第67話 美しきクリスティリーナ、その正体
翌朝、俺は新たな武器を探すため、サンドラットと共に武器屋が多く立ち並ぶ通りをぶらぶらと歩き回っていた。隣にセシリーナの姿はない。
というのも、彼女は昨晩『夜だけ魔王』に果敢に挑んだが、あえなく完敗。一晩で幾度となく天国を見せられたセシリーナは大満足の表情で蕩けて、朝になってもまだまだ甘く幸せな夢の中。とても起きられそうになかった。
ドメナス王国秘伝の房中術は本当に凄い。抱き合ってキスを交わすだけでセシリーナが昇天してしまうこともある。さらに昨日はクッションを腰に挟んであげたら、凄い所に当たるっ! とかなり激しく乱れまくった。
というわけで、全身くたくたの彼女を無理に起こすのも可哀想なので、リサの世話のために姿を見せたアリスにお願いして、今日は留守番してもらうことにしたのだ。
「どうして今さら新しい武器なんだ?」
「最近つくづく思うんだよな。さすがに骨棍棒だけじゃ戦力不足だって。この骨棍棒には思い入れがあるから、捨てられないんだけど」
「それがお前には一番似合っていると思うぜ。って言うか、それしか無いって思わせる何かがあると思うんだけど?」
サンドラットは俺の棍棒を見た。
「まあ、人それぞれか。それで? どんな武器が希望なんだよ? この間見せてもらったお前の剣や弓の腕前だけどな、正直に言えば、この俺ですら目の前が真っ暗になるくらいヘタだったぜ。何か使えそうな武器にあてがあるのか?」
「いや、代わりの武器ってわけじゃないんだ。メイン武器のこの骨棍棒は打撃系だろ? だからサブ武器としてナイフとか、切るタイプの武器も欲しいんだよ。それに靴や防具もなんとかしないと……」
「うーん、お前のその骨棍棒とボロ長靴はもはやトレードマークなんだがな。遠くからでも一目でお前だとわかる」
「いやいや、そりゃあまずいだろ。それって目立つとか、印象に残るってことだろ? 俺らはなるべく隠れて行動しないといけないんだぞ。まあ、この長靴はある少年の形見だから彼の姉に届けるまでは捨てる気はないんだけどね」
「ふーーん……。おや? ちょっと待て」
サンドラットが足を止め耳をそばだてた。
「フードを被れ。早く」
そう言って、俺を押し込んで店の角に身を隠す。
ぶぶぶぶ……と音がして、通路の上空を羽虫のような楕円形の物体が飛翔していった。
「やはりか、妙な音が近づいてきたと思ったんだ」
「何だ? 初めてみるけど、あれは虫か?」
「いや、あれがセシリーナが言っていた監視術の使い魔だろう。手配書がここまで来ているかどうかだが、来ていると思って行動した方がいいな、警戒しておこう」
通りはにぎわっており、どこの武器屋でも店の前の路上に特価品の武器を並べていた。窓から覗いた店内には高そうな武器や防具が並んでいるが、あれはとても買えそうにない。
「おい、これなんかどうだ?」
露店の隅に置かれていたガラクタが入った木箱の中から、サンドラットが鈍い光を放つ短剣を引っ張りだした。
「柄の所に紋章を荒く削った跡があるぜ」
そう言ってから、小声で耳打ちする。
「たぶん、元々は旧王国軍の中でも階級が上の者が持っていた代物だと思うぜ。紋が入っているとおおっぴらに売れないから削って、ガラクタとして売っているんだ。研げば良い品だ」
「なるほど、確かに物は良さそうだな。鋼が違う」
「そのとおりだ、見どころが良い。腐っても商人ってとこか。値段を聞いてみるか? いくらまでなら支払える?」
「これが精一杯だ」
露店のガラクタの売買では指決済は使わない。俺は金の入った袋ををサンドラットに渡した。
サンドラットは手で袋の重さを確認すると、店に入って店主と交渉を始めた。
俺はさらに何かないかと思ってガラクタをかきわけてみる。
「おや?」
木箱の底に小箱がある。
何気なく拾って開けてみた。
中には黒いペンダントが入っていた。騎士がお守りとして身につける類のものだ。
ほわーんと目の前に黒い霧が浮かんだ。
驚いて周りを見るが、他の者には見えていないらしい。
霧は小さな人型になった。
でっぷりと太ったぶよぶよの体に、脂ぎった肌の髭面の男。
「わしは闇粒霊様じゃ。よくぞわしの眠りを覚ましたな。お主に祝福を与え……」
バチン!
