第250話 大森林を行くルップルップたち

 「ここからは歩きだな。荷物を下ろしてくれ、ゴルパーナ」 

 地図を広げていたネルドルが見上げる。


 「了解! 投げるからね! 頭、気を付けてよ!」

 中型の丘舟の上から見下ろしていたゴルパーネが頭を引っ込め、下も見ずに次々と荷物を放り投げ始めた。


 「さて、この辺りのことはわかりますか? ルップルップ殿」

 ショウが自分の背荷物を整えながら、隣で立ちあがったルップルップに声をかけた。


 ルップルップは周囲を見回しているが首を振った。


 「うーん。さっぱりわからない」


 「そうですか、でもネルドル氏がいるから大丈夫でしょう。さあ我々も荷下ろしを手伝いましょう。あれ? クリスさんはどこに行ったんです?」


 「ん? さっきからいないぞ。先に下りたのではなかったか?」

 ネルドルは崩れた荷物を縛り直している。

 「さあ、みなさん、舟を隠すわよ」

 ゴルパーネが帆を畳みながら言った。




 「さて、地図で見ると、ここは森の妖精族の村の南東あたりらしい。帝国軍は東の方から森に入っているようだが、これで3日は先行できたと思う。ここから野族の村を探すぞ。道は無いからな、これが必要だな」

 ネルドルが腰の山野刀を抜いた。


 「へぇ、これで邪魔な枝を刈り払いながら進むのですね?」

 ショウがゴルパーネに手渡された刀を見る。


 「これは私の特製だから良く切れるよ」

 ゴルパーネは自慢気に言う。


 「出発するのか?」

 ルップルップが杖を準備した。


 「あれ、一人足りない。クリスさんはどうしたんだ? 先に降りたはずだろ?」

 ネルドルが辺りを見回したが周囲には薄暗い森が広がっているだけだ。まさか到着してすぐに迷子というわけでもあるまいに。


 「たぶんクリスさんのことだから、単独行動よ。下見に行ったのね。いつものことですから心配には及びませんよ」

 ルップルップが事も無げに言う。


 「そうなのですか? でもここは魔獣も多くて危険地帯なのですよ。心配だな」

  シュウは何気なく隣を見たが、ルップルップがなんの恥じらいもなく大胆に胸元を直しているのを見て少し顔を赤くした。


 「ネルドル。クリスさん、大丈夫かしら?」

 準備を終えたゴルパーネがネルドルを見上げた。


 「うむ、独断先行は危険だな。すぐに後を追うか」


 「いえいえ、危険どころか、私たちがこれから通る予定の進路上にいる魔獣をほうきくように片づけているに違いないわよ」


 クリスの強さと活躍ぶりをカインに聞いているので、ルップルップは全く心配していない。

 何しろ彼女が世界に数人しかいないとされる暗黒術師とかいう強い魔法使いなのだ。


 「でもなあ、魔獣ですよ? 腹をすかした魔獣とか、兵士が10 人がかりでやっと倒せるような危険な奴もうろついている森なんですよ、ここは」

 ショウがネルドルを見て心配そうな顔をした。


 「野族の村は南西の方向だな。急いでクリスさんの後を追うぞ!」


 ネルドルが先頭に立ち、みんなは丘舟を置いた場所から茂みを掻きわけ森へ入った。


 ネルドルが先頭、続いてゴルパーネ、ルップルップ、最後尾はショウだ。一行が草を刈り払いながら少し進むとネルドルがふいに立ち止まった。


 「待て、何かおかしいぞ。獣たちが盛んに動いている」


 「凄く数が多いわ。でも向かってくるというより離れていく気がするわね」

 ゴルパーネが聞き耳を立てた。


 「獣の集団行動ですか?」

 ルップルップが額に手をかざして眺める。


 「集団行動って、まさか帝国軍が壊滅した時のような暴走ですか?」

 シュウの声には緊張の色が見える。もしもこんな所で魔獣の集団暴走に出くわしたら命は無い。当然の反応だろう。


 「この向こう側からだ」

 ネルドルが草を左右に掻きわけた。


 「何これ?」

 手が止まったネルドルの脇から顔を出したゴルパーネが声を上げた。


 目の前に道が出来ている。

 踏まれて折れた青草の臭いが辺りに漂っている。

 踏み分けられて、出来たばかりの道の向こうにぴょんぴょんと集団で飛び跳ねていく茶色のウサギのような野獣の尻尾が見える。


 「これは獣道か?」

 ネルドルが目を凝らした。

 

