第243話 岐路

 「いや、本当に美しい方だと思っておりましたが、まさかクリスティリーナ様ご本人だとは……」

 シュウは改めて食い入るようにセシリーナを見る。


 セシリーナがその視線に耐えきれず恥ずかしがっているのがカワイイ。


 「これでも今は劣化魔法を使ってるからな。素顔に戻ればもっと凄いぞ」


 「私は先の戦で召集されるまでは信奉者でも無く、お顔は絵や石像で見ただけでしたので全く気づきませんでした。貴女が生きいることがわかれば新王国は熱狂して迎えるでしょう。ただ、既に結婚していることが知れればその反動もまた恐ろしい……。これは本当に、まさに新王国を揺るがしかねない重大事です」

 シュウはまだ胸を押さえている。


 「済まないが、さらに二、三度死んでもらう事になるかもしれないが、まだ紹介を続けても大丈夫か?」


 「えっ! これが最大の秘密ではなかったのですか?」


 一々こいつの驚きにかまけていられないので紹介を続行することにする。

 「次に隣にいるのが俺の婚約者、リサ・ルミカミアーナ王女。かつてのルミカミア・モナス・ゴイ王国の正当なる王位継承者その人だ。つまり新王国の正式な女王になるべき人だな」


 ほわん……一瞬でシュウの魂が抜けたが、クリスが卒なくその魂を捕まえて肉体に戻す。こいつ、ここにクリスがいなかったらこれで2回は死んでいる。


 「お、王女様! まさか! ほんとに? 本物の王女様が生きておられた……? 捜索隊がずっと探しているお方ですよ! え? そう言えば婚約者って言ってました? まさかカインが王女の婚約者っ?」

 シュウは再び胸を押さえて荒い息を吐いた。


 「そういうことになってしまっているんだな」

 俺は鼻先を掻く。


 「ありえませんよ。クリスティリーナ様の夫で、さらに王女の婚約者……」

 シュウの俺を見る目がおかしい。

 どうやって騙したのだ? というゴミクズでも見るようなまなざしに変わっている。


 「さて、次だな。こっちも俺の婚約者で暗黒術師のクリス嬢だ」

 俺はあえて蛇人族メラドーザの3姉妹ということは伏せる。また死なれたら困るのだ。


 「なんと、超レア職の暗黒術師ですか! 世界を滅ぼす力を持つ何とか3姉妹とか、身の毛もよだつ術の噂なら聞いた事があります。そんな力の持ち主なのでしょうか?」


 「そうだな、そんな感じだ」


 「クリス様は、クリスティリーナ様や王女様に匹敵するその容で恐るべき暗黒術師ですか……」

 シュウはちょっと腰がひけたようだ。


 さすがに暗黒術使いは滅多にいないし、3姉妹の噂や恐ろしい術だということは知っているらしい。やはり本人だと言わなくて良かった。


 「こっちのリィルは紹介しなくても良いな、森の妖精族のシーフだ」


 俺の言葉にようやくシュウはほっと一息ついた。


 「ええ、わかります。よろしくお願いします。ようやく普通の方で、やっと心臓が落ちついてきましたよ。それで次は、そちらの銀髪が美しい方は?」


 「ええと、こいつはミズハ。魔王軍最高幹部の魔王二天だった大魔女ミズハだ」 


 「ま、魔王軍最高幹部う!!」

 きゅうと血圧が上がったのが顔に出た。白目を剥いてテーブルに倒れ伏す。


 「あ、また、息が止まった」

 クリスが面倒そうにその魂を連れ戻す。


 「はぁ、はぁ、騙しているわけではないのですよね、カインさん。まさか帝国の最高幹部がここにいるとは……。しかもリサ王女と一緒とか……。あの誰もが知っている魔王二天ですよ。先の大戦での司令官ですよ」

