第58話 化けたらヤバい!

 目の前でたまりんがピカピカと明滅している。


 こいつは精霊じゃないな。悪しき存在? 魔じゃないのか。俺にくっついているから使い魔?

 いや、使い魔じゃなく、単なる覗き魔だ。


 「おい、覗き魔たまりん!」

 「誰かがーー、変なあだ名をつけたような気がしましたーー」

 たまりんがふわふわと空中を漂う。


 「もう消えていいぞ。あと、夜は絶対に覗くな! いいな!」

 「変ですねーー? 何かお望みがあったのでは?」


 「たった今、自分でできないと言ったじゃないか」

 「ええ、そうですけどねぇーー。”私には” できない、と言ったんですーーぅ」


 「は?」


 たまりんは光った。そうれはもうまぶしいくらいに。


 「じゃじゃーん。こちらが弟のブルーー……」


 「あおりん! あおりんだ!」

 たまりんの隣に現れた少し小ぶりの青い光の玉を指差してリサが目を丸くして叫んだ。


 「えっ? ええーー、あおりんですかーー? うーーん、そうですねえ。はい、この ”あおりん” ならーー、必ずやーー、ご期待にそえるかとーー」

 もはや違う、と言う気も失せたらしい。


 「ほら、恥ずかしがっていないでーー、お前の力をみせるんだよーー」

 たまりんが明滅する。

 青い光が答えるように光った。どうやらこっちは話ができないらしい。


 目の前で不意にセシリーナの輪郭が歪んで、その姿が別人に変わっていく。


 「おお凄い! これは幻覚か何かか? 凄いじゃないか」

 「あおりんはですねえーー、幻覚術に長けてましてえーー、背格好までーー変わるんですうーー。効果は我々が姿を消しても持続しますよーー。凄いでしょう?」

 たまりんが自慢気に言う。


 「さあーー、これでーーカイン様もーー大満足でしょうーー」


 「ほぉーー? それで? この姿は……」

 俺の前によーーく見知った清楚で透明感のある美女が優しく微笑む。


 「!!」

 サンドラットは一目彼女を見た途端、驚愕のあまり大きな口を開けてもはや声もでない。


 「ナ、ナーナリアじゃないか! どうしてここに!」

 神聖なオーラを帯びた輝くような美しい妖精がそこに立っている。


 セシリーナの美しさとは同じ水でも硬水と軟水の違いのような美の違い。少しスリムだが清楚可憐でまさに神が地上につかわした聖女という言葉がふさわしい美女。


 それはもう、まるで伝説の三大秘宝の一つ、天空の神殿に隠された誰もけして触れることが許されない神秘の聖宝石のような清純さ。


 「ぶふ~~っ!」

 サンドラットが噴いて、ナーナリアを指差してわなわなと震える。


 「ナーナリアって、カイン、確かお前の妻の名前じゃなかったか? 妖精族の……。ま、まさか、この美しい人がお前の妻?」

 俺は久しぶりに見る美女を前にただうなずいた。


 「お前から話には聞いてたが……。ただの妖精族じゃない、どう見ても妖精姫じゃねえか! ……大騒ぎになるわけだぜ。この世のものとは思えない美しい大聖女。決して濁してはいけない天界の永遠の泉、透明な聖泉みたいに清楚な……って、お前の妻だし、これでも処女じゃないんだよな?」


 「……なんかすまん」


 サンドラットは信じられないものを見るような目で俺とナーナリアを見比べる。

 これほど純粋な神聖オーラを放つ美女が妻? おのれカインめ……などと思ってしまう。


 「カイン、私、セシリーナよ」

 目の前のナーナリアが言った。


 あ、と俺は我に返る。そうだった!


 「き、却下だ! ナーナリアの姿なんてとんでもない!」

 俺が叫ぶとナーナリアの幻影はほわんと消える。


 「そうなんですかーー? それではーー、こちらでどうですかーー?」

 たまりんが光った。頑張るあおりん。

 ほわわーんとセシリーナの輪郭が歪んで……。


 「カイン? ちょっと大丈夫なの?」

 少し濃い目のアイシャドウの妖艶な美女、マリアンナが心配そうに深紅の唇を動かす。かがんだだけで豊満な胸元が魅惑的に大きく揺れる。

 凄まじい女の色気! しかも、全身薄い透け透けの寝衣にメリハリの利いたダイナミックボディ。


 ぶーー! とサンドラットが鼻血を噴いた。


 「だ、だめっ! これはやばい! 俺の記憶を呼び出すな!」

 俺は慌ててマリアンナの体を隠す。


 「カ、カイン、これは……? 凄まじく妖艶な美女……物凄い色気の。まさか妻だとか言わないよな?」


 「すまん、マリアンナは王都にいる妻だ」


 「うおーっ! なぜなんだー! ばかやろーっつ!」

 サンドラットが空に向かって吠える。


 「それではーー、次は……」

 たまりんが言った。

 嫌な予感がした。この流れでいくと……。容易に想像がつく!

