第282話 ルップルップと穴の底

 「いててて……」


 俺は頭を振った。

 うー-ん、どうやら結構高い所から落ちたようだ。落ちた衝撃で少しの間意識を失っていたらしい。


 それに身体も異常に重い。

 全身の骨が悲鳴を上げているようだ。起き上がろうとしても身体が全然動かない。これはやってしまったか?


 「ん?」

 その時、ようやく俺は気づいた。

 顔の両脇を挟むように生白い足がある。太股のようだ。


 視線を上げると……。

 ドアップ!

 なにが?


 いやいや、なにが? どころじゃない!

 思わず鼻血が噴き出しそうになりそうなその薄い布地!

 その丸出しのお尻にかかっている衣服に見覚えがある。


 赤い神官服……ああ、こいつルップルップだ。

 恐らく最後尾を歩いていた俺とルップルップだけが、一緒にこの落し穴に落ちたのだ。


 そう言えば、落ちる直前、お腹をすかせたルップルップが壁から生えた茸をひっぱったような記憶がある。


 つまり仰向けになった俺の上にうつ伏せのルップルップが乗っかっている。


 「おい、ルップルップ! 起きろ! 俺はなぜか身体が動かない! 起きろ!」

 身体を揺するとなんかヤバい。


 ドアップのルップルップの股間がゆっさゆっさと艶めかしく左右に動く。


 それにほわほわの美乳が揺れている感触もするし、ちょうど俺の股間にルップルップが顔を埋めているのもヤバい。


 「おい! 起きるんだ! 誰か! おー-い、誰かいないのか!」


 落とし穴の入口に向けて叫んで見るが、誰も駆けつける様子はない。


 「ん……」

 俺が叫んでいると、ようやくルップルップが目を開けた気配がする。


 「ん、これは?」

 ルップルップは目の前にそそりたつ俺の股間に気づいた。


 「うぎゃあー---っ!」

 悲鳴を上げたのは良いが、驚いて後ろに下がったからたまらん。俺の口はルップルップで塞がれた。


 「ん……、ば、ばか、は、離れろ」

 俺は息ができない。いろんな意味で死ぬ!


 「うぎゃああ! カイン! この、へ、変態っ!」

 ルップルップは俺の顔面に股間を擦りつけていることにようやく気づいて慌てて腰を戻すが、俺の上からは降りない。


 「はあ、はあ。やっと息ができる……。おい、ルップルップ、いつまで上に乗っている気だ?」


 「カインこそ、いつまで私の下にいるつもり? 早くそこをどきなさい?」

 ルップルップが不自然に振り返って俺の顔を見る。「?」とお互いに顔を見合わせる。


 「いいから早くどけてくれ。なぜか身体が動かないんだ」

 「動きたいのは私も同じよ」

 ルップルップは顔を赤くした。


 多少お尻をすらしたとはいえ、未だに丸見えだ。しかも俺の息や涎のせいか何だか透けているような気もするが、辺りが暗いのが残念……。いや、救いだろうか。


 「どうして動けないんだよ? こっちは暗くて周りがよく見えないんだ」


 「どうしてですって? 良く見なさい。落ちる時に壁の蔦が手足に絡まって、その蔦がカインの下敷きになっているのよ。カインが体をどかさないと蔦がどうにも緩まないのよ。だから、早くそこをどきなさい」


 「なるほど、そうか。俺の手足が動かないのも蔦が絡まっているからなのか」


 「そうね」

 「……」


 「で? どうする?」

 「カインの下敷きになってる蔦を引っ張り出せれば、私の手足は自由になるのよ。そうしたらカインの上から降りられるわ。だから、早くどけなさいよ」

 「……」

 


