第162話 クマルン村での日々

 邪神竜の復活に巻き込まれ、リィルとミズハに助けられてから3日が過ぎた。俺は療養のため個室に移され、アリスたちは邪神竜の件を国元に報告するため出かけてしまっている。


 俺も何かの拍子で魂と肉体がずれてしまう回数もだいぶ減り、ずれるという感覚もだいぶ小幅に収まってきた。


 元に戻った日に、両手に花の姿をセシリーナに目撃されて、一撃をくらった時には魂が肉体からすぽんと離れて、危うくそのまま天に登るところだった。 


 今はその仕返しだと言って、毎晩セシリーナを個室のベッドに連れ込んでは彼女を天国の遥かな高みへとご案内している。


 夜だけ魔王の攻撃力の前にはさすがのセシリーナも手も足も出ない、毎晩俺にメロメロだ。スタイル抜群の絶世の美女がかわいい声を上げながら淫らに蕩けていく。そんな彼女の全てをこの俺だけが独り占めだ。


 そうやって調子に乗って油断するとたまに俺の方が先に天国に行きそうになる。


 セシリーナとは相性が良すぎるのだ。

 圧倒的に気持ち良い。


 マリアンナやナーナリアともまた違う具合の良さがある。それでがんばりすぎると、前触れもなしに魂が体からぶれる気がする瞬間がある。

 その症状は、ミズハによれば魂が安定するまでは仕方がない事らしい。いわば脳震盪みたいなもので、時間が経てば自然に完治するという。


 まあ、完全に魂が定着するまでは無理をしない方が良いだろうな、と言うのでクマルン村を出るのはあと2、3日後の予定である。それまでは時間に余裕があるので、今は二人でたっぷりと蜜月生活を満喫中なのである。


 「ありがとうございましたーー!」

 穴熊族の娘の声が明るく響き、俺とセシリーナは行列を避けて店の外に出て来た。ここはクマルン村で一番人気のアイスクリーム店である。


 「なるほどー、こんな感じなのね。カイン、ちょっと食べてみる? 意外とおいしいわよ。はい、あーーん!」

 セシリーナがスプーンを差し出した。

 ちょっと周りの目が痛いが、気にせずぺろんと食べる。


 「へぇーー、これが魔獣の卵を使ったアイスか。見た目と違って濃い目の味なんだなあ、参考になるな」

 「ね、甘くてコクがあるでしょ?」

 「これはリサも好きそうだ。俺のアイスは想像してたよりちょっと酸っぱかったかな? この初めて見る果物、ここでしか採れない特産品らしんだけど。俺のも食べてみる?」

 「うん。あーん」

 二人は互いのアイスを一口づつ食べて微笑んだ。唇についたアイスをちろりと舐める仕草が俺を疼かせる。


 俺はセシリーナと二人だけで宿をこっそり抜け出して買い物に来ていた。


 穴熊族の大通りには他ではあまり見かけない地下の生物やわずかな明かりでも育つ野菜や珍しい果物が売られており、大いに商人魂が揺さぶられる。そう言ったものを使って作ったお菓子やアイスも商売の参考になりそうだ。


 「ねえ、カイン、ほら、あそこの何でも屋に防具がたくさん並んでいるわ。見てみない? 新しい防具が無いとこれからの旅で不安でしょ?」

 ちょっとはしゃぎ気味のセシリーナが通りの向こうを指差した。


 「防具か、そうだな。見てみるか」


 セシリーナは俺の腕をぐいぐい引っ張っていく。俺たちは人目を気にすることなく堂々と腕組みしている。

 やっぱり変装していないセシリーナは美しい、見蕩れてしまう、どうにもうれしすぎる。


 他の街だったらセシリーナが目立ち過ぎて仕方がないのだが、穴熊族の美意識は俺たちとは異なるらしく、魔族にはあまり関心を向けない。そのおかげで食べ歩きをしても大丈夫、二人は恋人気分満喫中なのである。


 どんなに俺とイチャついても誰も気に留めない。セシリーナにはそれが心地いい。こんな空気感は彼女がアイドルになってから初めてだそうだ。通りを横切りながら思わずスキップが出て俺の顔を覗き込む。


 「どうかした?」

 「いや、本当に可愛いな、と思ってさ」

 うれしくて頬を染めて歩く彼女はもう堪らないほど魅力的すぎる。


 「もっとほめて、もっと甘やかしても良いんですよ」

 腕組みするとその美乳の感触がヤバい。


 「うーーん、その微笑みずるいぞ。変装なしで堂々と街中を二人で歩くのは初めてだからか、かなり照れるな」

 セシリーナは愛らしくて美人すぎる。ただでさえ抜群の悩殺スタイルなのに今日は一段と色っぽさが溢れて半端ない。魅惑の胸の谷間、スカートから覗く美脚、濡れた赤い唇が妙に艶めかしく俺を誘う。


