第161話 <<東マンド国包囲網 ー東の大陸 サティナ姫ー>>

 部屋に迎えに行ったメルスランド王子がフォロンシア王女の手を添えて優雅に階段を下りてくる。二人はまさにお似合いのカップルに見える。


 フォロンシア王女は照れているのか少し顔が赤いようだった。


 王子に助けられ、サンドラット砦で暮らすようになってから二人の仲は一気に近づいた。


 王女がメルスランド王子に惚れているのは、その態度を見れば誰にでもわかるが、王子はその事にまだ気づいていないのか、気づかないふりをしているのか、クールな笑顔からは読み取れない。


 やきもきしているのは周囲の連中ばかりなのだ。一同の視線が、その話題の美男美女に注がれる。


 「王子、こちらにどうぞ。今から各国に潜入させていた間者から話を聞くところでございます。王女はその隣にお座りください」


 両手を広げ、出迎えたムラウエが最上段の席に二人を案内する。メルスランドの席の近くには既にサティナ姫が座っていた。


 「それで、リナル国の戦況はどうなっている?」

 メルスランドは開口一番尋ねた。


 「どうなのだ?」

 ムラウエが粗末な旅装束をしたまま控えている男女に話を促した。彼らは夫婦役で潜入していたらしい。


 「北部戦線では、リナル国王都に加え主要都市はほぼ陥落、国王と王妃の消息も不明です」

 「東マンド国はリナル国を併合して一つの郡にするつもりのようです」


 「王と王妃が行方不明か、心配だな」

 メルスランドはうつむく王女を見てつぶやいた。


 「さらにリナル国王都を占領した東マンド国の第一軍がさらに東に転じました。リナル国の東に接するガゼブ国へ侵攻する気配を見せています」

 ムラウエの前で片膝をついている男が険しい顔で見上げた。


 「ガゼブ国に向かうだと、うーむ、確かにリナル国側からであれば、砦群の側面を突いてガゼブ国の中枢地帯に侵出することも可能だが。もし攻め込んでも森林は悪路で、兵站の維持が難しいだろう。賭けのようなものだな」

 メルスランドも顔を厳しくする。


 「実際に攻め込まなくても、側面から圧力をかけるだけで効果があるわ。その状態で強い要求、もしかすると揺さぶりをかけるため属国化の要求すら行う可能性もあるでしょうね」

 サティナが言った。


 「私もその可能性が高いと思います。リナル国を支配下に収めた今、ガゼブ国を黙らせれば、東マンド国の背後の憂いは無くなります。その状態でラマンド国を攻めれば、どうなるか」

 ムラウエが渋い顔つきで地図を見た。


 昔から武力による領土拡張策を取ってきた東マンド国軍の兵力はラマンド国の数倍である。

 国防のため常に四方の国境地帯に兵力を分散しているからこそラマンド国はその圧力に耐えてこれたのだ。今、東マンド国がラマンド国方面に全兵力を集中し攻め込んできたら、ラマンド国は果たして何週間耐えられるのか。