 「ちょっと待て……、俺もお前がそこをどかない限りは自由に身体が動かせないのだが……」


 なるほど、うむうむ、そうか。

 俺たちは互いに悟った。


 「ぎゃああああ! だれか、だれかいませんか! イリス様! アリス様! クリス様! リィルでも誰でも良い! 助けて~!」


 「うわあああああ! 誰か、セシリーナ! リサ! 誰でも良い! 誰か助けてくれ~!」


 しーん…………。

 ここは例の沈黙の洞窟であろうかと思いたくなるほどの静けさが返ってくる。


 元々存在感の薄い俺だが、だれ一人気づいてくれないのは寂しい気がする。


 「ちょっと、誰かいないか! ここだ! 気づいてくれー-っ!」


 くれー-、くれー---、くれー----……、と反響だけが空しく響く。


 誰も俺に関心が無いということか! そうなのか? と思わず心の中で叫んだ。


 もっとも、他のみんなは絶賛戦闘中で俺たちに気づく余裕など無かったのだが……。そんな事は知らない二人は絶望感に打ちのめされた。


 「……お腹がすいたわ。カイン、ご飯はどうする?」


 「お前、ほんと良い性格してるよな。この状態で一番の不安はそれかよ? 少しはどうやって逃げ出すか考えてくれよ。とにかく何とかしてこの絡まった蔦を緩めるか、何か切る物を見つけないと」

 俺はもぞもぞと動いた。

 

 「変な動きは止めなさい! 乳首が擦れちゃうじゃない」

 こいつ、こんな時に生々しいことを言う。色々妄想してしまうじゃないか。


 「いいから、何とか蔦を緩めるんだ」

 「そんな事を言っても身体を動かせる範囲が狭すぎるのよ」

 確かにルップルップの言うとおりだ。俺は頭を動かして暗い穴の中を見渡した。


 何かこの状況から脱する方法はないか? 蔦を切る道具とか何か。

 「おや?」

 仰け反って見ると、俺の頭の上に尖った岩が横に突き出ている。これは使えそうだ!


 「ルップルップ、俺の頭の上に突き出た岩が見えるか?」


 なぜか、かあっとルップルップの顔が赤くなった。


 「はぁ? 玉の上に突き出た物が見えるかですって? そんなもの、改めて見せつけてどうする気? どうせ言わなくても目の前なんだぞ。ほれっ!」


 ふうーーっ! とルップルップが熱い吐息を俺の股間に吹きかけた。


 「ば、はか! やめろ! 俺の玉じゃない俺の頭だ。こっちを見てみろ! 俺の頭の上に尖った岩が突き出しているだろ? ほら!」


 「尖った岩? うん、見えたぞ」

 ルップルップが体をねじった。

 股間の色っぽさが倍増したが、ここは見て見ぬふりをする。


 「お前の右足の蔦を、そいつで切れないか? こうなったら急いでも仕方がない。切れそうなところから徐々に蔦を外して行こう」


 「右足の蔦? まって、蔦の抵抗が凄いのよ。足を上げるだけで筋肉痛になりそうなんだから」

 そう言って太ももを上げたがぷるぷるだ。足を広げたので目の前が一層エロい。


 「カイン、もちろん目を閉じているわね? 見ていたら後で半殺しよ」

 「もちろん、目をつぶっている」

 俺はそう言いつつ薄眼を開けている。

 目の前で目が離せないエロい事態が進行中なのだ。


 ギリギリ、ギリギリ……

 ルップルップの生足がぷるぷる震えながら、絡まった蔦をその尖った岩に擦りつける。


 プチン、プチン……

 蔦の表面の繊維が一本、また一本と千切れていくのがわかるる。


 「いいぞ! その調子だ」

 「簡単に言うけど、これは大変なの!」

 ブチッ!! と音がして一本目の蔦が切れた。切断された蔦からブシュウっと粘液が吹きだした。


 「うえっーーーーっぷ!」

 俺の顔面に蔦のどろどろの白い粘液が降りかかった。


 「ひええええ! 何だかぬるぬるのが振りかかった! おえっ、気持ち悪るっ!」

 目を開くと恐ろしい光景が広がっていた。


 ルップルップの股間に蔦の白い粘液がべったりと付着して……。そのせいで布地が透けて……。しかもそれが足を動かすたびにドアップになって近づいてくるのだ。


 エロい、エロすぎる!


