第281話 第二次スーゴ高原の戦い2

 たった一晩で新王国の重職に就いていた者数名が殺された!

 しかも一命を取り留めたものの重傷者も少なくない。


 その報告を聞いて、仮王宮の謁見の間に集まった者たちの顔に不安の色が見える。


 「これはおそらく帝国、鬼天の暗殺部隊の仕業だろう。奴らは既にこの聖都に潜伏している。そう言うことだ」

 王女の身辺警護長であるドンメダが言った。


 「前線のベント様から暗殺者に警戒するようにとの伝言が今朝方王宮に届きました」


 「そうか、少しばかりその伝言が遅かったということだな。ターゲットは新王国の幹部だ」


 「奴らの暗殺対象ですが、手当たり次第ということは無いでしょう。何かリストがあるはずです。そう考えると、一番危ないのはルミカミアーナ王女でしょうか」

 その言葉に王座に座っていた少女がびくんと震えた。


 「王女を守る者をもっと増員する必要がある。ここは前線から遠いと思っていたが、我々と見習い騎士の子どもだけでは不十分だ。前線に出ていない兵でこちらの警護に回せる者はいないか?」


 「であれば、元帝国弓兵隊のヤークンルの部隊はどうでしょうか? 元クリスティリーナ様の配下です。その縁で新王国に恭順し、開拓村周辺の魔物討伐の任についておりましたが、昨日帰還したとの報告があったばかりです。今は神殿に駐屯中です。専門は弓ですが、格闘戦にも強い者が揃っているらしいです」


 「よし、ではその部隊に王女の警護を命じよう。皆の者も今後は単独行動を控えろ。重職にある者には常に護衛兵をつけるように指示をだそう」

 


 ー---------


 そして再び聖都に夜が訪れる。

 一人、また一人と新王国の有力者が殺されていく。


 護衛がいようがいまいが結果は同じだった。


 狙われたら最後、生きてその刃から逃れる者はいない。

 鬼天の暗殺衆12名は連携してターゲットを確実に殺す。


 そして次に目を向けたのは王宮……そこに住むという王女ルミカミアーナである。


 ー---------


 ルミカミアーナの寝室は暗殺者を警戒し、王の謁見の間に臨時的に移されていた。ここならば四方は壁であり、兵を多く待機させておくことが可能だ。


 「油断しちゃだめよ」

 「わかっているよ。ラサリアこそヘマをするなよ」

 見習い騎士の子どもたち五人は緊張した面持ちで王女のベッドの周囲のイスに座っていた。


 どちらかというと王女の話し相手という感じで、実際に剣を取って敵に立ち向かうことは期待されていないのだが、本人たちはこの栄誉ある任務に誇りをもっている。


 この謁見の間は広く、軽く100人は収容できる規模である。その中央に防護柵に囲まれたベッドがポツンと置かれ、その周囲には身辺警護兵をはじめとした屈強な兵たちが油断なく守っていた。


 今夜からはクリスティリーナの薫陶を受けたヤークンルの部隊が増援されたので、見習い騎士たちも少しほっとしている。


 いつもなら王女の側に仕えている女官は宮殿の明かりを絶やさないように交代で追加したランプの油の補充や、調子の悪い魔道具への魔力供給を行っているために謁見の間にその姿はない。


 「ルミカミアーナ様、このような場所で寝るのは落ち着かないかもしれませんが、我々がお守りしております。安心してお眠りください」

 ヤークンルが拝礼する。


 「ありがとう。皆さんよろしくお願いします」

 「俺もいるからな。心配するな」

 ドンメダがヤークンルの隣で笑った。


 灯りに使われている魔道具の光量が減らされ謁見の間の壁に闇ができる。


 どのくらい時間が経過したのか、王女の寝息が聞こえ始めた頃、騒ぎが起きた。


 外が急に騒がしくなった。


 「なんだろうね、ラサリア」

 「きっと賊が入ったのよ。ラエハ」

 「みんな、油断するな!」

 見習い騎士のラエハが声をかけた。


 「大変です! 只今、王宮入口で衛兵と何者かが交戦中! 加勢をお願いしたいとのことです!」

 一人の兵が謁見の間の扉を開けるなり叫んだ。


 「ヤークンル様!」

 若い兵たちがヤークンルを見る。

 だが、ヤークンルは動かない。


 「応援に行かなくてよろしいのですか?」

 「持ち場を離れてはなりません。おそらく囮か罠です」


 どうもおかしい。

 謁見の間には鍵がかかっていたはずだ。

 外鍵は信頼ある有力者が持っていると聞いている。それなのにこの兵はどうやってこの扉を開けたのか?

