第241話 ミズハの依頼と不審な男

 俺たちは街道を東へ戻り、ようやくア・クラ村まで戻ってきた。例の露天風呂のある村である。


 宿屋に着くとすぐに食堂に向かう。


 注目を浴びないようにと、俺以外みんなフードを被ったままの食事になったので、ちょっと異様だったかもしれない。ちらりちらりとこっちを見てくる者がいる。


 俺の左右にはセシリーナとリサ、正面にはクリスとリィル、ミズハが並び、横に一人ルップルップがドンと座ってこいつだけがいつの間にかたくさんの料理を目の前に並べている。


 「カイン、イリス姉様から、連絡があった。蛇人国の王位継承者として、ドリスという娘が、選ばれた。これで心置きなく、私たち、いつでもカインの妻になれる!」

 クリスは親指を立てる。そして何事もなかったかのようにフォークとナイフを器用に操って骨付き肉を切り分けて口に運ぶ。


 「ドリス? 初耳よ。そんな姉妹いたの? 本当は4姉妹だったってわけ?」

 セシリーナが手を止めた。


 「私も知らない子、アリス似で私たちより年下、多分、隠し子? ダブライドの街、アプデェロア神殿の神官長は、私をドリスと、呼んでいた、多分、最初に女神と勘違いされた娘が、そのドリス」


 「ふーん。女神と勘違いされたアリスに似た子か……そう言えば、お土産の絵のテーマは女神と鼠……どこかで見たような組み合わせだったよな……」

 俺は頬張ったパンを飲み込みながらつぶやいた。


 「!」

 その瞬間、みんなが顔を見合わせた。


 「「「あ、あいつだーーーー!」」」

 ふいに分かった!

 地下神殿で上へ行った連中だ! 

 あのアリス似の少女と野族、きっとあいつらだ!


 「ということは予言どおり、上昇した者が神になったのだな? しかも最終的にはクリスとカイン、そしてセシリーナがその役を引きついでいる。そして、そこから世界の枝葉が広がるというのは意味ありげだ。あいつらと私たちが世界の趨勢に影響を与えるという意味か?」

 ミズハは何か考えこむ。


 「ところでア・クラまで戻って来たけど、この後はどうするの? リィルは? 眷属じゃなくなったからここで別れるの?」

 リサがスープを空にしてリィルを見つめる。


 「いいえ、私は別に行くあてもないので、とりあえずリサについていきますよ。リサがもし王女になるなら、側近の地位だって狙えるかもしれませんし、うひひひひ……。それに今カサット村に戻って、カムカムと姉のお熱い所を見せつけられるのもしゃくです。あ、サラダ来ましたよ」

 ニヤニヤしながらリィルは立ち上がるとテーブルに置かれた野菜サラダを皿に取り分け始めた。こいつ、そんなことを考えていたのか、相変わらず抜け目のない奴だな。


 「私も行くあてが無いわ。食うに困らないから、このままみんなについて行く。ほらカイン、そこは感謝するところよ」

 ルップルップだ。リィルの隣で早々とお代わりしたシチューをとても上品とは言えない食い方で食べている。


 「はいはい、感謝しております。————さて、リサの呪いが解け、リサが戻るべき国が再興している。本来なら新王国に戻るべきなんだろうけどな。でも噂ではスーゴ高原でまた戦争が始まるらしい、今うかつに近づくのは危険だろうな」

 「そうだよねぇーー」

 隣の少し大人になった美少女がつぶやく。


 「でもね!」

 とリサはイスを近づけて俺に擦りよってくる。大人に近づいて俺に意識してもらいたいらしく、最近何かにつけてとても可愛いのでどぎまぎしてしまう。


 「リサはずっとカインと一緒にいる! 絶対にカインについて行くからね!」

 

 「リサったら! でも、いずれにしても戦争の推移を見守る必要があるわね。そうだ! クリスの故郷にかくまってもらうのはどうかしら? 蛇人国の国なら中央から離れているし、安全じゃない?」 

 

 「なるほどね、セシリーナの案も良いかもな。でも……」

 リサの事だけを考えれば悪くない。


 だが、俺にはエチアのために獣化の治療法を探すという目的もある。リサの呪いが解け、ミズハとリィルの眷属も消えた今、ミズハの伝手をたどって帝国のどこかにあるという薬の手がかりを探したい。


 「蛇人族の国に、行くなら、連絡する。どうするの?」

 クリスが愛らしく首を傾げた。


 「すまん、みんな! 実はお願いがあるんだ」

 その時ミズハが立ち上がった。


 「どうしたんだ? ミズハ? そんなに改まって」

 そんなふうに思いつめた表情のミズハは初めて見た。

 ミズハは何か言いづらそうにしていたが、その懐から何かを取り出すとみんなが見えるようにテーブルの中央に置いた。


 「これを見てくれ。実は、私にはとても気になる場所があるのだよ」

 テーブルの上で象牙色のアイテムが光っている。 


 「それは何なの?」

 セシリーナが尋ねた。


 ミズハはその吊り紐をつまんで持ち上げる。

 紐の先に半分に割れた腕輪が吊り下げられており、腕輪はしばらくくるくる回っていたが、やがて方位磁石のように壊れた破断面を東に向けたまま静止した。


 「これは、私の大切な物なんだ。半分に割れたもう一つの腕輪の破片のある方向を示している。その半分を持っているのは彼……魔王のはずなんだ」


 「ま、魔王だって!」


 「そう、魔王様は今帝都にいるはずだ。そかし、この腕輪が指し示す方角は東なんだ。おかしいとは思わないか? 帝都なら北東を示すはずだ」

 

