第248話 ロウ商会の商人ロウ

 ミズハが思いがけないことを言ったので、よそ事のように聞いていたリィルですら口に含んだ水筒の水をブップーーッと盛大にいた。


 「何を急に……」

 言いかけた俺の口をミズハが叩くような勢いで塞ぐ。


 「コンテストはゲ・アリナに近づくチャンスです。彼女と話がしたいのです」

 ミズハが小声でささやいた。


 その目は真剣だ。そっか、何か考えがあるんだな?


 「いやあ、ばれちゃあ仕方がないな」

 俺はポリポリと頭を掻いた。


 「やはりそうでしたか!」

 ロウは急に俺の手を握ってきた。分厚くて温厚だが何か人に熱意を伝えてくるような手だ。


 「これは面白くなりそうですぞ! まさに賭けがいがあるというものです。私が集めた情報ではコンテスト参加者はその方を含めて5人です。

 魔王5家の御令嬢ゲ・アリナ様、プラチナ階級の貴族令嬢のクサナベーラ嬢、騎士長だった父を持つソニア嬢、港町の商家の娘クロイエ嬢。そしてカッイン商会からその御方と言う訳ですな。それでエントリーは済んでおられるのかな?」


 「エントリーですか?」


 「どうも何も知らない御様子。コンテストに出るには保証人とエントリーが必要なのですよ。実は、このコンテストには我がロウ商会もだいぶ協賛金を出資しておりましてな。私がその方の保証人となってエントリーしてやってもよろしいが? いかがかな?」

 ロウは微笑んだ。


 「へえ、その見返りは何だい? まさか慈善事業って話じゃないよな?」


 「そうですな、正直申しますと賭け金で儲けさせてもらいたいというところですかな? なーに、第3位にまで入ってもらえれば儲けはかなり見込まれるでしょう。他の4人と違ってまったくの無名の新人に賭ける者は少ないでしょうからな」


 「うーーむ、ちょっと考えさせてくれ。みんなと相談してくる」そう言って俺はみんなの元へ戻った。


 「ミズハ、こうなったのはお前のせいだぞ。どうする?」


 「ゲ・アリナに近づくため、ここはエントリーしてコンテストにでるべきだ。旧公国王都一帯は彼女の父が管理しているエリアなんだ。その結界を抜けて内部に入るには彼女の協力が欲しい。魔術で何とかしようと思っていたのだが、それだと結界に穴を開けるだけで魔力を使いきってしまい、中に入ってから強い魔法が使えなくなるのだ」


 「セシリーナはどう思う?」

 「このコンテストなら出場経験があるから勝手はわかるわ。終わった後、入賞者には色々な所から引き合いが来るでしょうけど、そう言うことは御断りで、はく付けのためだけに出る令嬢も毎回いるから、終わった後にいつの間にか姿を消しても怪しまれることはないわ」


 「リィルはどう考える?」

 「山分けです。賞金は頂きです」

 こいつだけ目が金貨になっている。


 「じゃあ、リサだな。やっぱり本人の意志が一番大事だろ? リサはどう思うんだ? いやならいやと言っていいんだよ」

 みんなの目がリサに集まる。


 「私、出るわ! 優勝して、私がクリスティリーナに並ぶってことを証明する! これは女を磨くチャンスでしょ? やるわよっ!」

 リサは力を込めて拳を振り上げた。


 「おやおや、意外に元気の良い御方のようだ」

 ロウがその様子を見て微笑んだ。


 「決まったよ。ロウさん、エントリーを頼みたい。いいかな?」


 「了解しました。それではエントリーに必要な項目を埋めましょう。お名前は?」

 ロウは伝統的な獣皮紙を取り出してペンを握った。


 「名前、名前はカミアだ」

 俺はとっさに偽名を言う。


 「カミアですな……出身と所属階級は?」

 ロウはすらすらと筆を走らせる。


 ここで本当の事を言う訳にはいかないだろう。まさか出身がルミカミア・モナス・ゴイ王国の王都ハーゲムダットで、その王女などと言えるわけがない。

 俺はリサを見た。


 「出身はダ・カミレーザ、セミダイヤ階級の神官家だよ」

 リサが答えた。


 「え?」

 俺も初めて聞く内容だ。

 ロウのペンがピタリと止まった。


 「今、何とおっしゃりました? ダ・カミレーザ? セミダイヤの神官家ですと?」

 「そう言ったよ」

 その言葉にロウは頭を抱えた。


 「これはまた……ダ・カミレーザとは……失われた幻の国の都ですか、魔王様の姉君が住んでおられたという。その名をまともに聞いたのは久しぶりです。なるほど、貴女はその都の王族の生き残りの家系なのですな? セミダイヤという階級も今は存在しないものですからな」

