第283話 カムカム一行、魔獣の巣へ

 「カムカム様、あの旧公国王都に接した森の一帯が沼地の怪物と呼ばれる魔獣ヴオウヤーチの生息地だそうです」

 バルドンは身を隠した瓦礫の陰から顔を覗かせた。


 「うむ。確かに気配を感じるな。一匹や二匹じゃないぞ。むっ、見えた! 奴らは手足の生えたでかいオタマジャクシのような姿をしているんだな」

 カムカムは遠眼鏡を覗いていた。


 瓦礫の背後にはサティナたちと騎士が待機している。


 「ですが、あれはまずいですよ。あの場所、奴らの生息地は旧王国王都を包む封印の内側に及んでいます。どうやら結界の作用が不安定な場所に巣を作ったようですね。結界の効果で他の魔獣の襲撃から巣を守れるのでしょう」


 「なるほど、だからあんなに繁殖したというわけか。だが、例え封印の内側だろうとなんだろうと行かねばなるまい、なあバルドン」

 カムカムはそう言って後ろにいる美女たちの表情をちらちらと横目で見た。

 どうだ? カッコいいだろう? という姿勢がバレバレである。バレバレすぎてルミカーナが呆れている。


 「やはり、禁を冒してまであの中に入るおつもりですか?」


 「もちろん当たり前だ。ここまで来て、奴らの巣が封印の内側にまで及んでいたからと言って、おめおめと帰れるものか。我が妻がさらわれているんだぞ?」


 「仕方がありませんな。では、覚悟を決めて突入しましょう。幸いあそこは封印の綻びのようですから、封印を突破しても警報が鳴ることはないでしょう。さて……」とバルドンがため息をついて、周りを見まわした。


 バルドンの目がサティナたちを見た。


 「カムカム様、ここで突入部隊と留守部隊に分けましょう。サティナさんたちはここで留守部隊と一緒にお待ちいただくのが良いでしょう」


 「うむ、任せる」


 「では、サティナ殿、我々が魔獣を駆逐してカムカム様の妻を救出するまでここでお待ちください。その後、いったん一緒に森の妖精の村に参りましょう。そこからならデッケ・サーカの街に行く道もあります。バセ、ドネ、ホッグ、お前たち3人は留守部隊としてここに残って彼女らを守るのだ」

 バルドンはサティナたちの背後にいた3人の騎士を指差した。


 「はっ!」

 騎士たちが礼をする。


 「お待ちください。バルドン殿」

 不意にサティナが前に進み出た。その表情は真剣だ。


 「どうかしましたか? サティナさん」


 「これから危険な魔獣狩りを行い、カムカム様の妻を救出するという時に、貴重な戦力である騎士を3人も私たちのために置いていかれると言うのは気がひけます。むしろ、我々も一緒に参ります。これでも私たちは剣に自信がありますし実戦経験も豊富です。それに何となくあの旧王都が気になるんです」


 「ほう」とその言葉にカムカムが反応した。


 「ルミカーナさんとミラティリアさんの実力は先の魔獣との戦いを見て分かっている。身のこなしからサティナさんもただ者ではないだろうと思っていたのだ」


 「カムカム様、まさかお連れするつもりですか?」


 「彼女らの戦いぶりを見たであろう? 封印都市に乗り込むのだ、戦力は多い方が良いではないか。ありがたく申し出お受けしよう。よいな? バルドン」


 あっ、またその悪い顔。


 「下心がみえみえです!」と叱咤したいのをバルドンはぐっと我慢する。


 彼女らをわざと窮地に追い込んで、そこをさっそうと救う気なのかもしれない。危機を救ったカムカムに惚れて妻に! というテンプレ的な展開を期待している?


