第304話 いざ王城へ

 俺たちとカムカム騎士団の合同チームはついに来た!

 威容を誇る王城の門が目の前にそびえている。あれをくぐれば王城の中枢に至ることができる。そしてそここそが目的地である。


 しかし、 黒々とした重厚な鋼鉄の門には誰も近づかない。

 それもそのはず、ミズハがみんなを止めたからだ。


 ミズハは、その門には凄まじく強力な封印術が施されていることを一目で見抜いた。何も対策をせずに門に触れれば、触れた瞬間に全身の肉が細切れになって吹っ飛ぶほどの術だそうだ。


 カムカムたちにもその気配は感知できるのか、整列した騎士たちは心なしか表情が硬い。

 魔族である彼らには、この封印は常人にはとてもじゃないが破れない、命がいくつあっても足りないレベルの危険な代物だと分かるのだろう。


 当然セシリーナやリィルの表情も硬い。高レベルの魔法を行使するサティナやリサも緊張の色を隠せないでいる。


 平気でいるのは、魔族ではない俺とミラティリアとルミカーナ、それに魔族のはずなのにお気楽なルップルップくらいか。


 「ミズハ殿は本当にこの封印を破れるのか?」

 「この距離でも既に我々の接近に反応して、凄まじい魔力量の難視性の魔法陣が活性化しておりますぞ。お一人で全ての魔法陣を無力化できるとは思えませぬが」

 カムカムとバルドンが先頭に立つミズハに声をかけた。


 「そうは言っても、やるしかないだろう? この奥にきっと真実が隠れている。ここで逃げ帰るわけにはいかない。それに私一人ではない」とミズハは杖を構える。


 「私たちが手伝います」

 ミズハの後ろに、三姉妹が並んだ。

 何が始まるのか想像もつかないが、俺はあらかじめ打ち合わせたとおり後方に下がる。あとは各自与えられた任務を遂行するだけだ。

 

 「みんな、いいか? 始めるぞ! イリス、クリス、アリス! 一緒に術をかける! 一旦始めれば途中で止める訳にはいかない、ルップルップとリサは防御に徹し、サティナたちは封印の残滓が攻撃してきたら、みんなを守ってくれ!」

 そう言ってミズハは左手の杖を門に向け、その杖に右手をかざす。


 「やるぞ!」

 ミズハの杖の先端が輝き出す。

 同時に3姉妹が門に向かって両手を突き出し、目を閉じて低い声で何か呪文を唱え始める。


 「術式展開! この封印を解く! みんな耐えろ!」

 ミズハの前に無数の光の槍が出現する。

 槍が青白い炎を纏ったかと思うと、ミズハが指で軽く杖を叩いたのを合図に、光の槍が閃く!

 門に向かって光が次々と打ち出される。

 光の槍は門に激突し、その表面に吸い込まれるように衝撃を残して瞬時に消滅していく。その槍の一つ一つが門に仕掛けられた魔法陣を中和している。やがて大気が震え始め、焼け焦げたようなキナ臭い匂いが周囲に広がった。

 

 「今です! 邪悪なる者よ我が漆黒の怒りを受け姿を表すのです!」

 イリスの声に合わせ、クリスとアリスが頭上に両手を掲げる。次の瞬間、三人の手から黒々とした靄のようなものが溢れ出たかと思うと、見る見るうちに霞は稲光を纏いながら巨大な門を包み込んでいく。 


 その時だ。

 大地が揺れ動き、何かが裂ける音が響いた。霞で覆われた門に異変が起きていた。


 「何か来るぞっ!」

 「カイン、私の後ろに隠れて!」

 「私にまかせなさいっ!」

 ルップルップがミズハと三姉妹を除く俺たち全員の周囲に一瞬で防殻を展開する。


 刹那、凄まじい衝撃が防殻を軋ませる。


 「なんのこれしきっ!」とルップルップが眉を吊り上げる。

 「カインは私が守るから!」

 防殻の内側でリサがスキル甘えん棒を発動させ、いつの間にか俺の前に立っている。すぐ隣では騎士たちがカムカムとスケルオーナ―夫人を守るように何重もの分厚い防殻術を展開していた。

 

 黒い靄と稲光を弾き返すように突然、巨大な門が揺らいだかと思うと、再び姿を現した冷たい鋼板の表面から悪魔を思わせる巨大な片腕が突き出し、周囲をなぎ払う!