 「ダメですよ、往来で人の目があるんですから、少しは欲情を抑えてください。ここでは何もできませんよ」

 セシリーナは少し顔を赤くして脱いだ上着を手に俺の股間をさり気なく隠す。


 「そこまで変態じゃないんだけど」

 「そんな状態で良く言うわ」

 俺たちは通りの露店に足を踏み入れた。


 俺は商品を前にかがんで見ている風を装う。つまりは前かがみ状態を誤魔化している。


 「ねえ、この店凄く安くない? ほらほら、これなんか定価の半額!」

 セシリーナは乱雑に積み上げられている防具の値札を見て目を丸くする。


 「へぇ、本当だ」

 魔族用の中古の防具が格安だ。おそらく穴熊族のサイズに合わないので投げ売りしていると思われる。


 「いらっしゃいませ。防具をお探しですか? どうです、いずれもお買い得ですよ」

 店主が出てきた。どことなくナーヴォザスに似ている穴熊族の男だ。


 「これ、変な呪いがかかっている防具だから安い、とかじゃ無いだろうな?」

 その顔を見た途端、嫌な事を思い出してしまった。


 「呪いですか? うちの商品に?」

 にこやかだった店主の表情は明らかに嫌そうに変わった。当たり前である。自分の商品をけなされたようなものだ。


 「カイン、そんな事を言うと割引してもらえないわよ。カインも商人なんだからわかるでしょ?」

 セシリーナが小声で耳打ちする。

 しまった!

