第57話 旧ロッデバル街道を行く

 大陸を南北に走る旧ロッデバル街道は荒れ果てていた。


 かつては石畳で舗装されていた道は石が砕け、草木が生えている。道跡に沿って歩けば道に迷わないということが唯一の利点といえる。


 既にあれから一週間、小さな村々と大戦で廃墟になった町をいくつも通り過ぎてきた。村では俺たちのような旅人は目立ってしまうので立ち寄らないことにして、街道でもなるべく誰にも会わないように人が来るたびに茂みに身を隠している。


 持ち出してきた硬い携帯食も少なくなってきたが、旧王都周辺と違って、この付近には自然が残っているため食料調達も比較的容易だった。

 野性の獣や野草が手に入る。運が良ければ荒廃した畑地で半ば野性化した芋等を見つけることができた。


 サンドラットの鉱物や野草の知識とセシリーナの狩猟の腕前はかなりのものだったし、俺だって少しは役に立っている。

 薬草に関しては少々詳しいのだ。幾種類もの薬草を確保し、薬草から各種の薬も作った。

 俺が薬をつくるのを見て、セシリーナも感心しきりだった。妻ナーナリアと一緒に薬草店を開いた経験が生きている。


 ありがとうナーナリアと感謝しつつ、夜は森の奥でセシリーナと明け方まで激しく燃えるのが日課になっている。セシリーナは恥じらいつつもすぐに俺の腕の中で蕩ける。そして神レベルの美しさを余すところなくさらけ出し、全身全霊で俺に応える。情熱的で濃密なうれしい夜が始まる。


 房中術はマリアンナに散々鍛えられた。

 魔族はタフだが俺にかかったらかわいいものだ、と言いたいが、彼女は見た目も仕草もすべてが美し過ぎて絶句もの。それに想像を絶する具合の良さ。もうたまらない! ずっと抱いていたい! 


 二人は一晩で何回天国を見るのか……。

 今朝も、二人は仲良く森の奥から帰ってきた。


 俺の腕に抱きついて甘えているのは天国から帰ってきたばかりの熱々に火照ったセシリーナ。その幸せ一杯の充実の腰つきとこぼれるような微笑を見ただけで、どれほど大満足したのか丸わかりだ。


 毎晩ヤリまくりで、今や大人の色気を発散するその美人ぶりは空前絶後、まさに地上に降り立った愛の美女神。

 結婚する前と比べると青い果実のような堅さや呪いの影響が無くなって、うっとりするほどの大人の美女に仕上がってきている。


 「やっと戻ってきたか……、あんまりいい声で鳴くからリサがまた拗ねてたぞ」

 朝帰りに気付いたサンドラットが眠い目をこすりながら諦め顔で出迎えた。その隣にはリサが寝ている。


 「まさか聞こえてました?」

 セシリーナが顔を赤くする。

 まあ、あれだけ声を上げれば……。


 「いや、半分以上、お前の仕組んだことだからな。……しかし、眠い。もう限界だ……」

 急激に眠気が襲ってきた。ここで寝たら早朝に寝るのが習慣になってしまいそうだが我慢できない。


 俺はたき火の脇に横になると、セシリーナの魅力的な匂いに包まれ、その柔らかな膝を枕に眠りに落ちる。




 ーーーーーーーーーー 


 たき火を前に俺に寄り添うセシリーナが優しく微笑む。その横顔、まさに天使だ。


 ぐつぐつと小さな鍋が音を立てている。

 さっきまで二人で遊ばせていたリサはお昼寝中だ。


 セシリーナが木腕を準備し、二人で朝の残りのスープや干し肉を分け合って食べる。


 だが、俺たちは単にさぼっているわけではない。


 待っているのだ。

 その目に、丘の向こう側を偵察に出かけていたサンドラットが戻ってきたのが見えた。


 「この先にかなり大きな都市がある。林に囲まれた街で、中央には大きな湖があったぜ」


 「それは、デッケ・サーカの街じゃないかしら? 旧ロッデバル街道の終点で新ロッデバル街道との結節点の都市よ。旧王国に属していた大きな都市の一つだったの」


 旧ロッデバル街道はデッケ・サーカから旧王都までの道だ。新ロッデバル街道は破壊されなかったロッデバル街道のことで、デッケ・サーカから大平原に続いている。


 まもなくデッケ・サーカだとすると、エチアたちが身を隠していた村が近くにあるのだろう。俺は満天の星空の下でエチアに聞いた話を思い出し、骨棍棒を撫でた。エチアの事は忘れるはずもない。ただ今は新妻は徹底的に大切にしろという先祖の教えに従っているだけだ。