 「おおっ!」

 勇猛なカムカムの騎士たちですらも後退りするほどの邪悪さ、一振りで強大な闇の気配が周囲にたち込める。防殻の周囲で地面が腐食していく。しかし、防殻の外にいるにも関わらずミズハと三姉妹はその影響を受けていないようだ。

 

 「なんだよ、あれ! 俺ですらわかるぞ、あれはとんでもない代物だ。でかい魔物が門の裏側に潜んでいたと言うのかよ?」

 俺は骨棍棒を握り締め冷や汗をかく。


 こんな武器が通用するような相手ではないのは見ただけでわかる。湿地の大ミミズ、魔獣ヤンナルナが腕になったかのような錯覚を覚える巨大さ。


 「いいえ違うわ。あれは腕だけが異界の門から召喚されているのよ。異界の巨大な魔物を術で縛り、腕だけをこちらの世界に召喚している。言って見れば呪い! あいつはその呪いで封じられた苦しみで自我を失っている存在だわ」

 セシリーナは唇を噛んで腕を見上げる。それはかつて自分にかけられていた呪いに似た気配を放っていた。


 「呪いに縛られた異界の魔物?」

 あれが邪悪な魔法陣が召喚した魔物だと!


 「カムカム様、封印が具現化しました!」

 「うむ、姿を見せたか! まさに大魔女でなければ対抗できない存在と言うべきか。これほど離れていても何と言う圧力! いいか油断するな! 何が起こるかわからんぞ!」

 見る者の精神を歪ませるほどの狂気に満ちた重苦しい存在である。直視するのも危険な魔物を前に手が震えていることに気づき、カムカムは苦笑する。


 「あれは厄兎大獣の直撃弾すら弾き返しそうですな」とバルドンが脂汗を額に滲ませた。

 

 その時、最前列にいたミズハの気配が変わった。

 魔法使いとして一段上のレベルを解放したかのようだ。

 「イリス今です! 私の術に同調しなさい!」

 ミズハは邪悪な腕が放つ波動に押し返されそうになった杖をさらに前に突き出す。

 そして光の槍と闇の波動がせめぎ合う干渉波を受け、吹き飛ばされそうになった魔女帽をもう片手で押さえた。


 「ミズハ様、重ねます!」

 「あの手、嫌い! だから乗る!」

 「魔力協調! 同調します!」

 イリスたち三姉妹が互いの手を握った。その瞬間、光の奔流がミズハに向かって走る。三姉妹の魔力が一気にミズハの身体に集まっていくのがわかる。


 「あれは……なんだ? ミズハの身体が光っているぞ」

 「あれが魔力協調! 湿地の魔女最大の奥義です! 湿地の魔女は集団で魔力をネットワーク化して、通常の数十倍の力に増幅すると言うわ。私も見るのは初めて」とセシリーナが答えた。 


 凄まじい威力に膨れ上がった光の槍がどんどん数を増やして息を継ぐヒマもないほどの連射で巨大な腕に向かって放たれた。

 その攻撃は巨大な腕の纏う邪悪な気配を穿ち、徐々に押し返していく。


 やがて腐食のオーラを失い剥き出しになった悪魔の腕が苦しまぎれに周囲の構造物をなぎ払い始めた。

 

 崩れ落ちる城壁、舞い上がった石畳みの石片、それらが猛烈な衝撃波と共に吹き飛んでくる。

 巨大な岩が周囲に飛び交い、ルップルップが展開している防殻にあたって弾かれている。


 「まだまだ! なんてことないぞ!」

 ルップルップは語気を強め、さらに防殻に力を注ぐ。


 やる女だとは思っていたがやはりルップルップの防御力は仲間うちでもピカ一だ。珍しく頑張っているその後ろ姿、ぷるぷると力んでいる美しい生足が妙にセクシー!