 

 「どうやら敵が来たようね。みんな油断するな! 剣を取れ! こいつは敵だ!」

 ヤークンルが叫んだ。

 ドンメダと見習い騎士たちはベッドの脇に立って身構えた。


 「ちっ、気づきやがったか、察しの良い女だぜ」

 兵の言葉が急に汚くなった。

 その途端、その背後から黒い影がパラパラと部屋の中に飛び込んできた。


 「ドンメダ殿!」

 「分かっている!」

 ドンメダが叫ぶと、魔道具が一斉に光を強めた。

 打ち合わせどおり援軍も呼んでいる。


 謁見の間に侵入してきたのは黒い衣装を纏った暗殺者12人、対するヤークンルの部隊は精兵20人である。ドンメダと身辺警護兵は8人、見習い騎士も5人いる。


 戦力からすれば互角以上のはずだ。とドンメダは相手の出方をうかがった。


 暗殺者も4つのグループに分かれて警護の隙を探っている。

 恐らく3人一組で一人の相手を殺すのだろう。


 「全員協力して、王女を守るぞ! 相手の挑発に乗ってうかつに飛び出すんじゃないぞ!」

 ヤークンルが血気盛んな若い部下に目を配る。


 「援軍が来る前にさっさと片づけるぞ、ベス、カナベ、オドス、お遊びはなしだ」

 暗殺者の一人はそう言いながら謁見の間の扉に鍵をかけた。


 「王女は俺が仕留める、いいよな、ゲマボン」

 「いや、早い者勝ちだろう?」

 「じゃあ私だな」

 暗殺者たちは唇を舐めた。


 鍵をかければ自分たちも逃げられなくなるはずだが、腕に自信がある証拠なのだろう。これで援軍が来ても扉を破らないと入ってこられなくなった。


 「行け!」

 男が命じると三方向から黒い影が迫る。

 金属音があちこちで響き、ヤークンルの部隊との戦闘が始まった。



 暗殺者は流石に強いが、ヤークンルの兵も互いに協力しながら良くその攻撃をしのいでいる。だが、時間が経過するほどその実力差は明らかになってくる。


 「ヤークンル様! 麻痺毒です……!」

 刺された兵が床に倒れ始めた。

 暗殺者の武器には毒が塗ってある。かすり傷でも効果は強い!


 「こ、これは敵襲ですか……」

 騒ぎに気づいて目覚めた王女がベッドの上で震えた。


 「大丈夫です、ルミカミアーナ様!」

 「私たちもいます!」

 見習い騎士の子どもたちも時折飛んでくる敵の投擲武器を弾いている。見習いにしては優秀だと言えるだろう。


 「王女のベッドの前に立つ大男が邪魔だな」

 襲撃経過を見ていた暗殺者の四つ目のグループが、ドンメダ目がけて突進した。


 「ドンメダ殿!」

 ヤークンルがそれを阻むように3人の前に立ちふさがった。

 長剣が暗殺者の前で一閃、一人斬ったかに見えたが刃先はその服を裂いただけだ。


 「ひゅう、強いな。姉ちゃん」

 そいつは軽く口笛を吹いた。


 「余裕なのだな!」

 暗殺者のうち2人は兵が取り囲んで何とか倒したようだ。だが、こちらの方が被害が大きい。既に8人も動けなくなっている。


 「はあっ!」

 「させるかっ!」

 隙を見て王女に跳びかかろうとした者をヤークンルの剣が斬り伏せる。あと残りは9人。

 ドンメダも敵の一人を壁まで吹っ飛ばして気絶させたようだ。残り8人。


 だが、その残り8人のうち4人が異常に強い。おそらくリーダー格だ。


 王女を守る兵が次々倒れ、いつの間にかヤークンルの部隊の兵は残り4人になった。


 「そろそろ観念しな。倍の人数でも俺たちには敵わねえよ」

 「俺たちが用があるのはそこの王女様だけだ。お前たちはそこで寝ているんだな」

 男が武器を前に出した。


 何かカチリという音が聞こえた。


 「な、なんだと……」

 「卑怯な……」

 ヤークンルの目が霞む。

 背後でドンメダが倒れる音がした。


 目に見えない無数の針のようなものがヤークンルらを同時に襲ったのだ。もはや手足が痺れて動けない。


 「お、お逃げください……」

 ヤークンルが膝を折った。

 無事だったのは見習い騎士たちだけ。

 彼らが持っている盾には無数の毒針が突き刺さっている。


 「ラサリア! 王女様を逃がせ! みんなで盾になるんだ!」

 ラエハが唇を噛んで指示を出した。


 「わかった! 王女様、こちらへ!」

 私が前に出る、と言いたかったが文句をいっている暇はない。

 ベッドの上で震えていた少女に布団をかぶせるとその手を取ってラサリアは背後の扉に向かった。


 「遅いぜ」

 カナベはにやりと微笑んだ。

 ラサリアは振り返って剣でその矢弾を弾いた。カナベが腕に装着していた小型の弩から発射されたものだ。


 「しまった!」

 ラサリアは急に肩に痛みを感じて両ひざをついた。

 目の前で王女も倒れている。敵の小型矢が布団と床を貫いているが、王女自身には刺さらなかったようだ。


 ラエハや仲間がどうなったのか、確認することもできない。身体が言う事をきかない。肩に刺さっているのはカナベが放った麻痺性の矢弾である。真っすぐ飛んできた弾と違う軌道で飛んできたものだ。

