第334話 炎龍娘と氷龍男


「ぽかぽかだね〜。お姉ちゃんと手繋ごっ」



 春の神都は暑すぎない程度に気温が高く、心地よい風が吹いている。そこへ転移してきたアリアとエストは、目標地点であるダンジョン都市メイワールを目指し、南門へと向かっていた。


 フードを深く被ったエストだったが、街ゆく人が賢者だと気付き始めたために、今は茶色のボロいローブを纏い、狼の仮面で顔を隠している。



「ダメだよ。お姉ちゃんに変な噂が出ちゃう」


「謎の超カッコイイ魔術師と熱愛発覚〜!? って〜?」


「うん。でもそれを知ったシスティが、どっちに剣を向けるかわかるよね?」


「……ッス。すんませんした」



 肩を落とすアリアだが、それでもエストとの距離は近い。自然と護衛対象として認識し、常に守れる間合いを維持しているのは、高い実力を持つ冒険者だからか、はたまた姉としての想いか。


 しばらく神都を歩いていると、杖屋の前を通りかかった。



「その杖〜、目立っちゃうんじゃな〜い?」


「もう一本あるけど……そっちも目立つね」


「じゃあお姉ちゃんが買ってあげる。その服に似合ったやつ、選びなよ〜」



 ビシッと親指を立てて店に連れ込んだアリアは、賢者の選ぶ杖がどんな物か、単純な興味が湧いてきた。

 少し急いでいることもあり、エストが数十秒で選んだ杖は、何の変哲もないトレント木材を使った杖だった。



「ホントにそれでいいの〜?」


「見た目だけだったらこれで充分」


「実用性は〜?」


「う〜ん、初級の16倍消費で爆散するかも?」


「……経験がおありで?」


「お姉ちゃんの想像に任せる。ただ、僕は合う杖が槍剣杖しかないんだ。もう一本の方も、実用性より見た目重視だから」



 水晶のワンドはエストの魔力にこそ耐えられるものの、出力の弱さや魔水晶としての伝達能力が低いため、実用向きではない。


 杖で発動を補助する魔術師が大半だが、エストや宮廷魔術師といった者たちでは、弱い杖だと足を引っ張ってしまうのだ。


 そんな話をしながら5万リカを支払ったアリアは、姉からのプレゼントに喜ぶエストを見て、頭を撫でた。



「うりうりうり〜! エストは良い子だね〜」


「きゅ、急になに?」


「お姉ちゃんも実は、普通の剣だと壊しちゃうからさ。エストの気持ちがよ〜く分かるんだよ〜?」


「……そうなんだ。さすがお姉ちゃんだね」


「でっしょ〜? そんなウチの弟も凄いよ〜」



 お互いを褒めながら、どこか煽るような含みを持たせて肘でつつき合う2人は、傍から見れば異様な雰囲気を放っていた。


 二ツ星のアリアだと分かった者は、その隣に立つ怪しい男に視線が向く。

 抑えられてはいるものの、見た目の怪しさと異常に近いアリアとの距離感から、熱愛発覚よりもタチの悪い噂が芽を出した。


 茶色いローブの仮面男という、いかにもな存在と共にアリアは門をくぐり抜けると、次の街まで競走することになった。



「街道を真っ直ぐで着くからね〜。勝った方がお昼ご飯奢ること〜。いい?」


「うん。全力でいいんだよね?」


「もちろん。転移以外ならなんでもいいよ〜」



 杖を仕舞ったエストはアリアと共にストレッチを始めると、体内に流れる魔力を切り替え、大半を炎龍の魔力で流すことで筋肉に膨大なエネルギーを送り込む。


 数回の呼吸で存在感が変わったエストに、アリアは舌なめずりをした。



「風魔術は使わないの〜?」


「使うよ。ただ、踏み込む瞬間に消すだけ」


「そんな壊れかけの魔石灯みたいな……まぁいいや! それじゃあ……この石が落ちたら開始」



 アリアがそこら辺の小石を手に取ると、エストは走る構えをとった。そして、親指で石を弾けば、重力によって地面へと落ちていく石。


 その間に左足を引いたアリアは、両眼に縦の瞳孔が入ると────石が地面と衝突する。



 刹那、門番の視界から2人の姿が消えた。



「ぐうわぁぁっ! なんだあれは!」



 突如として巻き起こった突風に思わず尻もちを着くと、街道沿いの草花が一瞬にして薙ぎ倒されていき、遠くの森が震え上がる。


 何が起こったのか理解が追いつかない門番をよそに、エストたちは並走して街道を突き進んでいる。



「うっはははは! エストってば速〜い!」


「そろそろお姉ちゃんには……勝っておきたいからね!」



 闘志に燃えるエストの瞳もまた、ドラゴンと同じ縦の瞳孔に歪み、アリアと競い合う様はさながら炎龍と氷龍の頂上決戦だ。


 圧倒的な力を誇る炎龍と、圧倒的な防御力を誇る氷龍。相反する属性の極地とも言える2人の戦いだったが、決着は早々につくことになる。



「いいね〜、いいねぇ! ドラゴンの力、よく使いこなせてるよ〜! でも……お姉ちゃんにはまだ、追いつけてないかな」



 そう言った瞬間、一段とアリアの速度が上がり、徐々に差が広がっていく。

 人間の肉体の限界を超え、筋肉、骨、神経からプチプチと音が鳴るエストは、更に速度を上げようと地を蹴る足に力を入れるが、途端に冷や汗が止まらなくなった。


 今のエストは回復ライゼーアで体を治しながら、風域フローテの連発で最高速度を維持している。


 だがしかし、それを越えようとすると、いよいよ体が壊れてしまう気がしたのだ。



「じゃ、おっさき〜!」



 一段と速くなったアリアの足は、その後もぐんぐんとエストとの差を開き、風を巻き起こしながら街道の果へと消えて行った。