 「あ、ごめん!」

 鼻の下を伸ばす俺に天罰が! 不意に目から火花が散る。


 ルップルップが体勢を崩し、俺に膝蹴りを喰らわせた。別の所に目が釘付けだった俺は避けることもなく、その一撃が見事に顎に決まって白目を剥いた。


 「…………」

 ちょっと俺が気を失っている間にルップルップは努力していたようだ。


 「カイン! ああ、やっと気が付いたのね? 両足は動くようになったけど、手はどうすれば良いのかしら?」


 ルップルップは腰まで動けるようになったようだ。そのせいで残念なことにいつの間にか両足を俺の身体の上から降ろしている。


 「手だな? お前が降りてくれたので少し身体を浮かせられる。俺のお尻の下、いやこの感触からすると右足の太股の下あたりに俺の短剣があるはずだ。それを取って、手の蔦を切るんだ」


 「無茶よ。私の両手はその先で絡まっているのよ」


 「手で剣を取れそうにないか……、そうだ! 口で咥えて剣を取るんだ! 剣はなんとか俺が少しでも前の方に……」

 俺は少しだけ動く腰と足を巧みに動かして……。


 「なんだかカインの股間の魔物がすごく自己主張しているんですけど? 股間がアパカ山脈なんですけど?」


 「気にするな! 俺は必死に剣を前に出そうと腰を回しているだけだ!」

 俺は腰をクイックイッと動かして短剣をずらしていく。


 「これでもか、というくらいベッド上の魔王、夜の帝王のテクを見せつけられている気がするんですけど?」


 「たまたま、そんな感じの動きになっているだけだ、変な事ばかり言うな!」


 ぜーはーぜーはー、これでどうだ? 剣はだいぶ股間の方に動いた気がする。


 「これくらいなら、もう剣の柄が見えているだろ? あれを口で取るんだ」


 「えーー--!」

 ルップルップが嫌そうな顔をした。


 「どうした? 早く剣を取るんだ!」

 俺はがんばって股間を開く。


 「だって、これだと短剣を取る前にカインの大剣が邪魔なのよね。まちがってそっちを咥えてしまいそうだわ」


 「馬鹿な事を言ってないで、早くやるんだ! このままだと腹が減って死んでしまうぞ!」

 「あっ、そうよね。お腹が減って死ぬなんて最悪よね。それじゃあ、目を閉じてカインのを見ないようにしてと……」


 かぷ!

 ルップルップが大きな口を開いて咥えた。


 「馬鹿っ! それは俺の!」

 「間違えた! だから、間違えそうだって言ったじゃない」


 「目を閉じるからだろ! 目をしっかり開けてやるんだ!」


 「カインのが生々しいのよ! アパカ山脈みたいに目立ち過ぎなのよ!」

 ぶつぶつ言いながら、ルップルップは俺のを避けて股間に顔を埋めた。


 もぞもぞと顔を動かすので俺の剣もゆっさゆっさと揺れる。


 ハァハァ……とルップルップの艶めかしい吐息が俺の股間を熱くする。うー-ん、これは……何だかお漏らししたような感覚だ。妙に熱い。


 何度が挑戦してルップルップがようやく短剣を咥えた気配がした。


 「やったか? 剣が抜けたのか?」


 「んんんんぐ。あっ」

 咥えていたルップルップに声がかけた俺がバカだ。

 ルップルップの口から落ちた鋭い短剣が俺の股間にぐさりと落ちた。

 

