第249話 『男の園、マッスル』

 検問所の審査は拍子抜けするほど簡単だった。名前を答え、じろじろと装備等を目視確認され、はい、お終いである。


 「何でさっきはもめていたのだろうな? もめる要素なんて何にもなかったぞ」

 「輸入禁止の品を持っていたとか、個人にしては過剰な武器を携帯していたとか、そういうのでもめる事が多いわ」

 オリナが隣を歩きながら言った。


 「なるほどね。俺たちは何も持ってないからな」



 まもなく祭りが始まる直前の街はとても賑やかだった。

 小枝に星をかたどった飾りを付けた竿が家々の玄関先に取り付けられている。


 大通りに面した店舗や多くの露店が開店の準備をしており、人々の往来が激しい。


 多くの店が、様々な種類の布地やカラフルな糸、ハサミなどの仕立て道具を店先に並べている。定番の食べ物よりも、宝飾品や最新の服、アクセサリーの品を多数揃えている店が多いところも装飾祭らしい。


 「これがお祭りですよ! わくわくします! まずは宿に荷物を下ろしましょう! それから街に出てみましょうよ!」

 リィルがリサと手をつないで歩いている。


 「リサはお祭り初めてです! 楽しみです!」


 以前なら姉のリィルが妹の手を引いているように見えていたが、今は立場が逆転している。既にリサの方が背が高く、リィルの身長はリサの肩に届かない。それでも癖でリィルは姉のようにリサの手を引いてしまうようだ。


 「その宿だが、この地図ではそろそろ着くころだ」

 ミズハは地図を見ながら前を歩く。

 その足がぱたりと止まった。


 俺は見上げた。

 『男の園、マッスル』

 何やら不気味な色の看板が揺れている。


 「こ、ここなのか…………何かの間違いじゃ?」


 店の前には、ケバイ化粧をして女装したむさ苦しい男たちがたむろしている。


 着飾ったスカートの裾から見えるすね毛。

 剃り後が青い顔に赤い口紅。


 「やっぱりここは止めようか……」

 逃げようとした俺の襟をオリナが掴んだ。


 「ここ以外、泊まる場所はないんでしょ? それに外観がアレだからと言って、中までそうとは限らないわ。中はまともな店かもしれないじゃない?」

 「そうだな、食わず嫌いは駄目だ。まずは入ってみるか」

 ミズハがうなずいた。


 「大丈夫ですよ。こういう連中は女には興味が無いから逆に安心できるんです」

 リィルがリサの手を引いて店に向かおうとする。


 その言い方がちょっとひっかかる。女には興味が無い? 男の俺はどうしてくれるのだ!