 確かにそうだ。最近商人らしいことをしていないとは言え、相手の機嫌を損ねるなんて商人としては完全に失格だ。


 「すまない。以前にタチの悪いのに引っかかって、呪いの付いた防具でひどい目に会ったばかりなものだから」


 「ふん。まあ良いですよ。勝手に見て行ってください。用があれば声を掛けて下さい」

 そう言って店主は奥に戻ってしまう。

 明らかに機嫌を損ねた。

 もはや割引は期待できないだろう。しかし割引が無くても格安であることに違いは無い。防具を手に取ろうとするが何となく抵抗感がする。嫌な記憶が甦る。


 「うーん、大丈夫かな? 妙に安いと何かあるんじゃないかと勘繰ってしまうな」

 「そんなに心配だったら鑑定力のあるのを呼べばどう?」

 「鑑定力を持っている? そんなやついたかなーー?」

 俺がわざとらしく疑問符を浮かべたのに気付いたらしく、珍しくそいつが自分から現れた。


 「ひどいじゃありませんかーー。いつもーー私をーー無視しているんですからーー、こんな時くらいーー呼んでくださいよーー!」


 出た、たまりんである。

 俺の股間がぴかぴかっと光る。


 「最近のお前の定位置はそこな。変態に見えるから他の所に現れてほしいもんだな」

 「まあ、まあ」

 たまりんは、すうっと移動して俺の右肩の上に来た。最初からそこに現れれば良いものを。


 「さてーー、私がーー精霊のような目でーー、呪いとかーー加護の有無とかーー、見極めて差し上げましょうーーっ!」


 何だか偉そうだ。

 しかも精霊のような、と言ったな。やはりこいつは精霊では無いらしい。

 俺はカムカムの所で見た妙齢な美精霊を思い出し、ため息が出る。ああいうのが良かった。金玉では見た目が悪すぎる。


 「なんだかーー、カイン様の頭の中でーー、非常にーー侮辱された気がしますーー」


 「何でもない、気にするな。それじゃあ見て行くぞ。セシリーナも良さそうな防具があったら持ってきてくれ」


 「わかったわ。任せて」とウインク。踵を返したセシリーナの女王蜂のようなヒップラインが魅惑的で困る。


 さて、へそを曲げた店主には構わず二人はがちゃがちゃと乱雑に積み上げられている防具を掻きまわす。


 あちこち傷があったりするのは中古だからだろう。


 「さすがにーー、死んだ奴からはぎ取ったーー防具は嫌ですよねーー?」

 たまりんがふわーと飛んで来て耳元で嫌な事をさらりと言う。


 「そんな気持ち悪い防具も混じっているのかよ? おい」


 「ええ、ありますねーー。ほらーー今手に取っているのがそう。しっかりと亡者が取りついていますねーー」

 うげっ、俺はそいつを遠くへ放り投げた。


 再び、がちゃがちゃと防具を掻きわける。

 艶やかな黒い鎧が出てきた。見かけはカッコいいが。とたまりんの反応を見る。


 「カイン様はーー、何か妙な物ばかりーー掴む性格なんですねーー」

 後ろから覗き込んだたまりんがボソリとつぶやく。


 「どこか変なのか?」

 「ほらーー、ベルトの所にボックスがーーあるでしょう? それを開くとーー」

 「開くと?」

 俺は開いた。


 もやややーんと黒っぽい煙が立ち上り、むさ苦しい小人の親父が現れる。

 「ワシは……」

 パチンとボックスを閉じた。


 このパターンは経験済みだ。

 とてつもなく嫌な記憶が思い浮びそうになるが、何だろう思い出せない。

 何かあまりの衝撃で記憶がとんでいるらしいが、思い出したくもない。


 「ねえ、これなんかどうかしら? 豪華絢爛、高そうじゃない?」


 セシリーナが持ってきたのは将軍でも着そうな派手な甲冑だ。首周りにふさふさの毛がついていて暑苦しいことこの上ない。


 「銘付きの甲冑よ。銘は“栄光と挫折”ですって。どう? 格好良くない?」


 「セシリーナ様ーー、残念ですがーー、それだけは止めた方がーーいいですねーー」

 たまりんが悲壮感を漂わせる。


 「どうしてよ?」


 「呪いではなくーー加護が付いていますがーー、“栄光”とは日中の活躍を意味しますーー。戦いで栄誉を得てーー、女にもてもてですーー。

 ですが、“挫折”というのはーー、夜にアレが挫折してーー、女性に幻滅されるというものですーー。

 まあ、夜に無駄な力を出させずーー、昼に活躍する力を温存するためーー、非常にストイックな男がーー作らせた防具なのでしょうねぇーーーー」


 途端に死んだ目になって、セシリーナが無言で甲冑を置いた。


 「もっと使い物になるのは無いのかしら」

 気を取り直し、再びがさごそと探し始める。

 「こ、これは」

 鎧置きの一番下で俺はどこかで見た事のある金ぴかの奴を目にし、俺は無言で埋め戻す。


 「なかなか、これといった防具は見つからないもんだな」


 「カイン様、向こうにーー、下げられている中からーー、選んだらどうですーー? 何か良い気配がしてきますよーー」


 たまりんがそう言って露店の一番端に下げられた訳あり品コーナーに飛んでいく。

 そのコーナーは現在セシリーナが見ている最中で、たまりんは彼女の肩に止まった。


 「たまりん、そっちは訳ありだろ。こっちの商品ですらほとんど事故物件みたいなものばかり。そんな所に良い物があるとは思え無いけどなあ」


 「あらあら!」

 先に見ていたセシリーナが声を上げた。


 「ほらこれよ! この鎧、女物かもしれないけど、造りはとても良いわ。色具合もカインに似合いそうじゃない?」


 「おいおい、また女物かよ……」

 

 「ええ、これは良い品ですねーー。呪いはありませんよーー! 加護は少しだけ幸運が増し、敵から見つかりにくくなりますーー。ただでさえ運が悪いというかーー、やらかすーーカイン様にはぴったりじゃないですかーーーー!」

 と、たまりんがいつになく興奮気味に光った。


 「でも女物なんだろう? 胸がボインと出ているデザインだろ? また変態にみられるぞ」


 「このデザインはほぼ男女兼用よ。ほら、見て頂戴、きっとそれほど胸の大きくない女性兵士の防具だったのよ。それに造りも良いわ」

 セシリーナが鎧を掲げる。

 ちょっと見には黒っぽい軽装鎧で中々カッコいい。


 確かに胸は男の筋肉のデザインだと言えば通じるかもしれない平坦さ。セシリーナやクリスたちにはあまりにも窮屈すぎ、リィルやミズハならば……と言う感じだ。


 俺が装備するには多少幅が足りず本来後ろに回る部分が脇の下に来てしまう。しかし、今までの装備に比べれば許容範囲だろう。

 それに装着できるように手先が器用な、出来る女のセシリーナが手直ししてくれるはずだ。


 「値段も格安よ。あら、裏に名前が彫られている。ええと元の持ち主はアビエル・ドロッサル。所属は第7軍工兵隊。どこかで聞いた事があるような名前ね?」


 アビエル? 

 アッケーユ村のバザーで一悶着あったあの薬屋がそんな名前だった気がするが、いまいち思い出せない。


 「たまりん、この鎧は、大丈夫なんだな。妙な呪いとかは付いていないだろうな?」


 「私の目をーー疑うのですかーー?」


 「どこが目なのか全くわからんがな」

 「ひどいですねーーーー」


 そして俺はセシリーナに試着を勧められ、ぴったりフィットすることが判明。

 それを購入することになったが、やはり店の頑固親父は全く値引きに応じなかった。

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