 「ですが、カムカム様」

 むふむふと妄想してニヤケているカムカムを鋭く睨んだが、効果はなかった。


 「バルドン、これは決定事項だ! 行くぞ皆の者! それではお嬢さん方も一緒に参ろうか!」

 カムカムが威勢よく格好をつける。


 どう見てもカムカムが美少女たちを狙っているのは明らか。「はぁー-まったく」と苦労人バルドンはため息をついた。



 ガサガサ……ガサガサ……


 カムカムの指示で騎士たちは茂みに隠れながら、魔獣の巣に近づいていく。


 近づくにつれ周囲には青臭い匂いが漂い始めた。これはやつらの粘液の匂いだろうか。


 カシャ……カシャ……

 足元で乾いた音がする。


 魔獣ヴオウヤーチに喰われたのだろう、野獣の骨があちこちに散らばっている。そしてその中には人骨もある。


 やがて一匹のヴオウヤーチが頭を上げた。

 ぐちゅぐちゅと魔犬の肉を喰らっている。


 その死んだ魚のような眼球がぎょろりと動いてこちらを見た。陽光に反射した兵の鎧の光に気づいたらしい。


 チュエリ、チュエリ! 不意にそいつが妙な声で鳴き出した。その声に周囲にいた他のヴオウヤーチたちが振り向く。


 「見つかったぞ! 突撃っ!」

 カムカムが剣を掲げる。

 「カムカム様に送れるな! 突撃だ!」

 バルドンが叫ぶと一斉に草むらから兵が駆けだした。


 「結局はあれですか? 何という単純な力技、策というものが無いのでしょうか?」

 ルミカーナも走りながら剣を抜いた。

 馬鹿正直に敵に突撃するなど信じられない。


 「でも、もしかすると単純に個人の力を発揮させた方が強いのが魔族の騎士なのかもしれないですよ」

 ミラティリアもその隣で剣を抜く。


 確かに、前方で戦闘が始まっているが、突撃した兵は魔術で幻影を作りだしているのか、魔獣が誰もいない方向に攻撃した所を斬り伏せたりしている。


 「お先に行くわ!」

 サティナが、見てるだけなんてもう飽きたわ、とばかりに大剣を抜いて飛翔した。


 「カムカム様! 左翼から新手です! 数は十数匹!」

 魔獣を斬り伏せた騎士が叫んだ。


 「こっちは手一杯だ。あと少しの間こちらに近づけさせるな! バルドン、こうなれば派手にやってしまえ!」


 「あれですな!」

 バルトンは腰に下げた爆雷玉に手をかけた。


 威力は凄いが、音と衝撃で他の魔獣を呼び寄せてしまう危険性がある。しかし、ヴオウヤーチの群れが迫っている。今はそんな事を考えている場合ではない。


 「バルトン様! あれを!」

 爆雷玉の安全ピンを抜こうとしていたバルトンの前で騎士が指さした。


 バルトンたちの目に漆黒の刃が渦を巻いているのが見えた。


 「ええー-っ!」

 だれもが目を疑って息を飲んだ。

 「まさかあれはサティナさんか?」

 バルドンは爆雷玉を使うことすら忘れてその信じがたい光景に見入った。 


 一瞬で数匹の魔獣ヴオウヤーチが爆散し、湿地に水しぶきがあがった。

 倒れた魔獣を足場にして次の魔獣の群れを目がけて、黒い風が走る。空中を華麗に旋回する美女!


 「何と言うことだ……」

 バルドンは唖然とした。

 足場の悪い湿地に一度も足をつくことなくサティナが左翼から迫っていた魔獣を一掃してしまったのだ。


 「いい所をとられましたね! でもこいつは私の獲物です!」

 ルミカーナの前には一際大きな魔獣、ウンバスケが迫っていた。


 「ルミカーナさん! そいつは数人がかりでないと!」

 バルトンがはっとして叫んだ瞬間、魔獣は真っ二つになって内臓を撒き散らしていた。


 「こっちも負けてはいられませんわ!」

 ミラティリアが2匹の魔獣ヴオウヤーチを同時に迎え撃って、その間を駆け抜けた。

 ドサドサとミラティリアの背後で魔獣が草むらに沈んだ。


 「ははははは……、どうだ、バルドン! お前の取り越し苦労だったな。やはりお嬢さん方は想像以上に強いようだぞ?」

 魔獣ヴオウヤーチの大物を切り伏せ、カムカムが笑った。


 「何ですか、あの強さ。我ら魔族以上に思えます」

 「彼女らの正体は伝説の高等魔族なのではないでしょうか? それにあの黒い剣、まさか闇術師とか?」

 バルトンの周囲に騎士たちが集まってきた。


 「高等魔族? いや、そんなはずはあるまい」

 高等魔族は神話時代の魔族でその一族の末裔は天界に昇ったとされる伝説の人々だ。


 「むしろ闇術の系譜だろうな。術を使った気配は無かったが、もしも術を使うのを我々に気づかせないレベルだとすれば、サティナさんは暗黒術師級なのかもしれないぞ」


 「それは恐ろしいですな、あの美しさで……」

 「いや、例の三姉妹も、この世のものとは思えないほどの美女だというではないか。もしかすると暗黒術師には美女だけがなれるのかもしれないぞ」


 「カムカム様、バルドン様、向こう側の群れも駆除しました!」

 攻撃のため散っていた騎士たちがカムカムの周囲に集まってきた。


 「こちらは軽傷2名のみ、全員無事です。巣穴の入口にいた魔獣は全て駆除されました、いつでも壊れた壁から巣穴の内部に突入できます!」

 騎士が報告しているとサティナたちもやってきた。


 「いや、想像以上、見事な技を見せてもらった」

 カムカムが手を叩いて迎えた。 


 「本当にお見事でした!」

 「あれは何と言う技なのですか?」

 騎士たちもサティナたちを褒めたたえている。


 「ほらほら、静かにしなさい! 今からいよいよ巣穴、封印の綻びの中に入ることになる! 中は外界とは比べ物にならない魔獣が発生しているとのこと、みな心して進むのだぞ!」

 バルドンの声に騎士たちの表情に厳しさが戻った。


 「では参りましょう、サティナさん、貴女たちの強さは見せて頂きましたが、十分ご用心ください」

 「ええ、わかりましたわ」

 サティナたち、美女は再びフードを被った。騎士たちからは残念がる声が聞こえてきた。


 「気を緩めるな! 封印の中では何が起きても不思議ではないぞ!」

 そう言った途端、バルトンが目を剥いた。


 封印の内側の地面からモクモクと黒煙が大量に噴き出し始めたのだ。一体地下で何が起きているのか。


 「言っているそばから何がおきて……」

 「不思議な現象もあるものだな。まあ気にするなバルドン。不可思議な現象にいちいち悩んでいたら先に進めんぞ。それに見ろ、あれのおかげで他の魔獣たちも混乱しているようだ。穴に入るチャンスじゃないか?」

 カムカムが落ち着けとばかりにバルトンの肩を軽く叩いた。

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