 万一、ここで裸の幼女が現れたりしたら、……俺は破滅だ!

 俺の脳裏に超絶美少女の幼い頃の姿が浮かぶ。


 「や、やめろ! これ以上はもういい!」

 俺の叫びもむなしく。

 ほわーんとセシリーナの輪郭が揺れる。


 背の低い影……。

 終わった、俺は目を閉じた。


 「お前、そいつは子どものような……。まさか、お前、そういう趣味が……」

 サンドラットの驚愕を帯びた声が震えに変わった。


 ああ、本当に終わったぜ。

 俺の目に涙がにじむ。短い幸せだった。


 「あ、バルカだ!」

 リサの声。

 バルカ……そんな妻を持った覚えはないけど?

 恐る恐る目を開けるとそこにいたのは……。


 ナーヴォザスの妻、穴熊族の美女? のバルカだ。

 小熊にボインを付けたようなその姿!


 「うおーっつ!」

 さすがの俺も頭を抱えて全身をくねらせて悶える。

 サンドラットは完全に変態を見る目つきで俺を見ている。


 「お前、許容範囲がえらく広いのな」

 「ち、違う、違うんだ。これは」

 サンドラットの目がやけに冷たい。


 「これも却下! 却下だ! ええい、俺の記憶を探って出すんじゃない!」

 俺がたまりんに食ってかかっている後ろで、リサがサンドラットにバルカの事を説明している。サンドラットは俺への誤解を解いだようだ。俺が言っても誤解は解けなかったろうな、多分。


 「これもだめですかーー? 難しいですねーー。それでは、これなんかどうですーー?」


 「もうやめてくれ!」悶える俺の声が空しく響く。

 この流れでいって、もしも獣化したエチアや獣人族のジャシアなんかの姿になられても困る。人族の街に潜り込むには彼女たちは目立ちすぎる。


 ぽよよーんとまた姿が変わった。


 「たまりん、もうやめ……ん?」

 おお、こんどこそ普通の人間のようだ。

 まだ少し幼さが残る少女で、年齢的にはちょうと成人したばかりといったところか。ーーーーでも誰だっけ?


 この娘、まったく記憶にない。


 しかし、今までで一番まともな姿に化けた。

 これなら街に入っても注目を浴びたり、奇異の目で見られることもない。どこにでもいるような普通の少女に見える。


 「おおっ、なーんだ、やればできるじゃないか。最初からこういう姿で頼むよ。これ、誰なのかわからないが、決まりだな。これからはセシリーナが化ける時はこの娘で行こう」


 「ようやく決めてくれましたかーーぁ。良かったぁ。記憶を探るのも大変なんですからねぇーー!」


 「ん? 記憶だって? これが?」

 「いやだなーー。カイン様の記憶ですよーー」


 「ま、待て、こんな少女覚えていないけど?」

 「カイン。まさかこんな少女まで毒牙にかけたとは言わないでしょうね?」

 セシリーナが魔法の姿見で自身の容姿を見るや、その少女の姿で近づいてくる。


 何だかその目がとっても怖い。


 「ちがう、やってない! 無実だ! こんな娘、記憶にないぞ。おい! たまりん!」


 「いやですよーー。だって見たじゃないですかーー。女子トイレを覗いたら、ばったりと目があいましたよねぇーーっ」


 あー死んだ。

 俺は走馬灯のように思い出した。

 これは色々とヤバい! これはオリナだ!


 糞尿の溝から脱出して、コロニーに辿りついたときに確かに見た。「ぎゃあーー痴漢だーー!」と叫んで逃げた娘。


 「その幻影を消したいときは、またお呼びくださーーい。じゃあまた今晩お邪魔しますーーーー」

 なにかまたも気がかりな一言を残してたまりんとあおりんは消える。


 振りかえった俺にオリナが迫っていた。


 「カイン! どういうこと? 私の時みたいに覗いたのですか? しかもトイレって、完全に痴漢、変態じゃない!」


 「ぐえ、首を締めないでくれ。せ、説明するから、これには訳が……ぐえーーーー!」

 その後、セシリーナの誤解を解くまで、ちょっぴり多くの時間がかかったのは言うまでもない。




 ーーーー結局、見た目には人間の少女オリナの姿をしたセシリーナと俺たち3人はデッケ・サーカの街の入り口に立ったのである。


 「すごーい! これが街なの! うわーーーー!」

 リサが駆けだす。


 「ちょっと、リサ、待ちなさーーーーい! こらーー、危ないわよ!」

 オリナの姿をしたセシリーナが逃げた子犬を追うように走りだした。

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