第278話 サラマンダーの洞窟
「みんな、いつでも戦えるように武器は準備しておいてね」
セシリーナが背中に矢を背負う。
すらりとしたスタイルに長弓はとても似合う。美し過ぎて抱きしめたいくらいだ。
「おう、まかせろ!」
俺は骨棍棒の感触を確かめる。
その手にクリスの手が当たった。こいつ、武器を準備と言われて俺の股間に手を伸ばしてきた。
「武器、棍棒、確認」
目と目が合うとクリスは微笑む。かわいいくせに油断も隙も無い、清らかな乙女なのに厄介な奴。
三姉妹のメイド服は元々お揃いだが、こいつだけ少し胸元に色気が出るように仕立て直し、スカートも短めにして美しいふとももを俺に見せつけて誘惑する。クリスを見ているとムラムラが止まらなくなる。
「みんな武器の確認は終わったな? まっすぐ行くぞ、付いてこい、遅れるでないぞ」
俺の妄想をかき消すようにミズハが言った。
みんなはいつでも使えるように武器を装備し、ミズハを一人先頭に2列になって溝の中を進み始めた。
溝の幅は人が5人くらい横並びで歩ける程度の広さがある。
高さは俺の2倍くらいあるので上にいるサラマンダーたちからは目視できないだろう。
ゆっくりと明滅する発光苔が溝の壁のいたるところに繁殖しており幻想的だが、どれが毒を持っているかわからない怖さもある。
溝の中は足元に水がちょろちょろ流れる程度。当然道になっている訳もなく、自然の流路なので洪水の際は大量の水が流れるのだろう。膝くらいまである岩があちこちに転がっており非常に歩きにくいし、時折、身長より大きな岩が溝を塞いでいたりしてとにかく進みにくい。
魔法が使える者や身体能力が高い者なら溝を塞ぐ巨岩でも簡単に越えていけるが、俺のようにそんな能力のない凡人は一人では越えられない。なんとか四苦八苦して岩にしがみつき、さらに仲間に助けられながらでないと先に進めない。
多分、俺一人だったらすぐに行き止まっていただろう。この中で俺と同類なのはルップルップだけだ。
ルップルップもかなり助けられないと岩を越えられない。下からその発育抜群のお尻を持ち上げていると、かなりエロいし、柔らかな感触が手に残ってしまう。
「さあカインの番だよ。手につかまって! みんな先に行っちゃうよ」
リサが岩の上から手を伸ばした。
「おう、ありがとう」
「早く、登る!」
こんどはクリスが下から俺の尻を持ち上げた。なんだか尻というより別の場所をむんずと握り、保持しているような気がするが気にしないでおこう。
「えい!」
リサの掛け声で俺はやっと岩の上に這い上がる。
ぜーはーぜーはー…………息が切れる。
この岩が今までで一番大きかった気がする。
俺が肩で息をしていると、隣にひょいひょい、とアリスとクリスが跳躍してきた。
「この岩に簡単に飛び乗るとは、流石だな」
「この程度の岩、簡単。むしろ、カインに乗るのが、難しい。なかなか乗せてくれないし、乗ってもくれない」
クリスがにやっと笑う。
その顔を見ると思わず俺の頬が赤くなる。
「お姉様、冗談を言っている間に、ミズハ様たちが先に行ってしまいます」
「おお、そうだった。こんな所で休憩している訳にはいかないぞ」
俺はホコリを払って立ち上がった。
「さあ、行こうよ!」
リサが自然に俺の手を握った。
大人っぽくなったリサは俺の恋人だというアピールをしている。クリスが積極的に俺を誘惑するのを見てさらにライバル心を燃やしたらしい。
恋人つなぎをするのを後ろの誰かが凝視しているのが雰囲気で分かる。リサには遠慮しているのだろうが、俺のケツに刺さる視線に物理的な力を感じる。
イリスはさすがは長女だけあってクリスのようにあからさまに俺に迫ってはこない。アリスは既に……なのでセシリーナ同様に大人の振舞いだ。
イリスは今、ミズハと共に先頭に立っている。おそらくサラマンダーの意識を他に向ける術を展開しているのだろう。進行方向で苔を食べていたサラマンダーの群れが移動していくのが岩の上から見えた。
さすがだ……。
このメンバーはやはり凄い。あれだけの数のサラマンダーに存在を気づかせないとは。俺は岩を避けながら少し急いで前を進むルップルップたちに追い付いた。
「遅いわよ。カイン」
振り返るセシリーナの目が恋人つなぎをしている俺とリサに気づいた。
無言で指差すのが怖い。この危険な状況を良く考えなさいってことか。俺はぱっと手を離してわざとらしく棍棒を両手で持ってみた。
「この先で間もなくこの大洞窟が終わりそうだ。また狭い通路になるようぞ」
ミズハの声がした。
正面を見ると反対側の岩壁が近い。そそり立つ岩壁の中ほどに入口と同じような狭い穴が開口しており、そこまで階段が作られているのがわかる。
「溝もまもなく終わりです。あの階段までちょっと距離がありますよ。途中にはトカゲが群れてます。どうするんです? 丸見えになりますよ」
そっと周囲を観察し、リィルが頭をひっこめる。
リィルの言うとおりだった。
溝は浅くなり途中で無くなっている。そこから反対側の壁まではまだ結構な距離がある。そして当然その平場にもサラマンダーが群れている。
「どうするのよ? やっぱりここはドカー-ン! と派手に魔法で一発か?」
ルップルップが杖を握りしめる。
「それは却下だと言ったでしょ?」
「そうだ、生き埋めになったら洒落にならないぞ」
「じゃあ、私のためにカインが囮になりなさい」
ルップルップがニヤッと笑みを浮かべた。こいつ、相変わらず俺には上から目線だ。