 「…………」

 俺は思わず青くなったが、痛みは襲ってこない。


 「こんな時に話しかけないで! 落したじゃない!」


 「すまん」

 短剣はぎりぎりで俺の股間をかすめて、地面に突き立っていた。危うく俺の物に突き刺さる所だった。


 ルップルップは顎で短剣をさらに地面に押し込むと腕に近い方の蔦から切り始めた。



 「ふへーー……、ようやく自由になった」

 俺が壁を背にして座ると、ルップルップがぐったりとしてもたれかかってきた。二人とも蔦の粘液でぬるぬるだ。


 「頑張ったな。ありがとう」

 俺はルップルップの頭を撫でた。


 「ご褒美は美味しいもので手をうつから。カインのおごりでね、わかった?」

 「ああ、わかったよ。街に戻ったら何でも好きな物を喰わせてやるよ」

 俺の答えにルップルップは微笑した。


 「さて、後はどうやってここから脱出するかだな」

 穴の底から上を見上げるが、見たところ横穴のようなものは一切無い。

 壁面にさっきまで俺たちが絡まっていた蔦が一部残っている。蔦を足がかりに登れば途中までは登れそうだが、ぬるぬるとしていてかなり滑りそうだ。


 「へくちゅん!」

 ぶるっとルップルップが震えてくしゃみをした。

 さっきまでは必死で気づかなかったが、この穴の底は意外に冷たい。おまけにぬるぬるの粘液で濡れたせいだろう。


 「まったくしょうがない奴だな」

 俺はルップルップを抱き締めて温めた。

 「カイン……」

 ルップルップは俺を見つめた。おお、美女だ! なんというかムラムラしてきた。


 その時だった。


 「やっと見つけましたよ、カイン様」

 少し冷たい声がした。


 いつの間にか目の前に腕組みして仁王立ちのアリスがいる。


 「おおっ! アリス! これで助かった!」


 「助かったじゃありませんよ。私たちがこの先で狂った地竜の群れと戦っている最中にルップルップとこんな所でヌルヌルして楽しんでいたんですね?」

 むうっと少し怒ったアリスがカワイイ。


 「ち、違う、誤解だ! 俺たちはこの落とし穴に落ちて!」

 「そうよ! 一緒に落ちて今まで散々ぬるぬると抱きあっていたのよ、そのせいで二人ともくたくたなのよ」

 

 「へぇ……、そんなに疲れるほど。ですの?」


 「お前! 誤解を招く言い方をしやがって、違うぞ! 蔦に絡まって大変だったんだ。周りを見ろ、俺たちの努力の跡がわかるだろ?」


 「はぁー---」とアリスはため息をついた。


 「まあ、いいです。二人とも無事で何よりでした。私に掴まってください。ここから出ましょう」

 俺とルップルップがアリスにしがみつくと一瞬で周りの光景が変わった。


 熱い、あまりに熱すぎる。


 ジュワワワワ…………!

 俺とルップルップの濡れた服がみるみる乾いていく。


 辺り一面の黒煙が天井に吸い上げられるように昇って行く。


 「カイン! 今まで何をしていたのです! こっちを見てくださいよ! 大変だったのです!」

 煤焦げたリィルが怒っている。


 「まったくだ」

 ミズハが地面に落ちていた魔女帽を手に取った。


 「どこに行っていたの? 気づいたらいなかったから、やられたかと心配していたのよ」

 そう言うセシリーナの衣装も少し焦げている。


 「わーん! カインがいた!」

 リサが飛びついて来た。


 周りを見ると、無数の巨大な竜が死んでいる。


 たった今、竜にトドメを刺したらしいイリスが巨大な竜の頭に片足を乗せ、クリスも槍を持ち、倒した竜の腹の上に立っている。その神々しいまでの美しさは神話の一場面を彷彿とさせる。まるで竜殺しの英雄みたいな光景だ。


 「こいつらは地竜か? 凄いな、まるでドラゴンみたいだ」


 「地竜はドラゴンの成りそこないみたいな存在で口から吐く炎のブレスが強烈なのだ。危険な魔獣だからな、一匹でも地上に出れば軍が出動して討伐するレベルの奴だな」

 さらりと恐ろしい事を言いつつミズハは焦げた帽子を魔法で修復した。


 地竜は一体何匹いたのか、それを俺たちが落し穴に落ちていたわずかな時間で全滅させたのだ。その凄まじさに言葉も出ない。


 「こんなのがいるんだな。そうか! これが封印都市の危険というわけだな?」


 「甘いぞカイン、封印された旧王都の危険はこんな甘いものではないのだ」

 ミズハが真面目な顔で嫌なことを言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る