第242話 シュウと言う男
俺たちはそのシュウという男のためにわざわざ別料金を払って別室を準備した。
シュウはテーブルの向こう側に座っている。
年齢は俺と同じくらいか、おそらく魔族だ。俺と違って賢そうな顔つきだが、どことなく憎めない感じで、表情からは陰謀を企んでいるようには見えない。
シュウはフードを脱いだ俺の仲間たちがあまりにも美しいので驚いていたようだが、時間が経つと何とか慣れてきたようだった。
「機会をいただきありがとうございます。私はシュウ・ウカ、旧ネメ国出身で見た目は人族ですが生粋の魔族です。家は代々商人で私は跡継ぎですが色々ありまして、今は新王国の者です。あれ? 驚かないのですね。こんな場所で新王国の人間だと言えば驚くかと思いましたが」
「別になあ……。今は帝国も新王国も互いに相手の情報を得ようとしている時期だから密偵が入り込んでいても驚くほどのことでもないし」
「そうだな」
ミズハはシュウの顔を見つめている。おそらく男の発言が嘘ではないことを確認する術か何かを発動しているのだろう。
クリスもジュースを飲む振りをしながら、その瞳の奥は輝いている。
こっちにはその手の術に長けた二人がいるので安心できる。
「それで、リィル様にお話というのは、今起きている帝国との戦争に関係するのですが……」
「ちょっと待て、そんな重大な話をどこの馬の骨とも知れぬ俺たちに話をして大丈夫なのか?」
俺はちょっと不安になった。もし国の存亡に関わるようなことをペラペラ言いだしたら、そんな奴信頼できるわけがない。
「私は新王国の後期軍に属しています。私たちのリーダーは平凡な農民出身とは言え、人を見る目だけは間違いありません。その彼がカイン殿の事を高く評価しておられました。私は彼の目を信じるのみです」
「はぁ? ますます話がわからん。リーダーって誰なんだ?」
「クリウスです。以前アッケーユ村で御一緒したことがあると申しておりました」
「あーーーーあいつか、ネルドルたちと一緒に晩餐会に招待された時の……、あの二人の片割れか」
「さて、お互いの関係が繋がったところで、話を進めてくれないか?」
ミズハが言った。
「ええ、実はこのたびの帝国の第二次討伐軍の部隊の一部が大湿地の南から大森林に進軍し、我ら新王国の防塁線の背後に出るという作戦が進行中なのです。
大森林を抜かれると新王国軍は非常に不利になります。そこで大森林に住まう者たちに我ら側についていただき、帝国に抵抗してもらうか、或いは帝国に協力しないことを約束してもらいたいのです」
「それで、なぜリィルなんだ?」
あ、俺が言おうとしたセリフをミズハにとられた。
「こちらのリィル様が森の妖精族ということで、大森林にあるラフサット村の方々に話を通して頂けないかと
「ぷっ!」
突然、リィルが噴いた。
「無理、無理、私はカサット村の出身ですよ! 確かにラフサット村とカサット村は親族の関係ですが、そのような話を持っていけるほどの立場じゃないですよ。そう、私が行ったところで、きっと門前払いですよ」
リィルは慌てている。
うーーむ、どうも怪しい。
慌てぶりからすると、その村でも何かやらかしてきたのかもしれない。
だとすれば、門前払いを受けるほどの何かに違いない。
俺は冷ややかにリィルを見た。
「そうですか……確かに村出身でも無い者が村の重大事に口出しすることは不可能でしょうね」
シュウはがっくりと肩を落とした。
いや、無理な理由はそういう事ではないと思う。
「そうですよ」
リィルはなんだかほっとしているようだ。
「そうか、でも、その程度の事で良かった。俺はてっきり俺たちに接触を図って王女を連れ戻そうと……んぐ……」
言いかけた俺の口をセシリーナが塞いだ。
「王女? ……なんの事ですか?」
「まったく、余計な事を」
「ミズハ、今の記憶、消す?」
