第280話 第二次スーゴ高原の戦い1

 兵舎が打ち砕かれ、防塁の柵や櫓が所々で炎上している。


 「おのれ、鳥人部隊め!」

 新王国軍の陣地からは次々と矢が空に向かって放たれているが敵は全く脅威に感じていない。悠々と矢の届かない高所から攻撃してくる。


 好き勝手に上空から岩や火弾を落し、次々と重要な防衛拠点が炎に包まれていく。


 「ジャク殿ここは危ない。一旦物影に隠れてください!」

 夕闇が迫る頃、ようやく鳥人部隊は引き返していった。


 既に新王国側の魔法防御網はズタズタだ。

 結界を張るための魔鉱石も底をついてきた。西の森経由でアパカ山地から物資の補給を試みているがうまくいっていない。あのあたりの穴熊族は帝国に従っており、協力関係にないのが痛い。


 「やはり懸案だった魔鉱石の備蓄不足が露呈してきた。こうなると上空からの侵入に対抗する手段がなくなってくる。セダ、今日の被害報告を」

 ジャクは疲れた顔で言った。


 会議に集まった者の顔にも疲弊の色が濃い。


 「はいっ! 我が軍の被害でありますが、防塁上の柵の中破が12地点、倒壊した櫓は20%です。幸い防塁自体が倒壊した地点はありません。後方ですが、全壊した兵舎10%、半壊20%、燃やされた食糧庫3か所にのぼります」

 セダが被害報告書を読み上げた。


 「デッケ・サーカの街も一部空襲を受けたそうだな」

 ブルガッタが眉をひそめた。


 「何だと!」

 「何てこった!」


 「落ちつけ、冷静になれ」

 ベントが立ち上がった。


 「しかし、ベントの旦那、何かあれを食い止める策を講じなければ! たった1日でこの被害ですぞ。同様の攻撃が3回も続けば防衛力は半減する。そこに進軍されたらこの要害も抜かれるかもしれん」

 ビヅドが不安そうにベントとジャクの顔を交互に見比べる。


 「敵も前回より準備してきたとはいえ、元々の備蓄不足は我らと同じ状況でしょう。同程度の空襲を行うには補給が必要です。おそらく次の空襲までは2、3日かかるでしょう」

 ジャクは冷静だ。 


 「それにしても流石は一天衆と言うべきだな」

 「獣天と鬼天の動きも気になりますな。獣天は人間くずれを使役している。初日に奇襲を仕掛けて以来大人しいが、今度はどうでてくるのか」


 「いや、獣天よりも怖いのは鬼天の動きだ。魔法防御網のほころびから鬼天配下の暗殺者が侵入してくるかもしれない。幹部諸君は今後単独行動は極力避けよ。常に4~5人で行動するようにすることだ、すぐに各部隊に伝えろ」

 ベントが叫ぶと入口に立っていた青年が「はいっ!」と動く。


 「とにかく、何らかの手を考えなければならんな」

 ジャクが手を組んで額に添えた。


 「ジャク様、よろしいでしょうか、一つ提案があります」

 若い女性将官がすっと手を上げた。


 西の森林地帯に隠れていた元帝国兵の逃亡兵を説得するという功績で才覚を発揮したリイカという若い町娘である。

 彼女は軍師とまではいかないが、かなりの政治力と交渉力を持っている。いまや新王国軍の作戦を立てるうえでも欠かせない人物の一人になりつつあった。


 「何だね、リイカ?」


 「森林地帯の野族の村からシュウが連れて来た人物で、腕の良い職人が二人来ています。驚くような斬新な道具や兵器を開発するのが得意らしいです。彼らに鳥人部隊への対策方法について相談してみてはどうでしょうか?」


