第71話 情けは己の為になる


 拠点まで3人の冒険者を運んでくると、エストは土の椅子とベッドを作り出した。

 食べかけの昼食に風球フアで虫が入らないようすると、唯一怪我をしていない女の冒険者に人差し指と中指を立てた。



「ふたつ聞く。両方に答えたら治癒してあげる」


「は、はい……」


「まず、この男に助ける価値はある? 貴重な光の適性を持つシスティの治療を断った。それだけで僕は助ける価値は無いと思った。君は?」


「……助けて、ほしいです。お願いします」


「理由が無いとダメ。一度断ったのに、お願いだけされても嫌だよ」



 冷たく聞いていくエストから、静かな怒りが空気に伝わる。頭上のネフも頭の羽根を逆立て、怒っているぞとアピールしている。


 その様子を見ていたシスティリアは、この男が恐れるべきは自身による治癒ではなく、エストに許してもらえるかだと考えた。


 初めて会った時から、エストは獣人を何とも思っていなかった。むしろ、高い身体能力を尊敬していたのだ。


 生半可な答えでは治療は断ると言うと、女は言葉を詰まらせた。



「ぱ、パーティメンバーなんです」


「それが何?」


「え……だ、ダメなんですか?」


「うん。価値を聞いてるのに、仲間だから何? 適性や役職、所持金、年齢……情報の価値を知らないの?」



 もし光や闇以上の適性なら助ける価値は十分にある。それに、大金や地位を持っているなら、助ける側の利益が大きい。


 教会やギルドの関係者でもない限り、治療には相応の対価が必要になる。



「まぁいいや、次は君に聞くよ」



 エストは椅子に座らせた軽傷の男に振り向くと、真っ直ぐな視線を返された。



「対価に何を出す?」


「対価……?」


「うん。あぁ、システィが治療したら対価は要らないよ。でも僕が治すなら対価を求める。そっちの男はどうしても嫌みたいだし、良い案でしょ?」



 営利目的の治療はダメだが、対価を求められる条件がある。男はまだ、生命の危機に瀕したと言える状況ではないため、この条件を呑むと大きな苦痛を伴う。


 答えを待っていると、ベッドで寝かせた重症の男が言った。



「……俺の有り金、全部だ」


「いくら?」


「10万」


「じゃあ見捨ててもいいや」


「お、おい! 話と違ぇじゃねぇか!」



 荒い息で唾を飛ばす男に、冷たく放つ。



「だから最初に聞いたんだよ、君の価値を」



 子どもが言ったとは思えない話の繋がり方に、男は激しく後悔した。もしあの時、システィリアの治療を断っていなければ。


 そう思っても、時すでに遅し。

 システィリアに投げた言葉のナイフはしっかりと刺さり、それをエストは許さなかった。


 食卓に戻ったエストが皿を温めて昼食を再開すると、システィリアも同じように座った。



「死にかけになったら助けてあげるよ」


「……アンタ、元々放置する気じゃ?」


「よく分かったね」



 言葉も発せないほどの容態になれば、助けたあと1ヶ月の生存を確認すれば対価を要求できる。

 システィリアを侮辱した以上、エストに『無償で助ける』という選択肢は消滅したのだ。当然、放置して容態悪化を待つことになる。



「大体、システィは汚らわしくないのに。その尻尾を見て汚いと思うの、目が悪いよね」


「ふふっ、そうね! お父さ……ギルドマスターも褒めてくれたもの」



 システィリアが幸せな気持ちで食べ終えると、同じタイミングで食べ終わったエストも満足そうにしていた。

 しばらく2人で雑談をしながら水を飲んでいると、重症の男の息が段々と荒くなってきた。



「助けてあげてください! お願いします!」


「頼む! Bランク冒険者なんだよ!」



「は? Bランクでそんな怪我するの?」


「僕と同じモグラだったんじゃないかな」



 モグラとは、依頼を受けずにダンジョンで得た魔石を納品することでランクを上げた者を指す蔑称である。

 野生の魔物の危険性を知らずに外に出て、大怪我や依頼失敗する様からそう名付けられた。


 エストも見事にモグラであり、朝の打ち合い中にシスティリアが『典型的な例』として笑っていた。



「アンタはモグラでも例外よ。強いもの」


「ありがとう。それじゃあ、良い感じに死にかけたら治療するね」



 そう言ってベッドのそばに近寄ったところ、軽傷の男がエストの胸ぐらを掴んだ。

 怒りに満ちた目で覗き込んだ瞳は、どこまでも冷たい氷のようだった。謝罪も訂正も無しに、どうしてそんなに熱くなれるんだ? と言いたげに。