 「まるで私たちのために獣が道を作ってくれたようだわ」

 「方角はあってます。この道の方向に野族の村があるはずですよ」

 シュウが懐から磁石を取り出して言った。


 「なんて都合がよい、こんな事もあるのね?」

 ゴルパーネがその道に立った。


 「クリスさんが術を使ったのだと思うわよ。ほら、複数の獣が力を合わせて道を作っている。クリスさんはこういう事が得意らしいし、獣を操って我々のために道を作ってくれたのよ。もしかするとクリスさんは既に野族の村に入っているかもしれないわね」

 ルップルップは屈んで獣の足跡を見た。


 「まさか、徒歩でここから3日はかかる距離だぞ。さっき森についたばかりなのにそれは無いだろう? それはともかく、これで進みやすくなった。とにかく先を急ごう」

 ネルドルが山野刀を鞘に収め、歩を進めた。


 ギャーギャーと不気味な音を立て魔鳥が飛び立っていく。

 周囲の暗い森からはいつ魔獣が襲いかかってきてもおかしくはないのだが、ルップルップが言った通り、普通の野獣にすら出くわさない。順調すぎるほど順調に森林を進んだ。


 夕闇が迫り、そろそろ野宿しなければならないなどと話をしていると、ふいに視界が開け、岩の下におあつらえ向きの広場に出た。


 しかも、ご丁寧に一晩燃やすには十分すぎる薪用の木の枝が集められていたりする。


 ネルドルとゴルパーネは目が丸くなった。

 何から何までと言う感じである。無人の大森林を進んでいるのに、道も野営地もばっちり準備されている。


 「これもクリスさんの仕業なの? 一体、彼女は何者なの?」

 ゴルパーネが薪の裏に隠されていた大きな葉っぱを除けると山菜や山芋が出てきた。


 「こっちには下処理が済んだ山猪が吊り下げられるぞ」

 ネルドルが枝から下がった肉の塊を見つけた。


 「山猪肉! それは美味いぞ! うう、涎が出る」

 ルップルップの目が光った。


 「調理は私に任せて」

 ゴルパーネが腕まくりをして言った。


 「私も手伝おう」

 シュウが背負い袋からナイフを取り出す。

 「じゃあ俺たちはテントを張る」

 ネルドルがルップルップに手伝うように促した。



 ーーーーーーーーーー

 

 辺りに美味そうな臭いを漂わせて、火を囲んだ4人が夕食にありついている。


 「クリスさんは戻って来ないのかしら? せっかくクリスさんの分も作ったのに」

 ゴルパーネは煮込んだ鍋をかき回した。


 「うまいうまい、もぐもぐ……」

 ルップルップが全て喰い尽くす勢いの食欲を見せている。


 「本当に美味しいですよ。ゴルパーネさん」

 「そう、良かった。ネルドルももっと食べなさいよ」

 「お、おう」


 「ゴルパーネさんは料理の腕が良いですよ。結婚する男性は幸せ者ですよ」

 シュウが焼いた骨付き肉に喉を鳴らす。


 「え? そう? そうかなーーーー?」

 そう言ってちらりとネルドルを見る。


 「うん、美味いぞ」

 ネルドルがゴルパーネの視線に気づいてうなずいた。


 「もぐもぐ……そう言えば、ネルドルとゴルパーネはいつ結婚式を上げるのだ? そろそろなんだろう?」

 ルップルップが突然核心に切り込んだ。


 「は?」

 ゴルパーネの顔がみるみる赤くなる。

 ゲホッ! ゲホゲホ!