 「一気に情勢が動くな。これを考えたコドマンドの部下も侮れんな」

 メルスランドが両手を組んだ。


 その脳裏には代々コドマンド家の家宰を務める一族のラダという男が浮かぶ。軍大学をトップの成績で卒業しながら王家には仕えなかった男だ。


 あの男の言う通りにコドマンドが動けばかなり厄介な事になるだろう。無能でも聞きわけの良い王が配下を活かして偉業を成し遂げた例は歴史上いくらでもある。


 「もう一つ、未確認情報ですが、リナル国の防衛線を突破する戦いで死人の群れが東マンド国の先兵となって門を破壊したという噂も伝わっております」

 女はムラウエを見上げた。


 ピクっとサティナ姫の眉が動いた。

 闇術だろう。サティナの脳裏に赤い服を着たあの妖艶な美女の姿が浮かぶ。


 「なお、ラマンド国も国境の防衛を増強し始めたようですが、東マンド国の動きの方が色々な面で早いようです」


 「わかった。このまま次の報告に移ってくれ。ラマンド国内の情勢だったな?」


 「はっ、では私から報告いたします」

 ムラウエの前で男が入れ替わった。


 「ラマンド国は防衛を強化したらしいが、その他に何か動きや、変わった点はあったか?」


 「はい、まず王宮ではバルラ王子の妻候補としてラメラ嬢とパルケッタ嬢のお二人が正式に許嫁となりました」


 「まあ、それは良かったですね」

 サティナは微笑んだ。


 「はい、王宮ではこのところの不安な情勢に明るい話題をということで、急いだようです」

 「なるほど」


 「おかげで市中は一部お祭りムードにもなっており、戦争が始まるかもしれないという不安解消には一役買っているようです。また、その祝賀ムードのせいか、市中では物価が上昇しており、先ごろ収穫時期を終えた主食の麦価が上昇傾向にあります。特に麦を市場価格よりも高額で買い取ると言う商会があり、そこに多くの麦が集まっているようです」


 「ふむ、そうか」

 メルスランドは一安心したようにうなずいた。ラマンド国が揺らがなければコルドマンドの野望がこれ以上拡大するのを抑制できるだろう。ラマンド国が圧力をかければガゼブ国への侵攻もあるいは……。


 だが、サティナには何かが引っかかる。収穫直後のこの時期には麦価が下がるのが普通だ。何か恣意的なものを感じる。


 「次にリナル国からの亡命兵と戦傷者の手当の件でありますが、リナル国の将軍であったターマケ将軍がラマンド国に落ち伸びたという噂があります。もしこれが本当であれば新たな火種になる可能性もあります」


 「まぁ、ターマケ将軍が」

 思わず言葉を発したフォロンシア王女が王子の隣で口元を押さえた。


 「確かに、これは噂の真偽を確かめる必要がありますな」

 ムラウエがメルスランドを見た。

 王子はうなずいた。


 「いずれにしても砂漠の東に強国が生まれれば我々サンドラットも今までのようにはいかなくなる可能性があります。ましてやメルスランド王子とリナル国の王女が亡命しているのですから、東マンド国にこの事実が知れれば、ただでは済まないでしょう」

 ムラウエは集まった里長たちの顔を伺う。


 「これまで以上の一致団結が必要です。この中の誰か一人が裏切れば、我々は皆殺しになるでしょう。部下にも秘密厳守を徹底させてください」


 里長たちは神妙な顔をしてうなずいた。


 元々サンドラットの結束は固いが、今回ばかりは念には念を入れる必要がある。メルスランドが駆けこんで来た時に追い出さなかったのだ。その時点でサンドラットの未来は引き返せない道に入っていると言って良い。


 「ガゼブ国の北東に位置する他の旧公国諸国連合の国々の情報収集も必要だな。

 旧公国諸国連合の一国であるリナル国が滅び、さらにガゼブ国までとなると、様子見をしていた他国がどう動くかだ。

 東マンド国の圧力に屈するのか、前例は無いが旧公国諸国連合軍と東マンド国の戦という事にも発展するかもしれない」

 メルスランドが思案する。


 「それですが、ラマンド国の密使がガゼブ国を始め旧公国諸国連合の国々に向かっているという情報もありますぞ」

 里長のまとめ役であるムラエガが手を上げた。


 「と言う事は、ラマンド国が中心になって旧公国諸国連合軍と共に東マンド国を逆包囲するという事態もありえますね」

 サティナの隣にいたマルガが言った。


 そうだ、それが逆転の一手だろう。サティナは皆の議論を静観している。


 もしそのような情勢を作った上で、さらに東マンド国の西を押さえているサンドラットがメルスランド王子を奉戴してラマンド国に同調して挙兵したらどうなるか。


 だが、それにはラマンド国が本当にそれを画策しているのか、旧公国諸国連合がラマンド国の檄文に呼応するのかが鍵となる。


 そうならなかった場合は、サンドラットは東マンド国にひざまづくしかないだろう。そうなれば亡命しているメルスランド王子とフォロンシア王女の命は危うい。


 やがて合同会議は情報収集に力を入れるという方針を確認して終了した。


「マルガ、ちょっと話があるわ」

 サティナはマルガを呼んだ。



ーーーーーーーーーー


 二人は夜まで何か話しあっていたが、翌日の朝早くにサティナは騎士の半分をひきつれて西の砂漠へ向うことになった。


 目的地はサンドラットの支配領域のさらに西にあるオアシスの街である。


 「姫、無茶だけはなさらないで下さいよ」

 後を任されたマルガは心配そうに遠ざかる影を見送った。

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