 「そいつらは今どこにいるのだ?」

 「デッケサーカの宿に泊まっていると言う話です」


 「ああ、そいつらなら俺の所だな」

 宿屋右曲がり亭の親父ゴッパデルトが手を上げた。


 「そうか、よし至急連絡をとれ、リイカ。なんとしても鳥人部隊への対策方法を聞き出すんだ」


 「はっ。了解しました!」

 リイカはさっと席を立った。




 ー-----------


 聖都クリスティの夜に黒い影が走る。

 その手が男の口を押え、一瞬で喉を掻き切った。

 完成したばかりの建物の壁に血飛沫が降りかかり、音も無く男は崩れ落ちた。


 「次の標的はこいつだ」

 「メロイア・サボス・ダッツ、女か」

 男が手にした視紙には肉感的な歌姫が写っている。


 「今夜中にやるぞ」

 その低い声に周囲の影がうなずいた。




 「メロイアさん、お疲れ様でした!」

 「また明日!」

 かつての帝国軍駐屯地の中にある建物から大勢の人が出て来た。


 「ああ、あんたらも早く家に帰って体を休めるのさ」

 メロイアはみんなが帰るのを手を振って見送っている。


 「やれやれ、帝国軍が攻めて来たせいで人手が足りませんよ」

 「結局、こんな夜中まで会議ですからねえ」

 周りにいるのはレジスタンス時代からのサンドラットの同士たちである。メロイアと同様、囚人都市に残って都市の解放に尽力した仲間だ。


 今、メロイアたちは聖都周辺の荒れ果てた村々を再興するための事業に取り組んでいる。

 聖都の集まった多くの若者が開拓村に移住して新たな生活を始めており、メロイアたちの組織はその支援を任されている。各地の開拓村が順調に発展すれば食料問題が解決に向かうのだ。これは新王国にとって重要な政策なのである。


 「どれ、門を閉めて我々も宿舎に戻って休みましょう」

 「そうだね、みんなよく頑張ってくれたね」


 メロイアたちは庭園の広がる道を宿舎に向かって歩き始めた。

 聖都は復興の最中で猫の手も借りたいほどどこも忙しい。そのため、ここの庭園は手入れされておらず、あちこちボサボサに草が伸びて風に揺れている。


 その風に鉄臭いような臭いが混じってきた。


 「何でしょう。何か生臭いような?」

 メサイアの護衛を担当している兵が魔法のランタンを植え込みの方に向けた。

 「!」

 その瞬間、兵とメサイアは凍りついた。

 葉の生い茂った灌木の上に白目をむいた生首が置かれていた。


 「ホルタ副長!」

 「ホ、ホルタ!」

 二人は絶句した。

 レジスタンスの幹部でメサイアの片腕であるホルタの死体だ!


 「て、敵です! メサイア様、お逃げ下さい!」

 

 月影の下に数人の影が浮かんだ。

 音もなく忍び寄る足さばきは、プロの暗殺者だ。

 

 「お前だけでは敵わない! 一緒に!」

 メサイアは腰の短剣を抜いて身がまえた。

 「ダメです! 私が囮になっている間に宿舎まで走ってください! ここは私が!」

 護衛兵はそう言って飛んできた刃を弾いた。

 

 「速いっ! きゃあっ!」


 「メサイア様!」

 振り返った護衛兵の目にメサイアが背中から斬られる瞬間が映った。そいつらは背後からも忍び寄っていたのだ。


 やられた!

 メサイア様!

 駆け寄ろうとした護衛兵は不意に胸に熱いものを感じた。

 あ、胸を剣が貫いている、と理解した瞬間、護衛兵は崩れ落ちた。


 「こ、こんな所で……まだ、死ねないのさ……」

 メサイアは這って逃げようとするが激痛が走る。肩から鎖骨の辺りを斬られたようだ。とっさによけたので致命傷だけは免れている。


 そこに複数の影が落ちた。


 「くそっ、帝国の犬め……」

 メサイアは唇を噛んだ。


 「やれ」

 無機質な男の声が冷たく響いた。

 振り上げた長剣の切っ先がメサイアに向けられる。

 「とどめだ……」

 男の声。

 ああ、サンドラット、あんたにまた会いたかったのさ。

 これでお終いか……

 メサイアは目を閉じた。


 だが、最後の痛みはなかなか起きない。

 

 「?」

 メサイアは周囲の気配が変わったことに気づいた。


 「大丈夫か? お嬢ちゃん、大丈夫じゃ、傷は深くはない」

 その瞳に白髪の老騎士が片手を差し伸べているのが見えた。


 敵はどうしたのだろう?

 だが、その騎士は味方だという確信がある。

 以前にも何度か街中で見かけた人物だ。そんな安心感からか、メサイアはついに気を失った。 

 

 「やれやれ、逃げ足も速い。アイツらは鬼天の配下じゃな。厄介じゃな」

 白髪の剣士ベルモンドはメサイアを抱きかかえると、影たちが逃亡した闇をにらんだ。

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