第245話 蛇人族の王の館、ドリスの秘密

 医局の一室に場違いな姿の男が拘束されていた。

 神官服を着た魔族の男だが、その体から漂うのは神殿で焚かれる香ではなく、鼻につく化学的な臭いである。


 男は術をかけられているのか身じろぎひとつしない。その前に立つイリスとアリスは難しい顔をしていた。


 やがて何も無い空間に鏡のような物が出現し、国王と王妃の姿が浮かんだ。


 「イリスよ、その男がそうなのか?」

 国王が鏡の中から尋ねた。

 「はい、お父様、そうです」

 イリスがうなずいた。


 「この男の証言に基づきドリス様の準備はできました。イリス様、始めてもよろしいですかな?」

 宮廷医師のグガイが確認する。その背後のベッドにはドリスが眠っているのが見える。


 「では、この男の言うようにドリス様の意識に特定の刺激を与えてみます」

 イリスがうなずくのを待って、宮廷医師グガイはドリスの頭に金属の輪を付ける。


 ぱちっとドリスの目が開いた。

 だが、まるで機械のように表情が無い。


 「今から深層意識に接触します」

 グガイはその金属の輪の上で両手をかざした。

 すると突然、ドリスが口をぱくぱくとし始めた。何か言っているような仕草だが声は出ていない。


 「繋がります、解除されました」

 グガイが手を止めた。


 「私はドゥリス・ド・メラドーザ。正式名、メラドーザの名を冠するドゥリス。Do-alices計画による帝国第102ラボ製造番号0002/X。起動初年目、活動停止まで19~25年と設定」

 ドリスの口から別人のような声が流れ出た。


 そして再び目を閉じて眠る。


 「どういう事だ? 製造とか申していたぞ?」

 クッダ王の声が自然と大きくなった。


 「お父様、私とアリスがその第102ラボに潜入してきた結果として、その記憶の映像をリンクします」


 そう言うとイリスはこめかみを指で押さえる。

 即座にピリッと刺激が伝わり、国王と王妃にイリスが見て来た映像が共有されていく。


 蟻の巣のように広がる地下の研究所である。その最深部に暗い大きな空間が広がり、青く点滅する無数の光が見える。

 大空間は幾つもの廊下で区切られ、その全ての廊下の両側に点滅する何かがある。

 手前から奥まで点滅が規則正しく並んでいるが、一番奥は遠すぎて見えない。


 その点滅の一つに近づいたのはアリスだろうか。


 「こ、これは……」

 クッダ王の声がした。


 壁際に並んでいたのは黒い棺桶である。


 それが奥までずらりと並んでいる。その棺桶の蓋にはめ込まれた魔鉱石がまるで鼓動のように点滅している。


 蓋の中央には、0233/Xと刻されたプレートがはめ込まれていた。


 アリスが手をそのプレートにかざす。


 「!」

 棺桶の表面に四角い枠の映像が浮かび上がった。


 遠隔視の術式に似たものである。


 枠の中には……眠るドリスの顔が浮かぶ。

 イリスが次の棺桶に走り、手をかざす。

 浮かび上がるドリスの寝顔……。


 「こ、これが全てドリスなのか!」

 クッダ王が驚愕の表情を浮かべた。


 「そうです。お父様、これが全てドリスなのです」

 アリスが言った。


 「膨大なドリスが眠っているのです。ただ……」


 「ただ、どうしたのだ?」

 イリスとアリスが見つめあってうなずく。


 「この場にいるドリスの他に、もう一人ドリスが目覚めているようです。その空っぽの棺のプレート番号は1000。記録を確認したところ、ミレニアムドリスと呼ばれる別人格を刷り込んだドリスでした。通常のドリスの肉体に別人の遺伝子を組み込み、姿形も別人です」

 映像は蓋の開いた空っぽの棺を映す。


 「その者はどうした? そこにおるのか?」


 「わかりません。ミレニアムドリス、識別名称ではシュトルテネーゼと呼ばれていたようです。覚醒時年齢は18歳、その女性の行方は記録にも無く、巧みに隠されています」


 「ふーーむ、何者だろうな」

 王は顎を撫でた。

 その瞬間、映像リンクが切れた。

 王妃は何も言えず、口元を押さえて顔色が悪い。


 「それで、この男です」

 イリスは床に転がしている神官服の男を指差した。


 「この男はラボの研究主任。この一連の計画を知っている者です。私とアリスはもう聞きましたが、この恐ろしい計画について再度、話させてみましょう。さあ、国王と王妃に計画を説明するのです」