俺は箱を閉じた。黒い霧はぷすっと屁のような音をたてて消えた。
こういうのは、大抵ロクでもないものだ。
ちっ、嫌なものをみてしまった。
俺は座ったまま脇へ移動し、次の木箱に手を突っ込んだ。
木箱の底に長細い親指ほどの小箱がある。
表面には「乙女の……」と書いてある。
俺は取り上げて開けてみた。
中には変な毛が一本入っていた。
バチン!
俺は箱を閉じた。
こういうのは、大抵まがい物だ。
どこかの穴熊族の親父のわき毛だろう。
ちっ、くだらないものを目にしてしまった。
俺は次の木箱に移動した。
木箱のガラクタの上に綺麗な緑色の貝殻製の小箱が置いてある。
いかにも手に取らせたそうだ。
ふっ、一番上にあるということは、そういうことだ。
何かの罠か、先に見た者がくだらないと思って置いたのだろう。
俺は無視して木箱の中を探る。
木箱の底に多足虫の姿を木彫りした髪止めが見えた。
造形が見事で今にも動き出しそうだ。金属部分は黒ずんで汚れている。
「おっ! これは良い品かもしれない」
拾い上げて良く見ると使われている金具は錆びた銀だ、汚れているが虫の目の所には小さな宝石がはめ込まれ、木彫の裏には見知らぬ文字が刻されている。旅商人として鍛えた目が光る。やはり!
「キミ、これはいくらだい?」
店主の代わりに店番に出ていた若い男に尋ねる。
「あー。そこの箱の物ですね。5ルドです」
「小汚いしなぁ、3ルドでどうだ?」
「うーん、本当に買うんなら4ルドでいかがです?」
「よし! 買った!」
俺はその男に金を払うと髪止めを尻のポケットにしまう。これは間違いなく一流の職人の手によるものだ。うしししし……。
ながてカランとドアが開く音がして、サンドラットが出てきた。
「ほらよ! かなり値切って安く買えたぜ。革製の鞘とベルトも一式で予算の半額になったぞ」
そう言いながら俺に短剣とベルトを差し出した。
「流石はサンドラットさま!」
俺よりも値切りがうまい。
「防具屋の場所も聞いてきたぞ。あっちの坂の上の通りに中古の防具を出している店が何軒かあるそうだ。行くだろ?」
「もちろん! さっそくその防具屋を回って見てみるか」
道を曲がって少し細い路地に入ると、くねくねと曲がった上り坂になっており所々が階段になっている。
俺たちは屋台で買った揚げた一口肉をかじりながら階段を上がる。
俺の長靴の音が周囲の石壁に響く。
白壁の家の青い窓には洗濯物がなびいて、下町の生活感が一杯だ。途中に古道具屋がちらほらあって、道端には店に入りきらない売り物がはみ出している。
「この辺りにもずいぶんとガラクタ屋が多いな」
「ああ、奥には何だかいかがわしい物を売っている店もちらほら目に付くぞ、この辺はそういう店が集まっているんだな。ほら、あの店、あれなんかかなり大人むけだぞ」
「向こうには古い雑貨とか、古本を売っているな」
「古本? エロ本の間違いだろ?」
店の壁には大きな美少女のポスターが貼られている。
ポスターは日焼けしてめくれ上がり、色も薄れて変色しているが、それでも青っぽい長髪をなびかせ、ジュースを片手にひらひらのドレスを着てウインクしている少女はとびっきり可愛い。
「これは凄い美少女のポスターだな。うん、俺好みだな」と鼻息が思わず荒くなる。
ふと、その店先に目がとまる。
「ん? あれは?」
人の頭くらいの大きさの箱がある。
おそらく魔道具の一種なのだろうが、丸い窓に次々と映像が浮かんでは消えていく。その下にはエロい雑誌が大量に籠に詰め込まれて売られている。
「あれか? 俺もこっちに来て始めて見たときは驚いた。
「いや、そうじゃなくて。ほら、また映った」
画面にセクシーな水着を着て蜜酒をPRする魔族の美少女が映る。画面が切り替わり、またも同じ美少女がお菓子の宣伝をしている。
次も、次も、次も……同じ美少女だ。
「あれ?」
「これって、お前!」
俺もようやく気付いた。
「これはセシリー……ナ?」
ぽかんと口を開けて、壁に貼られたさっきの日焼けした等身大ポスターをもう一度見る。
髪型は違うし、幼い感じが勝るけど、良く見ると笑顔一杯の美少女はまさしくセシリーナ!
