第279話 カムカム旧王都へ向かう

 一人が歩く程度の幅で最近枝が刈りはらわれた痕跡がある。多少歩きやすいがカムカム一行の騎馬にとっては狭い。

 普段は人も入らないような藪であるが、この獣道は猟師か誰かが先に通ったのだろうか。


 「この先はいよいよ危険地帯に入ります。何故かここだけごく最近広く枝が刈り払われたようだし、ここに最後の野営地を設営し、馬は置いていきましょう。待機兵は3人も残せば良いでしょうか」

 バルトンが辺りを見回して騎士たちに指示を出し始めた。


 「という事だ。お嬢さん方、ここから先は徒歩になるがよろしいかな?」

 カムカムは後ろからついてくるサティナたちを振りかえった。


 「ええ、問題ありません。ここまで騎乗させて頂いただけで十分です」

 サティナがにっこりと微笑むと「うわー---っ」と周囲の騎士たちの顔がほころんだ。


 カムカムの騎士たちはサティナたち三人を気にしながらもすぐに野営地の準備に取り掛かった。その動きは無駄が無く、いかにも場馴れしている。


 「見事な手際ですね。姫」

 ルミカーナは騎士の動きを注視している。


 おそらくそれだけで彼らの力量を推し量れるのだろう。これから一緒に行動する兵の優劣を見定めておくことは重要だ。野戦指揮官として経験豊富な彼女は兵を有効に使う方法も既に考えているのかもしれない。


 「魔族の方々はもっと怖い人ばかりかと思っておりましたけれど、私たちと、人と何も変わらないのですね。頭に角がある方が多いのがちょっと違うようですけれど」

 ミラティリアは荷物を馬から降ろしている。


 「あの角は、女性の場合は人に見せないのがたしなみらしいわよ」


 「ああ、それで頭に被りものや髪飾りを付けている女性が多かったのですね」



ー---------


 野営地の設営が終わると、軽い食事がふるまわれる。


 「どうぞ、サティナさんたちも一緒に食べてください。野菜しかありませんが、元気が出ますよ」

 バルドンが鍋からスープをよそった。


 「ありがとうございます」

 木の皿を受け取ったサティナをちらりとルミカーナが見た。サティナが食べる前に何か言いたいことがありそうだ。


 「どうかした? ルミカーナ」


 「サティナさま、この先は魔獣が多数生息しているそうです。有毒の草木や獣も多くなるそうですが、手持ちの薬は足りておられますか? 特に解毒薬が必要になりそうです。薬が少ない場合は私の物をお分け致しますが」

 ルミカーナはそう言って腰の袋を手にした。


 「え、ええ、多分大丈夫よ。解毒薬も、飲み薬と塗り薬、両方とも足りているわ」

 サティナは自分の袋を開いて中を確かめた。こっちに来てから薬は補充していないが、持参してきた薬はほとんど使っていないから不足はないだろう。


 「それならばよろしいのですが。念のため万能毒消しを渡しておきます」

 ルミカーナはそう言ってサティナの手に丸い粒状の薬の入った小瓶を手渡した。


 「ありがとう。ルミカーナ」


 「さあ、お二人もどうぞ」

 サティナが薬袋を整理している間に、バルドンがルミカーナとミラティリアのテーブルに大盛りのスープ皿を置いた。


 「では私が先にいただきますわ」

 ミラティリアがスープを一口食べ、驚いた表情をした。無骨な騎士たちが作ったスープとは思えない上品な味である。


 「まあ、これは美味しいですわね」

 ミラティリアはそう言ってにこにこしながら食べ始めた。



 「サティナ様、そろそろ食べますか。大丈夫そうです」

 ルミカーナが薬袋を腰に戻したサティナにそっと耳打ちした。


 「え?」

 まさか、今までの会話はサティナが食べるタイミングを遅らせるためだったのだろうか?


