第86話 残された言葉
『ピィーッ! ピィ!!』
「なによ……手紙?」
気を失っていた冒険者達をギルドに運んだアリアとシスティリア。ギルドマスターが起きるまでゆっくり休もうとしていたところ、ネフが3枚の折り畳まれた紙を咥えて飛んできた。
ギルドの椅子に座って紙を広げると、そこには手紙とは名ばかりの、エストの遺言書が記されていた。
『僕──エストが死んだ場合、ギルドに預けているお金は師匠とアリアお姉ちゃんに。背嚢に入っている大量の魔石はシスティに託す』
目を大きく開けたシスティリアは、なぜかギルド内の掃除をしていたアリアを呼んだ。
同じように目を開けて驚くと、壁際に置いていたエストの背嚢を持ってきた。ただの荷物にしてはやけに重いそれを開くと、書かれていた言葉の意味を知る。
「嘘でしょ? スケルトンの魔石がこんなに」
「なるほどね。どうりで家を出る前に『魔石よし』とか言ってたわけだ。あれ、ダークウルフじゃなくてこれか〜」
身体を鍛えるためにと背嚢の3割を占める大量の魔石を背負い、エストは旅をしていた。困った時は路銀になり、魔道具や魔術の研究にも使えるため、魔石のまま持ち運ぶ冒険者は稀に居る。
ただ、その魔力に釣られて魔物が寄ってくるため、起きたら近くで魔物が死んでいた場合は魔石のせいである。
今はエストが生きていることを知っているので、2人は安心して2枚目に目を移した。
『ネフのお世話をシスティかアリアお姉ちゃんに託す。好物は黒いベリーとミミズ。たまに髪の毛を引っ張られるけど、それは空腹の合図。割と痛い』
「割と痛い、じゃないわよ!」
「軽いな〜。まぁ、システィちゃんはうちで引き取るし、これは実行できるね。ね〜、ネフちゃ〜ん」
『ピィーーー!』
ネフの食べる物に関しては旅の道中で知っていたため、最悪この遺言書が無くてもエストの望む結果になったと思うシスティリア。
最後の3枚目を見ると、そっと裏向けた。
「なに書いてたの〜?」
「……見ちゃダメ」
「ダメじゃないよ〜。ほいっ」
隠そうとするシスティリアから紙を奪うと、大きく広げて読み上げた。
『システィは朝に弱いから頑張って起きてね。美味しいご飯を作ってくれてありがとう。魔術の勉強も続けてね。
あと、寝てる時に服の中に顔を入れるのはいいけど、お腹を舐めるのは変態だと思う。他の人にしちゃダメだよ?』
「……ふ〜ん、そんなことしてたんだ〜」
にっこりと微笑んだアリアが、真っ直ぐに見つめる。
ちょっとやりすぎた行為がバレてしまい、顔を真っ赤にして目を泳がせるシスティリアは、必死に言い訳を連ねた。
「ち、違うの! これはちょっと寝ぼけて……ほら、エストってよく寝相で服が乱れるでしょ? その時にこう、ズボッと頭を入れて…………つい」
「ふ〜ん」
「何よっ!! 悪い!?」
「……で、味は?」
「へ?」
「……お腹の味は?」
「……ちょっとしょっぱい」
何を聞かれているんだ? と困惑するが、アリアはうんうんと頷いて懐から出したメモに記していく。
そこには『システィリア、変態』『エストのお腹は少ししょっぱい』と書かれ、満足そうに仕舞った。
「決めた。システィリアちゃんには余罪があると見た。これから私が稽古をつけるけど、その時に全て吐いてもらう」
「よ、余罪なんて……無いわよ!」
「い〜やあるね。今の間は確実に3つはある。他にもしたんでしょ〜? 変態さん」
「変態じゃないわよ! 好奇心旺盛なだけ!」
「逆にエストの方からは無かったの〜?」
「エストの方から? ……ない」
「ありゃま、これは本当に無いなぁ。う〜ん、エストくらいの男の子なら、女の子に興味持つと思うんだけどな〜」
実は一度だけそれらしいことはあったのだが、システィリアは墓まで持っていくと誓った。
彼はどんなにシスティリアに興味を持とうと、常に彼女に美しく居てもらうべく、尻尾や髪の手入れに意識を向けていた。
その努力を知っているから、アリアには言えない。
そうして少し生々しい女子トークを繰り広げていると、ようやく冒険者達が目を覚まし始めた。
床で起きた彼らは皆一様に自身が死んだものと勘違いし、ふざけたシスティリアが『ゴブリンの海に行く?』と言うと、死んだ魚のような目で首を横に振った。
ギルドマスターから全てのギルドに極秘情報として魔族の話を伝えられると、各国のギルドマスターがダンジョン活性化を重く捉えた。
報告を聞いたギルドマスターの中には、システィリアの育ての親も居た。
「よかった……無事なんだな、システィリア。それにエストもよくやった。本当に……ありがとう」
目頭を抑えるマスターは、静かに啜り泣く。
もし三ツ星が駆けつけなければ、2人して死んでいたかもしれなかった。ほんの好奇心で出した依頼で娘と魔術師を殺しかけたのだ。
奇跡の死者ゼロという報告には、彼らの評価を大きく上げるポイントとなった。
「ん〜! これで依頼も終わりね〜!」
「特別措置、羨ましいな〜。星付きには無いとかケチだよね〜」
「そこまで恩恵無いわよ? 指名依頼の拒否なんて」
「恩恵しかないよ! どれだけウチが指名依頼を憎んでいるか……ゴロゴロタイムを返せ〜」
早馬の馬車での帰り道。
ネフを連れたシスティリアとアリアは、来た道を逆走するように北上している。
目的地はリューゼニス王国とレッカ帝国の間。
魔女の森だ。
そこでこれから、システィリアは修行の日々を送る。剣術や体術はもちろん、エストが習得出来なかった武術の全てを詰め込み、魔術の腕も磨く。
元々エストに教わっただけあって、基礎の中の基礎は出来ているシスティリアは、初めから中級相当の魔術を教えられる。
「まさかジオに頼まれるとはね。相当エストを気に入ったんじゃないかな〜」
「……心配ね」
「大丈夫だよ。ちゃんとエストは帰ってくる。何ヶ月……何年後かは分からないけど、ちゃんと立派になってね」
窓から外の風を浴び、アリアは呟く。
冷たくなった空気が肌を刺すような感覚がして、冬の始まりを告げようとしていた。
「どうする? 帰ってきたエストが変態になってたら。システィちゃんペロペロ〜、とか言って」
「……ふっ、大いに結構! アタシはどんなエストでも受け入れるわ! アタシが舐めた分、舐めさせてやるもの」
「……やっぱシスティちゃんは変態だ。エストに近づけない方がいいかも……」
「う、嘘に決まってるでしょ! 変態なエストは嫌いよ嫌い! 大っ嫌いよ!!」
顔を赤くして否定するが、どうも嫌いそうな雰囲気は感じなかった。アリアは意外と不器用な子なんだな〜と思うと、馬車は進んでいく。
騒がしい2人だが、冒険者としての腕は確かである。
道中に現れたオークやゴブリンなどは瞬殺し、最短ルートで魔女の森へ向かう。そうでもしなければ、間に合わないのだ。
青薔薇の開花日……エストの誕生日に。
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