第255話 冷えた体によく沁みる
「依頼の確認が取れました。ギルドカードの回収、ありがとうございました」
亡くなった冒険者らのギルドカードを預けたシスティリアは、詳細な被害の説明をすると、商人の証言をもって報告を終えた。
冒険者ギルドでは、亡くなった冒険者のカードを回収することが努力義務である。
大抵の場合は亡骸すら見つからないが、今回のようなケースにおいてはなるべく回収し、遺族や関係者に弔ってもらうのだ。
立派に生きたことを証明する手助けをする。
それが冒険者としての、精神的な繋がりを生む。
「そんな努力義務があるなんて知らなかった」
「エストさん……登録の時に口酸っぱく言われませんでしたか?」
「……言われていても聞いてないね。今ならちゃんと聞くよ? 大人だから。人の話を聞けるぐらいに成長はしたつもり。大人だからね」
報告に行ったシスティリアを待っていたエストたちは、ギルド内の酒場で軽食を頼んでいた。
簡単につまめるナッツと白湯を口にしながら、エストは4年前にアリアに連れられて登録した時を思い出す。
「はいはい、大人になったわね。アンタ、昔は他人に興味すら持たなかったもの。アタシも言わなかったし、仕方ないわよ」
「おかえりシスティ。もう1回講習受けた方がいいかな?」
「今のアンタが顔を出したら、大騒ぎになるに決まってるでしょ? そういう細かいところはアタシに任せなさい」
「うん、お願いするよ」
結局学ぶ気は無いんだなと思ったライラは、ひとつまみの塩を溶かした湯を飲んだ。
体の内側から温まる感覚に、ホッと息を吐く。
エストの隣にシスティリアが座ると、彼女はエストと同じ物を注文する。
運ばれてきたナッツを口に放り込み、ほのかな苦味と香ばしいローストされた香りを楽しんでいると、ブロフが聞いた。
「あの商人はどうしたんだ?」
「ギルドに預けたわ。運が悪かったとはいえ、遺族に賠償金を支払うことになるでしょうけど」
「護衛依頼って、依頼者と受注者の双方にリスクがありますよね……」
シトリンでは漁船の護衛が多いが、失敗は全員の死を意味するため、カードの回収も遺族の罰金も出来ないのだ。
稀に網にそういった物がかかることはあるが、届けたところでどうしようもない。
灰を海に撒くことも出来ないことを、皆覚悟して挑んでいる。
そんなことを思い出すライラに、エストは非情な現実を突きつけた。
「守るということは、強くないとダメなんだ。自分も守れない人に、誰かを守ることは難しい」
「エストさん、そんな言い方は──」
「真理よ。ライラにエストを守ることは出来ないもの。守られる人が強く、大きいほど、守る人も強くないと話にならないわ。綺麗事だけじゃ人は救えないの」
「…………はい」
言い負かされたライラが俯くと、ブロフが肩に手を置いた。
「青いな、ライラ。お前の心持ちは立派だが、あまり口にするもんじゃねぇ」
「強ければ強いほど、守れなくなるんですね……」
「逆に考えろ。お前が強くなれば、エストやお嬢を守れるかもしれねぇ。綺麗事を実行出来るくらいに強くなれ」
「ブロフさん……! はいっ!」
彼女の背を押すブロフの手は、大きく、温かい。
明確な目標を持つライラにとって、その手の大きさは何よりも自信がつく。
顎を引いた彼女にシスティリアが微笑むと、隣ではナッツを飲み込もうとして
「げほっ、ごほっ! ……ゲホッ! カハッ!あ〜やばい」
「はい、お水。ゆっくり飲みなさい」
「…………ありがとう。死ぬかと思った」
「ひと口に詰め込みすぎ。リスみたいになってたもの」
「次は気をつける。8個までにする」
「せめて5個にしなさい」
「うぅ……じゃあ5個」
「そ、そういう問題じゃない気が……」
本当にこの人から魔術を教わって大丈夫なのか。
不安が拭いきれないライラであった。
街を出た一行は、雪が降る中を馬車で進む。
