第277話 呪われた旧王都の道へ

 旧公国に続いていたかつての街道はすっかり自然に戻り、藪道とすら言えない状況になっていた。


 「ここだ、着いたぞ」

 ミズハが、目の前の小枝を刈りはらう。振り返ったその目にはわずかな緊迫感がある。


 「やっと着いたか」

 「見ろ。あれが、封印された旧エッツ公国の王都だ」

 指差したその先、これまでと全く違う異様な景色の果てに黒々とした城壁が見える。その先で平原はがらりと様相を変えている。生命力にあふれる緑の進出を何かが拒むかように、その先の大地には木漏れ日をつくる林も、風になびく柔らかな草木もなく、小鳥のさえずりすらも聞こえない。


 「うわーー、ここから先は木が生えないのだな」

 「なんだか気持ち悪いのです」

 隣にいたルップルップとリィルが暗澹たる面持ちで平原を見渡す。


 辺り一面に枯れた低木が骨のように林立し、細く鋭い刃のような草がわずかに生えているが、その地面を覆い尽くしているのは毒々しい色の苔である。


 「本当に気持ち悪いところね。ほら見てよ、地面がまだら模様だわ」

 「本当だーー。見ているだけで病気になりそうだよ」

 俺の後ろから茂みを抜けたばかりのセシリーナとリサが顔を出した。


 「ほら、あそこに見えるのが、帝国が設置した封印の塔です」

 木の枝の上に立って遠くまで眺めているのはイリスとクリスだ。イリスが指差した先に黒い尖塔が見えている。


 「あれ、嫌な思念を感じる。キライ」

 クリスが眉をひそめた。

 

 あれ、アリスは?

 と思ったら。


 「カイン様、あの封印の塔は東西南北の4か所に設置されており、王都全体を封じています。汚染された王都から魔獣を外に出さないための封印ですが一部に綻びがあるようで、最近も魔獣が出入りしているのを見たと付近の猟師が言っておりました」

 アリスがルップルップを押し退けて俺の隣に割り込んできた。


 「本当にあそこに潜り込む気なんだな? 見るからに毒で汚染された場所という感じで、かなり危険な気がするぞ」

 俺は遠くに浮かぶ黒い城壁を見つめた。


 「そうだな、ここから先の苔や草木には毒がある。不用意に触れないほうが良いだろう。ゲ・アリナが教えてくれた洞窟のある岩がこの近くにあるはずだ。あの辺りを手分けして探すぞ」

 ミズハが平原と森の境を指差した。



 ー----------


 「イリス、近くに危険な魔獣の気配はないよな?」

 俺は3姉妹とリサと四人で一緒になって洞窟を探していた。


 「大丈夫です。私たちが警戒しておりますからご安心ください。近くにはたいした魔獣はいませんよ」


 ブギャアアア!


 ビクッ。

 近くで魔獣の声がした。

 あれは心臓に悪い。低く重い声の響きから体がでかい凶暴な魔獣だと想像がつく。


 「い、今のは?」

 俺は思わずリサの手を掴んでアリスの陰に隠れた。


 「今のは、魔獣ウンバスケ、ただのザコ」

 イタッ!