 ネルドルはぎょっとしたのか肉が喉に詰まってむせている。


 「そうだったのですか? それは何も知らず失礼しました。お二人は息もぴったりで、何も言わずとも互いに何を考えているか分かっているという感じの仕事ぶりで、何かあるとは思っていましたが、そういう御関係でしたか。なるほどね」


 シュウがそうかそうかと納得している。


 二人は顔を赤くして無言になってしまった。


 そのせいでなんだか静かになった森の闇の奥で、突然何かが噛み砕けるような音がした。


 「!」

 4人に緊張の色が走る。

 獣が出たのか?

 ネルドルとシュウは刀に手を伸ばした。


 カリッ、カリカリ……パリッ……

 音は次第に近づいてきた。

 カリカリ……パリッ……

 焚き火の光が届かない森の闇から何かが近づいてくる。


 「何でしょう? 怖いです」

 ルップルップが一番後ろに隠れた。

 焚き火の後ろに4人は身構える。


 ポキッと枝の折れる音がして、焚き火の灯りの中に白い顔が浮かび上がる。


 「ひえーっ!」

 ルップルップが震え上がった。


 「で、でたー!」

 ゴルパーネは昔からこういうのに弱い。お化けの類はからっきしダメなのだ。彼女を背にネルドルが剣を構えた。


 「ただいま、戻った」

 パリッとお菓子を食べながら、クリスが現れた。

 一瞬で緊張が解けた。


 「ふうー。なんだクリスさんですか」

 「もう、びっくりしたじゃない」

 4人はクリスを迎えた。


 「遅かったですね? どこまで行ってきたのです? もしかして野族の里を見つけましたか?」

 シュウがクリスに丸太のイスを勧めながら言った。クリスはイスに座ると、紙袋の中から焼き菓子を取り出して食べる。


 「?」

 みんなの目がそのお菓子に集まる。


 「それは何ですか?」

 ネルドルが尋ねた。


 「これ、名物の、焼き菓子、この前は売り切れだったから、さっき買ってきた」

 クリスが口一杯にお菓子を頬張りながら言う。


 美人台無しな喰い方だが、こっちにはもっと台無しな喰い方をしている赤い神官服の者がいるので見慣れてしまった感がある。


 「名物? 一体どこの名物なのです? こんな森の中に名物のお菓子屋があるのですか?」

 シュウが怪訝そうに言った。


 「これは、アッケーユ村の名物、あそこは、私が行くとお菓子をおまけしてくれる」


 「ふーん、アッケーユ村ですか……って、アッケーユって大湿地の対岸じゃないですか? え? 今日こっちに着いてからわざわざ戻ったのですか? 凄く遠いですよ」


 「違う、ちゃんと仕事、した。みんなが通る進路上から、魔獣を追い払って、道を拓いて、野営地の準備して、野族の里を見つけて、森を一周して、クマルン村の手前から街道を進んで、湿地を越えて、アッケーユ村でお茶をして、今戻った」


 「「「はあ?」」」

 ルップルップ以外の3人は間抜け顔になった。


 「え? たった半日ですよ、半日でぐるりと一周しちゃったんですか?」

 ゴルパーネが身を乗り出した。


 「そう、何の問題もなし」

 クリスは平然と手渡された茶を啜る。


 「こ、これが暗黒術師の実力なのですか……。もう言葉もありませんよ」

 シュウは額を掻いた。


 「それで? 今、野族の里を見つけたと言ったよな? ここからどのくらいだ?」

 ネルドルが地図を広げる。


 「んー。この辺り。大きな里。泉の周りに家、南側に畑もあった」

 クリスは地図を指差した。


 「里の様子はどうでした? 争いや争った跡はありましたか?」

 ルップルップが地図を見下ろした。


 「里は平穏、ごく普通?」

 「そうですか」

 そう言いながらさりげなくクリスの紙袋に伸ばした手をパシッとクリスに叩かれる。


 「この地点なら、明日の夕方には着くな。今夜は早く寝て少しでも早く着くように早朝に出発するか?」


 「そうだね。それが良い」

 シュウがうなずいた。

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