御者台にはエストが座っており、いつもはセットで隣に座るシスティリアも、温かい幌の中で毛布にくるまっていた。
そして、魔術を維持しながらエストに渡された問題集を解くライラは、顔だけを出したシスティリアに質問する。
「システィリアさんって、全ての属性魔術を覚えたんですか?」
「6大属性はね。急にどうしたの?」
「いえ、いつも適性じゃない火と風の魔術にアドバイスをしてくださるので、気になったんです」
問題集には当然のように6大属性全ての問が用意されており、解けない問題は1回目は予想で記入し、2回目は調べた結果で答え、3回目に自分なりの答えを記すというやり方を勧められた。
まだ単魔法陣の領域とはいえ、自分なりの解釈を持つシスティリアに聞いてみたくなったのだ。
「どうして他の属性も学んだんですか?」
「適性だけを学ぶことって、イメージの幅を狭めてしまうのよね。例えば、
「……確かにそうですね。水の壁と言えば」
「でも土魔術を学ぶと、直方体にするイメージが固まるし、昇華させて氷にすることも出来る。風魔術を知ると、霧状にして目くらましにも使えるし、魔術そのものの幅が広がるのよ」
「な、なるほど! つまりエストさんは、私のイメージを広げようと」
「ええ。でも、メリットだけじゃないわ」
システィリアは毛布の隙間から右手を出すと、人差し指を立てた。
完全無詠唱で現れた5つの
「イメージの幅が広がりすぎると、いざ使うとなった時に迷いが生じる。迷ってる時間は命を失う危機を招く。当然ね」
「確かに、魔物は待ってくれませんね」
「だから“型”を作るのよ。相手の行動に対し、直感で魔術を使えるように自分の型を作って嵌め込んで、どんな動きにも合わせられるように練習する。それが魔術の座学と実技であって、実戦は成果の見せどころね」
「型……システィリアさんはどんなのを?」
「アタシに型は無いわ。使うのは、目潰し用の
最低限それだけ使えたら剣術で戦える。
あくまでシスティリアは前衛であり、魔術をメインに使うエストに全幅の信頼を置くことで、強大な魔物相手でも心に余裕を持っているのだ。
「ま、今のアンタが気にしてもしょうがないわ。まずは手札を増やすこと。しっかりと基礎を作らないと、魔女への道が遠のいちゃうわよ?」
「ぐぬぬ……頑張ります!」
「その調子よ。着実に強くなっているわ」
2人の会話を聞きながら地図を見ていたブロフは、この先はワイバーンの渡りで生態系が狂っていることを伝えに、エストの隣に乗り込んだ。
進行方向左側……北には切り立った岩石が露出する山が聳え、もしかしたらワイバーンが潜んでいる可能性があるかもしれないと言うブロフ。
雪の降る曇天。銀灰色の反転大地が広がる世界を眺めていると、エストは突然赤い魔力を全身から放出させた。
可視化するほどに濃密な魔力は、ブロフの肌を粟立たせ、システィリアの鼻を鋭く刺した。
「おい、どうし──」
その直後だった。
エストの炎龍の魔力に恐れをなしたワイバーンが、エストから逃れようと岩山から飛んで行ったのは。
「やっぱり居た。しかも待ち伏せ。ブロフ、忠告ありがとう」
「あ、ああ……おっかねぇな」
「ワイバーンなら狩ればよかったじゃない」
後ろからエストの両肩を掴むシスティリアが言うと、首を横に振って答えた。
「山の裏にもう2体居る。多分、
「……確かにそうね」
「とは言っても、少し強引な手段だったかも」
南側に広がる草原では羊の群れが怯えて走り出し、その羊を追うはずの牧羊犬でさえ、エストの魔力から逃げ出していた。
遠くに居るであろう羊飼いに心の中で謝罪したエストは、静かに馬の走る速度を上げるのだった。
「ん? ……ライラが気絶してるわね」
「……後で謝っておくよ」
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