
「へぇ……面白い。私から行くけどいい?」
カミラが前に出ると、セーニャ、アルフレッド、マークの3人は距離をとった。
だが、更に火に油を注ぐエスト。
「模擬戦でしょ? 相手はわざわざ自分から行くとか言うの? 5人で来なよ。ね? ユーリ」
正気ではない。
5人の魔術師相手に1人で挑むなど、無謀もいいところだ。
相手の属性に有利ならまだしも、ご丁寧に4属性かつ、風が2人という、対応が非常に難しい適性で組まれている。
「ユーリくん?」
「か、彼は本気です。本当に5人で行かないとダメです」
「はぁ? バカだろコイツ!」
「バカかどうかは戦えば分かります。きっと」
「アホっす。超バカっす。でも──」
「ここで
5人が構えを取ると、カミラが飛び出したのを合図に始まった。
カミラが中級風魔術の
エストの足元に8つの要素からなる黄緑の魔法陣が輝くが、右足で踏んづけただけで霧散した。
「嘘でしょ!?」
「流石に逃げられたら困るっす──
セーニャの多層魔法陣によって5つの土の壁が現れると、広い実技教室の中に小さな部屋がつくられた。
ちょうどチームで使う分には困らない程度の広さが確保されると、マークとアルフレッドが同時に飛び出す。
「でかした2年! ……
「
「……胸を借りるね。
アルフレッドの火魔術を強化するようにユーリが援護すると、模擬戦と呼ぶには危険な威力の、水槍と炎がエストに迫る。
怒りの感情が、力加減を間違えてしまったのだ。
いくらエストと言えど、中級魔術を2つ、それも強化された魔術を相手に無傷では済まない。
「もしかして僕……怒らせちゃったのかな」
今更ながらチームの状況を知ったエスト。
眼前に迫った魔術を見て、少々の申し訳なさを覚えた。
──次の瞬間。
エストは両方の魔術をその身で受けた。
直後、凄まじい爆発音と共に衝撃が発生した。
辺りに水蒸気が立ち込め、何事かと周囲の生徒から視線が駆け寄ってくる。
「や、ヤバくね?」
「早く医務室の先生を!」
「エスト君、大丈夫!?」
別のチームに居たメルが声をかけると、発生源から風が吹いて水蒸気を飛ばした。
その中心地には、無傷のエストが立っている。
「メル? 僕は平気。気にしないで」
「でも、凄い音がしてたし……」
メルの言葉は尤もだった。
模擬戦をしていたら小さな爆発程度は付きものだが、土の壁が吹き飛ぶ威力は出ない。
エストの背後で気絶する5人の姿を見ると、明らかに模擬戦の域を超えていることが分かる。
「この人達が何も考えずに火、水、風の魔術を使ったからね。超高温の火魔術と水魔術がぶつかると、大きな爆発が起きるんだ」
「う、うん」
「流石に僕もそんなの受けたら死ぬから、身を守ったんだけど……この人達、一切防御しなかった。馬鹿だよ」
爆発の瞬間、咄嗟にエストが5人の体を
また、他のチームに影響が出ないよう、薄く硬い氷の膜を張ったおかげで周囲に被害は出なかった。
魔術の相互作用による爆発や現象など、この5人は考えられなかったのだ。
「私の部屋にまで爆発音が聞こえてきたが……エスト君か」
騒ぎを聞きつけた学園長がやって来ると、エストが詰め寄った。
「このチーム、嫌だ。防御もせずに水蒸気爆発を起こす。僕が周りに魔術を使わなかったらみんな吹き飛んでたよ? これだから攻撃に使う魔術は嫌なんだ」
「……5人が起きたら話を聞かせてくれ」
「魔術の危険性も知らずに人に使うなんて……不快だ。帰る」
珍しく、エストの顔に怒りが浮かんでいた。
普段は温厚……というより無表情なだけに、そんなエストを怒らせた5人に視線が行く。
メルと学園長は顔を合わせると、とりあえず今日はもう解散することを伝え、これからの模擬戦や交流は空き教室で行うことを周知させた。
「メル。すまないが、エスト君を頼む」
「はい。エスト君を誘ったの、私なので……」
責任感のあるメルだが、それ以上にエストを案ずる気持ちが大きく、すぐにエストの後を追い、教室を走って出て行った。
5人の容体を確認した学園長は、昨日の魔女との会話で出た『エストは交流が下手』という話を思い出し、頭を抱えた。
「全く……初日からコレか……」
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