第352話 愛嬌を振り撒く


「おっきいまちだよ、おねえさま!」


「ね、大きいわね。手を離しちゃダメよ?」


「は〜い! いこっ、おにいちゃん!」



 王都に転移すると、分かりやすくウルティスがはしゃいでいた。なんでも、メイワールとレガンディの街しか知らない彼女には、王都は今までに見た街で一番大きいからだそうだ。


 尻尾を振り、手を引っ張られたエストは隣を見ると、そちらからも手を差し出された。



「アタシもたまには手を引かれたいの」


「……困ったな。もうひとつ体がほしいや」


「アンタでもそんな顔をするのね。ふふっ」



 システィリアは、珍しく困り顔をしたエストの腕に抱きつき、今にも飛び出さんウルティスを抱きかかえた彼に密着する。


 ウルティスの興奮を落ち着かせながら歩き始めれば、3人は王都の屋台を見て回っていく。


 通りかかる商人や、王城に用があったのであろう貴族の馬車が、エストの側を通る度に交通の便を乱してしまう。


 賢者の象徴たる純白のローブこそ着ていないものの、その髪色からなる容姿は非常に目立っていた。



「この髪留めを買いたい」


「はい……はいぃ!? あ、あ、貴方は──」


「シーっ。こっちのネックレスも買うから、静かに」



 アクセサリーを売る屋台を見ていたエストは、騒ぎそうになる店主をなんとか抑え込むと、2人に似合う品を買った。


 月を象った銀のネックレスをシスティリアの首に付け、頬にキスをしてから屈んでウルティスの前髪を留めた。


 トパーズが輝く髪留めは、彼女の紅い髪と非常に相性が良く、手鏡を渡されたウルティスがぱっちりと目を開けてエストに抱きつく。



「似合ってるよ。システィも綺麗だ」


「ありがとっ。でも、アンタの分は買わないの? このブレスレットなんか似合うと思うわよ……店主さん、試着いいかしら?」


「は、はいぃ!」



 システィリアは青い宝石が嵌め込まれた銀のブレスレットを手に取ると、エストの左手首に通した。

 彼には金よりも銀が似合うと再認識すると、懐から取り出したお金で購入した。



「ありがとう、システィ。大事にするよ」


「そうしてちょうだい。ウルティスも、ちゃんとお礼を言いなさい」


「ありがとう、おにいちゃん!」


「どういたしまして。可愛いよ……2人ともね」



 抱きつかれた右腕がミシミシと音を立て、エストは背中に汗をかきながら2人を褒めた。

 楽しそうに話しながら次の露店へと歩いて行く3人を見て、2年前、魔族の脅威から助けられた店主は頭を下げた。


 受け取ったお金と共に、最大限の感謝を込めて。



「ぼうけんしゃぎるど! おおきい!」



 露店周りを終え、王国最大の冒険者ギルドである、王都本部の前を通ると、看板を見たウルティスが指をさした。



「王国の全ギルドを統括しているからね。入ってみる?」


「うん!」



 変な冒険者に絡まれないよう、しっかりとウルティスを抱きかかえたエストが扉の前に立つと、さっとシスティリアを背後に隠した。



「ひぎゃぁっ!」



 そんな声と共に男がドアを突き破って出て来ると、中からオーガの如き筋肉を誇る大男が、吹き飛んだ男に言う。



「俺はテメェのようなクズが一番嫌いなんだ。二度とウチのパーティにそのツラ見せんな」



 半泣きになった男が後退りながら姿を消すと、隣で見ていた3人に頭を下げた。



「すまん、驚かせたな」


「大丈夫だよ。君、強そうだね」



 怯えるウルティスの頭を撫でながら言うエストに、大男は目を丸くした。


 冒険者になって12年。

 20歳にも満たない子どもに『怖い』ではなく『強そう』と言われたのは初めての経験だった。


 獣人を……それも妊娠した狼獣人の隣で、その子どもを抱える人族の少年など見たこともない。



「ほう? ……ただの子ども、ってワケじゃなさそうだな」


「16歳だよ。もう大人。君は?」


「28だ。おじさんではないからな……っと、道を塞いですまない。中に用があるんだろ?」



 ギルドの中に入れてもらうと、面白そうなものを見る視線が集まり、その全てが大男に刺さっていた。

 ここまでエストが目立たないのも珍しく、思わずシスティリアは笑ってしまう。



「ふふっ、王都でも愛されてるのね、ジル」