 「デッケ・サーカか。セシリーナの呪いを解ける元神官が住んでいるってナーヴォザスが言ってたよな。どんな街か知っているのか?」

 穴熊族の二人の事を思い出した。セシリーナの呪いは二人の力で解いてしまったので、元神官を探す必要はなくなったが……。


 「以前、叔母様がお屋敷を持っていた街よ、懐かしい。大戦前は魔族のリゾート地で、商売の街としても栄えていたの。大戦でもほとんど戦禍に会わなかった古い街よ」


 「商売か、そう言えば大きな倉庫らしい屋根もたくさん並んでいたな」

 サンドラットが俺から干し肉を奪ってひと齧りすると、皮袋に入れた水を飲む。3人の気配に眠っていたリサが目を覚ましてあくびをした。


 「元は王都への物資を集積するための倉庫街ね。あそこは各地にあった小国や街から王都への中継地だったの。そのせいで様々な人種がいたのよ。魔族も昔からそれなりに多かったはずよ」


 「砂漠で言えばオアシスの街みたいな感じだな、行ってみるか?」


 「魔族も多いのか……」

 「どうしたの?」

 「魔族も多く住んでいる街なら、セシリーナの事を知っている人がいるんじゃないか? それがちょっと心配かな」


 「ああ、そう言えば、あの街は確かに。というか、昔と変わっていないなら、かなりまずいかも……。それじゃあ、こうすれば?」

 何か街の事を知っているようだが、それ以上何もいわず、セシリーナが口元をレースのハンカチで隠した。フードから覗く美麗な目を見つめる。


 確かにセシリーナだとはすぐには気付かれないかもしれない。


 だが、目元だけで驚くほどの美女だと言うことがバレバレだ。毎晩の営みで開花したほのかに漂う女の色気もあって、逆に男の視線をくぎ付けにするレベルだ。


 いや、そんな事を気にしたら、軽装の狩猟服とは言え、セシリーナの抜群のスタイルは隠しようがない。

 雑踏に紛れたとしても、砂の上に落した大粒のダイヤモンドのように輝いて人の目を引き付けるに違いない。その網タイツの美脚ときたらもう。


 そのうえ歩けば、生来のモデルウオークに加え、今や女に目覚めた腰つきがエロすぎて、道端に鼻血を噴いて倒れる男たちが山積みになりそう。


 「いや、ちょっと想像したら。ダメダメだ。セシリーナが注目を浴びないでいられる自信がない」

 俺は頭を抱える。

 「なんでよう」

 セシリーナは変装に自信があったらしい。


 「たまりんに聞いたら?」

 リサが俺の袖を引いた。

 あー忘れてた、そんなのがいたなー。


 「もう、忘れてたんですかーー? いやですねーー、意識してもらわないとーー姿を現わせないんですからーー」

 でた、金ぴか光玉。


 たまりんは、またも俺の頭の上にぷかぷか浮かんでいる。


 でもその言い方、何かひっかかる言い方だ。

 「意識しないとって。意識しない時は姿が見えないけど実はそこにいたりするのか?」

 たまりんは威張るように光った。


 「時々はいますよーー!」


 「そうか、いつもじゃなくて良かったよ」


 「日中はーー、ほとんど寝てますからねーー! 夜はーーいつもお二人の激しい営みにーーギラギラ目を光らせていますよーーーーっ!」

 ぶっと噴いた者が約2名。


 「ほんと仲が良いですよねーー! カイン様とセシリーナ様ーー。……昨晩も凄かったですねーー」

 「見てたのか……?」


 「ええ、もちろんです! 必死に木にしがみつくセシリーナ様とかーー、立ったまま大木に背もたれしたセシリーナ様を抱っこしてとかーー。近づいてきた人食いの魔物なんか、カイン様の”邪魔するなオーラ”だけで逃げ去りましたからねえーー! まさにセシリーナ様が、”ああ、夜の魔王さま!” と絶叫しちゃうのにふさわしい貫禄でしたねえーー!」


 見る見るセシリーナの顔が真っ赤になる。


 「もう黙れ!」

 俺はたまりんを掴んだ。


 「無駄でーーす」

 たまりんは指の隙間からすうっと抜け出た。


 「ちっ」

 「まあ、夜のことはさておきーー、この私に何をさせたいんですーー?」

 ぴかぴかと面白そうに光る。


 「見て見て! ほら、たまりんが……。カイン、たまがキレイだよ!」

 リサの無邪気な一言にたまりんがピカッと反応した。


 「えーー? カイン様のたま、キレイ? それはいつもセシリーナ様がしてますよーー、お口で……」


 バチン! とセシリーナが蚊でも取るように両手でたまりんを叩く。耳まで真っ赤になった。


 「だから、無駄でーーす」

 セシリーナの指の間からたまりんが抜け出た。


 「むむむむ……」

 セシリーナと俺が睨む。


 「話が進まんな!」

 サンドラットが俺たちを押しのけた。


 「たまりん、セシリーナが街に行くとその容姿が目立ちすぎるんだ。何かカムフラージュできないか?」


 金色の明滅が速くなった。


 「はははは……そんなことーー、私に出来るわけないじゃないですかーー」

 陽気なたまりんであった。


 「つ、使えねーーーーーー!」

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