第8話 ド派手
エストは今日も、魔道書で知識を増やす。
そして、先程読み終えた本には、実に無駄なことが書かれていた。
──魔法陣とは、刹那のアートである。
魔法陣は魔術の輪郭という認識が強く、エストは理解出来なかった。
「師匠。魔法陣がアートって、どういうこと?」
「ん〜? あ〜、それはの〜」
魔道懐中時計を開いてはニマニマと笑う魔女の膝にエストが乗った。
「ふっ、外に出るのじゃ。実際に見せてやろう」
「うん!」
魔女は手を取り、館を出た。
乾いた風が肌寒く、エストは少し厚着している。
館周辺の拓けた場所で、魔女は杖を振った。
すると、赤い単魔法陣が杖の先に現れる。
「これは
「うん」
「では見ておれ──
キーワードを言うと、魔法陣の中心から針が出た。
針は真紅に染まっており、常人には目に追えない速度で飛翔した。
火属性初級魔術──
魔女にもなると、初級魔術でさえ凄まじい威力を誇る。
それは才能や生まれ持った魔力量という意味ではなく、魔術への理解と己の見解によるもの。
本来は子どもが投げたボールくらいの速度で飛ぶが、魔女のソレは弾丸のようである。
「今の魔法陣は覚えたな? ではゆくぞ」
次に魔女が杖を振ると、赤い魔法陣が現れた。
先程と違うのは、大きな魔法陣を中心に、3つの小さな魔法陣が回っていること。
魔法陣は循環する魔力の量が適切だと、ゆっくり回転する。
しかし目の前にある魔法陣は、秒針の倍程度の速度で回っていた。
まだ魔法陣が読めないエストには、初めて見るものだった。
「これは何の魔術じゃと思う?」
「え? う〜ん……分かんない」
「中心の陣をよく見てみよ」
「……あ、さっきと同じ? これも
「うむ。つまり、周りを回っておる魔法陣は飾りじゃ。他の初級魔術のイメージのみ与え、その実中心の陣には一切影響しない。強いて言うなら、ちと使う魔力が増えるくらいじゃの──
同じ魔術なのに全く違う魔法陣。
同じキーワードで。
同じ威力で。
それだけで、初見ではこれが初級魔術とは思えなかった。
もしも、魔術師と戦うことになったら。
魔法陣だけで使う魔術がバレたら、発動より早く対策を取られるかもしれない。
そう考えると、飾りとはいえ相手に読ませないことが出来るこの技術はもしもの時に役立つだろう。
「そなたは今、対魔術師戦を想定したじゃろう」
「う、うん」
「悲しいが現実を見せてやろう」
魔女が杖を振ると、魔法陣無しで
魔法陣とは、頭の中で構築出来れば外に出す必要が無い。
それは今のエストも出来だ。そこで、本の言葉を理解した。
なぜアートと書かれていたのか。
それは、本来出す必要の無い物を無駄に出し、無駄に大きく、無駄に派手に見せる、言わばパフォーマンスということだ。
その無駄こそが、アートであると。
「分かったかの? 魔術師との戦いでは魔法陣は出さぬ。じゃが、威嚇や芸として見せることは出来るのじゃ」
「うん。例え
「うむうむ、それだけ分かっておるなら十分じゃ」
杖をどこかに消した魔女は、エストの頭を撫でた。
そして手を取り館に戻ろうとしたが……エストが止めた。
どうしたのじゃ? と聞くと、ニヤッと口角を上げたエストが答える。
「師匠、魔法陣バトルしようよ」
「ほう。と言うと?」
「より派手な魔法陣を見せた方が勝ち。どう?」
魔法陣だけなら、暴発の危険も少ない。
それに、氷以外は初級魔術しか使えないエストだ。
例え暴発しても問題ない。
そこまで考えると、魔女も同じくニヤッと笑う。
「やるか! これは熱くなるのう?」
「そう来なくっちゃ。アリアお姉ちゃんに審判してもらおう」
「──で、呼ばれたってワケ」
アリアを中心に二人は向き合う。
ことエストと魔女は、遊びに本気だ。
そこに魔術が加わるとなれば、夢中なんて言葉じゃ言い表せないほどに。
魔女は帽子を浅く被り、杖を構える。
対するエストは、右手を前に。
「交互に? それとも同時〜?」
「「同時」じゃ」
「オッケー。じゃあ……始め!」
魔女は杖を振ると、赤と青、そして黒が混ざった単魔法陣を展開した。
中心の魔術は紫色になり、これは火と水の属性が混ざった時に生じる色の変化だ。
そして外周を回る黒の魔法陣の数は8つ。
全てが闇属性であり、初級から上級の魔法陣が組み込まれているため、色は同じでも内部のバリエーションが違う。
黒い稲妻が走り、派手さが増していく。
「6大だと最難関の属性なのに……ご主人すげ〜」
メイドは感嘆の言葉をこぼした。
しかし次の瞬間には、反対側に居るエストに視線を引き寄せられた。
エストの右手の前で、白い単魔法陣が浮かんでいる。
これは6大属性には無い、氷属性の色である。
驚くべきは、陣の回転速度だ。
氷の魔術による事故が多い原因は、循環魔力の調整が信じられないほど難しい、というもの。
しかし才能としてその技を持っているエストには、その循環魔力さえも自在に操れる。
ギュンギュンと音が出そうなほど速く回転速度すると、まるで氷の結晶のように白く小さな魔法陣が展開された。
そして更に白い魔法陣は枝を伸ばし、遂には本物の結晶を模した魔法陣が完成した。
「……ヤッバ」
幾ら才能があったとしても、異常な光景である。
まだ子どもの身ながら魔女に食らいつける技術は、並の努力では成せない。
メイドとしては、どちらも派手に感じた。
魔女はロマンと中二病チックなカッコ良さを追求し。
エストは神秘的な自然を表した美しさを追求した。
「これ、勝敗は“派手さ”だよね〜?」
「うん」
「分かった。二人とも解除して〜」
二人が陣を消すと、メイドの前まで歩み寄る。
初めてやったとは思えない技量のエストと、絶対的な自信を持った魔術師の頂点に立つ魔女。
「勝ったのは〜」
「「勝ったのは?」」
息を飲んで結果を聞いた。
「ん〜…………ご主人!」
メイドが左腕を上げ、魔女の勝利を宣言した。
「ふははは! 師はそう簡単には勝たせぬぞ!」
「負けたぁ……でもこれ、楽しいね」
悔しい。
だけど、自然と笑い合えるのが魔女との勝負だった。
二人は改めてお互いを讃え合う。
「うむ! それで聞きたいのじゃが、少々強引に展開しているように見えたぞ。あの形になったのは故意か?」
「半分は、かな。最初はただ速く回そうと思ったんだけど、流石に陣が耐えきれなくて崩壊した。そしたら良い感じに伸びたから、途中からあの形を目指して
「なるほどな。じゃが崩壊したのは練習不足じゃ。これからもビシバシ扱いていくからの」
「うん。あと、師匠の魔法陣かっこよかった」
「くはー!
エストに頬ずりする魔女を見て、メイドは「また始まった」とため息をついたのだった。
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