第246話 キラキラ……
波しぶきが空に吹きあげる。
鉛色の空が見えた次の瞬間には黒く渦巻く海面が見える。大きな波が立て続けに押し寄せ、船体が嫌な音を立てて軋む。
甲板の上では水夫たちが懸命に綱を巻き上げたり、荷物を固定したりしている。
そんな中、3人は船縁にへたり込んでいた。
キラキラ……
あらかじめ順番でも決めていたかのように込み上がってくる胃の内容物。
「ひ、姫……お体が冷えます……そろそろお部屋に戻って……おうっぷ!」
「ルミカーナこそ……顔が青いわ……んんっぷ!」
「……死んじゃいます……うぷ!」
「……無理をして立ってはだめ、ミラティリア……」
サティナがその手を掴む。
「みなさん……遠くを見ましょう……ほら水平線が……んぶっ、ぶはっ!」
キラキラキラ……
海の魚だけが喜んでいるだろう。
「ここに居たのかや!」
青白い死人のような顔をした3人の所に空気を読まない男、自称接客係だと言う水夫のブタマルがにこやかにやってきた。
「お客さんがた、もうじき昼食が出来るぞ。食堂へ来いや。今日は南宿斗星の祝日だ、脂身のたっぷりついた肉料理が出るんぞ。……ん……嬉しくて固まったかや? ほら、もうここまで匂いが漂ってきた」
開けっぱなしの扉からとても脂っこい匂いが悪魔の手のように近づいてくるのを感じる。
「俺は先に行ってるぞ。早く来るんだぞ」
ブタマルが陽気に手をひらひらさせて中に入って行く。
「ば、馬鹿者! と、扉くらい閉めていけ! こ、殺す……、ん、うえええ!」
ルミカーナが立ちあがり、思い切り油の匂いを吸い込んだようだ。
キラキラ……
「だめ……立ってはだめよ……こうして這っていけば何とかドアを……ん、んんんうえ……」
途中まで行ったサティナが全力ダッシュで戻ってきた。
キラキラキラ……
「み、みなさん、お食事の話は……止めましょう……」
ミラティリアが口を押さえて床に寝転んだ。
「見てください……星が綺麗です……」
今は昼だ、しかも曇天で空など一切見えない。
ミラティリアは何を見ているのか……。
航海初日から後悔の連続だと、ルミカーナは己の不甲斐なさを叱咤する。
何事も気力だ! 気をしっかりもてば……だが、すぐに挫ける。
キラキラ……。
「だ、ダメです。船というものを……海を甘く見ていた……」
「私たちは、足が地についていないとダメなのですね……」
「星が綺麗……」
3人の乙女を乗せた船は西へ進む。
その先に、叫ぶ海と恐れられる常に大嵐の海域があることをまだ3人は知らない。
ーーーーーーーーーー
「んぷっ、待ってくれ! まだダメだ」
キラキラキラ……
俺は小川にかかった石橋の上から川面を覗きこんで動けないでいる。
「もう、カインったら大丈夫? どこが痛いの? お腹なの?」
リサが優しく俺の背中を撫でた。
「ほら、お薬でも飲んだらどう? 前にアッケーユの村でおまけに貰ったものだけど」
オリナに化けたセシリーナがそう言ってポシェットから丸薬を取り出すと俺の口に入れた。
何だかとても苦い、舌が痺れる。
毒ではあるまいかと思うほどだ。
「まったくもう、卑しい男です。残すのがもったいないとか言って3日前の昼食の残りなんか食べるからですよ」
さっきからカインのキラキラ……が治まるのを待って橋の欄干に座っているリィルが冷たい目で見る。ミズハなどは知らんぷりで、遠くの草原を見ているようだ。
「いや、何故か知らないが、俺も嘔吐しとかないと悪い気がして……」
「なにそれ?」
「何ですか? 誰かがカインのためにキラキラ……しているとでも?」
「分かるよ、カイン! きっと誰かがカインのために必死になっていて、それで心が同期してるんだよ。それ、凄く分かる。私も魂で彷徨っていた時に、そんな風に魂の同期を感じたことが何度もあったもの!」
そう言いながら、リサが優しく俺の背を撫でる。
覚醒したリサはかなり賢く教養がある。
難しいこともさらりと言うので、俺も話を合わせるため、頻繁に奥義 “知ったかぶり” を発動しなければならない。
「そう、それな! ドウキが激しくてな。ドキドキしてしまうんだよな?」
「んー、何だかカインの言っているのは違う気がする」
オリナが首をかしげた。
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