第244話 蛇人族の王の館(ボザルトとドリス)
「はっ! ほっ! へっ!」
ぷぅうう……。
最後に尻から妙な音を響かせて、ボザルトはポーズを決めた。
手にした槍が唸る。
再び、槍を縦横に振りまわして庭を駆け巡る。
「はっ! へっ! ほう!」
ぴょんと庭石に飛び乗り、片足で立って決める。
「何をしておられる?」
ふいに館のほうから声が聞こえた。
彼女はミサッカという。
最近身の回りの世話係として押し付けられた人間の女で少々きつい顔をしている。すぐにボザルトを睨んで、あれをするなこれをするな、と言うので苦手なのだ。
「館に籠っておると体が鈍るのでな、少々、体を動かしておるのだ」
「ほほう、それで……?」
庭の石灯篭が倒れ、庭師が手入れしたばかりの木々が無残に枝折れしているのを見る。
「貴様は何をしておるのだーーーー! このアホネズミ!」
「痛い、痛い、なぜ髭をひっぱるのだ! 抜ける! 我の髭が抜ける!」
ボザルトは足をばたつかせた。
まったくぎゃーぎゃーと騒々しい鼠である。
「せめて石灯籠を元どおりにしないうちは飯抜きだ!」
「なんという横暴!」
「その口が言うか!」
「これこれ、何をしているのです? ミサッカ?」
「これはこれはクーリア様。この失礼な鼠が神聖な庭をめちゃくちゃに荒しましたので、少々お仕置きをと思いまして」
ミサッカはボザルトを捕まえたまま一礼する。
回廊の縁に美麗な貴人が立っている。3姉妹の母親だとは思えないほど若々しく美しい。
その後ろには数人のメイド服の女官がつき従っている。
ミサッカも同じような服を着ている。
ドリスに聞いたところ、この国ではあの服が官女の正式な服装らしい。国王の趣味とか言っていたように思うが、ボザルトには人間の衣装などあまり区別がつかず、興味はない。
「はあ、またなのですか?」
クーリア王妃はため息をついた。
「これ、ボザルト、お主も大概にしなさい。これ以上ミサッカを怒らせると怖いですよ。ミサッカも大目に見なさい。相手はドリスの仲間ですよ」
「ですが、王妃!」
「これミサッカ、許すということも大事なことですよ」
「はあ」
ミサッカの手が緩んだ。
ひょいっとボザルトが逃げる。
「大切な用事を思い出したのだ! 我はドリスの元に行かねば! さらばだ!」
「あ、待て! そっちは駄目だ!」
ボザルトのアホは王妃が大切に育てている花壇の中を駆けて行った。獣道が出来て、手塩に掛けた美しい花が無残に踏まれて倒れている。
ミサッカはボザルトの後ろ姿を見送ってからそっと振り返る。
王妃の顔が少々ひきつっている。
「ボザルトーー! やっぱりお前という奴はーーーー!」
ミサッカは腕まくりして追いかけ出した。
ーーーーーーーーーー
王の館の広間では、ドリスが一人、本を開いていた。
姿勢正しく、一見するといかにも一国のお姫様が座っているように見えるが……。
本を見る目が死んでいる……瞼が重そうだ。魂が口から出ていると言っも良い。
眠くて、ふらふらして今にも倒れそうだ。
朝起きてから、まもなくお昼だと言うのにまったく休憩なしで蛇人国の歴史を学ばされている。しかも午後も暗黒術の講義だという。
「ふわああああ……!」
ドリスは思わず大きなあくびを漏らした。
「ドリス様、集中力が足りませぬぞ。そんな事では暗黒術は学べませぬぞ」
皺皺の婆さん、いや、蛇人族の国一番の神官バーサ婆だ。
「だって、こういうのは初めてなのよ。自分の目で見たり、読んだり、書いたり、体を動かして覚えたり……」
「それが学びや鍛錬ではござらぬか? 今まで一体どのような教育を受けてこられたのやら」
「んーー、寝ていれば覚える? そんな感じ」
「何ですか、それは? 寝ていて見るのは夢だけですぞ」
その広間の扉が静かに開いて、女官が窓辺の花瓶に美しい花を飾り始めた。
珍しい異国の花で確か王妃が庭で大切に育てていたものだ。
切り花にしたのだなとドリスが横目で見ていると。
「ドリス様、集中力がございませんな!」
その声に視線を戻すと、目の前に婆の顔がどアップである。
ビクッ!と流石のドリスもびびる。
まるで皺だらけの妖怪のようだ。夜だったらうなされて悪夢を見るところだろう。
「まあ、もうじきお昼、それも仕方がありませぬか。ドリス様は覚えが良い優秀な生徒ですが、王位後継者としての教養を身につけるにはいくら時間があっても足りませんぞ」
「はーい」
「さて、午前中はこのくらいにしますかな。今日の午後は暗黒術の講義ですが、その前に何か大切な話があると国王から受けております。午後は医局の方に顔をお出しになってくださいませ」
「わかった。それではお昼を食べてこよう!」
「あ、お待ちください! 廊下は、もっと上品に……と行ってしまわれた。本当に術を使うのが早い。まるで生まれながらに自然に暗黒術の一部を行使しているかのようだ」
バーサは目を丸くしてつぶやいた。
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