 イリスがそう言うと男は突然体を動かした。


 「ううっ、秘密事項を話せば殺される……」


 「まだ無意識下に植えつけられた防御術があるのです。今それを解除します」



 「ーーーーうん、なんだな。お前たちは計画も知らずにここに来たのか? どうしようもない連中だな。上の連中も初心者研修くらいしっかりやってから現場に送り込んで欲しいもんだ」

 男は目をつぶったまま話始めた。

 どうやら幻を見ているらしい。

 イリスかアリスの暗黒術だろう。


 研究所を案内しながら初心者に説明しているつもりらしい。


 「いいか、ここは帝国が誇る魔術研究所の最深部、最も重要な実践的研究がなされている場所だ。

 何? 102だから2番目じゃないかだと、101は基礎研究部門だ。勘違いするな。

 ――それで、これがDo-alices計画の心臓部、ドリスクローンの製造工場だ。何? ドリスも知らんのか? 

 ――ドリスは例の暗黒術師の3姉妹の遺伝子を元に合成して作りだした人型実験体だ」


 「能力的には3姉妹に匹敵する。こうやって眠らせている間に様々なことを学習させ、目覚めると同時に帝国の忠実なしもべとして活動できる暗黒術師を作っているというわけだ。


 ――なんだか顔色が悪いだと、そうだよ。忠実な僕になるはずが、どうも洗脳が上手く行かない。解決策が判明しないうちはこのことを上層部にも報告できない。まったく胃が痛い。

 ――元々の暗黒術の素質が邪魔しているらしいが原因は不明だ。人格プログラムも一人分しか適応しないという不具合があって、今のところ一度に起動できるのはたった一人だ。そのかせを破ろうと製造されたミレニアムは……。


 まあそれは今は関係がない。――さて次にこの棺桶みたいな中にドリス体がいるわけなのだが、ドリス体が成長しすぎると我々が想定しえない進化を遂げ、ミレニアムのように制御できなくなる可能性がある。そのため、その活動に遺伝的に制限を加えた。


 つまり起動後20~30年でドリス体は死を迎えるし、子どもを産むこともできない、多分。


 死んだらまた一からやり直しだと?

 ――そうではない。死んだドリスの記憶と人格プログラムはそのまま次の個体番号の体の深層域にインプットされていく。


 つまり体は20~30年毎に新しくなるがその記憶や意識は深層の中で継続され蓄積されていくのだ。この永久墓地とも言えるここに棺桶がある限り、何千年でも転生し……」

 ふいに男の口は閉じた。


 「限界です。これ以上続けるとこの男の脳が熔けます」

 アリスが言った。


 「なんとも恐ろしいことだ」

 クッダ王も青ざめている。


 「ですが、父上、彼女が帝国の僕になる前に我々の前に姿を見せたことは幸いでした。彼女に人としての喜怒哀楽を経験させてやりたいと思います。単なる機械人形ではなく、自分で考え、人として生きられる力を与えてやりたいのです。生まれてきた経過はともかく私たちと同じ血肉を持つ姉妹です」


 「うむ」

 イリスの言葉にクッダ王と王妃はうなずいた。


 「この娘を人として育てよう。記憶や経験が次のドリスに引き継がれてゆくならば長い時を旅する者として、その厳しさにも負けない、温かな心を持つ者にするのは父母としての使命だ」

 「王の言うとおりです。イリス、アリス、御苦労さまでした。ドリスのことは理解しました。みんなでこの新たな妹を正しく導いてやりましょう」

 王の言葉に王妃もその手を握ってうなずいた。


 「「はい、お母様」」

 アリスとイリスは微笑んだ。


 「さて、この馬鹿な研究の中心になっていたこの男はどうするのだ?」

 グガイは床に転がっている男を見下ろした。


 「こんな奴ですが、命を奪うほどのこともないでしょう。今までの研究に関する記憶を消して、素敵な場所に置いてきましょう」

 アリスが少し怖い顔で笑う。


 アリスがその男をアパカ山脈のはずれにある断崖絶壁の岩の上に置きに行った後、ドリスが目覚めた。


 意識をリンクさせていたので、さっき男が言った言葉やアリスとイリスが見てきた研究所のこと、そして自分の命や体のことは既に分かったはずだ。その寿命が短いことも……。


 「ん。ここは医局? イリスさん?」

 眠そうに目を擦るドリスが身を起こした。


 突然、ドリスにイリスがひしっと抱きつきその頭を撫でた。

 

 「え? 何? 何なの? イリスさん」

 「ドリス、貴女は私たちの妹、これからは姉さんと呼んでいいのよ」

 「お、お姉さん?」

 「はい、そうですよ」

 そう言ってイリスは微笑んだ。


 ドリスはその顔を見て照れたように笑った。

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