 ロウはペンで紙をトントンと叩いた。


 書こうか書かないか悩んでいるようだ。


 「そうですな、ここはこうしましょう。出身は旧コエム公国王都、旧王家の出ということでよろしいですかな、カミア嬢?」

 ロウは額の汗をぬぐった。

 何だかかなりヤバいことを聞いてしまったと言う感じの反応だ。


 「ええ、いいわ」

 リサがうなずいた。


 「ところでダ・カミレーザってどこなんだ? ロウの反応が急に変わったけど?」

 俺はミズハにこっそり耳打ちした。


 「知らないのか? ダ・カミレーザはスーゴ高原の東にあった国の王都で、ルミカミア・モナス・ゴイ王国との戦争で跡形もなく破壊された街だぞ。王都があったところは今は湖沼地帯になっている」


 「なぜ、リサがそんな伝説の街を知っていたんだろう?」


 「お前は、妻になるリサのことをもっと勉強しておいた方が良いな。ダ・カミレーザは当時、絶世の美女と謳われていた魔王の姉君が住んでいた都だ、ルミカミア・モナス・ゴイ王国最後の国王は、その国を滅ぼしてその方を妻に迎えた。そう言えば何となく察しがついたであろう?」


 「まさかリサは、魔王の姉の子! ええええ……! だから人族の国の王女なのにハーフなのか?」

 俺は驚きのあまり鼻息が荒くなる。


 「お前、人の耳元でささやくように驚くな。その鼻息がくすぐったいのだ!」

 ミズハは耳を押さえて逃げた。


 何ということだろうか。


 「ん?」

 俺は首をかしげたリサの小さな肩を見る。


 リサが生まれる前一つの国が滅び、リサが生まれた後に魔王軍が南下した。多くの国々とルミカミア・モナス・ゴイ王国が滅び、しかも今もまた、リサが帰るべき新王国は帝国と戦いを始めている。

 しかも魔王は姪にあたるリサに呪いをかけて幽閉し、生贄に使おうとまでしていたのだ。


 そんな生い立ちを抱えていたのか……。


 俺が驚いているのを知ってか知らずか、リサはいつものように腕を絡めてフードの奥から俺を見上げて屈託なく微笑む。


 「私、頑張る! 負けないぞ!」 

 鼻息が荒くなった。

 リサはいつものリサである。


 「そうだな、思い切り楽しんでやってみろ」

 生い立ちなんかはどうでも良い、今ここにいるリサが全てなのだ。


 「うん! 任せて!」


 「では、最後にお顔をきちんとお見せ頂きたいのですが、ここまで準備しても容姿が私の目に適う者でなければこの話は無かったことにいたします。コンテストでは美貌と容姿も重要な審査基準ですからな」

 俺たちは荷車の陰に移動した。


 「ここで良いか?」

 「お願いします」

 ロウがうなずいた。


 俺はリサの背後に立って、そのフードをめくり上げた。


 少し幼さが残るが美しい。

 まだまだ発育途上だが、息を飲む美貌にすらりとした若い体が妙にマッチし、高貴で神聖な存在であるかのように見える。


 ロウの目は大きく開いている。身じろぎもしないという事はかなり驚いているのだろう。


 「どうかな?」


 「いやいや……何も申す言葉はありませんな。納得しました。今後、コンテストに向けて対策等も必要でしょう、我々の宿はこちらになっております」

 ロウは俺たちに地図を見せた。どうやら大通りに面した立地の良い高級な宿に泊まる予定のようだ。


 「カイン氏はどちらに泊まる予定ですかな? 私どもの使いを行かせる場合もあるでしょうからな。あらかじめお聞きしておきたいのですがね」


 「俺たちは街に入ってから宿を探す予定なんだ」

 「なんですと! それはまずいですぞ。今の時期は祭りで宿は予約でいっぱいのはずですぞ」

 「えっ、そうなんですか?」

 俺は4人を見る。


 ミズハもオリナも肩をすくめている。


 まあ、いざとなれば野宿も普通に出来るメンバーだが、今回コンテストに出る者が野宿していたら流石にまずいだろう。


 「これほど美しい方々に会えたのも何かの縁ですし、泊まれるだけで良いということでしたら、私が懇意にしている古宿があります、カミア嬢に御満足頂けるような立派な宿とは言えませんが、安全な宿です。そこに宿泊するのならば手配したしましょう。どうですかな?」

 俺が4人を見ると、みんなうなずいている。


 「ありがたい。その宿をご紹介ください」


 「わかりました。ではこちらがその地図になります。私の紹介状と名刺もお渡ししましょう」

 ロウはそう言うと地図を渡し、さらさらと紹介状を書いた。


 「何から何まで、御親切に」

 俺はそれらを受け取ってすぐに袋に入れた。


 「さて、タイミング良く、列が動きだしましたぞ。揉め事は終わったようですな。我々も仕事に戻りますかな。カインさん、いや、カッイン商会でしたね。これからよろしくお願いしますぞ」


 ロウはそう言うと、荷車の男たちに指示を出し始めた。

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