 やがてミズハの杖先を中心に光が細く細く収束し、その光がその悪魔の腕を焼き始めた。


 ブオオオオッ!

 突然、門の中から野獣の声が響き渡ると、凶悪な爪先が俺たちを指差す。


 「ヤバいぞっ!」

 俺の目にも奴の攻撃は見えた。指の先端から無数の鋭い針のような爪が撃ち出される! 奴の飛爪だ!


 「させませんよ!」

 サティナが全身に光を帯びて飛び出す。そしてその大剣を手に跳躍するや襲いくる正面の飛爪を次々と打ち払った。


 しかし、サティナですら全てを捌ききるのは難しかった。数本の飛爪がまるで意志を持っているかのようにサティナの攻撃を巧みにかわすと、俺たちの背後に回り込んで防殻に鋭く突き立っていく。


 「!」

 防殻に突き刺さっただけに見えた爪。しかしそのうち何本かが爆発! 尖った爪の薄片が分厚い防殻を貫通し、俺の背後に隠れていたリィルに襲い掛かる。

 やられるっ! リィルは気づいて回避するが遅い!

 その瞳に絶望が宿る。

 その時だ、リサが舞った!

 リサの薙刀が瞬時にその薄片を弾き返す。これがリサのスキル、甘えん棒だ! 間近で見るリサの棒術スキルは想像以上に圧倒的で爽快だった。


 「今のが最後のあがきだ! 手を緩めるな!」

 ミズハが光を集め、悪魔の腕を真っ赤に焼き尽くしていく。


 やがて悪魔の手は溶けだし、その形を維持できなくなってきた。細く分岐した鞭のようになった腕は縦横に暴れ出し、鞭は正面のミズハたちを避け、再度後ろにいる俺たちを狙った。


 「!」

 飛爪が開けた防殻の穴から侵入しようと鞭が地面を走る。

 騎士達が近づけまいと矢を放つが簡単に弾き返される。

 「私に任せて! あれは通常武器は効かない!」とサティナがその大剣、黒光り丸を振るう。


 鞭を一気になぎ払うと魔力を失った鞭が次々と消滅していく。 

 さすがはサティナ、半端ない強さと美しさ!

 感嘆する俺の熱い視線に気づきサティナは軽めにウィンクするとさらに敵に向かって駆けていく。


 ミズハと3姉妹の魔法はまだ終わらない。

 まばゆい光の中で悪魔の腕は分裂、消滅して、わずかに残った黒い鞭も次第に数を減らし、やがて最後の一本がサティナによって叩き斬られた。


 「これで最後!」


 「ふーう、終わったぞ。もう大丈夫だ。みんな見事だったな。あれほどの封印の悪魔を、誰一人犠牲を出さずに送り返した。自慢してよいぞ」

 ミズハが振り返って微笑んだ。


 「寿命が縮みましたよ」

 俺の影で小さくなっていたリィルがほっとした表情で息を吐いた。

 「我々はまったく出番がなかったな」

 「そうですね、でも仕方ありませんわ」

 ルミカーナとミラティリアは剣を収めて微笑んだ。


 「お嬢さん方、お見事でしたな。さすがはミズハ様とメラドーザの三姉妹です」

 パチパチとカムカムが拍手しながら近づいて来る。どうやら彼の騎士たちも誰一人怪我ひとつ負わなかったらしく、互いに無事を確かめ合っている。


 「セシリーナ。カインの元には素晴らしい人が集まってきているようだな。そしてその中でお前は唯一カインの妻、つまり仲間の代表だ。我が娘ながら誇らしいぞ」とカムカムはセシリーナの肩に手を置き、そして抱きしめた。