 くそっ、ロウから店への紹介状をもらった時、その店名が何か変だと何故気づかなかったのだろう。


 「ちょっと待て。考え直そう。何だか俺には不安しかない」

 叫ぶ俺の背後でカランと扉が開く音。

 前には既に誰もいない。


 「いらしゃい!」

 野太い声が響く。


 「さあ、どうしたの? カインも入りなさいよ」

 入口に立つオリナが呼んだ。


 俺は左右に目を配りながら恐る恐る入口に立った。紫とピンク色の配色の店内に目がくらくらする。

 やばい……これは本格的にやばい所だ。

 食堂を兼ねた1階にたむろする野郎どもの目が俺に集中する。


 ミズハたちは何の事も無くカウンターに向かう。

 俺は多少ぎこちない。目を合わせてはいけない気がする。


 テーブルで昼間から飲んでいる化粧の濃い男がウインクしてくるのだ。


 「予約はしていないが1週間ほど宿泊したい。紹介状もある。カイン出してくれ」

 ミズハに言われ、俺はロウの紹介状を出した


 「へえ、あんたたちコンテスト参加者なの? へえーーーー」

 少しアイシャドウの濃いめの店主が俺をじろじろと見ている。もちろん店主も男だ。厚い胸板に太い腕、宿屋の店主というより屈強な水夫を思わせる体格である。


 「いいわ。これが部屋鍵、部屋は3階ね」

 そう言ってジャラジャラとカウンターに鍵を3つ置いた。


 「ありが……ぐえ」

 鍵を取ろうとした俺の首に太くて毛むくじゃらの手が巻き付いた。


 「ねえ、見ない顔ね。新入りさんかしら? あたしと一緒に飲まない?」

 耳元で酒臭い声がした。いつの間にか背後に立っていた化粧の濃い男が俺に抱きついていた。


 「!」

 みんなの目が俺に集まる。


 「い、いや、俺はそういう趣味はないから……」

 俺はその腕を引きはがそうとするが、鋼鉄のようだ。びくともしない。


 「そんな事をいわないで、お近づきのし、る、し……」

 無精ひげを生やした赤い唇がキスを迫る。


 「!」

 「待つのよ! ロランド! その子は私と飲むのよ!」

 「いや、私とよ!」

 俺の背後に男共が立っている。


 ふいに俺の首を押さえていた腕が緩んだ。


 「この私に勝てるとでも?」

 「やってみなければわからないわ!」


 オリナやリィルたちは思い切りひいていた。ミズハだけは意外と平然としている。リサは面白そうにきょろきょろしているだけだ。


 ロランドと呼び捨てにされた男は拳を握り、指をポキポキと鳴らした。


 「いくぞ! てめえら!」

 野太い声で叫んだロランドが二人に飛びかかった。


 うわーーーー! ぎゃあああーー!


 「今のうちよ! 早く部屋に入るのよ!」

 一瞬呆然としてしまった俺の手をオリナが引いた。


 「お、おう」

 「急ぐのです」

 俺たちはそっと移動すると大立ち回りの始まった食堂から逃げ出し、階段を駆け上がった。




 「はぁはぁ……なんかえらい目にあったな」

 俺は部屋のドアを閉めると荒い息を吐いた。


 「そうだね。何が起きるのか、わくわくしちゃったーー」

 リサがキラキラした瞳で俺を見ながら言った。


 「あれ?」

 何故か、俺の部屋にリサがいる。

 慌てて、てんでバラバラに部屋に飛び込んだからだ。


 狭い質素な部屋ながら、中央にぽつんと一つ置かれたベッドだけは立派である。


 「ほーら、このベッド大きいね! みて! ふかふかだよ。あっ、これは何かな?」


 一人用にしては大きすぎるベッドに飛び込んだリサが戸棚付きのベッドの棚に置かれていたヌルヌル液を手に取った。その他にも妙な物がいろいろと置いてある。


 「あ、馬鹿、それは何でもない、石鹸みたいなものだ。あ、それ、勝手に触るな」

 俺は慌ててリサの手から瓶を奪う。


 「あーん。私はもう子どもじゃないんだから! 棚に何があるか見せてよーー!」

 リサが寝転んだまま駄々をこねた。


 「それはダメだ! ヤバい!」

 俺はリサが怪しい道具を掴んで離さないので無理やり奪い取ろうと手を伸ばした。


 「これは駄目! これはな、大人の……」


 その時、背後の扉が開いた。


 「ごめーん、今、部屋割を決めたわ……」

 その瞬間、オリナの目が点になる。


 ハッ! と俺は気づく。


 道具を取り上げようとリサの手首を掴んでリサの上にのし掛かっている。

 この体勢、まさにリサをベッドに押し倒して、抵抗するリサを押さえつけている場面に見えなくもないんじゃあ……。


 オリナが無言で下を見て、顔を上げた瞬間には手に弓矢が構えられている。


 「ちょ、ちょっと待て! 違うぞ! これは違う!」 


 「リサがちょっと大人になったら、すぐこれですか?」

 キリキリと弓が嫌な音を立てる。


 「あーん、セシリーナ、カインが、カインが……」

 リサがオリナの背後に逃げた。


 「ちょっとリサ、最後まで言ってくれよ、カインが何なのか、そこが大事だろ」


 カインが道具を見せてくれない! と言うだけなのだが。

 オリナは怖い顔で弓を構えたまま扉の方へリサを押し出した。


 「この部屋はカイン一人ね。私はリサと、ミズハとリィルが同室です」

 そう言うと扉がバンと閉まった。


 大きめのベッドの部屋に一人ぽつーんである。


 ドンドンドン……と誰かが階段を上ってくる音が聞こえてきた。


 「あの子の部屋はどこかしら?」

 ロサンドの野太い声である。


 それは総毛立って、慌ててドアのカギをかけた。


 ヤバい、ヤバい、こんな宿で、でかいベッドのある一人部屋だとか、危険すぎる。


 俺は布団を被って息をひそめ、ガクガクと震えたのだった。

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