あまりにも身近な存在なので逆に気付かなかった。丸まっていたポスターの端を戻すと『なんてったってクリスティリーナ! 炭酸ココジュース新発売よ!』と書かれている。
「お、お前、こっちも見ろ!」
サンドラットが足元のエロ雑誌を無造作に抜き取って、俺にその表紙を見せた。
本のタイトルは……。
『期待の超新星! 美少女クリスティリーナが貴方のハートを射止める!』
『スーパーアイドル爆誕! クリスティリーナ水着特集!』
『帝国一の華クリスティリーナ姫のコンサートに20万人が熱狂!』
『クリスティリーナ親衛隊に聞く! その魅力のすべて!』
「どわわわわ……!!」
本を開くと……鮮やかな
魔鏡に投影した景色や人物の姿を特殊な紙に固着させた原画を元に大量に複製させたのが視紙で、このエロ本の巻頭ページにはその視紙が多用されている。
「み、水着だ! 際どい! だ、だめだ! エロい目で見るな!」
「いや、これはそういう本だからな。ほら? このポーズなんか、大胆なもんだな」
……白い水着で開脚とか。まだ手足が細く胸も控えめで今ほどの色気はないけど……。何とも言えない陰影が……。うーーむ、と思わず俺も一緒に見入ってしまう。
「ほら、これなんか、もっと凄いぞ」
水着で這いつくばっているその姿。それをお尻の方から写すとか。シワが食い込んだ股間に目が釘付けになる……。
これはエロい! エロすぎだ。昨夜の艶かしい光景とオーバーラップする。今はもっともっとお尻が発達して、大人で美麗で煽情的だけどな。
「おおおおお……」
「お?」
「おあああっ! これはだめだ! 全部没収だ!」
こんな恥ずかしいポーズのセシリーナを! いくら水着だからって、放置できるか!
「おやじぃ! この本を全部くれ!」
俺は本を抱えて店のドアを叩いた。
すぐにひょろっとした感じの店主が出てきた。
「ええと全部で410ルシドになりますね。支払いは現金ですかな?」
本を数え、カウンターに並べた店主が顔を上げる。
「指決済でたのむ」
俺は指を立てた。
「では、こちらに指をお願いします。お客さんは最近ファンになったのですか? こんな本に彼女が出ていたのはデビュー初期だけですからね、これは貴重本ですよ。なんてったってあのクリスティリーナ姫の水着姿ですからねえ」
「そうなのか?」
俺は指定された盤に指を触れた。淡く一瞬魔法陣が現れてすぐに消えた。これが指決済らしい。
「まあ、本の程度が悪いのでこの値段です。もっと状態の良い本ならこの十倍はしますよ。昔からのファンは狂信的と言って良いですから。ファンクラブの団結力も未だに凄いですし。
貴族の兵役義務でクリスティリーナ姫が16歳で軍隊に入ってもう2年以上になりますか? 大陸一の美少女、あんな人はもう二度と現れませんね。あの歳で既に神がかった完璧スタイルで歌も上手くてねえ、いまや伝説の美少女、まさに永遠のスーパーアイドルですよ」
「へえ……」
「今もってダントツの凄まじい人気ぶりで……。早く復帰していただけないですかねえ。もう大人でしょうね。あれからどれほど美しくなられたか、想像もつきませんよ。
兵役が終わって彼女が復帰するのを心待ちにしている熱狂的なファンが国中に溢れているんですよねえ」
「そうなのか」と俺は冷静を装いながら、受け取った本を背負い袋にせっせと詰め込んだ。
そんなに凄い元アイドルの美女を今や俺がベッドの上で独占しているのだ。そんな事が知れれば世界中の男から嫉妬される、いや、殺されるかもしれない。
あれほどの美貌とスタイル、ただ者じゃないとは思っていたけど、まさか彼女がそれほどの超有名人だったとは……。
「実はこちらのシリーズも人気でしてね」
そう言って店の奥から籠に新たに補充するための本を抱えてくる。
「うおおおお……それもか。全部買おう!」
「お客さん、好きですねえ。実はとっておきの本があるんですがね」
店主が怪しく微笑む。
「とっておき?」
