第303話 邂逅
「ここが帝国の王宮ね! つまり魔王の家なのねっ? それにしてもほんと無駄にでかい家だわねっ!」
ベラナは腰に両手を当てて偉そうに黒水晶の塔を見上げる。
「うむ、あの先が尖がっているところなど、なんのために尖がっているのだろうな? まさかあそこに冬の食糧にする魔獣をグサリと刺して干しておくのだろうか?」
ボザルトは真面目な顔でつぶやく。
「アホなこと言わないでよ。あんな所に手が届く奴なんかいないでしょう?」
「おお、今の一言で何だか分かったぞ! あそこに刺した魔獣に誘われてノコノコ出て来た邪神竜を足止めして、封印するための仕掛けなのではないか?」
ボザルトはなるほどそうだったかと一人で納得している。
ベラナはため息である。そもそも邪神竜というのが何かわからない。
「それはともかく、失踪したドリスは間違いなくこの塔に入っていったのだな?」
「ええ、それは間違いないわ。私にはわかる」
ベラナは鼻をひくひくさせた。
「ならば、まずは行ってみようではないか」
ふたりは正面からトコトコと厳重に閉鎖されている大門に近づいた。
ーーーー当然衛兵に見とがめられ、二人して大男に襟首をつかまれ門の外にポイッと捨てられた。
「痛てて……我のお尻を槍の石突でこずくとは、何と言う乱暴な奴らだ」
「私なんかポカリと頭を叩かれたわよ」
「仕方が無い。ここは野族らしく裏口からこっそりと入ろうではないか」
ボザルトは腕組みして辺りを見渡した。
ーーーーーーーーーー
旧王都の大路を進む一行の前に、次第にエッツ公国王城の門が近づいてきた。
「それにしてもカインはどこに行ったのかしら? イリスがずっとカインの生命反応を追ってくれているから、無事らしいことは分かるけどね」
「ほんと色々心配だよ、セシリーナ」
リサがうなずいた。
色々ね……。
イリスの術でわかったことがある。
カインの周りには誰か複数の者の気配がある。凄まじい強さの結界の影響でイリスですらぼんやりとしか分からないらしいが、どうもカインは女と一緒らしい。
セシリーナの胸がざわつく。
たぶん、もしかして?
いや、カインの事だ。絶対に何かやらかしているに違いない。
カインも貴族として最低10人は妻を娶る義務がある。3姉妹とリサに続きこんどは一体どんな子を……とヤキモキする自分がいるが、そんな事よりも今はカインの身の安全の確保が最優先だ。カインに相応しい子かどうかその後で見極めようと心に決めるセシリーナだった。
「あっ、カインの反応あり! 近い、あっち!」
不意にクリスが十字路で立ち止まって指差した。
「えっ! どこなの?」
「カイン、どこ?」
「カイン様は、私たちの方向に向かってきてます」
アリスが目を輝かせた。
「みんなで迎えにいきましょう!」
イリスが微笑んだ。
「みんな、急ぐ!」
駆け出したクリスを追うようにみんなが走った。
「ここだ!」
先に到着したクリスが枯れた噴水の石像の上に立って辺りを見回していた。そこは広い広場である。美しい公園だったのだろう、多くの花壇跡と枯れた木々が周囲に広がっている。
「ここなの? でも人っ子一人いないわ」
「間違いない、カインはここだ……」
王城の前の広場でミズハは立ち止まって杖を構え、目を閉じた。イリスもアリスも目を閉じて気配を探っている。
「どこにいるの?」
「だーれもいないわ」
「誰かお菓子をくれぇ……」
一番最後にやっとみんなに追いついたルップルップが情けない声を上げた。
「でも何か妙な音がしてきましたよ」
リィルが辺りを見回した時だ、不意に地面がグラグラと大きく揺れた。
「うわっ、何です?」
「地震!」
「気を付けて! リサ!」
みんなが一斉に身構えると、広場中央付近の地面から砂煙がブワッと盛大に舞い上がった。
「危ない!」
イリスがリィルを抱いて飛んだ。
「ルップルップ、こっちへ!」
セシリーナがルップルップの手を引いた。
「地下空間があったのよ!」
目の前で地面の石畳みが次々と陥没して、大きな穴に飲み込まれていった。危うく穴にリィルとルップルップが落ちる所だった。
「見ろ階段だ! そこに誰かいる!」
ミズハが杖を構えた。
「あーっ! あれじゃない!?」
リサが叫んだ。
ーーーーーーーーーーー
「そこにいるのは誰だ!」
「魔物かっ?」
砂煙が収まってくると、姿を現した騎士たちがミズハたちに気づいて一斉に剣を構える。
「ま、待て! あれは、おお、クリスティリーナではないか!」
騎士たちの背後から派手なマントを揺らした男が顔を出した。
「その声! まさか、お、お父様なのですか?」
クリスティリーナが目を丸くした。
「おお、あれはカムカム公か!」
ミズハが魔女帽の庇を上げてにらむ。
「ん?」
カムカムが姿を見せた次の瞬間、みんなの目が一点に集まった。カムカムに駆け寄ろうとしたクリスティリーナの足も止まった。
「おおっ! セシリーナじゃないか! おおっ! み、みんな! 無事だったか!」
大きく手を振っているのはカイン。
「!」
しかし、全員の目はカインの左右にいる人物に釘づけになっている。
陽気に手を振るカインの隣に見た事もない物凄い美少女たちが侍っている。
しかもカインにべったり甘えているその姿! どう見てももはやカインと出来ている、と思わせるのに十分な雰囲気である。