 クリスが俺の尻をつねった。俺がアリスの後ろに隠れたのが面白くないらしい。乙女の勘だろう。俺とアリスが微妙に相互依存する仲に進展していることに気づき始めている。


 「そうですよ。あの程度の魔獣の群れ、大した事はありませんわ、ねえお姉さま」とアリス。

 「ええ、アリスの言うとおりです。問題なしです」

 イリスが微笑んだ。


 「ちょっと待て、今、”群れ” と言った気がしたのだが」


 ドドドド…………と地響きを立てて何が巨大な物が遠ざかって行く気配がした。


 どうやらこっちに来る様子はなさそう。


 俺はほっと胸をなで下ろしたが、この三姉妹の誰かが密かに何か術を使ったような気もする。


 「カイン! こっちよー---っ! あったわー-! リィルが洞窟の入口を発見したわ!」

 森の奥の方からセシリーナが手を振った。


 ー---------


 そこはちょっとして谷間で、大きな岩がごろごろしている。その巨岩の端っこに外からは良く見えない隠れた亀裂があって、その奥に洞窟の入口があるらしい。


 先に内部を見に行ったリィルとルップルップが戻ってきた。


 「やっぱりここですよ。間違いないです。奥にずっと洞窟が続いているようです。中は真っ暗です」

 「うん、暗くて何かが潜んでいそうだったわ」


 「そうか、では私が先頭になろう」とミズハは杖の頭に魔法の光を灯した。


 「最後尾の守りはアリスに、真ん中にクリスが入ってくれ。リサはカインにお願いする」

 「わかりました」

 「わかったぞ」


 「では、洞窟に入る。ここからは何が起きるかわからない、皆、気を抜くなよ」

 そう言ってミズハを先頭に俺たちは湿っぽいその洞窟に足を踏み入れた。


 へぇー-、入口からしばらくは自然の洞窟のようだったが、途中からは人工的に掘った跡が壁や天井に残っている。やはりここが抜け穴なのだ。


 ミズハとイリスが並んで先頭を行くのが心強い。


 「ここは、元々は王都から極秘に外に逃げるための洞窟だったのかもしれないな」

 「そうなの?」

 「ええ、でも旧公国の王族で生き残った者はいないという話よ」

 セシリーナはリサの手を引く俺の隣を歩いている。


 「ひえええええ!」

 すぐ前方でルップルップが妙な声を上げた。

 「骸骨です! 骨があちこちにありますよ!」とリィルがなぜか目を光らせる。


 「おいおい、ここも戦場だったんだぞ。気にするな。骨なんかいくらでもあるんだ。気にしないで進むぞ」


 「うー-ん、お宝も何も残ってませんね。こんな錆びた剣なんか重いだけでお金にならないのです」

 「よく骨に触れますね」

 びびっているルップルップの前でリィルはポイっと剣を放り投げる。


 どうやらこの洞窟の中でも激しい戦闘があったらしい。ちょっと広くなった場所には何人分もの白骨が散らばっている。


 「死骸がたくさん! 怖いよう、カイン」

 リサがわざとらしく俺の腕に掴まった。

 「大丈夫だ。俺が付いている」

 そう言って俺は隣のセシリーナのスカートをつかむ。


 俺たちはおびただしい白骨の中を通り過ぎていく。

 チャリ……と何かが動いた気がしたが、振り返ってみると何もいない。


 気のせいだったか。

 どうも怖がっていると何もかも化け物に見えてくる。いかんいかん。俺は首を振った。


 「どうかしたの? カイン」

 リサが俺を見上げた。

 俺の後ろでクリスとアリスが静かに微笑んでいる。


 「いや、気のせいかな。骨が動いた気がしただけだ」

 「カイン様、気のせいです」

 「そう、気のせい、何もない」


 「そうかな?」

 どうも怪しい気がする。


 クリスとアリスがやたらニコニコしているのが妙だ。


 「恨みを持って死んだ白骨がスケルトンになっていた、なんて事はまったくありませんから、ご心配なく!」

 アリスが愛らしい笑顔で言った。

 「そう、スケルトン、いない!」

 クリスがニヤッと笑った。


 でも、振り返ってアリスの方を見ると、何だか俺が通った時と白骨の位置が違うような気がする。それにあんなに砕けていただろうか?


 「さあさあ、行く、行く」

 クリスがリサの手をひいた。



 ー----------


 やがて周りは再び自然の洞窟になった。

 少しずつ下り坂になって、岩の裂け目は次第に広くなって、やがて洞窟の向こう側が明るく開けた。


 俺たちの通ってきた穴は巨大な洞窟につながっていた。 

 穴は岩壁の少し高い位置に開口しており、岩壁に沿って細い階段が作られている。


 地下でありながら魔石を含んだ鉱脈が天井の方に集まっているらしく、内部は少し明るい。地面には毒々しい色の地苔や茸が多量に生えている。


 「気をつけろ。この臭い、ここには何かいる」

 ミズハは敵に見つからない程度まで魔法の灯りを弱める。


 「いました! 向こうです。あれは何でしょうか?」

 イリアが目を凝らした。巨大な洞窟のごつごつとした岩壁に無数の横穴が開いており何かが蠢いている。どうやら横穴はそいつらの巣になっているらしい。


 「あれは、大型のサラマンダー種でしょうか? 見たことがないタイプ、新種ですか?」

 イリアはミズハを見た。


 「うむ、見るからに毒々しい色をしている。顔の特徴からすると毒系統サラマンダーの亜種のようだ。大戦で使われた薬物のせいで変異した奴らかもしれない。初見になる、油断はできないぞ」


 「どうやってここを通り抜けるんです? いくらミズハ様やイリス様たちが強くてもあれ見てくださいよ。数が多すぎです」

 「面倒だし、一気に大魔法でドカンってのはどう?」

 「ルップルップ、ここで大魔法なんかぶっ放したら天井が崩れてきてみんな生き埋めになるわ。ねぇカイン?」

 「うん、そうだな」

 「やはり、できるだけ奴らに見つからないように移動するしかあるまいな」


 「ミズハ、あそこ! 地下水が流れた痕が溝になってるぞ。ここから見てあの大きさなら体がすっぽり隠れる大きさじゃないか? 奴らに見つからないようにあの狭い溝の中を通って行けばどうだ?」

 「ほう、カインにしては良い所に気づいたな」

 ミズハが珍しく俺を褒めた。


 「流石です。カイン様」

 イリスが振り返った。


 ふふふっ、臆病者は常に安全な居場所にさといのだ。


 「早く、行った方が、いい」

 「そうですね」

 遅れて姿を見せたクリスとアリスがなぜか後方を気にしながら言った。


 「では行こう」

 再びミズハが先頭に立ち、俺たちは階段を使って洞窟の底へと降りて行った。


 本来の道らしきものが続いているのが見えるが、俺たちはさらに下に降りて地下水が流れた後を伝って地面の裂け目に潜り込んだ。


 サラマンダーは地面の苔や茸を食べており、こちらには気づいた個体はいない。


 「いいか、音は立てるなよ」

 俺はみんなの顔を見まわした。

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