「ええ、これなんですがね。裏の視紙集なんてどうです? 興味がございますかな?」
店主はこっそりと黒い袋に入った本をちらっと見せる。
「ぐうおお!」
盗撮本の
俺のセシリーナが……。
「発禁になったマニアックな本なんです。いかがします?」と辺りを見回しながら小声でつぶやくところがいかがわしい。
「全部回収!」
そして俺は元々さほど多くない貴重な金を失った。
俺は大量のエロ本を詰め込んでパンパンに膨れた背負い袋を背負っている。
「しかし、お前の身が極めて危険だということが改めて分かったな」
歩きながらサンドラットはため息混じりに言った。
「ん?」
俺は本の重さで息が荒い。
「セシリーナ嬢、つまりクリスティリーナ嬢は絶大な人気を誇る超有名、美少女アイドルだったんだ。戦時中のコンサートですら20万人も集めたほどの人気ぶりだ。お前はそんな彼女を妻にしちまった。世界中の男の憧れをお前が奪ったと知ったら、ファンの怒りがどうなるか考えてもみろ。ああ、恐ろしい。帝国軍なんて目じゃないほど恐ろしいかもしれない」
おお、そうだ。
確かにそれは恐ろしい。
もしかすると本名を使わないのはそのせいなのか? 「私の本名を呼んだら死ぬわよ」と出会った時に彼女が言った理由が今になってわかった。
「どうする? 一度宿に戻るか?」
正直この本を背負って坂を登るのは、軟弱な俺には非常にキツい。しかも昨晩は久しぶりにベッドの上での戦いだったので、かなり激しかった。そのせいで少し腰も痛くなってきた。
「そうだな、宿に戻ろう。お昼も近いしな。防具は明日かな」
と俺たちは留守番をしている彼女たちのために露店で焼き菓子を買って宿に戻る。
セシリーナはリサの部屋にいるはずなので、俺は焼き菓子をサンドラットに預け、一旦自分の部屋に戻った。
どさり、と床に本を置く重い音が響いた。
「さて、これをどう処分するか?」
俺は床に座って壁にもたれかかると本を1冊手に取る。
ぱらり、うむうむ、このころの初々しいセシリーナも良い。
このお尻、今と違ってまだ未発達な感じがする。これもそそるものがある。
俺は鼻息を荒くして本を読みあさる。アイドル時代のセシリーナはとにかくかわいいに尽きる。
ちょっと期待した発禁本は、セシリーナのページに限って言えば、さほど過激ではなかった。
私生活やプライベートビーチの様子を盗撮したものが中心で、シャワーシーンも曇りガラス越しだったので安心した。
チェックのために見ていたはずなのに、いつの間にか読み耽ってしまい、次々と本を開いてセシリーナの姿を追う。
「コンサート中に暴漢! 何かを投げつけた男はその場で逮捕か……、これが例の呪詛事件だな。このあとアイドルをやめて兵役についたのか。ほう、こっちのエロ本にはデビューしたての頃の水着姿が……、うむうむ」
夢中になっている俺は、背後で静かに扉が開いたことにも気付かない。
「おお、このポーズ、エロいな!」
「そう?」
ぎゅうと俺の股間で元気になっていたものを誰かが握った。
その握り方は手慣れている。
エロ本を上にあげると、俺の足の脇に寝そべって、俺の股間からこちらを見ている美しい瞳があった。
「それは昔の私じゃない? それを見ていて、またこんなに逞しくなったのかなーー?」
そう言って、魅力的な口を開く。
うわああああ……
エロ本の美少女アイドルを見ながらその本人と。
こうなったらもう止まらない。
なんといっても誘っているのは元超人気アイドルのクリスティリーナ。他の誰も手が届かない孤高の頂きに咲く、美しき花一輪なのである。
「うおおお! がまんできん!」
俺は彼女を抱き上げ、ベッドへ突入した。
ベッド上の勇者カイン参上である。
勇者の聖剣は太陽の元でこそ光り輝くのだ!
俺はうれしそうにかわいい声を上げた美女を抱きしめる。
もはやベッド上では昼は勇者、夜は魔王なのである!
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