「囮ですか、それもいいかもしれません」
うわ、イリスが同意したよ。
みんなが俺を見る。
まさか本当に俺を囮にしてみんなで逃げるって? 俺が一番鈍くさいからって、ここで見捨てて……
「カイン様、私たちがあの群れの意識を外に向けさせます。その隙に敵に気づかれないように階段へ向かってください。クリス、あなたは左側の群れを誘導、アリスは向こうの群れを誘導してください。私は正面に群れを左に誘導します」
イリスの言葉にクリスとアリスがうなずく。
良かった。俺を囮にする作戦じゃなかった。
「では、サラマンダーの群れはイリスたちにまかせて我々は走るぞ。ただし音は極力立てるな。群れからはぐれた奴らがどこに潜んでいるかわからないからな。目的地はあそこだ」
ミズハが杖で階段を指し示した。
「では参ります! いくわよ、クリス、アリス」
「ええ、お姉さま」
「カインのため、がんばる」
イリスたちの姿が一瞬でパッと消えた。
すぐにサラマンダーたちに変化が現れ、群れがゆっくりと左右に移動していく。さすがは暗黒術師、仕事が早い。
「今だ!行くぞ」
「よし走れ!」
「リサ、遅れないでね」
俺たちは武器を手にしたまま音を立てないように走り出した。
やはり左右の窪地には群れからはぐれたサラマンダーがまだ多く潜んで口を動かしている。苔を食べているのだろう。
「急ぐのです」
「ああん、待ってよう」
「それは俺のセリフだ!」
相変わらず俺が一番遅い。
しかも静かに音を立てないように走る必要がある。
幸い地面はふかふかの苔で覆われているので足音はしない。ただ非常に走りづらい。
みんなが音を立てないよう細心の注意を払っている。
よし、行ける!
このまま行け、行け!
その時だった。
ぎゅうううう、ぐるうううう……!
豪快な腹の音が響き渡った。
周囲にいたサラマンダーたちが一斉に顔を上げた。
走りながら思わず全員の目がルップルップに集まる。
「お腹が空いたあ~~」
ルップルップが情けない声を上げた。
いや、それどころではない。
見ろ、俺たちに気づいたサラマンダーが四方から殺到してくる。
「ルップルップのバカあ!」
リサが叫んだ。
「ばか、声を上げるな!」
リサの声でさらにサラマンダーがこっちに集まってきた。
イリスたちは群れを遠くへ引き離している最中なのですぐには戻ってこれない。
「階段に着く前にサラマンダーに囲まれる! 戦って中央突破するしかないぞ!」
ミズハが言ったそばから数匹の大きなサラマンダーが迫った。
「仕方がないわ!」
「やるしかないです!」
セシリーナが弓を引き、リィルが投石具を構える。
ミズハが正面に向けて魔法を放った。
俺たちの周囲には防殻が展開した。
やらかしたルップルップだが、こういう時は早い。しかも移動しながら防殻を追従させるのはかなり高度な術だ。
「カイン、ついてきて!」
薙刀を手に取ったリサが凛々しい!
当然俺は骨棍棒を握り締める。
「足を止めるな!」
「行けええ!」
魔法の光が立て続けに爆炎を上げ、セシリーナの放った矢がサラマンダーの額を射抜く。
リィルの投石具がうなりを上げ、礫弾がサラマンダーの目を直撃する。左右から迫ったサラマンダーの攻撃を避けてリサが薙刀を一閃すると、肉塊となったサラマンダーが周囲に飛び散った。
うわぁ! リサが凄く強い!
俺だけまだ何もできない。
俺の骨棍棒の射程は短すぎる。接近戦にでもならない限り俺の出番は無い。
その時、めこっと地面が膨れた。
キシャアア!
防殻の内部の地面から小型のサラマンダーが顔を出した。
横から迫ってくるサラマンダーに狙いを定めているセシリーナのちょうど真後ろ、セシリーナはそれに気づく余裕が無い。
「セシリーナ! 危ない!」
とっさに駆け寄ろうと両足に力が入って踏ん張ったとたん、ブうっ! と思わず屁まで漏れた。その大胆な屁の音でサラマンダーの気が反れ、奴がこっちを振り返った。
「今だ! うおおりゃあああ!」
俺は骨棍棒を振う!
ぺしっ! と軽くあたって、小さなサラマンダーがふっ飛んで行った。
うん、実際小さすぎて全然危なくない奴だったかもしれない。噛みつかれても痛くも痒くもない程度の奴だったかもしれない。
いやいや、小さくても毒があるだろ? 噛まれたら危なかったかもしれない、と俺はそう思う事にした。
進路を塞いでいたサラマンダーは大方駆除したらしく、残りは数匹。
「んんんん……!」
「…………!」
一番危険な時期は去った。
というのに防殻の中でみんなは鼻を摘まんで、なぜか今まで以上に必死に走り始める。
思った以上に俺の屁が臭かったらしい。
みんなは容赦なく残りの敵を吹き飛ばし、鬼のような勢いで階段を駆け上がって、安全を確保するとやっと新鮮な空気を吸った。
「カインのアホ!」
「はあ、はあ、死ぬかと思いました」
「カイン、密閉空間の防殻の中で屁なんかしないでよ。臭いがこもって抜けないんだから!」
「凄い臭いだったよ、びっくりだよ」
「どうしてあんな臭いを合成できるのか一度調べてみたいものだな」
みんながへたり込んでいるとイリスたちが戻ってきた。
「どうしたんです? なんだか皆さんダメージがひどいようですけれど」
「まだ手強い敵が残っていましたか?」
「私、なんとなく、察し」
クリスが鼻を摘まんだ。
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