 何も知らないミラティリアに毒見させていたようなもので気が引けるが、とっさに薬を飲ませられるように毒消し薬の確認をするような話をして袋を手に持っていたのだ。



 ー---------


 やがて食事が一通り終わって片付くと、カムカムたちは奥へ進む準備を始めた。


 「お嬢さん方、我々が先頭を行く。兵たちの間に入って一緒に進んで頂きたい。敵が出た場合は我々が対処するのでご心配なく。では行くぞ!」

 カムカムがマントをひるがえした。


 先頭に草木を刈りはらう兵が3人、バルトンがその後に続き、 カムカムはその後ろを前後左右を兵に守られながら進む。


 絡み合う蔦や枝を刈り払いながらしばらく進むと、不意に前方が開け、毒々しい色に染まった平原の奥に黒い城壁が霞んでいる。


 「見ろ、あれが旧王都だ。我々の目的地はあの城壁の南側に広がる森だ。まずは、このまま旧街道を東へ進むぞ。ここからは魔獣の住処だ。気を抜くな!」

 カムカムが叫ぶ。


 「いいか、この先、毒のある草や苔にはできるだけ触れるな! 各自、解毒薬を常に飲めるように準備しておけ! 前進!」

 バルトンの声を合図に、カムカム一行は平原に出た。


 元々石畳で出来ている街道は有毒植物の繁茂が少なめだ。街道を外れると場所によっては膝上まで伸びた毒草が生い茂り、肌に触れると火傷したような跡を残すと言う。


 「旧王都の封印に触れると厄介です。間違って封印の範囲に踏みこむ前に、南に転進する必要がございます。ただし街道から外れますので毒にやられる者もでてくるでしょう」

 バルトンがカムカムに告げた。


 「毒草地帯では先頭の刈り払い役が一番危険だな、交代で刈り払いを行わせよう」

 「分かりました」


 「ところでお嬢さん方はあんなスカートで大丈夫か?」

 ちらりとカムカムはサティナたちの白いふとももに目を移す。どうも色々な意味で無防備過ぎる気がする。


 「さきほどルミカーナさんにお聞きしたところ、肌には毒や虫を避けるクリームを塗り込んでいるので大丈夫だそうです」


 「聞いたことも無いぞ、そんな塗り薬。やはり東の大陸の者だと言う事か。東の大陸からの侵入者ならば本来は帝都に報告すべき案件だが、なにせカインの婚約者だからな。つまり彼女たちはクリスティリーナの夫の関係者だ。娘が悲しむようなことはできるだけ避けたいのだ」


 「では、それは知らなかったと言う事で」

 「そうだな。それしかないだろう」



 「敵襲ー-っ! 包囲されております!」


 ふいに前方で声が上がって、カムカムとバルトンは剣を抜いた。周りを見ると、四方の草むらが波打って、何かが一行に向かって接近してくるのがわかる。


 「抜刀だ! 各自迎撃せよ!」

 カムカムが叫んだ。


 「姫様、来ます!」

 ルミカーナが剣を抜いてサティナの前に立った。

 「後ろはお任せくださいませ!」

 ミラティリアも曲剣を抜いた。


 「二人とも油断しないでね!」

 サティナは布で隠していた背中の大剣に手をかける。


 ガルウウウ!

 石畳の手前の草むらから野犬のような魔獣が姿を見せると6匹が同時に跳躍した。毒草をものともしない腐った肌を持つ死霊犬の一種だろう。


 カムカムの騎士たちが長剣で応戦し始める。


 「姫様、息を止めてください! こいつらの臭いを嗅ぐだけも毒が蓄積します!」

 ルミカーナが剣を振るいながら言った。その背後でもカムカムの騎士がその鋭い牙の攻撃を防いでいる。


 「大丈夫です! サティナさまはじっとしておいでください!」

 ミラティリアが曲剣で犬の胴を真っ二つに切り裂いて言う。まだ得意の刺突剣を抜くほどの敵ではないということだろう。


 サティナ大剣を握る手に力が入るが、ミラティリアの言うとおり身構えている。


 「よし!」

 ルミカーナはサティナが冷静なことを横目で確認した。


 おそらく姫が剣を抜けばあっという間に死霊犬を倒してしまうだろう。でもそれでは姫の剣が通常の剣でないことを知られてしまうだろう。姫の魔術や武技は今はまだ隠していた方が良いと思えるのだ。


 先頭の兵が毒気に当てられて倒れるのが見えたが、襲ってきた死霊犬は全て倒した。


 仲間の兵がすぐに倒れた兵に薬を投与する。


 「カムカム様! 後方、遠方よりさらに大型の魔獣の群れが接近中であります! 急いでここを離れるべきです!」

 最後尾の兵が声を上げた。


 「何っ!」

 振り返ったカムカムの目に魔獣ウンバスケの群れが見えた。魔獣は真っすぐこっちに向かってくる。


 「あれはまずいですぞ。大群です、急いで逃げましょう!」

 バルトンが剣を収めて言った。


 「全員走れ! 一旦、旧王都の方向へ逃げるぞ!」

 カムカムが叫んだ。

 結界に触れれば即死だが、魔獣も結界を嫌がって近づいて来ない。その習性を利用する。

 カムカムたちは走った。


 幸い、ウンバスケの群れは死霊犬の死骸に群がったようだ。

 改めてカムカムたちを追ってくるまで、多少の時間稼ぎにはなるだろう。


 「急げ! 急げ! 旧王都周辺の瓦礫に隠れるのだ!」

 バルトンが兵を急かした。

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