 シュウは胸を押さえ、苦しそうに息を吐いた。


 「まあ、そう言うこともあったな」

 ミズハはつぶやく。


 「女神クリスティリーナ、リサ王女、暗黒術師クリス、魔王二天ミズハ……カインさん、あなたのパーティは一体どうなっているんですか?」

 シュウは俺を睨んだ。


 「そうは言われてもな、俺から特に何かしたというわけでもないんだけど……」


 「それで最後に、こちらでさっきから無言で飯を食っている神官のような、そうでないような、この方は?」


 「私はルップルップだ」

 ルップルップは頬に飯粒をつけたまま顔を上げた。


 「そう、彼女はルップルップ、元野族の神官だ」


 「野族?」

 「そう、大森林にすむ鼠顔の亜人さ。彼女は野族の族長の娘として育ったが、人間であることがバレて逃げ出してきたんだ」


 シュウの脳裏に地図と位置関係が浮かぶ。確か森の妖精族の村よりも奥地に人とも魔獣ともつかぬ鼠顔の者の集落があるという。


 「そうか、あれが野族ですか! だとすれば、ルップルップ殿! 私に協力してくれませんか? ぜひ、野族が新王国に協力するように説得してくれないでしょうか?」


 「は? 話を聞いていなかったのか? 彼女は野族から追い出された身なんだぞ」


 「ですが、野族の言葉が話せて、しかも野族のリーダーたちと面識があるということですよね? 要は彼らを説得できれば良いんです」


 「何の話だ? どうもさっきから私の事を言っている気がするのだけれど」


 ルップルップがやっとこっちを見た。


 「そうだよ。このシュウが、お前に野族との交渉をお願いしたいそうだ」


 「交渉って? 里へ行って話をするということ?」

 「そうです! お願いできるでしょうか?」


 「我が一族がどうなったか知りたいとはずっと思っていたけれど。私のせいで迷惑がかかっていないか…………。しかし、もしも既に亜族長一派が権力を握っていれば、殺されるかもしれないし」


 「交渉事には危険は付き物です、ぜひともお願いしたいのです!」

 シュウは前のめりになった。


 「しかし、ルップルップに危険が及ぶのは避けたいわね。一人で行かせるのはちょっと危ないわ」

 セシリーナがクリスを見た。


 「わかった、私が、一緒に行こう」

 クリスが言った。


 「なるほど、クリスが一緒に行くなら、万が一命を狙われても無事に脱出できるだろうな」


 「ありがとうございます! ああ、希望の光が見えてきましたよ。よろしく頼みます!」


 シュウはテーブルに両手をついて丁寧に頭を下げた。


 どうやらクリスとルップルップがシュウと共に大森林に向かうことになったようだ。


 シュウが言うように野族が新王国側につけば、野族の数万の兵が森林地帯で待ち構えることになる。


 野族にとっては自分の庭みたいなものだろうが、帝国兵にとっては未知の森だ。西からの進軍を阻止することが可能になるだろう。


 もちろんリサが王女として戻る国である新王国に勝利してもらう方が良いことは言うまでも無い。


 「それで、お前の案ではいつ大森林に向かうつもりなのだ?」

 ミズハである。


 「はい、実はすぐにも出発できるように準備は進めています。村はずれの大湿地の畔でネルドル氏と待ち合わせをしています」


 「え、ネルドルが来ているのか?」


 「ええ、ネルドルとうちのリーダーは友人同士ですからね。丘舟で湿地を横断して大森林に入ることにしています。ですから野族の里に向かうのは、私とルップルップ殿、クリス殿、ネルドルとゴルパーネの5名と言うことになります」


 「なるほど、丘舟を使えば帝国軍よりもずっと早く大森林の奥地に着くだろうな」

 ミズハがうなずいた。


 「ルップルップ、クリス、これはリサのためにも大事な仕事だ。俺のためにも頼む」


 「妻の務め、カインのため頑張る」

 クリスが両手に力こぶをつくって微笑んだ。


 こうして俺たちは二手に分かれて行動することになった。


 俺たちは大湿地の畔で久しぶりに再会したネルドルの丘舟を見送った後、俺とセシリーナ、ミズハとリィル、そしてリサの5人はヨーナ村の丘舟部隊の舟に乗せてもらって一気に大湿地を抜けたのだった。

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