 「東か……」


 「東っていったら、海よね? かつて東沿岸地帯に繁栄した人族の国、旧公国の王都があった方角じゃないの?」


 「海! 私見たことない! 美味い物がたくさんある場所よね? カイン、私をそこに連れて行くことを許す!」

 ルップルップがハムをむしゃむしゃ喰いながらフォークで俺を指さした。


 「それで、こんなことを頼むのも何なのだが、ここまで旅を一緒にしてきた仲間として、みんなにお願いがある。できるなら、私と一緒に……旧公国の王都まで同行してはもらえないだろうか?」


 ミズハにしては珍しく少し顔を赤くして言う。ミズハの実力なら一人でも問題なく調査に行けるだろう。しかし、仲間がいた方が心強いし、あらゆる状況に柔軟に対応できる。


 それにしても大魔女の口から仲間と言われると悪い気がしない。みんなもそう感じているらしい。


 「旧公国の王都って、どこらへんにあるんだ?」

 俺はこっちの大陸の地理を多少セシリーナから習った程度なので、昔の国がどこにあったかと言われると自信がない。


 「シズル大原をまっすぐ東に向かえば東海岸の街がある。その東海岸の街の南に聖なる東コロン山地があり、その山地の南に広がるのが旧公国平原、その平原にあったのが旧エッツ公国だ」

 とミズハが大きなパイの表面にフォークで地図のようなものを書いた。なるほどわかりやすい。


 「私は知っていますよ。なにしろ旧公国平原の南西にある湖沼地帯の東に広がる大森林に私のカサット村があるのです」

 リィルが野菜をポリポリ食べながら言う。


 「東コロン山なら初めての山岳遠征訓練で行軍したことがあるわ」

 「リサは知らなーい」

 「もぐもぐ、私も全く知らないな。もぐもぐ」

 「東コロン山、イリス姉の、灼熱八頭龍が封じられていた場所、行った事はある……」


 「そこに向かうのに反対だという者はいないな? ミズハの言う旧公国の王都とやらに行ってみるということでみんな良いか?」

 俺はみんなを見回した。みんなは熱い目をしている。仲間と言われて高揚している。その点でミズハはやはり策士だ。


 「旧王都ですから、お宝も眠っているに違いありませんよ。ひひひひ……」

 リィルが欲望まみれの目を光らせる。ブレない奴だ。お前だけはそっちが目的なんだな。


 「それじゃあ決まりだな。ここを出たら東に向かうぞ」


 「ありがとうカイン、みんな、恩に着る」

 ミズハが珍しく頭を深々と下げる。



 ―——————————


 「方針、決まった。あと問題はあそこの不審者」

 クリスは肉料理を食べながらセシリーナに目配せした。

 何の事だ? と俺がきょろきょろしているとセシリーナが立ち上がった。


 「本人に聞くのが一番よね」

 「?」

 俺は全くその気配に気づかなかった。しかし、さっきから食堂の端に座っているフードを被った男がこっちの様子をちらちら見ていたらしい。


 俺たちの恰好が異様だから、というのとも違うらしい。

 どうも密かに俺たちを探っていた様子だった。


 「どこにでも鼠はいるものです」

 リィルがまったくもうという感じで肩をすくめる。


 ええっ、こいつも気づいていたというのか!


 気づいていなかったのはまさか俺だけ? と思ったらルップルップと目があって、気まずそうに口元に笑みを浮かべる。

 いや、前言撤回だ。こいつも目の前の飯に夢中で不審者には気づいていなかったようだ。


 「クリスとルップルップは、リサ王女を守ってください。ついでにカインもお願いします」

 「大丈夫、優しーく聞いてくるだけです」

 リィルとセシリーナが同時に席を立った。


 「ちょっと、あんた!」とリィル。

 男は急に目の前に立ちふさがった二人にぎょっとしたようだ。


 「さっきから私たちをじろじろ見ていましたよね?」

 「何か用なのですか? 帝国の鼠ですか?」

 二人は腰の短剣をチラつかせた。


 しかし、男の目はリィルに釘付けになった。


 「?」

 「おお、やはり貴女は森の妖精族でしたか! 実はお会いしたかったのです!」

 と男は急に立ち上がりフードを脱いだ。


 「私は、シュウ・ウカと申す者、私は貴女方の敵ではありません。実は折り入って御相談があるのです」

 「待ってください。なんだか面倒そうです。嫌です。お断りしますよ」

 リィルは話を聞きもせず即座に断った。


 「そう言わずに、何とぞ! そうだ、ここに少しばかりの金貨があるんだけど、これを……」

 男が言い終わる前にバッとリィルが男の手から袋を奪い取った。重さを確認したリィルが悪そうな顔で微笑む。


 「そうですね、話を聞くくらいなら。みんなと一緒なら話を聞いてやってもよいですよ」

 うわーーこいつ、俺たちを巻き込んだぞ。

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