「ほら、ちょっと目を離すとこれですよ」
呆れかえったリィルと、肩をすくめたミズハとルップルップ。
「カイン! その3人は誰なの!」
「カイン! この人だれ?」
「私たちが大変な目に遭っていた時に、カイン様は一体何をしていらっしゃったのでしょう?」
「まぁまぁ、アリス、ここでその術はダメですよ」
「私を、さしおいて、イチャイチャ、むむむ、こうなれば……」
「はい、クリスもその技だけは止めておきましょうね」
「カイン! この美しい方々は? もしかしてこちらの方がセシリーナさんなのでしょうか?」
「あらあら、本当に美しい人たちばかりですわ」
「ウソじゃなかったんですね。本当に世界中から美の女神が集まったかのようだ」
カインの左右にいた美少女たちも詰め寄ってきたセシリーナやリサたちを見て目を丸くしている。お互いに顔を見合わせ、唖然としている。まさに二大陸を代表する美女が勢ぞろいである。
「おいおい、まさか、あの美女たち全員カインの女なのか?」
「冗談だろ?」
「一人分けて欲しいものだな、くそっ!」
遠巻きに彼女たちを見ている騎士たちはもはや驚きの表情を隠そうとしない。
「顔合わせは終わったかな?」
そんな時、カムカムが間に入ってきた。
「さて、クリスティリーナ、カインと結婚したそうだな、おめでとうを言わせてくれ」
「お父様、ありがとうございます」
サティナは頬を染めて少しうつむいた。
「幸せかな?」
「はい、カインは素晴らしい方です」
「ならば良い」
「それで、こちらの三人の方は?」
「ああ、こちらの方々は、東の大陸からわざわざカインを探しに来た彼の婚約者だそうだ」
「やはり婚約者でしたか。ただならぬ関係だとは一目見てわかりましたが……」
セシリーナはサティナを見つめた。
「三人ともカインの婚約者なの!」
リサは目を大きくした。
カインはゴホンと咳払いした。
「それじゃあみんなに紹介する。こちらが俺の婚約者で東の大陸ドメナス王国のサティナ姫、そのお供で、同じく婚約者になったばかりのミラティリアとルミカーナさんだ」
「はぁ…………」
「それで、こっちのみんながこの中央大陸で一緒に旅をしてきた仲間だ。俺の妻セシリーナ、婚約者のリサ、同じく婚約者の3姉妹でイリス、クリス、アリスだ。後は仲間の大魔女ミズハとリィル、ルップルップだよ」
「はあ…………」
セシリーナとサティナたちは一斉に気が抜けたようだ。こんな所でカインの妻1人に婚約者7人が勢ぞろい。しかも一人残らず誰もが絶句し嫉妬に身悶えするほどの美人だ。
「はははは……修羅場を期待していたが、残念だったな」
バン! と俺の背中をカムカムが叩いた。
修羅場って……そんな恐ろしい。
俺はカムカムをにらんだ。
「カイン、彼女たちは少し話し合いが必要そうだ。我らもやっと地下を出られた事だし、ここで休憩しようではないか! みんな食事の準備だ! カイン、お前はちょっと来い! 義理の父に何か話をすることがあるだろう?」
「いや、俺は別に……」
「いいから来い」
カムカムは強引に俺の首に腕を回した。
「ああっ、セシリーナ!」
「さあこっちに来るんだ!」
俺はむさ苦しい男どもの輪の中に強引に座らせられた。
「さてと、カイン、我が娘を寝取ってくれたそうだな? じっくりと話を聞かせてもらおうじゃないか」
ボキボキと指の節を鳴らしながら怖い顔でカムカムがニヤリと笑う。周囲の男どもの表情も怖い!
ぎゃーーーー!
ーーーーーーーーーーー
焚き火を囲んで久しぶりのまともな食事である。
サティナたちとセシリーナたちは食事をしながらカイン談義を始め、すぐに意気投合したようだ。
結局、惚れた男の話なのである。
サティナたちはセシリーナが意気揚々と語る「夜の勇者」の自慢話に興味深々だ。
そのあまりにも生々しい夜の営みの話に一番食いついているのがクリス。イリスは至って冷静に見える。アリスも一見平然としているが身に覚えがあるため耳が少し赤い。
サティナたちは「うわぁー-っ」と頬を染めてお色気話に聞き入っている。
「まったく、あんな男のどこが良いのでしょう?」
カインに男として興味なしのリィルは肉を齧る。
「まあ、悪い男ではないのだがな」
ミズハは杖を磨いている。
「うううう…………」
「大丈夫? カイン?」
カムカムたちにたっぷりと精神的圧迫を受けた俺はリサの膝枕でダウンしていた。リサは優しく俺の頭を撫でている。
そんな焚火の周りでカムカムとミズハはさっきまで話し込んでいた。ミズハの話を聞いて事の重大さに気づいたカムカムは一緒に王城に乗り込む気になったらしい。
「そっちのお肉も焼けたら頂きますよ」
ルップルップは生き生きと動き回っている。
騎士たちが休んでいる焚火に押しかけ、両手に串焼き肉を持ってもぐもぐ頬張っている。
そのあまりの食欲に騎士たちが目を見張っているが、注目の原因はその食いっぷりだけではない。
「何だかこいつ見覚えがある気がするな」
「俺もそんな気がしていたんだ」
騎士たちがルップルップの肉を食う姿を見て何か思い出したようにひそひそ話を始めた。
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