 フェイント……? ラサリアはかすれていく視界の中、短剣を手にこっちに歩いて来るカナベをにらんだ。


 「どうだ? もはや立つ事もできまい? 子どものくせによくやったと褒めてやろう」

 ゲマボンとベスも剣を手に迫ってくる。

 オドスは指をポキポキと鳴らしている。オドスは刃物より自分の手足で相手を殺すのが好きなのだ。


 「お逃げください……」


 ラサリアは襲撃者をにらむが体が動かない。元々大人用の麻痺毒だ。子どもなら致死量かもしれない。


 「あ……」

 王女は恐怖ですくんで声も出ないらしい。


 「これでお終いだぜ!」

 暗殺者たちが剣を振りかざし、カナベがその布団を掴んではぎ取った。


 終わった、王女を守れなかった……そう思ったラサリアの目に、王女の前で動きを止めた暗殺者たちの姿が映った。

 その4人は王女の顔を見た瞬間、時間が止まったかのように身動きしない。


 何がどうしたのか。


 「どうしました? ゲマボン様、外の廊下に援軍が到着したようです。早く王女にとどめを刺して退却しましょうぞ」


 「何をしておられるのです。ならば、私がトドメを!」

 カナベの背後から男が王女に跳びかかった。


 血飛沫が床を染めた。


 笑みを浮かべたまま、男が床に沈む。

 その男を叩き斬ったカナベが無表情で立っている。


 「カ、カナベ殿! 気でも狂われたか! んぐ……ぐえっ……」

 叫んだ男の首をオドスが背後から締め上げていた。


 「な、なぜ! 裏切るのですか! ぐっ!」

 「どうしたのです! ベス様っ……」

 男たちの首がぽろりと落ち、血飛沫が噴きだした。


 二人の男を斬ったゲマボンとベスが同時に剣を収めた。


 何が起こっているのか、王女にもラサリアにもまるでわからない。だが、暗殺者同士で突然同士討ちを始め、この四人だけが残ったという状況だ。


 「様に危害を加えようとした者はたった今処分致しました」

 恐怖に震えるルミカミアーナ王女の前に4人がかしづいた。

 今、こいつらは何と言ったのか、オリナって誰だ? ラサリアには意味不明だが、王女はその言葉に驚いて目を丸くしている。


 「大丈夫ですか! 王女様!」

 その時、ようやく扉を打ち破った援軍の兵が部屋に雪崩れ込んできた。


 「こ、これは……」

 「惨い……」

 その部屋の惨状に呆気にとられた。


 「何をしておるか! 王女様の安全を確保せよ!」

 兵と共に入ってきたフェバ爺が叫んだ。

 「はっ!」

 兵が一斉に王女を守るために動いた。


 王女の前に無言でかしづいている4人の前に大盾の兵が立ちふさがって壁を作り、同時に別の兵たちが4人を拘束した。


 毒でやられた見習い騎士やヤークンルたちへの治癒もすぐに始まった。


 「お主らは鬼天の暗殺者のはず。どうして王女を助けたのだ? 急に心変わりした訳ではあるまい」

 フェバ爺が捕らえられた暗殺者の4人を見降ろした。

 暗殺者ゲマボン、ベス、カナベ、オドスの4人の表情は人形のように固く、その瞳はうつろだ。


 一体、こいつらに何が起きたというのか?

 だれもが訝しんで縄で縛った4人に槍先を向けて取り囲んでいる。


 「答えよ!」


 「…………代わりにお答えしましょう!」

 ゲマボンの身体から女性の声がしたかと思うとその背後に霊体化した美女の姿がぼんやりと浮かぶ。


 「この者たちにはカイン様一行を守るように命じた術を施してあります。王女の顔を見て、この方がカイン様の仲間だと認識したのです。しかし、半日もすれば正気にもどりますから、お気を付けてください」

 そう言って魔族の作法にのっとった礼をすると、すうっとその姿が消え、同時に4人の暗殺者は床に崩れた。


 「おいおい、誰だったんだ、あの美しい女性の霊は?」

 「王女が仲間だと認識した? 意味がわからん」

 「いや、それよりもそもそもカイン様って誰だよ?」

 一部始終を見ていた兵士たちがざわめき出した。


 「いいから、今のうちにそいつらを牢へ連行しろ!」

 王宮警備部隊の隊長が叫んだ。


 「カインじゃと、どこかで聞いたことがあるような名だが、はて?」

 フェバ爺はドンメダに解毒薬を飲ませながら首を傾げた。

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