第247話 カミナーガの街へ

 大湿地を抜けた俺たちは懐かしいアッケーユ村で村長らの歓迎を受けた後、東へと街道を進んだ。


 旧公国平原に行く途中にはシズル大原の最大の都市であるオミュズイの街がある。そこは先の大戦以降、帝国の南方支配の拠点となっており、さらに現在は新王国討伐軍の基地が置かれている。

 俺たちは余計な厄介ごとを避けるため、ミズハの提案を受け、大きく北へ道を迂回して進むことにした。


 旧ネメ国の主要都市カミナーガから西クナイを経由して東コロン山山麓に至り、そこから旧公国平原に入るという計画である。


 カミナーガに向かうネメ街道はシズル大原の中央を走り、古い石畳みが残る大道である。大都市オミュズイに至るシズル街道ほどではないがそこそこ人の往来も多く、帝国兵の部隊も時折行き交う。

 シズル大原は太古から多くの国々が勃興した土地ゆえに今までの田舎町と違い、俺たちのような者にはちょっと危険な道でもある。


 セシリーナやミズハは顔が知られており、正体がバレると厄介なのでもちろん対策は取っている。


 ネメ街道に入る前にあおりんを呼んで、セシリーナはオリナに化け、ミズハも顔だけルップルップに化けているのである。


 リサは深くフードを被っているだけだが、元に戻った彼女の容姿を知る者はいないので大丈夫だろう。

 リィルも以前やらかした土地でない限りは大丈夫だ。


 「この辺りは旧ネメ国領。そろそろカミナーガの街が見えてくる頃だ。街へ入る手続きは簡単なはずだが今は戦時下だ、気を緩めないで行くぞ」

 先頭をテンポ良く歩くミズハが振り返った。


 「やはり戦争中だと街への出入りは厳しくチェックされるのか?」

 俺は隣を歩くオリナに聞いた。


 「そうね。でもこの辺りは戦地からはかなり離れているし、警戒を厳しくしていると言う体裁を取っているだけじゃないかしら。このあたりにはオミュズイほどの軍事施設があるわけでもないし」


 「だからカインはアホなのです。これもクリス様を向こうに付けるからですよ。クリス様がいれば何の心配もいらないのに」


 リィルはクリス大好きなので、クリスがシュウと一緒に野族の里に向かったのが面白くないらしい。このところ、何かにつけて俺を責める。


 「カミナーガの街か。俺はまったく知らない所だけど、どんな街なんだ?」

 「カミナーガは……」

 「あっカイン。私に聞いてよ! 記憶が戻った私が教えるから! 任せて!」

 リサがうれしそうに胸を張る。ミズハは出番を奪われたと言う感じだ。


 「じゃあリサに教えてもらおうかな」

 「うん! あのね、旧ネメ国は昔から養蚕が盛んなところなの。大概の街に綺麗な服を取り引きする市場があるんだ。年に1回、キラ星装飾祭というファッション祭が開かれる国なんだよ。ね、そうだよね?」

 リサが確かめるようにミズハの表情を見る。


 「うむ、正解、そういう所だな。あえて付け加えるなら、カミナーガの街はそのキラ星装飾祭のメイン会場の一つになる所だ。数年に一度星姫を選ぶコンテストが開かれる。しかも今はちょうどその祭りの開催期、多分、街はかなり賑やかだろう」


 「へえ、それで街に向かう人が多いのですね?」

 リィルが前や後をきょろきょろと見る。


 「あ、ほら見て! 大きな河に架かる橋が見えてきた!」

 「あの橋を越えるとカミナーガ。この先で街道が交わる。かつては絹の交差点と呼ばれた所で、その先は行き交う人が多くなるぞ」


 「なるほど、既に渋滞しているな」

 やがて八つの橋脚がある大きな石造りのアーチ橋に差し掛かった。ミズハの言葉どおり、橋を越えた先は混雑が激しくなっている。


 遠くには城門と城壁が見える。

 あれがカミナーガの街だ。


 城壁で囲まれた街は門の両脇に塔のような建物がそびえ、街の入り口から長い列ができている。しかも先頭で何か揉め事が起きているらしく、列はさっぱり進まない。


 「もう、足が疲れたよ~」

 リサが荷物を下ろして座り込んだ。


 「立っているのも何だしな。どうせ列もさっぱり動かないし」

 「少し腰を下ろして休憩しましょうか」

 オリナも背負っていた袋を地面に置く。


 「皆さん、荷物を盗まれないように膝で抱えるか、荷物の上に座った方がいいですよ」

 リィルの助言で俺たちは荷物をイス替りにして列が動くのを待つことにした。


 「なあ聞いたか? 今回のキラ星装飾祭のファッション祭の目玉、数年ぶりに開かれる星姫様コンテストに魔王5家の御令嬢ゲ・アリナ様が出るらしいぞ?」


 俺たちの背後に並んでいた連中が箱を積んだ荷車の上で話し始めたのを聞いてミズハの耳がぴくっと動いた。


 「へえ、このところ魔王5家も戦で負けて面目丸つぶれだったからな。秘蔵の姫を参加させて、人々に貢献していることをアピールしたいんだろ。でも、御令嬢が出場したら優勝は最初から決まっているようなものじゃないか?」