「……まだまだだね。空間魔術も、龍の魔力も。でも……有難いや。おかげで僕は、驕ることなく鍛え続けられる」



 魔族の討伐という目標を達成し、燻っていたエストに新たな目標が立てられた。


 打倒アリア。打倒システィリア。


 エストの知る限り、剣術の頂点に立つ2人に勝利することが、壁を乗り越え高みに至る条件だと感じたのだ。

 今回のダンジョン活性化は、アリアとの差を実感するのに丁度いい機会である。深海のイズとの戦いでは十全に力を振るえていないことは分かっている。


 ゆえに、ここで超えるべき壁の高さを知ることは、エストにとって最高の刺激となる。




 そうして、10分ほど遅れて門の前でアリアと合流すると、約束通り昼ご飯を奢ることになったエストだが、2人とも大食らいなこともあってか、15万リカという金額を支払うことになった。



「ごちそ〜さま〜! 弟のカネで食べるご飯は美味しいね〜! あのお金は、そう……愛情の物質化だよ〜!」


「……まさか金貨を出すことになるとは」


「お店の人、驚いてたね〜。ウチじゃなくて〜、エストから支払われたことに」


「さっ、腹ごしらえもしたし、早めに行こうか。次の街がダンジョン都市だっけ」



 お釣りで重くなった皮袋を仕舞い、エストはう〜んと伸びをする。裾のめくれたローブをアリアが戻してあげると、唇に人差し指を当てて考え、縦に頷いた。



「そだよ〜。馬車で3時間だった……はず?」


「曖昧だね」


「よくトレントが街道を塞ぐから〜、最短3時間、最長10時間にもなるんだぞ〜?」


「僕らなら何分?」


「そりゃあ…………30分ぐらい〜?」


「じゃあ馬車で行こう。食べてすぐ走るとお腹痛くなるし」


「ん、りょ〜か〜い。チケット買ってくるね〜」



 エストの頭をわしゃわしゃと撫でたアリアは、満面の笑みで馬車を用意しに行った。

 普段はエストの方から動くために、姉として率先してくれることが嬉しく、仮面の内側で表情が緩むエスト。


 アリアが戻ってくるまで魔道書店で時間を潰していると、凛とした表情でエストを探すアリアが、エストを見つけた途端に笑顔で走ってきた。



「出発は10分後だから〜、もう行こっか〜」


「うん。ありがとうお姉ちゃん」


「どういたしまして〜」



 ラカラの印が刻まれたチケットを受け取ると、2人で乗り合い馬車に乗り込めば、同様にダンジョン都市メイワールへ向かう冒険者5人が既に乗っていた。


 5人がアリアの乗車に目をひん剥いて驚いていると、御者が全員揃ったから早めに出ると言い、馬車が進み出した。



「暑くない〜? 大丈夫〜?」


「お姉ちゃんの方こそ……見られてるよ?」


「構わぬ構わぬ〜。あ! それ、システィちゃん?」



 馬車に乗るとお馴染みの手のひらアリアを作ろうとするエストだったが、本人を前に造形するのは失礼と感じ、システィリアを創り出した。


 氷の剣を構え、尻尾を揺らし、耳まで動くその人形は、アリアよりも注目を集めてしまう。



「どうして全部動かさないの〜?」


「いや……う〜ん……だって……」


「だって〜?」


「……僕だけのシスティだから」


「愛ですなぁ〜。それと、正体バレてますなぁ〜」



 顔を上げて5人の方を見たエストは、そのうちの2人が魔術師だったらしく、憧れの目を向けていることに気付いてしまった。


 しかし、仮面を外すことはせず、あくまでアリアの付き人という役に徹すると決めた。



 雰囲気の崩れたアリアに驚いているのか、5人はエストたちに話しかけようとはせず、視線と耳を傾けることで気を遣わなせないよう配慮していた。


 そのお礼にと、エストは5人に干し肉の塊を差し出した。



「あの……これは?」


「干し肉。美味しいからお礼にあげる」


「は、はぁ……ありがとうございます」



 アリアにも干し肉を渡すと、真っ先に齧り付いて目を丸くし、大きな声で『ワイバーンの味!』と叫べば、嬉しそうに干し肉を堪能し始めるアリア。



「う、うめぇ……干し肉がうめぇ!」


「美味しい……い、いいんですか? お高いんじゃ……」


「買ったらね。それは自家製だから」


「ん〜? そういえば〜、お家の裏に干してたっけ〜?」



 1体倒せば大量の肉が手に入るワイバーンは、売れば高く、食べれば美味しく、捨てる部位が無い優秀な肉だ。


 しかし、どうしても出てしまう切れ端や尻尾周りの肉は、適当に皮を剥いで塩と香辛料に漬け、天日で干せば最高のジャーキーになる。


 おやつ代わりに、また、野営時にスープに入れるだけで旨味を格段に増させるため、エストの亜空間には常備されている食品だ。



 6人で楽しんでいる姿を横目に、システィリアの尻尾の毛を一本ずつ再現していると、急に馬車が停車した。



「トレントです! アリア様、どうかお願いします!」


「え〜……食事中。エスト、やっちゃって〜」


「うん──倒した。もう進めるよ」



 標的を見ることなく絶命させ、仮面の下から冷気を吐き出したエストは、珍しく傷の少ないトレントを亜空間にねじ込むと、親指を立てた。



「えらいえらい。それでこそウチの弟だよ〜」


「魔術師だからね。遠くの敵は任せて」



 そんなやり取りをする2人に、静かに体を震わせた5人を乗せて、馬車は再び動き出した。

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