 目は口ほどに物を言う。

 その酷く冷たい青い瞳を見て、男は震えながら手を離した。


 伸びた服を触りながら近くの椅子に座ったエストは、変わらず冷たい目でベッドで寝ている男を見た。



「どうして獣人が嫌いなの?」


「はぁ、はぁ……早く……助けろ」


「見た目がおかしいって言うなら、僕もおかしいはずなんだ。白い髪の人なんて、お年寄りぐらいだもん」



 テーブルの方から吹き出す音が聞こえた。

 そして、その言葉に3人は納得させられた。


 獣人が差別される要素の大半は外見である。

 人族には無い、獣の耳と尻尾。

 皆同じであることを求める人族にとって、見た目のというのは輪を外すに相応しかった。


 ただ、見た目の違いという点に限ってはエストも当てはまる。

 獣人を煙たがる理由がその一点ならば、彼もまた差別の対象になって当然なのだ。



「君の考えなんて、しょうもないよ? もっと周りを見てみなよ。建築業には力持ちの獣人は多いし、服屋には手先の器用な獣人が多い。君も獣人に助けられているはず。なのに、どうして嫌うの?」


「……知ら、ねぇよ」


「そっか。理由も無く嫌うんだ」



 それだけ呟くと、台所やテーブル、使わない道具などを消していくエスト。

 立ち上がったシスティリアが荷物を背負うと、2人は人殺しを見るような目でエストを見つめた。



「じゃあね。対価は今の言葉でいいよ」



 最後に拠点そのものを消すと、土の椅子とベッドだけが残った。立ち上がったエストが背嚢を背負って杖を持つと、2人が慌てて駆け寄る。


 すると、重傷だった男の傷は、跡も無く消えていた。


 ネフを頭に乗せてシスティリアと共に歩き出すと、はにかんみながら彼女は呟く。



「……ありがと。アタシの為に怒ってくれて」


「怒ってない。気に入らなかっただけ」


「ウソね。ちゃんと伝わったもの」


「システィ、魔術の為に怪我を知ろうね」


「照れ隠しが下手すぎるのよ!」


「ごめん、システィほど上手くないんだ」


「くっ……!」



 悔しそうにそっぽを向くシスティリア。

 しかしその綺麗な尻尾は激しく振られており、照れ隠しが全て透けていることも、今の気持ちも丸分かりとなった。


 小さく笑ったエストが足を早め、横に並んで歩いて行く。



「にしても、アンタってどれだけ色んな魔術が使えるのよ」


「凄いでしょ。まだまだ勉強中」


「3属性くらい使った辺りで、もう何も感じなかったわ。今じゃ便利で助かってるけど」



 それだけ言って前を向いて歩くシスティリア。

 ただ感想だけを言って、適性を聞いてこなかった彼女が気になった。



「……聞かないの? 僕の適性」


「聞いてどうするのよ。もう全部使えることなんて分かってるわよ。ホント、便利よねぇ」


「……うん」



 彼女は本当に適性への興味が無いようで、ただ便利な魔術を使うエストを羨んでいた。

 それはひとえに、彼女自身が光という貴重な適性を持っていることが理由かもしれない。


 探るような視線を向けないシスティリアに、心の中で感謝した。本来なら氷の魔術は、獣人と同じように嫌われる。そのことを知っているだけに、有難かったのだ。



 これからもシスティリアの支えになれるよう、尻尾の手入れは怠らないことを決めた。



 そうして歩いていると日が暮れて、またもや草原に拠点を構えたエストは寝る前に尻尾の手入れを申し出た。


 魔術を使い、少し柔らかい土のベッドを用意する。掛け布団の無い夜は、涼しい風が草原を撫でていく。



「……アンタも物好きね」


「システィには綺麗で居てほしいから」


「……ズルい言葉ばっかり」


「何が?」


「わ、分かってないならいいわよ!」



 手入れが終わって寝る準備に入ると、エストは周囲に大量の遅延詠唱陣を設置した。


 本当に野営とは何なのかを考えさせる快適さを保ちながら、同じベッドで眠る2人。夏のお陰で通行人は少ないが、もし他の者が見たら何を思うのか。


 朝になって数体のゴブリンが死体になっていると、旅の2日目が始まった。



「さぁ、あと少しで次の街が見えるわね」


「公爵領レガンディ。確か、旧帝国の帝都があった場所」


「ふ〜ん、歴史に詳しいの?」


「……ううん。ただ……」






「魔族に滅ぼされた国だから」

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