 「お父様……」

 セシリーナはうれしそう。

 これまでの父親との確執を思うと泣けてきそうな場面だ。



 「門を開くぞ!」

 「美しいお嬢さんがたにいい所をみせろ!」

 「さあ騎士たちよ、カムカム様にその力を示せ!」

 バルトンが腕を振り上げて叫ぶ。


 騎士たちが全員でその大きな鉄の門を押し開く。

 むむむむ……と歯を食いしばり、筋肉が盛り上がる。

 やがて、ギギギギ……と錆びた重々しい音が響き渡り、ついに王城の門が開かれた。


 「さあ、いよいよだ! ここからは我々騎士の仕事だ。さあ、剣を構えよ! 何が出て来ても怯むなよ!」

 カムカムが号令する


 「こ、これは……?」

 しかし、門をくぐった俺たちは意外な光景を見た。

 穏やかな日の光が差し込む緑の庭園に静かに噴水が水音を立てている。外の灰色に沈んだ沈黙の街とは対照的な柔らかな光と穏やかな風。敵の姿などどこにもない。


 「王宮の美しい庭園? そのまま残ってる?」

 「うわーー、ここは何ですか? 綺麗なところです!」

 リィルも今ばかりは宝よりも咲き競う美しい花々に心を奪われている。


 俺たちはぞろぞろと庭園に入り込んだ。

 「カイン様、どうやら危険な敵はいませんね」

 「昔の王宮庭園がそのままの状態で残っていたんですね」

 アリスがつぶやくとイリスは辺りを見渡し目を細めた。


 「でも変だわ。管理する者がいなければ庭はすぐに荒れてしまうはずです」

 サティナは屈んで花を手に取り香りを確かめる。手触りも香りも本物、幻惑というわけでもなさそうだ。


 「ここは外とは時間の流れが違ったのだ。おそらくここが封印されてからまだ1年も経っていない状態なのだろう」

 ミズハがは頭上で指を一回転させると何か確認したようだ。

 「そう、ここには時の流れを、遅くする術がかけられてた」

 とクリス。

 「つまり、ここに居る人は外の世界が何年も経っていることを知らないのね」

 ミラティリアは辺りを見回す。


 「ミズハ殿、美しい光景だが、そう聞くと恐ろしいものだ。こうしている間にも外では時間が急速に経過しているのか?」

 カムカムがスケルオーナの腰に手を回して歩いてきた。


 「いや、さきほどの悪魔の手が消滅した時点でその術も崩壊している。今は中も外も同じ時間軸で経過している」

 杖を収め、ミズハが答えた。


 「さて、手わけしてここを調べよう。外回りの調査は我々に任せてくれ。周囲に危険が無いと分かれば後を追う。先に行ってくれ」

 カムカムはそう言って騎士たちに指示を出し始めた。


 外を騎士たちに任せて、庭園に面したテラスから俺たちカインパーティは王宮内に侵入した。豪奢で華麗な美術品に飾られた王宮の回廊をミズハは迷いもせずに先頭を進んでいく。


 「ミズハ、どこに向かうんだ?」

 「調べるとすれば、まずは謁見の間、次に王の部屋だろうな」

 ミズハは心なしか速足になっている。


 「華美な王宮だね、リィル」

 「え? ええ、そうですねぇ」

 と上の空のリィルはさっきから挙動不審、不審者そのものだ。

 いかにも怪しい動きをしながらついてくる。

 そしてリィルが通った後の彫像から一つ二つと宝石が無くなっていく気がするんだが?


 「ミズハは、ここには来た事があるのか?」

 「もちろんだ。魔王国からの使者として何度か和平交渉に来たのだ。残念ながらこの国との交渉担当が変わってからうまくいかず、最終的に戦争になってしまったがな……着いたぞ、あそこだ!」

 やがて謁見の間と呼ばれる大ホールの向こうに、繊細な彫刻で彩られた気品のある扉が閉じているのが見えてきた。

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