 「そうだな、どうせ裏で金や力が働いて、御令嬢で決まりという流れだろ。おもしろくもねえな」


 「まあ、そう言うな、ゲ・アリナ様はお綺麗らしいじゃないか、めったに見られないその尊顔を拝することができるんだ。それだけでも良くはないか?」


 「ご尊顔ねえ、俺が今まで見てきたなかで一番の星姫様は、やっぱりクリスティリーナ様だったな。あれはデビュー前だったが、それでもピカイチの美しさだった」


 「ああ、あれは素晴らしかったな。伝説だ」


 おや、クリスティリーナがコンテストに出ていたと? 初めて聞く話だ。

 ふと俺と目が合ったオリナは少しもじもじした。どうやら今の話を聞いて照れているようだ。


 「ああ、あんな短いスカートで跳んだり跳ねたりするから、みんな目のやり場に困ってな……」


 バーン! とその男の後頭部に木の板が当たって、男は倒れた。


 「あら、ごめんなさい。ちょっと急に板を振りまわしたくなって」

 オリナが何故か道端に落ちていた板を両手で持ったまま黒く陰った瞳で笑う。


 「わー! 嬢ちゃんなんて事をするんだ。ほら、こいつ白目剥いているぞ。危ないから人のいないところで振りまわしてくれよ!」


 「すいませんね、うちの連れが、これタンコブに効く薬です」

 「おお、これはどうも」

 男に薬を手渡し、俺はオリナを睨む。


 「こんなところで急に板なんか振りまわすなよ。騒動を起こしたら目を付けられるぞ。街にも入れなくなるじゃないか」


 「知りません」

 ぷいっとオリナはそっぽをむいた。


 「おやおや、そちらの方も星姫様コンテストに出るお方ですか? 顔を隠してても何となく気配が違いますな」


 白目を剥いた男の荷車の最後尾に座っていた男がリサの方を見ながら声をかけてきた。

 一見人の良さそうな雰囲気で笑顔だが目は笑っていない。


 「あなたは?」


 「おお、失礼しました。私はロウ・バ・ボトナンと申します。東の港町でロウ商会という店を開いている商人ですよ」


 「俺はカイン、俺たちはカッイン商会という旅商人で、こっちの4人が仲間です」


 「ほう、みなお美しい女性ばかり、隅に置けない方のようですな。……うむ」

 ロウという男は顎を撫でながら言葉を飲み込んだ。おそらく「顔に似合わず」と言いたかったのだろう。


 「残念ですがコンテストに出る予定はありません。単に東に向かう旅の途中なだけです」

 「ほう……」

 俺はロウの表情がわずかに動くのを見た。


 「なるほどそうでしたか。そちらにいる魔女帽の方がお綺麗で、最初はその方がコンテストに出場されるのかと思って見ておりました。

 だがよくよく見ると、深くフードを被って顔を見せようとしないその方こそ本命と思ったのですが……。

 わずかに見える顎の繊細なラインがその美しさを物語っております。それにそこの魔女帽の美女を差し置いての本命となれば、これはもう、想像がつきませぬな」


 「ずいぶんとコンテストに興味があるのですね」


 「もちろんですよ! 優勝賞金は100万ルシダルですよ。しかも誰が優勝するかという賭けも考えれば、物凄い金が動くのです。これに興味が無いなどあり得ませんな」


 「100万、100万ルシダル……って、どのくらいか計算できん」


 「1億ルシドよ」

 オリナがこそっと耳打ちした。


 「1億……!」

 俺はその額に打ちのめされるが、考えてみればクリスティリーナは以前それを貰ったということだ。


 「妙な事を考えているようだけど、賞金は殆ど家の借金返済で消えたわよ」


 「おのれ、カムカム!」


 「見たところ、旅商人と言うわりには商品をお持ちでないようなので、それでコンテスト出場狙いなのかと思ったのですがね」


 「いや……」と言いかけた俺の前にミズハが立った。


 「ロウ様はずいぶんコンテストに入れ込んでおられるようだ。ここだけの話、実はその通りです。我々はコンテストで優勝するためにここに来たのだ」


 はあっ? 俺たちはミズハを見て口をぽかんと開いた。

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