クリスが怖いことを言って指先を立てた。
「待て。この男はそれなりの地位にある。今後を考えればリサのため新王国と繋がりを作っておくのも良いのではないか? 記憶を消すかどうかは最後に判断すれば良い」
どんな術を使ったのか、ミズハはシュウという人物を鑑定し終えたのだろう、ミズハがクリスを制止していた。
「記憶を消すって……あなた方、そんなことまでできるのですか? あなた方は一体……」
シュウは少し顔が青ざめた。記憶を消せる魔法や術はかなり高度で禁忌に触れる術とされている。
「そうだな、どうせ記憶を消すなら、こっちの事も知ってもらって腹を割って話をしようか。その態度で記憶を消すか残すか判断すれば良い。カイン、私たちのことを話してやれ」
いつの間にかこの会議を仕切るのは、いつものようにミズハだ。
「そうか? 俺たちの事を話していいのか?」
「遅かれ早かれ、リサが戻るなら新王国の幹部たちに知っておいてもらう必要がある」
「わかった。シュウ、いいか? ちょっと衝撃的な話をする。おそらく新王国を揺るがすことになる重大事だ。聞く勇気はあるか?」
「一体、何が……」
そう言いつつ、シュウは覚悟を決めたようだ。
「どうする? 聞くか? 聞いたら、場合によっては記憶を消されるかもしれないぞ?」
「わかった! 話を聞こう。そこまで言われたら一体何なのか気になるじゃないか」
ほう、こいつは見かけ以上に根性があるらしい。
「では、まず俺から自己紹介だ」
俺は説明を始めた。
「……俺はカイン、東の大陸の小貴族出身だ。海を渡って向こうから来た、というくらいでは驚かないよな?」
「うん。よく聞く話だね」
「俺は貴族だが旅商人でもある。こっちではカッイン商会というのを経営している」
「ほう、商売仲間か」
「それで、俺の隣にいるのが俺の妻、セシリーナだ」
「よろしく」
セシリーナが軽く挨拶した。
「はぁ? ……この凄い美人がカインの妻? ウソだーー。この方、魔族ですよ? さすがに信じられませんよ。さては私を試してます?」
うーむ、信じてもらえないようだ。
「嘘じゃないわ。私はカインの妻ですよ。ねえ。カイン」
そう言ってセシリーナが俺に甘えた。
その様子を見てシュウが顔を赤くした。やっと本当の事だと理解したらしい。
「この状態で彼に真実を言ってもいいのかな? これだけでかなりショックを受けたようだぞ」
俺はセシリーナの耳元でつぶやいた。
「今後、リサのために新王国に関わるつもりなら、いずれ避けては通れないわよ。もしまずい事態になったら記憶を消すだけだし……」
「名前を告げるのか? 大丈夫かな……」
俺たちがひそひそ話をしているとシュウが俺を睨んだ。
「真実って、さらに何か? セシリーナさんに何か秘密があるのですか?」
セシリーナが俺の妻だという衝撃からやっと立ち直ったばかりのシュウがごくりと喉を鳴らす。
「うむ、実はな……」
「実は何です?」
「実は、ここにいるセシリーナの本名はセ・シリス・クリスティリーナだ。もう、意味はわかるな?」
「は? セ・シリス・クリスティリーナ?」
シュウの目がぽわんと焦点を無くす。
「つまりな、この俺の妻、セシリーナこそお前たちが祀る女神クリスティリーナその人と言うことだな」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
あまりの発言に声も出ないほど驚き、白目を剥いた。もはや息をしていない。
「カイン、死んでる!」
クリスが術で素早くショウの心臓を動かした。
「はぁはぁ……私は一体何を……一瞬死んだかと思いましたよ」
シュウは胸を押さえて荒い息を吐いた。いや、確かに今死んでたから。
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