「──ッ! おい、その声…………まさか、システィリア様か!?」



 ジルと呼ばれた大男が向き直ると、一気に視線がシスティリアへ移動した。



「アタシってそんなに変わったかしら? 腕相撲なら再戦を受けるわよ」


「誰この人」


「名前はジル。修行時代、ワイバーン討伐隊に編成された人で、アタシを舐めてかかって、アタシに助けられたAランク冒険者よ。かなり有名だけど、知らないの?」


「知らない。どれぐらい強いの?」


「ガリオぐらいよ」


「すごいね。オーガなら素手で倒せそう」



 ウルティスを抱いたままジルの周りを歩き、その要塞のような筋肉に目を輝かせたエスト。


 容姿からは想像もつかない物腰の柔らかさで愛されているジルは、改めて思考を巡らせた。


 かつて助けてもらったシスティリアの隣に立ち、娘をかかえる男。そして噂というには広まり過ぎた、システィリアの配偶者の話。


 被害を極限まで減らして魔族を討った、生ける伝説にして、3代目賢者。



「賢者エスト……なのか?」


「その呼ばれ方は好きじゃない。ほら、ウルティス。怖い人じゃないよ」


「……ほんと?」



 賢者エストが目の前に居る驚きから、口を開けたまま惚けているジルは、自身に向かって伸ばされた小さな手を、鉄板のような手のひらで受け止めた。


 小さなハイタッチをしたウルティスは、嬉しそうに笑みを浮かべる。



「えへへ、おっきいね!」



 ウルティスの満面の笑みに、どこか緊張感のあった空気が癒されていく。

 見ていた皆が少女の笑顔に癒されていると、システィリアが袖を引っ張った。



「エスト、そろそろ行きましょ?」


「うん。ウルティス、挨拶するよ」


「は〜い! ばいばい、じるおにいちゃん!」


「お、おにい……おおおっ! またな、ウルティス姫! 欲しい物があったら何でも買ってやるからな!」



 そうして、冒険者ギルドに温かい愛嬌を振り撒いたウルティスは、その場に居た全員から優しい視線で見送られた。


 ジルは人一倍手を振って送り出し、ウルティスも小さな手を振り返して歩いていた。



 王都で一番人気の焼き菓子屋に向かう道中、エストとシスティリアの2人と手を繋いで歩くウルティスは、辺りに漂うバターと甘い香りに鼻を鳴らす。



「まさかあんな事になるなんて、驚いたわ」


「愛されてたね……ウルティス」


「ええ。おじさんより小さい子の方が強力みたいね」


「きょーりょく?」


「魅力も武器ってことよ。アタシがエストを落とすために体型維持したみたいに、アンタもそのうち魅力の牙を磨く時が来るわ」


「あたしも、おにいちゃんをおとすの?」


「は?」


「ひいっ!」



 怒気と殺意を孕んだ声に、ウルティスは全身の毛を逆立たせてエストに抱きつくと、ふっと体が軽くなる。

 言葉の意味を知らないとはいえ、エストを奪おうとする存在にシスティリアは容赦しない。


 エストの右腕に抱きつきながら、彼女は肩に頬擦りをしながら歩く。



「ダメよ? アタシ以外に落とされちゃ」


「浮いてない。今もシスティに落ち続けてる」


「あら、言うわね。アタシもエストに夢中よ?」


「はぁ……歩くペース落としていい?」


「だ〜め。クッキーを買いたいもの」



 尻尾でバシバシとエストの尻を叩き、再び片腕で抱き上げられたウルティスを、優しく撫でたシスティリア。


 まだまだこれから知っていくことも多い彼女に、是非とも自分と同じように、最愛の人を見つけ、結ばれることを願った。


 不幸から這い上がったウルティスなら、きっと叶うと信じて。



「ウルティスも幸せになるのよ」


「しあわせ?」


「そう。でも、タダじゃ手に入らないわ。代価を払う必要があるもの。その代価の揃え方を、アタシたちが教えてあげる」


「……よくわかんない」



 首を傾げるウルティスの耳元で、エストが真意を呟く。



「システィはね、ウルティスも好きだよって言いたいんだ」


「おねえさま、すきー!」


「もうっ……!」



 この日、世にも珍しい獣人と人族の家族が、仲睦まじく歩く様子が話題となった。


 そして風よりも早く賢者夫婦だと広まり、王都に更なる活気が湧いたことを、エストは翌朝の新聞で知る。

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