第284話 <旅する二人>

 「けほけほけほ……煙いではないか」

 風が吹いて灰色の煙が急に向きを変えた。


 そのイケメンの男は顔をしかめてせき込んでいる。


 「おかしいわね。火がうまくつかない。いつもの炭ならとっくに燃え出しているのに」

 快活そうなショートカットの赤髪の娘が小枝で乱暴に焚き火を掻きまわしている。


 誰が見ても美男美女の組み合わせで思わず二度見してしまうが、旅人としてはどうやら三流のようだ。


 「それでは、ダメでしょう。火がつかないのは当たり前ですよ」

 隣で見ていた別のグループの男が見かねて声をかけてきた。


 彼らのグループは既に調理を終えている。

 街道沿いにある野営地には彼らの他にも数グループがキャンプを張っている。


 「どこがダメなのだ?」


 「ふう。そんな事もわかりませんか? ほら、この薪にしようとしている木ですよ。生木じゃないですか。ここに来る途中の共有林で拾ってこなかったのですか? 看板が出ていたでしょう?」


 「看板、あれか、板に何かもしゃもしゃと墨で書いてあった奴か」


 「ああ、字が読めないのですか、あなたも?」

 隣にいた娘もコクリとうなずく。


 「仕方がない人たちですね、私たちの薪が余っているので分けて上げましょう」


 「これはすまない。ありがたいことだ」

 「それにしても字も読めない二人で旅ですか? 大変ですね」


 「まあ、特に問題はない」

 「そうですか? どこまで行かれるのです?」

 男は薪を運んできた。


 「ありがとう。我らは東に向っているところなのだ」

 「なるほど、それならこの先は人が多いから会話だけで十分かもしれませんね、炭も売っていますよ」


 「おおい、クロア! こっちの鍋もみてくれ!」

 筋肉隆々の男が手を振っている。

 「ああ、今行きますから、余計なことはしないでくださいよ、バウロ!」


 男が去った後、ベラナはボザルトを睨んだ。


 「やっぱり字も読めないとまずいんじゃないの? 王宮でドリスと一緒に習えば良かったのに」

 「我は最初から講義とやらに呼ばれなかったのだ。仕方がないだろう?」

 ボザルトが貰った薪をたき火に入れた。

 野族の村では調理や暖を取るのに炭を使うのが当たり前で薪はほとんど使われない。これは野族が元々洞窟に住んでいた頃からの風習なのだ。


 「でも、この人化の術のアイテムっていうの、凄いわね。私たちの正体がばれていないわ。言葉も普通に通じるし」

 ベラナは首から下げたネックレスを手にした。


 「うむ、王妃すらも暗黒術とやらを使うとは恐ろしい国だな、あそこは」

 本来は人型ネズミの野族の二人が魔族の街に出入りするために王妃が渡してくれたアイテムである。人族や魔族以外の者を見た目だけは人に変えるという術が発動するのだ。


 野族では人間の街に入れないため、仕方なく”残念な人間”の姿に変えられたのである。

 しかし、なぜかわからないが、人間の村に入ると村娘たちが目をキラキラさせてボザルトの周りを遠巻きに取り囲む。何かを狙っているのか、装備品もたいしたものでないのだが……とボザルトは首を傾げるのである。


 火が十分にまわり始めると、ベラナは鍋を置いた。


 「今度は、ちゃんと食べられるのであろうな?」

 「ばっちりよ!」


 「そう言っておいて、一昨日は幻覚が見えたぞ。昨日などは一晩中キラキラが止まらなかったのだぞ」


 「幻覚耐性や毒耐性が向上する特殊料理だったのよ」

 ベラナはにっこりと微笑むが、なんだか不安しかない。


 「一昨日も昨日も、ベラナは自分の料理を食べずに一人で果物を食べていたような気がするのだが?」


 「さあ、もうそろそろ出来るわよ」

 ボザルトの質問を無視してベラナがぐつぐつと音を立て始めた蓋を取った。


 見るからに体に悪そうな液体が泡立っている。

 紫とピンク色が斑に混じり合った毒々しいスープである。


 「ほら、今回は爆発しないし、全然危険じゃないわ」

 その言葉に数日前の惨劇を思い出してボザルトはぶるっと震えた。


 「本当に食えるのであろうな? 我にはどう見ても命の危険があるように見えるのだが?」


 「大丈夫よ、老砂球のような大人の味を目指したのよ」

 ベラナはオホホホホ……と笑いながら、お椀を準備してスープをかき回した。


 その途端、つーんと鼻につく酸っぱい臭いが怪しげに噴き出した。


 「な、何だ! 異臭がするぞ!」

 「どこからだ? 有毒ガスかもしれない! 辺りを調べろ!」

 にわかに周囲の人が騒ぎだした。


 ボスン!

 ボザルトは慌てて鍋に蓋をした。


 「なによう、せっかく出来たところだったのに!」

 ベラナがぷうっと膨れた。


 「いや、周りに迷惑かもしれん。これは冷えて臭いが無くなってから蓋を開けるのだ」

 ベラナがぎゃーぎゃーと抵抗するが、ボザルトは必死に蓋を押さえて離さない。

 この野営地には人が多い。こんな中でこれを開けるのは極めて危険だ。



 やがてベラナがあきらめて果物を食べ始めたので、ボザルトはたき火のそばに横たわって、蛇人族の王妃から渡された路銀を調べた。


 「当分お金の心配はない。明日は街道を東へ進もうぞ」

 「ええ、初めて行く土地ね、ワクワクするわ」


 ボザルトとベラナは西シズル北方回廊を東に向かっていた。

 ベラナの嗅覚によると蛇人族の国を抜けだしたドリスがそのルートを通っているのは間違いない。


 ベラナの特殊能力の嗅覚というのは、実は臭いだけの事ではない。鋭い直感のようなもので対象の行動が頭に浮かぶのだという。だから、ボザルトの追跡を命じられてすぐに蛇人族の国に来れたのである。


 「このまま進むとどこに着くのだろうな?」

 ボザルトが寝転がりながら木の実を齧った。


 「ドリスの気配は徐々に北に向かっているわ」

 「北? これ以上の北となると、どこだろう?」

 「さあね?」

 野族の二人は野族の里の周辺の地理しか知らない。


 シズル大原の北に何があるのかも全く知らないのだ。

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